実業家の福山敦士(ふくやま・あつし)氏が、2026年10月に行われる横浜市長選挙に立候補する意向を固めたことが報じられ、注目を集めています。
福山氏は1989年生まれの37歳。横浜市出身で、慶應義塾高校時代には野球部員として甲子園に出場しました。
慶應義塾大学卒業後はサイバーエージェントに入社。その後、若くしてグループ会社の取締役を務め、27歳で独立。会社の設立やM&Aを繰り返してきた実業家として知られています。
さらに、プロ野球独立リーグの香川オリーブガイナーズの経営にも参画するなど、スポーツビジネスでも活動してきました。
政治家としての経歴は長くありませんが、2025年の横浜市長選にも無所属で出馬し、14万8236票を獲得しています。
今回はそれから約1年後という異例の早さで、再び横浜市長選に挑戦することになります。
福山敦士氏とはどのような人物なのでしょうか。
これまでの学歴、野球歴、会社員・経営者としての経歴、そして横浜市長選への出馬について詳しく見ていきます。
| 名前 | 福山敦士(ふくやま あつし) |
|---|---|
| 生年 | 1989年(平成元年) |
| 年齢 | 37歳(2026年現在) |
| 出身 | 神奈川県横浜市 |
| 出身小学校 | 横浜市立鴨志田第一小学校 |
| 出身中学校 | 横浜市立鴨志田中学校 |
| 高校 | 慶應義塾高等学校 |
| 大学 | 慶應義塾大学環境情報学部 |
| 主な経歴 | サイバーエージェント、会社経営、起業、M&A、スポーツビジネス、教育活動など |
| 政治歴 | 2025年横浜市長選に立候補 |

福山敦士氏は1989年に横浜市で生まれ、横浜で育ちました。
公式プロフィールによると、ナザレ幼稚園、横浜市立鴨志田第一小学校、鴨志田中学校を経て、慶應義塾高校へ進学しています。
現在の横浜市青葉区を地元とする人物です。
福山氏は過去の選挙活動などで、自身が母子家庭で育ち、公的な制度の支援も受けながら学んできたことを明らかにしています。
その経験から、生まれ育った横浜に対する「恩返し」という言葉をたびたび使っており、これが市長選へ挑戦する大きな動機の一つになっているようです。

福山氏の経歴で目を引くのが、高校時代の野球歴です。
慶應義塾高校では野球部に所属し、2005年の第77回選抜高校野球大会、いわゆる春の甲子園に出場しました。
チームはベスト8まで進出しています。
福山氏は小学生のころから野球を続けており、学生時代は長く野球中心の生活を送っていました。
慶應義塾大学進学後も野球に関わりましたが、高校までとは異なり、チーム運営や組織づくりという面にも関心を広げていったとされています。
後に会社経営やプロ野球独立リーグの球団経営に関わることを考えると、若いころの野球経験は福山氏の経歴を理解する重要なポイントといえそうです。
慶應義塾高校卒業後は、慶應義塾大学環境情報学部へ進学しました。
環境情報学部は、湘南藤沢キャンパス(SFC)を拠点とする学部です。
大学時代には野球チームにおけるコーチングや組織について研究するなど、スポーツと組織運営を結び付ける活動にも取り組んでいました。
大学卒業後の2011年には、IT大手のサイバーエージェントへ入社します。
福山氏は2011年、慶應義塾大学卒業後にサイバーエージェントへ入社しました。
入社1年目からグループ会社の立ち上げに参加し、スマートフォン関連事業などに携わりました。
その後、サイバーエージェントのグループ会社である株式会社シロクへ移り、25歳で取締役に就任。
営業本部長なども務めています。
20代半ばですでに会社経営に近い立場を経験していたことになります。
福山氏は2016年、27歳でサイバーエージェントを退社して独立。
株式会社レーザービームを設立し、代表取締役に就任しました。
クラウドソーシングサービスなどの事業を立ち上げ、その後、事業や会社を上場企業へ売却するM&Aを経験しています。
レーザービームについても、上場企業の株式会社ショーケースへのM&Aを実施。
福山氏自身もショーケースに入り、執行役員や取締役などを務めました。
単純に会社を起業するだけでなく、
「事業を立ち上げる → 成長させる → M&Aする → 新しい事業へ進む」
というスタイルを繰り返してきた点が、福山氏の実業家としての特徴です。
公式プロフィールでは、2026年8月時点で買収・売却・合併を合わせて計10回のM&Aを実行したとしています。
2020年には営業支援会社のギグセールス株式会社にM&Aを通じて参画。
同社はその後、DORIRU株式会社へ社名を変更しています。
福山氏は同社の代表取締役も務めました。
このほかYouTube関連事業を立ち上げ、上場企業グループへ譲渡するなど、複数の事業の立ち上げ・売却・経営に関わっています。
会社員から起業家、上場企業役員、企業買収を行う経営者へとキャリアを広げてきた人物といえます。
2023年にはスポーツビジネスにも本格的に進出しました。
四国アイランドリーグplusに所属するプロ野球独立リーグ球団香川オリーブガイナーズにM&Aを通じて経営参画し、代表取締役社長に就任しました。
自身も元高校球児である福山氏にとって、ビジネスと野球という二つの経験を組み合わせる仕事となりました。
その後は球団経営の第一線からは退き、オーナー企業側から球団を支援する形へ移っています。
2026年にはスポーツビジネスをさらに広げ、海外サッカークラブの経営にも関わっていることを明らかにしています。
福山氏が会社経営と並んで長く取り組んでいるのがビジネス教育です。
「学問をつくる」というテーマを掲げ、慶應義塾高校などでビジネスに関する授業を行ってきました。
2026年現在は、慶應義塾高校での教育活動に加え、千葉商科大学で准教授として起業論などを担当しています。
起業や会社経営を一部の経営者だけの知識とするのではなく、若い世代が早い段階からビジネスや社会の仕組みについて学ぶことを重視しています。
こうした教育に対する考え方は、後の横浜市長選で掲げる政策にも強く反映されることになります。
福山氏は経営だけでなく、ビジネス書の著者としても知られています。
営業、仕事術、起業などをテーマに多数の書籍を出版しており、公式プロフィールによると著書の累計発行部数は15万部に達しています。
経営者、教育者、作家という複数の顔を持っていることも特徴です。
福山氏が初めて本格的に政治の世界へ挑戦したのは2025年の横浜市長選でした。
当時36歳。
無所属の新人として立候補し、
「稼ぐ力を横浜に」
などを掲げました。
経営者としての経験を市政に生かし、歳出を削減するだけではなく、新しい収入や経済活動を生み出すことで横浜市の財政を改善するという考えを打ち出しました。
2025年の選挙では、現職の山中竹春氏をはじめ6人が立候補。
福山氏は14万8236票を獲得しました。
当選には届きませんでしたが、新人候補として約15万票を集めたことになります。
2025年の選挙公報では、大きく
「けずる」「増やす」「投資する」
という考え方を示していました。
歳出面では、市長報酬や退職金、行政の無駄な支出などを見直すことを主張。
一方で、経済政策として宿泊税の導入、スタートアップを支援する「横浜証券取引所」の創設、市の営業機能を強化する「営業局」の創設などを提案しました。
子どもに関する政策では、
・学校でのビジネス教育導入
・温かい学校給食を提供するための自校調理・親子方式への段階的移行
・子どもがボール遊びをできる場所の拡充
などを掲げました。
ただし、これらは2025年市長選で掲げた政策です。
2026年の市長選でどの政策を引き継ぎ、どの部分を変更するのかについては、今後の正式な政策発表を見る必要があります。
そして2026年9月10日、福山氏が再び横浜市長選に立候補する考えを示したことが報じられました。
今回の市長選は通常の任期満了選挙ではありません。
2025年に再選されていた山中竹春市長について、市職員への複数のパワーハラスメント行為が第三者調査で認定されました。
山中氏は2026年8月28日に辞職を表明し、9月7日に横浜市議会が辞職に全会一致で同意しました。
これに伴い、
2026年10月4日告示、10月18日投開票
の日程で横浜市長選が行われます。
2025年の選挙からまだ約1年しか経っていないため、福山氏が再び立候補することに驚いた人もいるかもしれません。
福山氏は2025年の落選後も、政治家との情報交換や政策提言、市議会などの傍聴を続けてきました。
2026年3月には、もともと市長選に出馬した理由について、ビジネス教育を義務教育へ取り入れるなどの教育改革を進めることや、市政を調べる中で財政などの課題を感じたことが背景にあったと説明しています。
そして今回の出馬については、もともと4年後を視野に準備を進めていたものの、山中前市長の辞職によって市長選が前倒しされたことを受け、再び挑戦する判断をしたとしています。
福山氏は報道機関の取材に、市政を何とかしたい、横浜市に恩返ししたいという趣旨の考えを示しています。
2026年の立候補にあたり、現時点で注目されるのが「市政改革」です。
福山氏は山中前市長のパワハラ問題を単独の問題として見るのではなく、横浜市役所の組織運営も含めて改革する必要があるとの認識を示しています。
また、職員が前向きに働ける環境づくりに取り組みたいとの考えも報じられています。
経営者として企業の組織改革、人材育成、M&A後の組織統合などに携わってきた経験を、市役所という巨大組織の運営にどう結び付けるのかが、今回の選挙における一つのポイントになりそうです。
福山敦士氏のこれまでの経歴を簡単に整理すると、
横浜で生まれ育つ
↓
慶應義塾高校野球部で甲子園出場
↓
慶應義塾大学環境情報学部卒業
↓
サイバーエージェント入社
↓
25歳でグループ会社取締役
↓
27歳で独立・起業
↓
複数のM&Aや上場企業経営を経験
↓
香川オリーブガイナーズの経営に参画
↓
高校・大学でビジネス教育
↓
2025年横浜市長選に初出馬、14万8236票を獲得
↓
2026年横浜市長選へ再び立候補の意向
という流れになります。
政治家として長年活動してきたタイプではなく、民間企業の経営、起業、M&A、スポーツビジネス、教育などを経験した後に政治へ挑戦している点が最大の特徴でしょう。
福山敦士氏は1989年横浜市生まれの実業家・ビジネス教育研究家です。
慶應義塾高校では甲子園に出場し、慶應義塾大学卒業後はサイバーエージェントへ入社。25歳でグループ会社の取締役となり、27歳で独立しました。
その後は複数の会社・事業を立ち上げ、M&Aや上場企業経営を経験。さらに香川オリーブガイナーズなどスポーツビジネスにも活動の場を広げています。
教育分野では、慶應義塾高校や千葉商科大学などでビジネス・起業教育に携わってきました。
2025年には36歳で横浜市長選に初出馬。落選したものの14万8236票を獲得しました。
そして山中竹春前市長の辞職を受けて行われる2026年10月の横浜市長選に、37歳で再び挑戦する考えを示しています。
前回選挙からわずか1年余りで行われる2度目の挑戦です。
2025年に掲げた「稼ぐ力」やビジネス教育などの政策に加え、今回は市役所の組織運営を含む「市政改革」をどのように具体化するのか。
正式な出馬表明と政策発表が注目されます。