北方領土について、「日本の領土なら、現在も日本人が住んでいるのでは?」と疑問に思う人もいるかもしれません。
結論からいうと、現在、北方領土に定住している日本人はいません。
一方で、択捉島、国後島、色丹島には現在、約1万8千人のロシア人住民が暮らしています。歯舞群島には一般住民は居住していませんが、ロシア側の国境警備部隊が駐留しています。
つまり北方領土は、「無人島を日本とロシアが争っている」という場所ではありません。実際には町や学校、住宅、道路、港、空港などがあり、多くの人が生活している島々です。
では、なぜ日本人はいなくなったのでしょうか。そして現在はどのような人々が生活しているのでしょうか。
現在、北方四島に定住している日本人は一人もいません。
これは、「もともと日本人が住んでいなかった」という意味ではありません。
第二次世界大戦が終わった1945年8月15日の時点では、歯舞群島、色丹島、国後島、択捉島を合わせて17,291人の日本人が暮らしていました。
漁業をはじめとした産業があり、住宅だけでなく学校、郵便局、役場、神社なども存在し、普通の生活が営まれていました。
ところが1945年8月から9月にかけてソ連軍が北方四島を占領。その後、日本人住民は島を離れることになります。
日本政府によると、島民の一部は自力で北海道などへ脱出し、残った住民についても1948年までに強制的に退去させられました。
その結果、現在の北方四島には日本人の定住者がいない状態になっています。

現在の北方領土で暮らしているのは、主としてロシア人住民です。
日本政府は、北方四島には現在およそ1万8千人のロシア人が居住していると説明しています。
北方領土問題対策協会が掲載しているロシア側統計では、2020年時点の人口は次のようになっていました。
| 島 | ロシア人住民数(2020年) | 主な特徴 |
|---|---|---|
| 択捉島 | 6,480人 | 水産業のほか、ロシア軍施設なども存在 |
| 国後島 | 8,566人 | 北方四島で最大規模の人口 |
| 色丹島 | 3,319人 | 漁業・水産加工業が主要産業 |
| 歯舞群島 | 一般住民なし | 国境警備部隊が駐留 |
| 合計 | 18,365人 | 約1万8千人 |
人口は時期によって変動するため、現在の人数を1人単位で示すことはできませんが、規模としては北方四島に約1万8千人が暮らしていると考えるとよいでしょう。
日本政府の資料では一般的に「北方四島在住ロシア人」「ロシア人住民」と表現されています。
ただし、ここでいう「ロシア人」は必ずしも民族的な意味でのロシア民族だけを指しているわけではありません。
ロシア連邦には多数の民族が暮らしており、北方四島の住民についてもロシアの統治下で生活する住民という意味で「ロシア人」と表現されることがあります。
したがって、正確にはロシアの行政の下で生活している住民と考えるのが分かりやすいでしょう。
現在の人口構成になった大きな転換点は1945年です。
日本政府によると、ソ連軍が北方四島を占領した時点では、四島には約1万7千人の日本人が住んでおり、ソ連人は一人も住んでいませんでした。
ソ連による占領後、ソ連本土などから住民が移住するようになります。
一方、それまで島で生活していた日本人は退去させられました。
そのため、北方領土では戦後の数年間で、日本人住民を中心とした社会から、ソ連人を中心とした社会へと人口構成が大きく変化したことになります。
ソ連崩壊後はロシア連邦が北方四島を実効支配しており、現在の住民の多くは戦後に移住した人々やその子孫などです。

北方四島の主要な産業の一つが漁業・水産加工業です。
北方領土周辺はサケ、マス、タラ、カレイ、カニなどの水産資源に恵まれているため、現在でも水産業は島の重要な産業となっています。
このほか、行政、教育、医療、建設、運輸、観光、小売業などに従事する住民もいます。
また、択捉島や国後島にはロシア軍の施設があり、一般住民だけでなく軍関係者や国境警備関係者も存在します。
ロシア政府は道路、港湾、空港、住宅などのインフラ整備も進めてきました。
北方領土という言葉から、人のほとんどいない荒涼とした島を想像する人もいるかもしれません。
しかし、実際にはまとまった市街地があります。
特に国後島の古釜布(ふるかまっぷ)には、ロシア側が「ユジノクリリスク」と呼ぶ町があります。
ロシアによる南クリル地区の行政拠点となっており、集合住宅、学校、病院、店舗、行政施設などがあります。
国後島にはこのほかにも複数の集落があります。
北方四島の中で最大の島が択捉島です。
択捉島には、かつて日本の紗那村などが存在していました。
現在はロシア側が「クリリスク」と呼ぶ町などがあり、住民が生活しています。
択捉島では水産加工業が盛んなほか、道路や空港などのインフラ整備も進められてきました。
また、択捉島にはロシア軍の部隊・施設も配置されており、北方領土が単なる居住地域ではなく、ロシアにとって軍事・安全保障上の意味を持つ地域でもあることが分かります。

色丹島にも現在、ロシア人住民が暮らしています。
代表的な集落が、ロシア名でマロクリリスコエ、クラバザヴォーツコエと呼ばれる地域です。
色丹島でも水産業・水産加工業が重要な産業となっており、学校や医療施設など生活に必要な施設があります。
つまり色丹島も、単なる漁業基地ではなく、家族を含む住民が日常生活を送っている島です。
北方四島の中でも状況が異なるのが歯舞群島です。
現在、歯舞群島には一般の住民は住んでいません。
ただし完全な無人状態というわけではなく、ロシア側の国境警備部隊が駐留しています。
戦前には歯舞群島にも多数の日本人が生活していました。
1945年8月15日時点では、歯舞群島だけでも5千人を超える日本人が暮らしていました。
現在との違いは非常に大きいといえます。
北方領土から引き揚げた日本人は「元島民」と呼ばれています。
元島民やその家族の多くは北海道をはじめ日本国内で生活しています。
特に北方領土に近い根室市やその周辺地域には、元島民やその子孫が多く暮らしてきました。
しかし終戦から80年以上が経過し、当時の北方領土で実際に生活した経験を持つ人は年々少なくなっています。
現在では、返還運動や故郷への思いを子や孫の世代へどのように引き継ぐかも大きな課題になっています。
現状では、日本人が通常の日本国内の引っ越しのように北方領土へ移住することはできません。
日本政府は北方四島を日本固有の領土としていますが、日本は現在、北方四島に行政権を行使できていません。
ロシアが実効支配しているためです。
また日本政府は、ロシアの査証を取得するなど、ロシアの管轄権を前提とした形で日本国民が北方領土へ入域することは、日本の法的立場に反するとして自粛を求めています。
このため、「日本領なのだから日本人なら自由に住める」という状況ではありません。
ここで気になるのが、仮に将来北方領土が日本へ返還された場合、現在暮らしているロシア人住民はどうなるのかという問題です。
日本政府は、北方領土問題の解決にあたっては、現在北方四島に住んでいるロシア人住民の人権、利益、希望を十分に尊重するという立場を示しています。
つまり、日本政府が「返還されたら現在の住民を全員追い出す」という方針を示しているわけではありません。
約1万8千人もの人々がすでに何世代にもわたり生活している現実があるため、領土問題が解決される場合には、現在の住民をどのように扱うのかも重要な問題になると考えられます。
北方領土の人口問題を理解するうえで最も重要なのは、1945年前後に住民構成が大きく変わったことです。
| 1945年当時 | 現在 | |
|---|---|---|
| 日本人 | 17,291人 | 定住者0人 |
| ソ連・ロシア側住民 | ソ連占領以前は0人 | 約1万8千人 |
| 主な産業 | 漁業・水産加工など | 漁業・水産加工など |
| 統治 | 日本 | ロシアが実効支配 |
北方領土問題は単純に「島をどちらの国が所有するか」という問題だけではありません。
かつてそこで生活していた日本人が故郷を失ったという歴史と、現在そこで生活している約1万8千人のロシア人住民がいるという二つの現実が存在します。
現在の北方領土には、定住している日本人はいません。
現在暮らしているのは主としてロシア人住民で、択捉島、国後島、色丹島を合わせて約1万8千人とされています。
一方、歯舞群島には一般住民はおらず、ロシア側の国境警備部隊が駐留しています。
しかし1945年までは状況がまったく異なり、北方四島には17,291人もの日本人が生活していました。
ソ連による占領後、日本人住民は島を離れることを余儀なくされ、その後ソ連側から住民が移住しました。その状態が現在まで続いています。
したがって「北方領土には日本人が住んでいるのか?」という疑問への答えは、「現在の定住者は0人。ただし1945年までは約1万7千人の日本人がそこで生活していた」となります。
そして現在の北方領土は無人の島ではなく、約1万8千人のロシア人住民が学校に通い、仕事をし、家庭を築いて暮らす生活の場となっています。この点まで理解すると、北方領土問題が単なる地図上の領有権問題ではないことが見えてきます。