イエメンの親イラン武装組織フーシ派は、もともとはイエメン北部を拠点とする地域的な武装運動でした。しかし現在では、弾道ミサイル、巡航ミサイル、攻撃用ドローン、対艦兵器などを保有し、紅海を航行する商船や周辺国の重要施設を脅かす軍事組織へと変化しています。
2026年7月には、フーシ派がサウジアラビアに対する「海上封鎖」を宣言し、紅海を航行していたサウジアラビア関連の石油タンカーを攻撃したと発表しました。サウジ側もイエメン西部にあるフーシ派の軍事施設を攻撃しており、両者の軍事的緊張は再び高まっています。
フーシ派の強さは、戦闘員の数だけでは説明できません。イエメンの地理を利用した防御力、長年の内戦で蓄積した実戦経験、イランから提供されたとされる技術や部品、そして比較的安価な兵器で高価な防空システムや艦艇に負担を与える能力が、フーシ派の軍事力を支えています。
フーシ派の正式名称は「アンサール・アッラー」で、日本語では「神の支持者」などと訳されます。イエメン北西部を中心とするイスラム教シーア派系のザイド派を基盤として発展した政治・宗教・軍事運動です。
フーシ派は2014年に首都サヌアを掌握し、翌2015年にはイエメン政府を事実上国外へ追い出しました。これに対し、サウジアラビアを中心とする連合軍が軍事介入し、イエメン内戦が本格化しました。
フーシ派は現在、首都サヌアを含むイエメン北部と西部の人口密集地域を支配しています。一方、南部や東部には国際的に承認された政府や、サウジアラビア、アラブ首長国連邦の支援を受ける複数の勢力が存在しています。
フーシ派の正確な兵力は公表されていません。正規の戦闘員、部族勢力、治安部隊、予備役、短期間の訓練を受けた新兵などの区別が不明確であるためです。
一部の分析では、2025年時点の兵力を約35万人と推定しています。また、フーシ派側は2023年末以降、紅海での軍事行動に伴って20万人以上を新たに動員したと主張しています。ただし、こうした数字には常時戦闘に投入できない人員も含まれる可能性があり、実際の即応兵力はこれより少ないと考えられます。
フーシ派は単なる民兵組織ではなく、旧イエメン軍から獲得した部隊や装備、ミサイル技術者、情報・治安機関などを取り込んでいます。そのため、組織の一部は一般的な反政府武装勢力よりも、国家の軍隊に近い機能を持っています。

| 分野 | 主な能力 | 特徴 |
|---|---|---|
| 地上部隊 | 歩兵、機関銃、迫撃砲、砲兵、装甲車両 | 山岳地帯での戦闘経験が豊富 |
| 弾道ミサイル | 短距離・中距離弾道ミサイル | 周辺国やイスラエル方面への攻撃が可能 |
| 巡航ミサイル | 対地・対艦巡航ミサイル | 低空飛行により探知が難しい場合がある |
| ドローン | 自爆型、長距離型、偵察型 | 比較的低コストで大量投入が可能 |
| 対艦兵器 | 対艦ミサイル、無人艇、機雷 | 紅海とバブ・エル・マンデブ海峡を脅かす |
| 防空兵器 | 地対空ミサイル、携帯型防空ミサイル | 一部の航空機や無人機を撃墜 |
| 対戦車兵器 | 対戦車誘導ミサイル、ロケット弾 | 山岳地帯や国境地帯で効果を発揮 |

フーシ派の軍事力を象徴する兵器が弾道ミサイルです。
フーシ派は、旧イエメン軍が保有していた旧ソ連系のミサイルを基礎にしながら、イラン製兵器と類似した新型ミサイルを導入してきました。代表的な名称として、ブルカン、バドル、トゥーファーン、パレスチナなどが知られています。
これらのミサイルには、イエメン国内の政府軍拠点を攻撃する短距離型から、サウジアラビアの首都リヤドや石油関連施設、さらにイスラエル方面まで到達可能とされる長距離型まであります。
国連専門家パネルは、フーシ派がミサイル、ドローン、無人艇などを組み合わせ、長距離攻撃能力を継続的に発展させてきたと報告しています。2025年の国連報告書によると、フーシ派指導者は、それまでにミサイル、ドローン、船舶などを使用した攻撃を1679回以上実施したと主張していました。
弾道ミサイルは高速で落下するため、迎撃にはパトリオットなどの高性能防空システムが必要になります。命中しなかった場合でも、迎撃ミサイルを消費させ、相手側に高額な防衛費を負担させる効果があります。
フーシ派は弾道ミサイルだけでなく、巡航ミサイルも運用しています。
弾道ミサイルが上空へ大きく上昇してから目標へ落下するのに対し、巡航ミサイルは航空機のように比較的低い高度を飛行します。そのため、地形や地球の曲面によってレーダーから発見されるまでの時間が短くなる場合があります。
フーシ派が公開している「クッズ」系列の巡航ミサイルは、イランが保有する巡航ミサイル技術との関連が指摘されています。サウジアラビアの空港、発電所、石油関連施設などが、過去に巡航ミサイルやドローンの攻撃対象となりました。
フーシ派にとって、ドローンは最も費用対効果の高い兵器の一つです。
使用されているドローンには、偵察を目的とする機体のほか、爆発物を積んで目標に突入する自爆型の機体があります。フーシ派は「サマド」「ワーイド」「カセフ」など、複数の名称のドローンを公開しています。
一部の長距離型ドローンは、1000キロを超える距離を飛行できるとされ、サウジアラビアやアラブ首長国連邦だけでなく、イスラエル方面への攻撃にも使用されています。
イランは2015年以降、フーシ派に対して高度な弾道ミサイル、巡航ミサイル、長距離無人航空機の技術や装備を提供してきたと、米国の研究機関などが指摘しています。
ドローンは戦闘機や大型ミサイルに比べて安価で、複数機を同時に発射できます。相手側は、比較的安価なドローンを撃墜するために、高価な迎撃ミサイルを使用しなければならない場合があります。

紅海で特に警戒されているのが、フーシ派の対艦ミサイルです。
フーシ派は中国系のC801、C802と類似する対艦巡航ミサイルや、イラン製兵器を基礎にしたとみられる対艦兵器を保有しているとされます。さらに、海上を航行する艦船を狙う対艦弾道ミサイルも公開しています。
対艦弾道ミサイルは上空から高速で艦船付近へ落下するため、従来型の対艦巡航ミサイルとは異なる迎撃能力が必要になります。
フーシ派は2015年以降、サウジアラビア、アラブ首長国連邦、米国などの艦船や、民間の貨物船、タンカーに対して対艦ミサイルを使用してきました。

フーシ派は、爆発物を積んだ小型の無人艇も運用しています。
無人艇は海面近くを高速で移動し、艦船や港湾施設に接近して爆発する兵器です。一般的なミサイルと比べて速度は遅いものの、海上交通が混雑する海域では、通常の小型船と見分けることが難しい場合があります。
フーシ派は無人艇のほか、有人の小型高速艇、海上機雷、対艦ミサイルなどを組み合わせて使用できます。こうした複数の脅威を同時に展開することで、艦船側の監視や防御を複雑にしています。
フーシ派は、紅海沿岸やイエメン近海に機雷を設置する能力も持っているとされています。
機雷は比較的安価ですが、一つでも発見されれば、周辺海域の航行を停止し、掃海作業を実施しなければなりません。実際に船舶へ被害を与えなくても、機雷が存在する可能性だけで物流を混乱させられます。
ただし、フーシ派が紅海全体を完全に封鎖できるわけではありません。米国や欧州諸国を含む海軍は、艦艇、航空機、衛星、無人機などを使って航路を監視できます。
それでも、攻撃の可能性が高まれば、船会社が紅海を避けてアフリカ南端の喜望峰を回る航路を選ぶことがあります。航海日数、燃料費、保険料が増えるため、実際に船を沈めなくても世界経済に影響を与えられます。
フーシ派の最大の強みの一つは、イエメンの地理的位置です。
イエメン西部は紅海に面しており、その南端にはバブ・エル・マンデブ海峡があります。この海峡は、紅海とアデン湾を結ぶ狭い航路です。
アジアとヨーロッパを結ぶ多くの船舶は、バブ・エル・マンデブ海峡、紅海、スエズ運河を通過します。フーシ派はイエメン西岸からミサイル、ドローン、無人艇を使用することで、この重要航路を脅かすことができます。
2026年7月、フーシ派はサウジアラビアの港への入港や出港に関係する船舶を攻撃対象にすると警告しました。この影響で、サウジアラビア産原油を積んだ複数のタンカーが紅海で進路を変更しました。
フーシ派がすべての船舶を物理的に止めることは困難ですが、攻撃の危険性を高め、船会社に航路変更を選ばせることは可能です。これがフーシ派のいう「海上封鎖」の実態に近いと考えられます。
フーシ派は本格的な空軍を持っていませんが、限定的な防空能力を保有しています。
携帯型地対空ミサイル、旧イエメン軍が保有していた防空ミサイル、改造型ミサイルなどを使用しているとされます。過去にはサウジアラビア軍の戦闘機やヘリコプター、米軍の無人偵察機を撃墜した例があります。
ただし、フーシ派がイエメン上空全体を防衛できるわけではありません。米軍、イスラエル軍、サウジアラビア軍などは、フーシ派支配地域に対して繰り返し空爆を実施しています。
フーシ派の防空能力は、敵の航空作戦を完全に阻止するものではなく、低空を飛ぶ無人機やヘリコプターに危険を与え、偵察や空爆のコストを高める能力と見るのが適切です。
フーシ派は、ミサイルやドローンが注目される以前から、地上戦に強い組織として知られていました。
本拠地であるイエメン北西部は山が多く、道路が限られています。フーシ派は地形を熟知しており、小規模な部隊による待ち伏せ、狙撃、対戦車ミサイル、迫撃砲などを組み合わせて戦います。
フーシ派は2004年から2010年にかけて、当時のイエメン政府軍と複数回の戦争を経験しました。さらに2015年以降は、サウジアラビア主導の連合軍や、イエメン政府側部隊との長期戦を続けています。
この20年以上にわたる戦闘経験が、部隊運用、地下施設の建設、兵器の分散、攻撃後の移動などの能力につながっています。

地上戦では、対戦車誘導ミサイルも重要な役割を果たしています。
フーシ派は山岳地帯や国境地帯で、サウジアラビア軍などの戦車や装甲車両を待ち伏せ攻撃してきました。高価な戦車に対して、比較的安価な対戦車ミサイルを使用できる点は、フーシ派にとって大きな利点です。
軍事研究では、対戦車誘導ミサイルはフーシ派が保有する兵器の中でも、地上戦で特に実用的で効果的な兵器の一つと評価されています。
フーシ派の軍事力を語るうえで、イランとの関係は避けられません。
イランはフーシ派への直接的な兵器供与を否定しています。一方、米国、サウジアラビア、国連専門家などは、押収されたミサイル部品やドローン部品の構造がイラン製兵器と類似していると指摘してきました。
フーシ派が使用する一部のミサイルやドローンは、完成品のままイランから運ばれるのではなく、部品や製造設備、技術資料として密輸され、イエメン国内で組み立てられている可能性があります。
2026年7月には、イラン革命防衛隊の指揮官や軍事顧問、ミサイル・ドローン関連部品が航空便でフーシ派支配地域へ運ばれたと、複数の関係者が証言したことが報じられました。イラン側は軍事物資の輸送を否定しています。
イランによる支援は、単なる武器の供与にとどまらず、ミサイルの組み立て、標的情報、通信、訓練、宣伝活動などに及ぶ可能性が指摘されています。
フーシ派はしばしば「イランの代理勢力」と表現されますが、イランの命令だけで行動する組織と考えるのは単純すぎます。
フーシ派には、イエメン国内の政治的・宗教的・部族的な基盤があります。イランとの関係が深まる以前から、イエメン政府との戦争を続けていました。
その一方で、長距離ミサイル、巡航ミサイル、ドローン、対艦兵器の発展には、イランの技術的・軍事的支援が大きく影響したと考えられています。
したがって、フーシ派は独自の目的を持つイエメンの武装政治組織でありながら、イランの地域戦略とも密接に連動する存在と見るのが適切です。
フーシ派は、支配地域で事実上の政府として税金や関税を徴収しています。
主な資金源として、港湾の関税、燃料輸入、企業や商店への課税、通信料金、携帯電話の国際通話・ローミング収入、資産の差し押さえ、宗教名目の徴収金などが指摘されています。
国連専門家パネルは、フーシ派が税金、通信、港湾、資産接収などを通じて収入を得ていると報告しています。ホデイダ、サリーフ、ラス・イーサの港では、2023年5月から2024年6月までに、石油製品や輸入品への税金・関税として約7億8900万ドルが徴収されたとの推計もあります。
こうした独自収入により、フーシ派は外国からの支援が一時的に減少した場合でも、兵士への給与、武器の製造、治安機関の運営をある程度継続できます。
フーシ派は軍事攻撃だけでなく、情報発信にも力を入れています。
攻撃の映像、ミサイル発射の様子、兵器の展示、軍事パレードなどを公開し、実際の被害以上に強い印象を与えることがあります。
船舶への警告や海上封鎖の宣言も、すべての船を攻撃できるという意味ではありません。しかし、攻撃を恐れた船会社が航路を変更すれば、フーシ派は実際に多数の船を攻撃しなくても戦略的な目的を達成できます。
フーシ派の情報戦は、国内支持者の動員、敵対国への威嚇、国際的な注目の獲得という複数の目的を持っています。
フーシ派のドローンや小型無人艇は、軍艦や戦闘機に比べれば安価です。一方、攻撃を防ぐ側は、高価な迎撃ミサイル、艦艇、航空機、監視装置を長期間配備する必要があります。
ミサイル発射装置やドローンは移動式であり、山岳地帯、地下施設、住宅地周辺などに分散できます。空爆だけですべての発射能力を破壊することは困難です。
フーシ派は20年以上にわたり戦闘を続けており、サウジアラビアを中心とする連合軍による大規模な空爆にも耐えてきました。
バブ・エル・マンデブ海峡に近いという地理的条件により、比較的限られた兵力でも、国際物流やエネルギー市場へ大きな影響を与えられます。
フーシ派は支配地域で行政、治安、徴税、通信、教育、宗教機関などを管理しています。単なる地下組織とは異なり、人員や資金を継続的に動員できる体制があります。
フーシ派は戦闘機、大型軍艦、潜水艦などを保有していません。制空権や制海権を確保する能力はなく、米国や周辺国の正規軍と通常戦力だけで正面から戦えば不利です。
ミサイルやドローンの部品、誘導装置、エンジン、電子部品などの一部は国外からの供給に依存していると考えられます。密輸経路が遮断されれば、新型兵器の生産や修理に影響が出る可能性があります。
移動する艦船を長距離から正確に攻撃するには、レーダー、航空機、衛星、通信網などが必要です。フーシ派は大国の正規軍と同じ規模の偵察能力を持っていません。
過去には、恒久的な沿岸レーダーを失った後、小型船などを利用して艦船のおおよその位置を把握していたと分析されています。
イエメンでは深刻な貧困、食料不足、医療不足が続いています。国連によると、イエメンでは人口の80%以上が貧困線以下で生活しており、フーシ派支配地域には人道支援を必要とする人々の約80%が集中しています。
軍事費を優先し続ければ、住民の生活がさらに悪化し、長期的には統治の安定性を損なう可能性があります。
米国やサウジアラビアは、フーシ派を大きく上回る航空戦力と情報収集能力を持っています。ミサイル発射施設、弾薬庫、指揮施設、防空設備などを破壊することは可能です。
しかし、空爆だけでフーシ派を完全に消滅させるのは困難です。
フーシ派は広い山岳地帯と人口密集地域に分散し、地下施設や移動式発射装置を利用しています。また、組織はイエメン国内に政治的・社会的な基盤を持っています。
サウジアラビア主導の連合軍は2015年から長期間にわたって大規模な空爆を実施しましたが、フーシ派は首都サヌアを含む北部・西部の支配を維持しました。この事実は、軍事施設への攻撃と、組織そのものの排除が別の問題であることを示しています。
フーシ派は、米国、サウジアラビア、イスラエルなどの正規軍と同じ規模や技術力を持つ軍隊ではありません。
空軍、大型艦艇、偵察衛星、世界規模の補給網などはなく、正面からの大規模戦争では圧倒的に不利です。
しかし、フーシ派の目的は、敵国の軍隊を通常戦争で完全に撃破することではありません。
ミサイルやドローンを時折発射し、商船への危険を高め、相手に高価な防空体制を維持させ、国際的な原油価格や物流に影響を与えることができれば、戦略的には一定の成果を得られます。
つまり、フーシ派は「大国を征服できるほど強い軍隊」ではありませんが、「地域大国や世界経済に継続的な損害と負担を与えられる組織」です。
2026年7月、フーシ派はサウジアラビアの港湾を利用する船舶を対象とした海上封鎖を宣言しました。背景には、イランと米国の衝突やホルムズ海峡の通航問題があります。
サウジアラビアは、ホルムズ海峡を避けるため、東部で生産した原油を東西パイプラインで紅海側のヤンブ港へ送っていました。
フーシ派が紅海南部のバブ・エル・マンデブ海峡を脅かせば、サウジアラビアは東側のホルムズ海峡だけでなく、西側の紅海航路にも問題を抱えることになります。フーシ派が狙っているのは、この地理的な弱点だと考えられます。
さらにフーシ派はサウジアラビア関連のタンカー2隻を攻撃したと主張し、サウジ側はイエメン西部のフーシ派軍事施設を空爆しました。今後、ミサイルやドローンによるサウジ領内への攻撃が増える可能性も否定できません。
フーシ派は、イエメン北部を拠点とする武装組織から、弾道ミサイル、巡航ミサイル、攻撃用ドローン、対艦ミサイル、無人艇、機雷などを運用する地域的な軍事勢力へと成長しました。
本格的な空軍や海軍は持っていませんが、山岳地帯での地上戦、長距離攻撃、非対称戦、海上交通への妨害を組み合わせる能力があります。
特に重要なのは、バブ・エル・マンデブ海峡に近いという地理的な条件です。フーシ派は限られた数の攻撃でも、紅海を航行する船舶に不安を与え、航路変更や保険料上昇を引き起こすことができます。
フーシ派は米国やサウジアラビアを通常戦争で打ち負かせる軍隊ではありません。しかし、安価なミサイルやドローンで相手側に高額な防衛負担を強い、世界の海上輸送や原油市場に影響を与えられる点に、その軍事的な脅威があります。