中部電力の勝野哲(かつの・さとる)会長が注目を集めています。
2026年9月、浜岡原子力発電所の再稼働審査をめぐるデータ不正問題の責任を取り、勝野会長が辞任する意向を周囲に示したと報じられました。
さらに9月13日には、林欣吾社長も辞任する意向を固めたと報道され、中部電力の会長と社長がそろって引責辞任する見通しとなっています。
勝野哲氏は、慶應義塾大学工学部を卒業後、中部電力に入社。発電所や変電所などの設備部門を中心に経験を積み、社長、会長へと昇進した技術系出身の経営者です。
この記事では、勝野哲会長の学歴や中部電力での経歴、社長時代の実績、今回の辞任報道について詳しく解説します。
※この記事は2026年9月13日現在の公表情報および報道に基づいています。役員人事は今後、正式発表によって内容が変更される可能性があります。
| 名前 | 勝野 哲(かつの さとる) |
|---|---|
| 生年月日 | 1954年6月13日 |
| 年齢 | 72歳(2026年9月現在) |
| 出身地 | 愛知県名古屋市 |
| 最終学歴 | 慶應義塾大学工学部電気工学科卒業 |
| 入社 | 1977年4月、中部電力株式会社入社 |
| 主な役職 | 中部電力代表取締役会長 |
| 主な兼職 | 中部経済連合会会長、中部日本放送社外監査役など |
勝野哲氏は1954年6月13日、愛知県名古屋市生まれです。
2026年9月現在の年齢は72歳。地元・中部地方を代表する電力会社に約半世紀にわたって勤務してきた、生え抜きの経営者です。
勝野哲氏は、慶應義塾大学工学部電気工学科を1977年3月に卒業しました。
大学では、中部電力の事業と深く関係する電気工学を学んでいます。
卒業した1977年4月に中部電力へ入社し、その後は発電、変電、設備計画などの技術部門を中心にキャリアを重ねました。
営業や財務部門から経営トップになった人物ではなく、電力設備の建設、保守、運用などを熟知した技術系出身の経営者であることが、勝野氏の経歴の大きな特徴です。
勝野哲氏の主な経歴は次のとおりです。
| 年月 | 主な経歴 |
|---|---|
| 1977年3月 | 慶應義塾大学工学部電気工学科卒業 |
| 1977年4月 | 中部電力株式会社入社 |
| 1995年7月 | 工務部計画グループ担当課長 |
| 1997年7月 | 工務部発変電グループ課長 |
| 2000年7月 | 工務部発変電グループ部長 |
| 2001年7月 | 静岡支店工務部長 |
| 2002年7月 | 名古屋支店工務部長 |
| 2003年7月 | 経営戦略本部設備・投資計画グループ部長 |
| 2005年7月 | 執行役員・岡崎支店長 |
| 2007年7月 | 常務執行役員・東京支社長 |
| 2010年6月 | 取締役専務執行役員・経営戦略本部長 |
| 2013年6月 | 代表取締役副社長執行役員・経営戦略本部長 |
| 2015年6月 | 代表取締役社長・社長執行役員 |
| 2016年6月 | 電気事業連合会会長に就任 |
| 2020年4月 | 中部電力代表取締役会長に就任 |
| 2025年6月 | 中部経済連合会会長に就任 |
勝野氏は入社後、水力発電所や変電所の工事・保守などに携わりました。
若手時代には静岡県の畑薙第一水力発電所に勤務し、その後も送変電設備の計画や保守、電力需給計画などの業務を経験しています。
工務部、静岡支店、名古屋支店などで設備関係の責任者を務めた後、経営戦略本部へ移り、設備投資と経営戦略の両方に関わるようになりました。
現場の技術者から支店長、東京支社長、経営戦略本部長へと進み、最終的に社長へ就任した経歴から、社内の幅広い部門を経験した人物であることが分かります。
勝野哲氏は2015年6月、代表取締役社長に就任しました。
社長就任当時の電力業界は、電力小売りの全面自由化や発送電分離、再生可能エネルギーの拡大など、大きな変革期を迎えていました。
勝野氏の社長在任中には、東京電力グループとの共同出資会社JERAへの火力発電事業の統合が進められました。
また、2020年4月には中部電力の送配電事業と小売事業が分社化され、次の3社を中心とする体制へ移行しています。
勝野氏は、従来の地域電力会社から総合エネルギー企業グループへの転換が進められた時期に、経営トップを務めていたことになります。
勝野氏は2016年から2020年まで、全国の大手電力会社などで構成される電気事業連合会の会長を務めました。
電気事業連合会会長は、電力業界を代表してエネルギー政策や原子力発電、電力の安定供給などについて発言する立場です。
中部電力の経営だけでなく、日本の電力業界全体に関わる役割も担っていたことから、エネルギー業界で大きな影響力を持つ経営者の一人といえます。
2020年4月、勝野氏は社長を退任し、代表取締役会長に就任しました。
後任社長には林欣吾氏が就任。以後は勝野会長と林社長の体制で、中部電力グループの経営が進められてきました。
代表権を持つ会長であるため、単なる名誉職ではなく、グループ経営や重要な経営判断に関わる立場です。
2026年6月の定時株主総会でも勝野氏の取締役再任案が可決され、代表取締役会長を続けていました。
勝野氏は2025年6月、中部経済連合会(中経連)の会長に就任しました。
中部経済連合会は、愛知県、岐阜県、三重県、静岡県、長野県などを中心とする企業や経済団体で構成され、中部地方の産業政策や地域振興について提言を行う団体です。
歴代会長には中部地方を代表する企業の経営者が就いており、勝野氏も中部電力だけでなく、中部経済界を代表する人物となりました。
中部電力会長を辞任した場合、中部経済連合会会長などの兼職をどうするのかも今後の焦点となりそうです。
勝野哲氏が今回注目されているのは、浜岡原子力発電所の再稼働審査に関するデータ不正問題を受け、会長を辞任する意向と報じられたためです。
問題となっているのは、浜岡原発3号機と4号機の再稼働に必要な新規制基準適合性審査で使われる「基準地震動」の策定です。
基準地震動とは、原子力発電所の耐震安全性を評価するうえで基準となる地震の揺れを指します。
中部電力は2026年1月、地震動評価に使用する代表波の選定について、原子力規制委員会の審査会合で説明していた内容とは異なる方法や、意図的とみられる方法が使われていた疑いが確認されたと発表しました。
原子力発電所の安全性に直接関係するデータであることから、審査の信頼性だけでなく、中部電力の企業統治や組織風土を問う重大な問題へと発展しています。
中部電力は、外部の弁護士などで構成する調査委員会を設置し、問題の経緯や原因、経営陣の責任について調査を進めてきました。
2026年9月11日には、調査委員会から報告書を受領しています。
報道によると、勝野氏はガバナンス上の責任を取り、中部電力会長を辞任する意向を周囲に示したとされています。
ただし、中部電力は9月11日の時点で、役員人事について「現時点で決定している事実はない」と説明していました。
そのため、9月13日現在では「辞任が正式決定した」という段階ではなく、複数の報道機関が辞任の意向を伝えている状況です。
9月13日には、林欣吾社長もデータ不正問題の責任を取り、辞任する意向を固めたと報じられました。
勝野会長と林社長がそろって退任すれば、中部電力の経営体制は大きく変わることになります。
また、不正が始まった時期に社長を務めていた水野明久相談役についても、相談役を退くことが検討されていると伝えられています。
中部電力は9月14日に調査報告書を公表し、記者会見を開く予定とされており、その場で役員の進退や再発防止策について説明される可能性があります。
現時点で、勝野哲氏本人がデータの不正操作を指示したと公表されたわけではありません。
今回報じられている辞任は、不正行為に直接関与した責任というよりも、長年にわたり社長や会長を務めてきた経営トップとしての監督責任やガバナンス上の責任を取るものとみられます。
外部調査委員会の詳しい認定内容は、報告書が正式に公表された後に確認する必要があります。
個人の直接的な関与と、会社のトップとして負う経営責任は分けて考えることが重要です。
中部電力の勝野哲会長は、1954年に愛知県名古屋市で生まれ、慶應義塾大学工学部電気工学科を卒業した技術系出身の経営者です。
1977年に中部電力へ入社して以来、発変電設備、支店運営、設備投資、経営戦略などの部門を経験し、2015年に社長、2020年に代表取締役会長へ就任しました。
電気事業連合会会長や中部経済連合会会長も務め、日本の電力業界と中部経済界の両方で重要な役割を担ってきた人物です。
しかし、浜岡原発の再稼働審査をめぐるデータ不正問題により、中部電力に対する信頼は大きく揺らいでいます。
2026年9月13日現在、勝野会長と林欣吾社長はいずれも辞任する見通しと報じられていますが、正式な役員人事や辞任時期については、今後の中部電力の発表を待つ必要があります。