「メーガン妃」の呼び名で日本でも広く知られているメーガン・マークル(Meghan Markle)。2018年にイギリスのヘンリー王子と結婚し、サセックス公爵夫人となったことで世界的な注目を集めました。
しかし、メーガン妃は王族や上流階級の家庭に生まれた人物ではありません。アメリカ・ロサンゼルスで育ち、大学卒業後は自らオーディションを受けながら女優としてのキャリアを築いてきました。
また、母親がアフリカ系アメリカ人、父親が白人という家庭に生まれ、自身のアイデンティティについて考える機会も多かったと語っています。
この記事では、メーガン妃の生い立ち、両親、幼少期、学校・大学時代、女優になるまでの経歴を中心に詳しく紹介します。
| 本名 | Rachel Meghan Markle(レイチェル・メーガン・マークル) |
|---|---|
| 生年月日 | 1981年8月4日 |
| 出身地 | アメリカ・カリフォルニア州ロサンゼルス |
| 父親 | トーマス・マークル(テレビ番組の照明・撮影関係者) |
| 母親 | ドリア・ラグランド |
| 出身大学 | ノースウェスタン大学 |
| 専攻 | 演劇・国際関係 |
| 大学卒業 | 2003年 |
| 主な職歴 | 女優、慈善活動家、サセックス公爵夫人 |

メーガン妃は1981年8月4日、アメリカ・カリフォルニア州ロサンゼルスで生まれました。
本名はレイチェル・メーガン・マークル(Rachel Meghan Markle)です。
父親はトーマス・マークル、母親はドリア・ラグランドです。
父トーマスはテレビ業界で照明などの仕事をしており、メーガンは幼いころからテレビ制作という世界を比較的身近に感じられる環境で育ちました。
一方、母ドリアは後にソーシャルワーカーやヨガのインストラクターなどとして働いています。
メーガン妃の両親は1979年に結婚し、1981年にメーガンが誕生しました。
しかし、1987年ごろ、メーガンが6歳のときに離婚しています。
両親の離婚後、メーガンは一方の親だけと暮らして完全に切り離された生活を送ったというより、父親と母親それぞれの家庭を行き来しながら成長したとされています。
後年、メーガン自身も、子供時代には「二つの家」があるような生活だったことを振り返っています。
両親は離婚しましたが、幼いメーガンを育てるという点では協力していた時期が長かったようです。
メーガン妃の生い立ちを語るうえで重要なのが、両親のルーツです。
母ドリア・ラグランドはアフリカ系アメリカ人、父トーマス・マークルは白人です。
メーガンは異なる人種的背景を持つ両親のもとで育ち、自身も後に「biracial(バイレイシャル)」というアイデンティティについてたびたび語っています。
現在では多様なルーツを持つ家庭は決して珍しくありませんが、メーガンが子供だった1980年代から1990年代初頭のアメリカ社会では、人種をめぐる意識も現在とは異なる部分がありました。
こうした経験は、後のメーガンの人種問題や女性の権利、社会的平等などへの関心にも少なからず影響したと考えられます。
メーガン妃はロサンゼルスで教育を受け、成長するとカトリック系の女子校Immaculate Heart High School(イマキュレート・ハート・ハイスクール)に進学しました。
ロサンゼルスにある歴史の長い女子校で、メーガン自身も後年、母校とのつながりを保っています。
幼いころから演劇や社会問題に関心があり、学校生活の中でも積極的に活動するタイプだったと伝えられています。
メーガン妃の子供時代で特によく知られているのが、11歳のころにテレビCMの表現について抗議の手紙を書いたというエピソードです。
学校の授業で食器用洗剤のテレビCMを見た際、そのCMに「アメリカ中の女性たちが油汚れの付いた鍋やフライパンと格闘している」といった趣旨の表現が使われていました。
メーガンは「家事をするのは女性」という印象を与える内容に疑問を感じ、洗剤メーカーのプロクター・アンド・ギャンブル(P&G)などに手紙を送りました。
この出来事は当時、子供向けニュース番組「Nick News」でも取り上げられ、幼いメーガン本人がインタビューを受けている映像も残っています。
メーガン本人によれば、その後CMの表現は「女性」ではなく「人々」を意味する内容に変更されました。
この経験についてメーガンは大人になってからも繰り返し語っており、自分の声を上げることで社会を変えられると考えるきっかけになった出来事として位置付けています。
高校卒業後、メーガン妃はイリノイ州にあるノースウェスタン大学(Northwestern University)へ進学しました。
ノースウェスタン大学はアメリカを代表する名門私立大学の一つで、とりわけ演劇・ジャーナリズム・コミュニケーション分野で高い評価を受けています。
メーガンは同大学で、
を学び、2003年に卒業しています。
単純に「女優になるため演劇だけを勉強していた」というわけではなく、国際政治や外交にも関心を持っていた点が特徴です。
大学時代のメーガン妃は、演劇だけでなく外交分野にも興味を持っていました。
その象徴的な経験が、アルゼンチン・ブエノスアイレスにあるアメリカ大使館でのインターンです。
また、スペイン・マドリードへの留学経験もあります。
そのため、大学時代には女優だけでなく、国際関係や外交に関係する仕事へ進む可能性も考えていたとされています。
後に英国王室の一員となり、世界各国を訪問して国際的な活動に携わったことを考えると、学生時代から国際社会への関心を持っていたことは興味深い点です。
2003年にノースウェスタン大学を卒業したメーガン妃は、本格的に女優を目指すようになります。
しかし、大学を卒業したからといって、すぐにスターになれたわけではありません。
ハリウッドでは数多くのオーディションを受けながら、少しずつテレビ番組などへの出演機会を増やしていきました。
初期には「General Hospital」などのテレビドラマに出演。
その後、
など、テレビ番組や映画に出演しながら経験を積んでいきます。
「Deal or No Deal」では、賞金額の入ったケースを持つモデル役を務めていた時期もありました。
メーガン妃の人生を大きく変えたのが、2011年に始まったアメリカのテレビドラマ「SUITS/スーツ」への出演です。
メーガンは法律事務所で働くレイチェル・ゼインを演じました。
「SUITS」はアメリカだけでなく世界各国で人気となり、メーガンも女優として広く知られるようになります。
撮影の多くがカナダ・トロントで行われていたため、この時期のメーガンはロサンゼルスではなく、主にトロントを拠点として生活していました。
長い下積みを経て30歳前後で大きな役を獲得したことから、メーガンのキャリアは「突然スターになった」というより、10年近く小さな仕事を積み重ねた末に成功したケースといえます。

メーガン妃とイギリスのヘンリー王子が交際を始めたのは2016年です。
共通の知人を通じて紹介されたことがきっかけとされ、交際開始後しばらくは関係を公にしていませんでした。
しかし世界的な人気女優とイギリス王室の王子との交際だったため、やがて欧米メディアが大きく報道するようになります。
2017年11月には婚約が正式に発表されました。
2018年5月19日、メーガン・マークルとヘンリー王子はイギリス・ウィンザー城のセント・ジョージ礼拝堂で結婚式を挙げました。
結婚に伴い、ヘンリー王子には「サセックス公爵」の称号が与えられ、メーガンはサセックス公爵夫人(Duchess of Sussex)となりました。
日本では一般的に「メーガン妃」と呼ばれることが多いですが、正式な称号を日本語にすると「サセックス公爵夫人」です。
ロサンゼルスに生まれ、女優としてオーディションを受け続けていた女性が英国王室の一員となったことで、その生い立ちにも世界中から注目が集まりました。
メーガン妃について「一般家庭からプリンセスになった」と表現されることがありますが、少し注意が必要です。
確かに王族や貴族の家系に生まれたわけではありません。
一方で、父親はハリウッドのテレビ制作業界で専門職として働いており、メーガン自身もロサンゼルスの私立学校に通い、その後は名門ノースウェスタン大学へ進学しています。
そのため、経済的に極めて厳しい家庭環境から成功したというタイプの「シンデレラストーリー」と捉えるのは正確ではありません。
むしろ、
という過程を経てキャリアを築いた人物と見る方が実像に近いでしょう。
メーガン妃の生い立ちを時系列で簡単にまとめると、次のようになります。
| 年 | 出来事 |
|---|---|
| 1981年 | ロサンゼルスで誕生 |
| 1987年ごろ | 両親が離婚 |
| 1992~1993年ごろ | 食器用洗剤CMの表現に疑問を持ち企業などへ手紙を送る |
| 高校時代 | Immaculate Heart High Schoolで学ぶ |
| 大学時代 | ノースウェスタン大学で演劇と国際関係を学ぶ |
| 大学時代 | ブエノスアイレスのアメリカ大使館でインターンを経験 |
| 2003年 | ノースウェスタン大学卒業 |
| 2011年 | ドラマ「SUITS/スーツ」のレイチェル・ゼイン役でブレイク |
| 2016年 | ヘンリー王子との交際が明らかになる |
| 2017年 | ヘンリー王子との婚約を発表 |
| 2018年 | ヘンリー王子と結婚しサセックス公爵夫人となる |
メーガン妃は1981年、アメリカ・ロサンゼルスでテレビ業界に携わる父トーマス・マークルと、アフリカ系アメリカ人の母ドリア・ラグランドの間に生まれました。
6歳ごろに両親が離婚し、二つの家庭を行き来しながら育っています。
11歳のころにはテレビCMにおける女性の描かれ方に疑問を持ち、企業などへ手紙を書いたことで知られています。
その後、名門ノースウェスタン大学で演劇と国際関係を学び、アメリカ大使館でのインターンも経験。大学卒業後は外交の道ではなく女優を選び、長い下積みを経て「SUITS/スーツ」で成功を収めました。
そして2016年にヘンリー王子との交際が始まり、2018年に結婚。サセックス公爵夫人となりました。
「アメリカ人女優から英国王室へ」という華やかな部分に目が向きがちですが、メーガン妃の生い立ちを見ると、幼少期から社会問題に関心を持ち、演劇と国際関係を学び、自らキャリアを築いてきたという背景があることが分かります。