前衆議院議員の中谷一馬(なかたに・かずま)氏が、2026年10月に行われる横浜市長選挙に立候補することを表明しました。
中谷氏は、貧しい母子家庭で育ち、中学校卒業後にいったん社会へ出た後、通信制高校で学び直したという経歴の持ち主です。その後は柔道整復師の資格を取得し、飲食店の経営やIT企業の創業に携わったほか、国会議員秘書、神奈川県議会議員、衆議院議員を経験しました。
政治家としては、デジタル政策や行政改革、子どもの貧困対策などに取り組んできました。この記事では、中谷一馬氏の生い立ち、学歴、起業家時代、政治家としての歩み、横浜市長選への出馬理由と主な政策について紹介します。
※この記事は2026年9月12日時点で公表されている情報をもとに作成しています。選挙への政党の対応や公約などは今後変更・追加される可能性があります。
| 氏名 | 中谷一馬(なかたに・かずま) |
|---|---|
| 生年月日 | 1983年8月30日 |
| 年齢 | 43歳(2026年9月時点) |
| 出身・育った地域 | 宮崎県生まれ、神奈川県川崎市育ち |
| 主な経歴 | IT企業役員、国会議員秘書、神奈川県議会議員、衆議院議員 |
| 資格・学位 | 柔道整復師、DCM(デジタルコンテンツマネジメント)修士 |
| 現在 | デジタルハリウッド大学大学院特任教授、政治家、実業家 |
| 横浜市長選での立場 | 無所属 |
中谷一馬氏は1983年に宮崎県で生まれ、神奈川県川崎市で育ちました。本人の公式プロフィールによると、両親の離婚後は母親と2人の妹と暮らし、生活保護を受けた時期もあるなど、経済的に厳しい家庭環境で成長しました。
親族を頼って転居を重ねたため、子どもの頃には4つの小学校と2つの中学校に通ったとされています。川崎市立日吉中学校を卒業した後は高校へ進まず、いったん社会に出ましたが、学歴や経験の壁に直面して思うようにいかなかったと振り返っています。
十代の頃はいわゆる「やんちゃな仲間」の代表格だったことも、本人が著書やインタビューで明らかにしています。一方、家庭の貧困や社会の矛盾を身近に経験したことが、後に政治を志す原点になったと説明しています。
| 学校・教育機関 | 経歴 |
|---|---|
| 川崎市立日吉中学校 | 卒業 |
| 神奈川県立横浜平沼高等学校 通信制課程 | 学び直し、21歳で卒業 |
| 呉竹鍼灸柔整専門学校 | 卒業し、柔道整復師の資格を取得 |
| 慶應義塾大学 経済学部 通信教育課程 | 進学 |
| ソフトバンクアカデミア | 第4期生 |
| デジタルハリウッド大学大学院 | 首席で修了し、DCM修士を取得 |
中谷氏は中学校卒業後に社会へ出ましたが、その後、神奈川県立横浜平沼高校の通信制課程に入り直し、21歳で卒業しました。働きながら呉竹鍼灸柔整専門学校でも学び、柔道整復師の国家資格を取得しています。
さらに、慶應義塾大学経済学部の通信教育課程に進学しました。公式プロフィールでは「進学」とされており、卒業とは記載されていない点には注意が必要です。
その後、デジタルハリウッド大学大学院を首席で修了。インターネット投票のあり方など、デジタル技術を公共政策に生かす「パブリテック」を研究し、DCM修士の学位を取得しました。現在は同大学院の特任教授も務めています。
中谷一馬氏の経歴で特徴的なのが、政治の世界に入る前に起業や企業経営を経験していることです。
中谷氏はバーテンダーとして働いた後、22歳の頃に出資者を得て、東京・渋谷でダイニングバーを開業しました。さらに、後に東証プライム市場へ上場するIT企業gumiの創業に参画。前身企業で執行役員兼マーケティング統括を務めました。
このほか、株式会社プリマプロジェクトの執行役員も経験しています。飲食業とITベンチャーの双方に関わった経験は、中谷氏が政治活動でデジタル化、スタートアップ支援、経済政策を重視する背景の一つになっています。
18歳頃から政治家を志すようになった中谷氏は、若者の政治参加を促す団体を立ち上げ、当時の国会議員の事務所へ積極的に連絡を取るなどして政治との接点を広げました。
その後、第94代内閣総理大臣となった菅直人氏の秘書を務めたほか、衆議院議員・首藤信彦氏の公設第一秘書も経験しました。
2011年の神奈川県議会議員選挙に出馬し、27歳で初当選。当時、神奈川県政史上最年少の県議となりました。県議時代には、第7回マニフェスト大賞の最優秀政策提言賞を受賞し、世界経済フォーラムの若手コミュニティー「Global Shapers」にも選出されています。
中谷氏は2014年の衆議院議員選挙で国政に初挑戦しましたが、この時は落選しました。2017年の衆院選では立憲民主党から立候補し、南関東比例ブロックで復活当選。34歳で衆議院議員となりました。
2021年の衆院選でも比例復活で再選し、2024年の衆院選では神奈川7区で小選挙区初勝利を収め、通算3期を務めました。神奈川7区は区割りの変更があるものの、中谷氏は主に横浜市港北区や都筑区を政治活動の基盤としてきました。
衆議院では、決算行政監視委員会理事、地域活性化・こども政策・デジタル社会形成特別委員会理事、政治倫理審査会幹事などを歴任。立憲民主党では神奈川県連幹事長や政務調査会副会長、「次の内閣」のデジタル・行政改革・公務員改革担当大臣などを務めました。
2026年2月の衆院選には中道改革連合から神奈川7区に立候補しましたが、自民党候補に敗れ、議席を失いました。その後、デジタルハリウッド大学大学院の特任教授として活動する中、横浜市長選への出馬を決断しました。
| 年 | 選挙・結果 |
|---|---|
| 2011年 | 神奈川県議会議員選挙で初当選 |
| 2014年 | 衆議院議員選挙に立候補するも落選 |
| 2017年 | 衆議院議員選挙で初当選(比例復活) |
| 2021年 | 衆議院議員選挙で再選(比例復活) |
| 2024年 | 神奈川7区で小選挙区初勝利、3選 |
| 2026年2月 | 衆議院議員選挙で落選 |
| 2026年9月 | 横浜市長選への立候補を表明 |
2026年9月12日、中谷一馬氏は横浜市内で記者会見を開き、横浜市長選に無所属で立候補すると正式に表明しました。
今回の市長選は、山中竹春前市長がパワーハラスメント問題を巡って辞職したことに伴って行われます。日程は2026年10月4日告示、10月18日投開票です。
中谷氏は出馬会見で、横浜市政が混乱する中、県議や衆議院議員として培った政策実行の経験を市民のために生かしたいとの考えを示しました。「より豊かで、より便利で、幸福度が上がる市政」を目指し、「無所属・横浜市民派」として幅広い支援を求めるとしています。
中谷氏は、正式な政策の全体像を後日発表するとした上で、出馬会見では次のような方向性を示しました。
特にハラスメント対策は、今回の市長選が行われることになった経緯を強く意識した政策です。また、IT企業の創業や国会でのデジタル政策に携わった経験を、市役所の業務改革や市民サービスの向上に生かす姿勢も打ち出しています。
中谷一馬氏は長く立憲民主党に所属し、同党の神奈川県連幹事長などを務めました。2026年2月の衆院選には中道改革連合から立候補しています。
一方、今回の横浜市長選には政党公認ではなく無所属で出馬します。2026年9月12日時点では、立憲民主党が中谷氏への支援を検討していますが、正式な対応はまだ決定前です。そのため、現段階で「立憲民主党公認候補」と表現するのは正確ではありません。
中谷氏は、自身の生い立ちや政治観を記した著書も発表しています。主な著書は次の通りです。
著書の題名からも分かるように、母子家庭の貧困、中卒で社会に出た経験、起業、地方議員、国会議員という自身の歩みを政治活動の原点として語っています。
中谷一馬氏は、母子家庭で育ち、中学卒業後に社会へ出た後、通信制高校で学び直し、柔道整復師の資格取得、飲食店経営、IT企業の創業、国会議員秘書を経て政治家になった人物です。
27歳で神奈川県議会議員に初当選し、その後は衆議院議員を3期務めました。ITやデジタル分野に詳しいだけでなく、地方政治と国政の両方を経験している点が、中谷氏の経歴の大きな特徴です。
2026年の横浜市長選では、ハラスメント対策、防災、学校給食、カジノ誘致の防止、AI・デジタル技術を活用した行政改革などを掲げています。今後発表される詳しい公約では、各政策の財源や実施時期、市役所の組織運営をどのように立て直すのかが注目されます。