2026年9月に行われる沖縄県知事選挙への出馬を表明し、注目されているのが比嘉隆(ひが・たかし)氏です。
比嘉氏は沖縄県宜野湾市出身で、国土交通省、本部町役場、宜野湾市役所などで行政に携わった後、民間企業の経営者に転身しました。
2022年の宜野湾市議会議員選挙を皮切りに、沖縄県議選、宜野湾市長選、衆議院選、参議院選などに相次いで立候補。2026年には衆議院選挙にも出馬し、さらに同年9月の沖縄県知事選への立候補を表明しています。
これまでの選挙では一貫して、新型コロナワクチン政策の見直しや接種後の健康問題への支援を大きな政策テーマとして掲げてきました。
この記事では、比嘉隆氏の学歴、国土交通省や自治体での勤務歴、現在経営している会社、これまでの選挙歴、沖縄県知事選への出馬まで詳しく紹介します。
| 氏名 | 比嘉 隆(ひが・たかし) |
|---|---|
| 生年月日 | 1977年7月24日 |
| 年齢 | 49歳(2026年8月現在) |
| 出身地 | 沖縄県宜野湾市 |
| 出身高校 | 沖縄県立球陽高等学校 |
| 出身大学 | 沖縄国際大学商経学部経済学科 |
| 主な職歴 | 国土交通省職員、本部町職員、宜野湾市職員、会社経営 |
| 現在の主な肩書 | 株式会社リュウタン代表取締役、合同会社テクノ探査代表取締役 |
| 所属 | 無所属 |

比嘉隆氏は1977年7月24日、沖縄県宜野湾市に生まれました。
報道では宜野湾市新城の出身と紹介されています。
宜野湾市といえば、米軍普天間飛行場を抱え、基地問題が長年にわたって市政・県政の重要なテーマとなってきた地域です。
比嘉氏はその宜野湾市で育ち、後には宜野湾市役所の職員として勤務し、さらに宜野湾市議選や市長選にも立候補することになります。
比嘉氏は1996年に沖縄県立球陽高等学校を卒業しています。
球陽高校は沖縄県沖縄市にある県立高校で、県内の進学校の一つとして知られています。
高校卒業後は沖縄国際大学へ進学しました。
学部・学科は商経学部経済学科で、2001年に卒業しています。
沖縄国際大学は宜野湾市にキャンパスを置く私立大学であり、比嘉氏は地元沖縄で大学生活を送ったことになります。
大学卒業後の比嘉氏の経歴で注目されるのが、国土交通省で勤務した経験です。
比嘉氏の略歴では、国土交通省職員を務めた後、沖縄県内の自治体職員になったことが紹介されています。
ただし、国土交通省で勤務していた具体的な期間や所属部署、担当業務については、現在公表されているプロフィールや主要報道では詳しく明らかになっていません。
そのため、「国土交通省職員として勤務した」というところまでが、現時点で確認できる主な経歴となります。
国土交通省勤務の後には、沖縄県北部の本部町で自治体職員として勤務しました。
本部町は沖縄本島北部に位置し、沖縄美ら海水族館などを抱える観光地としても知られています。
国の行政機関だけではなく、地方自治体の現場も経験していることが比嘉氏の職歴の特徴の一つです。
その後、出身地である宜野湾市の職員として勤務しました。
つまり比嘉氏には、
という、国と地方自治体双方で行政実務に携わった経験があります。
一方、それぞれの行政機関で何年勤務したのか、どの部署を担当していたのかなどについては、公表情報が限られています。
行政職を離れた後、比嘉氏は会社経営者として活動しています。
現在の主な肩書の一つが、株式会社リュウタン代表取締役です。
同社は沖縄県内で磁気探査などの業務を手がけています。
沖縄では第二次世界大戦・沖縄戦で使用された不発弾が現在も地中から発見されることがあり、建設工事などの前に磁気探査が行われることがあります。
比嘉氏はこうした土木・調査分野の会社を経営する立場になりました。
比嘉氏は合同会社テクノ探査の代表取締役も務めています。
2026年の衆議院選挙に際して公表された本人のプロフィールでも、
という2つの肩書が記載されています。
行政機関の職員から民間企業経営者へ転身した後、政治活動にも力を入れるようになったというのが比嘉氏の大まかなキャリアです。
比嘉隆氏が選挙に立候補したのは、2022年9月の宜野湾市議会議員選挙が最初です。
無所属の新人として立候補しました。
この選挙では430票余りを獲得しましたが、当選には届きませんでした。
しかし、比嘉氏はその後も政治活動を続け、さまざまな選挙に立候補していくことになります。
2024年6月には沖縄県議会議員選挙の宜野湾市選挙区に無所属で立候補しました。
この選挙では901票を獲得しましたが、落選しています。
市議会議員から県議会議員へと挑戦する選挙でしたが、議席獲得には至りませんでした。
県議選から約3か月後の2024年9月には、宜野湾市長選挙に立候補しました。
この市長選は、当時の松川正則市長が亡くなったことに伴って行われたものです。
比嘉氏のほか、元市長の佐喜真淳氏、元宜野湾市議の桃原功氏が立候補し、3人による選挙戦となりました。
比嘉氏は新型コロナワクチン接種後の健康問題への対応を重視し、市役所に対策部署を設置することなどを訴えました。
また、普天間飛行場の辺野古移設問題については、当時「中立」の立場を示していました。
選挙の結果、佐喜真淳氏が当選し、比嘉氏は落選しました。

宜野湾市長選から間もない2024年10月には、第50回衆議院議員総選挙に挑戦しました。
沖縄2区から無所属で立候補し、新型コロナワクチン政策の見直しなどを訴えました。
沖縄2区には宜野湾市や浦添市、嘉手納町、北谷町などが含まれており、米軍基地問題も重要な争点となる選挙区です。
比嘉氏は2,374票を獲得しましたが、当選には届きませんでした。
2025年7月には、参議院議員選挙の沖縄県選挙区に無所属で立候補しました。
それまでの選挙では宜野湾市や沖縄2区など沖縄本島中部が選挙活動の中心でしたが、参議院選挙では沖縄県全域を対象に選挙運動を展開することになりました。
この選挙でも、新型コロナワクチンやいわゆるレプリコンワクチンの接種中止、接種後に健康被害を訴える人への支援制度などを主要政策として掲げました。
比嘉氏は1万5,112票を獲得しましたが、当選には至りませんでした。
2026年2月の衆議院議員総選挙では、比嘉氏は再び沖縄2区から無所属で立候補しました。
この選挙でも最も強く訴えたテーマは、新型コロナワクチン政策でした。
比嘉氏は接種の中止や、接種後の健康問題を訴える人への救済制度創設などを主張しました。
当選には届かなかったものの、比嘉氏は2022年以降、地方選挙から国政選挙まで途切れることなく挑戦を続けています。
そして2026年7月、比嘉隆氏は沖縄県知事選挙への立候補を表明しました。
2026年の沖縄県知事選は8月27日告示、9月13日投開票の日程で行われる予定です。
8月21日現在は告示前であるため、選挙制度上はまだ正式な立候補届出前ですが、比嘉氏は無所属での出馬を表明している「立候補予定者」の一人となっています。
比嘉氏は県庁で行った出馬表明の会見で、県民の命と健康を守ることを最大のテーマとして掲げました。
比嘉氏の政治活動を理解する上で欠かせないのが、新型コロナワクチン政策に対する強い問題意識です。
2022年の宜野湾市議選以降、一貫して新型コロナワクチン接種の中止や、接種後に健康上の問題を訴える人への支援を求めています。
2026年の沖縄県知事選に向けても、主に次のような政策を掲げています。
比嘉氏はこれらを「県民の命と健康を守る」という観点から主張しています。
なお、ワクチンと個別の健康症状との因果関係については医学的な評価が必要であり、比嘉氏が政治的に主張している内容と、医学・公衆衛生上確立された知見とは区別して見る必要があります。
比嘉氏は2022年に初めて選挙へ立候補してから、非常に短い期間に地方選挙と国政選挙の両方へ繰り返し挑戦しています。
| 年 | 選挙 | 結果 |
|---|---|---|
| 2022年 | 宜野湾市議会議員選挙 | 落選 |
| 2024年6月 | 沖縄県議会議員選挙 | 落選 |
| 2024年9月 | 宜野湾市長選挙 | 落選 |
| 2024年10月 | 衆議院議員選挙・沖縄2区 | 落選 |
| 2025年7月 | 参議院議員選挙・沖縄県選挙区 | 落選 |
| 2026年2月 | 衆議院議員選挙・沖縄2区 | 落選 |
| 2026年9月 | 沖縄県知事選挙 | 出馬表明 |
| 年 | 経歴 |
|---|---|
| 1977年 | 沖縄県宜野湾市に生まれる |
| 1996年 | 沖縄県立球陽高等学校卒業 |
| 2001年 | 沖縄国際大学商経学部経済学科卒業 |
| その後 | 国土交通省職員として勤務 |
| その後 | 本部町職員として勤務 |
| その後 | 宜野湾市職員として勤務 |
| その後 | 株式会社リュウタン、合同会社テクノ探査の代表取締役 |
| 2022年 | 宜野湾市議会議員選挙に立候補 |
| 2024年 | 沖縄県議選、宜野湾市長選、衆議院選に相次いで立候補 |
| 2025年 | 参議院議員選挙・沖縄県選挙区に立候補 |
| 2026年2月 | 衆議院議員選挙・沖縄2区に立候補 |
| 2026年7月 | 沖縄県知事選への出馬を表明 |
比嘉隆氏の経歴を振り返ると、一般的な政党政治家とは少し異なるキャリアであることが分かります。
政治家秘書や地方議員を長く務めてから首長や国政を目指したのではなく、国土交通省、地方自治体の職員、民間会社の経営者を経験した後に政治活動へ入った人物です。
また、2022年の初出馬以降、一つの選挙で落選しても活動を終えるのではなく、市議選、県議選、市長選、衆院選、参院選と選挙への挑戦を続けている点も特徴的です。
大政党の支援を受ける候補とは異なり、無所属で独自の政策を前面に出した選挙活動を続けています。
2026年沖縄県知事選では、現職の玉城デニー知事をはじめ、古謝玄太氏、下地幹郎氏など複数の立候補予定者が名乗りを上げています。
基地問題や沖縄経済、物価高対策、子育て支援などが大きな争点になる中、比嘉氏は他の主要候補とは異なり、ワクチン政策と県民の健康問題を選挙戦の中心に据えています。
これまでの地方選挙・国政選挙では当選に至っていませんが、2025年の参院選では1万票を超える票を獲得しました。
県内全域を対象とする知事選で、これまで訴えてきた政策がどの程度の支持を集めるのかも注目されます。
比嘉隆氏は1977年7月24日生まれ、沖縄県宜野湾市出身です。
県立球陽高校を卒業後、沖縄国際大学商経学部経済学科に進学し、2001年に卒業しました。
その後は国土交通省、本部町、宜野湾市で職員として勤務。行政職を離れた後は、株式会社リュウタンや合同会社テクノ探査の代表取締役として会社経営に携わっています。
2022年の宜野湾市議選で初めて選挙に挑戦して以降、2024年の沖縄県議選、宜野湾市長選、衆院選、2025年の参院選、2026年の衆院選と相次いで立候補しました。
そして2026年7月には、9月13日投開票の沖縄県知事選への出馬を表明しました。
これまで一貫して訴えてきた新型コロナワクチン政策や接種後の健康問題への対応を中心に、県知事選でどのような政策を示し、どこまで県民の支持を広げるのかが注目されます。