須江航(すえ・わたる)監督は、宮城県の強豪・仙台育英学園高校硬式野球部を率いる高校野球指導者です。
2022年夏の全国高校野球選手権大会では、仙台育英を学校初、そして春夏を通じて東北勢初となる甲子園優勝へ導きました。
選手として華々しい実績を残した監督ではありません。仙台育英高校時代は、早い段階から選手を支えるグラウンドマネージャーや学生コーチへ転身。大学でもマネージャーや学生コーチを務め、指導者としての経験を積みました。
大学卒業後は、系列校の秀光中等教育学校で軟式野球部を指導し、2014年に全国優勝を達成。2018年に仙台育英高校の監督へ就任すると、2019年夏と2021年春の甲子園でベスト8、2022年夏に優勝、2023年夏に準優勝という実績を残しています。
2026年夏には仙台育英を2年連続32回目の夏の甲子園出場へ導き、8月5日の開幕試合では札幌日大高校に3対1で勝利しました。
本記事では、須江航監督の年齢、出身地、学歴、選手時代、秀光中等教育学校での指導歴、仙台育英監督としての実績、指導方針について詳しく紹介します。
| 名前 | 須江 航 |
|---|---|
| 読み方 | すえ わたる |
| 生年月日 | 1983年4月9日 |
| 年齢 | 43歳(2026年8月時点) |
| 出身地 | 埼玉県比企郡鳩山町 |
| 出身高校 | 仙台育英学園高等学校 |
| 出身大学 | 八戸大学(現在の八戸学院大学) |
| 現役時代のポジション | 遊撃手 |
| 職業 | 高校教員・高校野球指導者 |
| 担当教科 | 情報科 |
| 現在の役職 | 仙台育英学園高等学校硬式野球部監督 |
| 監督就任 | 2018年1月1日 |
| 主な実績 | 2014年全国中学校体育大会優勝、2022年夏の甲子園優勝、2023年夏の甲子園準優勝 |
須江航監督の名前は「すえ・わたる」と読みます。
「須江」という名字が珍しいこともあり、「すえこう」「すえわたる」などと検索されることがありますが、姓が須江、名前が航です。
2022年夏の甲子園優勝後に語った「青春って、すごく密なので」という言葉でも広く知られるようになりました。
須江航監督は、1983年4月9日に埼玉県比企郡鳩山町で生まれました。
小学校2年生の時に野球を始め、小学校と中学校では主将を務めました。主なポジションは遊撃手でした。
中学校卒業後は、地元の埼玉県ではなく、宮城県の仙台育英高校へ進学します。
甲子園出場を目指せる学校を自ら調べ、一般入試を受けて仙台育英へ進んだとされています。
仙台育英高校に入学した須江監督は、当初は選手として野球部に入りました。
しかし、全国から有力選手が集まる強豪校の高いレベルを目の当たりにし、選手として試合に出場することの難しさを感じます。
そこで高校2年生の秋から、選手を支えるグラウンドマネージャー、学生コーチの役割を務めるようになりました。
練習の準備、選手への声かけ、監督と選手の間をつなぐ役割などを担い、プレーする側とは異なる立場からチームを見る経験を積みました。
選手としてレギュラーになれなかったことが、後に全国優勝監督となる須江監督の原点になっています。
高校3年生だった2001年、仙台育英は春の選抜高校野球大会と夏の全国高校野球選手権大会に出場しました。
須江監督は選手として試合に出場したのではなく、記録員としてベンチに入りました。
2001年春のセンバツでは、仙台育英が決勝まで進出。常総学院高校に敗れたものの、全国準優勝を果たしました。
須江監督は高校生の時に甲子園の決勝をベンチで経験し、全国の頂点に届かなかった悔しさも味わっています。
それから21年後の2022年、自身が監督として母校を全国優勝へ導くことになります。
仙台育英高校を卒業した須江航監督は、青森県の八戸大学へ進学しました。現在の八戸学院大学です。
大学でも硬式野球部に所属しましたが、選手としての出場を目指すのではなく、指導者になるための経験を積みました。
大学1年生と2年生の時にはマネージャー、3年生と4年生の時には学生コーチを務めています。
高校と大学を通じて、選手を客観的に観察し、チーム全体を動かす立場を経験したことが、その後の指導者人生につながりました。
八戸大学卒業後の2006年、須江航監督は仙台育英学園秀光中等教育学校に教員として赴任しました。
同校の軟式野球部監督に就任し、本格的に指導者としての歩みを始めます。
当時のチームは公式戦で十分な実績を残しておらず、全国大会の常連校ではありませんでした。
須江監督は、選手の技術だけでなく、練習方法、目標設定、チーム内の役割分担などを一から見直しました。
選手に命令して動かすのではなく、選手自身が考え、納得して練習へ取り組める環境づくりを進めました。
須江監督が率いる秀光中等教育学校は、2010年に東北大会で優勝しました。
これにより、チームは初めて全国大会への出場を果たします。
一度だけ全国大会へ出場したのではなく、その後も継続して東北地区の上位へ進出。中学軟式野球界を代表する強豪校の一つへ成長しました。
須江監督は、高校野球の監督になる前から、中学生を育成する指導者として全国的な実績を積んでいたことになります。
2014年、秀光中等教育学校は全国中学校体育大会の軟式野球で優勝しました。
須江監督にとって、指導者として初めての全国制覇です。
この時のチームには、後にプロ野球へ進んだ西巻賢二選手などが在籍していました。
秀光中等教育学校で指導を受けた選手の多くが仙台育英高校へ進み、高校でも中心選手として活躍しました。
中学生の段階から技術だけでなく、考える力やチーム内での役割を育てる須江監督の指導は、仙台育英高校の強化にもつながっていきます。
須江航監督は、2018年1月1日付で母校・仙台育英高校硬式野球部の監督に就任しました。
2017年末に前任の佐々木順一朗監督が退任し、その後任として選ばれました。
当時の仙台育英野球部は活動を休止していた期間があり、対外試合にも制限が設けられるなど、厳しい状況からの再出発でした。
須江監督は、長年指導を受けてきた選手たちのやり方を急に否定するのではなく、選手との対話を重ねながら新しいチームづくりを進めました。
高校野球の監督経験がなかった須江監督でしたが、就任1年目から結果を残します。

2018年夏、仙台育英は宮城大会を制し、須江監督は就任1年目で甲子園出場を果たしました。
しかし、全国大会では浦和学院高校に0対9で敗れました。
須江監督は、勝利を目指してきた選手を勝たせることができなかった責任を強く感じ、2018年8月12日の敗戦を忘れないと語っています。
一方で、この大敗によって全国の強豪校との差や、仙台育英に必要な改革が明確になりました。
須江監督は後に、2018年の選手たちがいなければ、その後の全国優勝はなかったという趣旨の言葉を残しています。
2019年夏、仙台育英は2年連続で甲子園へ出場しました。
須江監督は複数の投手を状況に応じて起用しながら勝ち上がり、チームをベスト8へ導きました。
一人のエースに投球を集中させるのではなく、複数の投手がそれぞれの役割を果たす現在の仙台育英の形が、全国大会でも結果として表れ始めます。
仙台育英は2021年春の選抜高校野球大会でもベスト8へ進出しました。
須江監督は、高校野球では珍しかった複数投手による継投を積極的に採用。投手の調子や相手打線との相性を見ながら、早い段階で交代を決断する采配を行いました。
投手の健康を守りながら大会を勝ち抜くためにも、一人の投手へ依存しないチームづくりを進めました。
2022年夏、仙台育英は第104回全国高校野球選手権大会に出場しました。
チームにはタイプの異なる複数の投手がそろい、須江監督は試合の展開や相手打線を見ながら継投を行いました。
仙台育英は準決勝で聖光学院高校との東北勢対決を制し、決勝では山口県代表の下関国際高校に8対1で勝利しました。
仙台育英にとって春夏を通じて初めての甲子園優勝です。
また、東北地方の学校が春夏の甲子園で優勝するのも史上初めてでした。
白河の関を越えて優勝旗が東北へ運ばれることになり、東北高校野球の歴史を変える全国制覇となりました。
2022年夏の優勝後、須江監督がインタビューで語った言葉が大きな反響を呼びました。
「青春って、すごく密なので」
当時の高校生は、新型コロナウイルスの影響によって、学校行事や部活動、友人との交流などを制限されていました。
須江監督は、行動の「密」を避けることが求められた一方、高校生の青春には人と人との関わりが必要であることを表現しました。
選手だけでなく、同じ時代を過ごした全国の高校生を思いやった言葉として、多くの人の心を打ちました。

全国優勝の翌年となる2023年夏、仙台育英は再び甲子園の決勝へ進出しました。
決勝では神奈川県代表の慶應義塾高校に2対8で敗れ、夏の甲子園連覇はなりませんでした。
それでも須江監督は、敗戦を必要以上に否定することなく、決勝まで勝ち上がった選手たちの努力を評価しました。
試合後には「人生は敗者復活戦です」と語り、敗れた後にどのように立ち上がるかが大切だという考えを示しています。
仙台育英の選手たちは、優勝した慶應義塾のインタビューや表彰を立って見守り、相手選手へ拍手を送りました。
勝った時の振る舞いだけでなく、負けた時にも相手を尊重する「グッドルーザー」であることを大切にする須江監督の教育が表れた場面でした。
2024年夏、仙台育英は宮城大会の決勝まで進みましたが、聖和学園高校に5対8で敗れました。
2022年に全国優勝、2023年に全国準優勝を果たしたチームでも、甲子園へ出場できるとは限りません。
須江監督は、甲子園へ行くこと自体が簡単ではないと改めて認め、決勝での敗戦を次の成長へつなげるよう選手に伝えました。
仙台育英は2025年夏の宮城大会を制し、2年ぶりに甲子園へ戻りました。
全国大会では3回戦まで進み、後に全国優勝する沖縄尚学高校と対戦。接戦の末、3対5で敗れました。
須江監督は敗戦後、相手をたたえ、沖縄尚学のその後の健闘を願う言葉を残しました。
勝敗だけでなく、試合を通して得られた経験や相手との関係を大切にする姿勢を示しています。
2026年夏の宮城大会で、仙台育英は決勝まで勝ち上がり、東北高校と対戦しました。
仙台育英は2年生投手の古川諒弥選手が好投し、東北高校に4対1で勝利。2年連続32回目となる夏の甲子園出場を決めました。
2026年のチームでは、学年や過去の実績だけで選手を起用せず、チーム内競争を勝ち抜いた選手を試合に出す方針が貫かれました。
3年生部員も、学年を優先してメンバーを決めるのではなく、競争に勝った選手を起用してほしいと監督へ伝えたとされています。
須江監督は、選手が納得できる公平な競争を「日本一のチーム内競争」と表現しています。
2026年8月5日に開幕した第108回全国高校野球選手権大会で、仙台育英は開幕試合に登場しました。
対戦相手は南北海道代表の札幌日大高校です。
仙台育英は三回に先制し、四回には田山纏選手が大会第1号となる本塁打を放ちました。
投手陣も古川諒弥選手、福井雄太選手、梶井翼選手の継投で札幌日大打線を1点に抑え、3対1で勝利しました。
仙台育英は2年連続で初戦を突破し、4年ぶりの全国優勝へ向けて一歩を踏み出しています。
| 年 | 経歴・実績 |
|---|---|
| 1983年 | 埼玉県比企郡鳩山町に生まれる |
| 2000年ごろ | 仙台育英高校でグラウンドマネージャー、学生コーチを務める |
| 2001年 | 記録員として春夏の甲子園に参加。春は準優勝 |
| 大学時代 | 八戸大学でマネージャー、学生コーチを務める |
| 2006年 | 秀光中等教育学校の軟式野球部監督に就任 |
| 2010年 | 東北大会優勝、初の全国大会出場 |
| 2014年 | 全国中学校体育大会の軟式野球で優勝 |
| 2018年 | 仙台育英高校硬式野球部監督に就任。夏の甲子園出場 |
| 2019年 | 夏の甲子園ベスト8 |
| 2021年 | 春のセンバツベスト8 |
| 2022年 | 夏の甲子園優勝。東北勢初の全国制覇 |
| 2023年 | 春のセンバツベスト8、夏の甲子園準優勝 |
| 2025年 | 夏の甲子園3回戦進出 |
| 2026年 | 2年連続32回目の夏の甲子園出場。開幕試合に勝利 |

須江監督は、監督からの命令がなければ動けない選手ではなく、自分で考えて行動できる選手を育てようとしています。
練習の目的、現在の課題、試合で果たす役割を選手自身に考えさせ、自分の意思で行動することを求めます。
指示されて取り組む選手より、自分の課題を理解して主体的に取り組む選手の方が成長は早いという考えです。
仙台育英では、選手の体力、走力、投球、打撃などを数値で確認し、成長や課題を客観的に把握します。
ただし、数字だけで選手を判断するわけではありません。
数値を選手との対話に利用し、本人がどのような選手を目指しているのか、次に何へ取り組むべきかを一緒に考えます。
監督の感覚だけではなく、客観的なデータと選手本人の考えを組み合わせる点が特徴です。
須江監督は、一人のエースに試合を任せ続けるのではなく、複数の投手を育てて継投する方針を取っています。
相手打者との相性、投手の状態、試合展開を見ながら、失点する前に交代を決断することもあります。
大会を勝ち抜く戦術であると同時に、高校生投手の身体を守る意味もあります。
仙台育英には毎年多くの有力選手が入部します。
須江監督は、3年生だから、過去に活躍したからという理由だけでメンバーを決めません。
現在の状態やチームへの貢献を確認し、競争を勝ち抜いた選手を起用します。
一方で、メンバーから外れた選手にもチーム内での役割を与え、試合に出場する選手だけで勝利したと考えない姿勢を示しています。
須江監督は、敗戦を単なる失敗として終わらせません。
なぜ負けたのかを分析すると同時に、敗れた後に相手を尊重できるか、仲間を責めずに次へ進めるかを大切にしています。
2023年夏の甲子園決勝後に選手たちが慶應義塾の表彰を見守った姿や、2025年に沖縄尚学をたたえた言葉にも、その考えが表れています。
須江監督は、試合後のインタビューで選手の気持ちや大会の意味を分かりやすい言葉にして伝える指導者としても知られています。
代表的な言葉には、次のようなものがあります。
須江監督の言葉は、勝ったチームを称賛するだけではありません。
試合に出られなかった選手、敗れた選手、制限の多い学校生活を送った高校生など、表舞台に立てなかった人にも目を向けています。
自身も高校時代にレギュラー選手ではなく、チームを支える役割を経験したことが、言葉の背景にあると考えられます。
「須江航」は「すえ・わたる」と読みます。
1983年4月9日生まれで、2026年8月時点では43歳です。
埼玉県比企郡鳩山町出身です。
現在監督を務めている仙台育英学園高等学校の出身です。
八戸大学です。現在の八戸学院大学にあたります。
仙台育英高校3年生だった2001年に、春夏の甲子園で記録員としてベンチ入りしました。
試合に出場した選手ではなく、グラウンドマネージャー、学生コーチ、記録員としてチームを支えていました。
2018年1月1日付で仙台育英高校硬式野球部の監督に就任しました。
2014年に秀光中等教育学校を全国中学校体育大会の軟式野球優勝へ導いています。
その後、2022年には仙台育英高校を夏の甲子園優勝へ導き、中学と高校の両方で全国制覇を経験しました。
2022年8月22日です。夏の甲子園決勝で下関国際高校を8対1で破りました。
選手の主体性、データと対話、公平なチーム内競争、複数投手による継投、敗戦後の振る舞いを重視しています。
須江航監督は、1983年4月9日生まれ、埼玉県比企郡鳩山町出身の高校野球指導者です。
仙台育英高校では選手としてレギュラーを目指しましたが、高校2年生の秋からグラウンドマネージャー、学生コーチへ転身。2001年春夏の甲子園には記録員として参加し、春のセンバツ準優勝を経験しました。
八戸大学でもマネージャーと学生コーチを務め、卒業後の2006年に秀光中等教育学校の軟式野球部監督へ就任。2014年には同校を全国優勝へ導きました。
2018年1月に母校・仙台育英の監督へ就任すると、2019年夏と2021年春に甲子園ベスト8、2022年夏に全国優勝、2023年夏に準優勝を達成しています。
2022年の全国制覇は、仙台育英にとって初優勝であると同時に、東北勢にとっても春夏を通じた初の甲子園優勝でした。
2026年夏には仙台育英を2年連続32回目の甲子園出場へ導き、開幕試合で札幌日大に3対1で勝利しました。
選手として試合に出られなかった経験、学生コーチとしてチームを支えた経験、中学軟式野球で選手を一から育てた経験。そのすべてを生かしながら、須江航監督は現代の高校生に合った新しい指導者像を示しています。