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瀬辺明(日本製紙社長)の経歴

瀬辺明社長(日本製紙)の経歴

学歴や出身地、社長就任までの歩みを紹介

熊本地震で日本製紙八代工場の煙突が倒壊し、社員や協力会社の従業員ら9人が死亡したことを受け、日本製紙の瀬辺明社長が2026年8月5日、熊本県八代市で記者会見を開きました。

地震発生後、日本製紙の社長が記者会見を開くのは今回が初めてです。

会見の冒頭で瀬辺社長は、亡くなった人たちに哀悼の意を示すとともに、関係者に心配をかけていることについて謝罪しました。

日本製紙八代工場で大きな被害が発生したことから、

「記者会見に出席した瀬辺明社長とはどのような人物なのか」

「日本製紙の社長になるまでにどのような経歴を歩んできたのか」

と関心を持った人も多いのではないでしょうか。

この記事では、瀬辺明社長の学歴、出身地、日本製紙での経歴、経営者としての特徴などをまとめます。

瀬辺明社長のプロフィール

名前 瀬邊 明
読み方 せべ・あきら
報道での表記 瀬辺 明
生年月日 1965年12月12日
年齢 60歳(2026年8月現在)
出身地 滋賀県
出身高校 滋賀県立虎姫高等学校
出身大学 岩手大学農学部林学科
勤務先 日本製紙株式会社
役職 代表取締役社長、社長執行役員、CEO
社長就任 2025年6月

 

日本製紙の公式サイトでは、名字は旧字体を使った「瀬邊」と表記されています。

一方、新聞やテレビなどの報道では、一般的な字体を使って「瀬辺」と表記されることがあります。いずれも読み方は「せべ」です。

滋賀県出身で虎姫高校を卒業

瀬辺明社長は1965年12月12日、滋賀県に生まれました。

高校は滋賀県立虎姫高等学校を卒業しています。

虎姫高校は滋賀県長浜市にある県立高校で、地元では長い歴史を持つ進学校として知られています。

高校卒業後は、岩手県盛岡市にある岩手大学へ進学しました。

岩手大学農学部林学科を卒業

瀬辺社長は1988年3月、岩手大学農学部林学科を卒業しました。

大学では森林や木材資源に関する分野を専攻したとみられます。

製紙会社にとって木材は紙やパルプを製造するための重要な原料です。瀬辺社長は大学で林学を学んだ後、製紙業界へ進み、その後も長年にわたって木材や原材料の調達部門を担当しました。

大学時代に学んだ林学が、その後の仕事や経営方針にもつながっていると考えられます。

1988年に十條製紙へ入社

大学を卒業した1988年4月、瀬辺社長は十條製紙株式会社に入社しました。

十條製紙は、現在の日本製紙の前身にあたる会社です。

十條製紙と山陽国策パルプが1993年に合併し、日本製紙が発足しました。そのため瀬辺社長は、前身企業への入社時代から数えると、長年にわたって日本製紙グループで勤務してきた生え抜きの経営者です。

原材料と林材部門を長く担当

瀬辺社長の経歴で特に目立つのが、原材料や木材調達部門での長い経験です。

主な役職は次の通りです。

  • 1988年4月 十條製紙株式会社入社
  • 2014年7月 日本製紙原材料本部林材部長
  • 2016年6月 原材料本部長代理兼林材部長
  • 2018年6月 原材料本部長兼林材部長
  • 2020年4月 原材料本部長
  • 2020年6月 執行役員原材料本部長
  • 2021年6月 執行役員企画本部長、関連企業担当、海外事業本部管掌
  • 2024年6月 常務執行役員企画本部長、関連企業担当
  • 2025年6月 代表取締役社長、社長執行役員、CEO

2014年に林材部長となった後、原材料本部長代理、原材料本部長を歴任しています。

紙の原料となる木材チップやパルプを安定的に確保するためには、国内外の林業関係者、製材会社、物流会社などとの協力が欠かせません。

瀬辺社長は、原材料調達の現場で森林や木材に関わる事業者と連携しながら、品質の確保や安定供給に取り組んできた人物です。

企画本部長として会社全体の経営に関わる

2021年6月には企画本部長に就任し、関連企業や海外事業も担当しました。

原材料部門だけでなく、日本製紙グループ全体の経営戦略や事業計画に関わる立場へ移ったことになります。

さらに2024年6月には常務執行役員となり、企画本部長と関連企業担当を兼務しました。

この時期、日本製紙は紙の需要減少や原燃料価格の上昇など、厳しい経営環境への対応を迫られていました。

瀬辺社長は、生産体制の見直し、コスト削減、製品価格の改定、紙以外の成長事業への転換などに関わったとみられます。

2025年6月に日本製紙社長へ就任

瀬辺明氏は2025年6月27日、日本製紙の代表取締役社長に就任しました。

前社長の野沢徹氏が代表取締役会長となり、瀬辺氏が後任として経営を引き継ぎました。

社長就任時の年齢は59歳でした。

日本製紙への入社から約37年を経て、同社トップに就任したことになります。

現在の正式な役職は、代表取締役社長、社長執行役員、CEOです。

経営者としての特徴は森林資源への深い理解

瀬辺社長の経営者としての大きな特徴は、森林資源や原材料調達に関する豊富な経験です。

瀬辺社長は、製紙産業について、再生可能な森林資源を活用できることが大きな特徴だと説明しています。

木材を建材、合板、ボード、パルプ、燃料などに順番に活用し、可能な限り無駄なく使う「カスケード利用」を重視しています。

また、木を伐採して使用するだけでなく、新しい木を植えて育てる森林の循環も重要だとしています。

日本製紙では、成長が早く、花粉が少ないとされる優良な苗木「エリートツリー」の生産や普及にも取り組んでいます。

こうした方針には、岩手大学で林学を学び、入社後も原材料や林材部門を長く担当してきた瀬辺社長の経験が反映されていると考えられます。

紙だけに依存しない事業構造への転換を進める

国内では新聞や出版物の電子化が進み、紙の需要は長期的に減少しています。

こうした状況の中、日本製紙は従来の紙・板紙事業を維持しながら、次の分野を成長事業として強化しています。

  • パッケージ事業
  • 家庭紙・ヘルスケア事業
  • ケミカル・バイオマス素材事業
  • 森林・木材関連事業

瀬辺社長は、日本製紙を「総合バイオマス企業」として成長させる方針を示しています。

木材から作られるセルロースナノファイバーなどの新素材や、既存のパルプ設備を利用したバイオエタノールの開発なども、今後の事業候補として挙げられています。

紙の生産設備を減らす場合でも、単純に拠点を閉鎖するのではなく、別の事業を導入して工場を活用する考えを示しています。

八代工場の煙突倒壊を受け記者会見

2026年7月28日に発生した熊本地震では、日本製紙八代工場の煙突3本が損傷しました。

このうち、1970年に設置された高さ約80メートルの重油ボイラー用煙突が中央付近から折れ、2階建ての木造建物の上に落下しました。

建物内にいた日本製紙の社員6人と、協力会社の従業員ら3人の合わせて9人が死亡し、救出された2人がけがをしました。

八代工場は、今回の熊本地震で最も多くの犠牲者が出た現場となりました。

8月5日に開かれた記者会見で、瀬辺社長は被災者への見舞いと犠牲者への哀悼の意を表したうえで、関係者に心配をかけていることについて謝罪しました。

日本製紙は、煙突が折れた詳しいメカニズムについて、外部の専門家を含む調査委員会を設置して検証する方針を示しています。

今後は耐震性や建物配置の検証が焦点に

現時点では、煙突が倒壊した直接的な原因や、日本製紙側の法的責任について結論は出ていません。

今後の調査では、主に次の点が焦点になると考えられます。

  • 1970年に設置された煙突の耐震性
  • 過去の点検や補修が適切に行われていたか
  • 地震の揺れが煙突に与えた影響
  • 煙突の近くに木造の事務用建物が置かれていた経緯
  • 巨大地震を想定した工場の安全対策
  • 他の煙突や工場設備の安全性

大規模な工場では、古い設備を補修しながら長期間使用しているケースもあります。

そのため、日本製紙八代工場だけでなく、全国の工場や事業所における老朽設備の安全確認にも影響が広がる可能性があります。

瀬辺明社長の家族について

瀬辺社長の妻や子どもなど、家族に関する詳しい情報は公表されていません。

企業経営者ではありますが、家族は私人であるため、会社の公式プロフィールや主要なインタビューでも家族構成は明らかにされていないようです。

一方、趣味については山歩きが好きで、特に東北地方の山を好んでいると紹介されています。

忙しくなってからは山へ行く時間が減り、街歩きやジョギングをすることが多いと語っています。

まとめ

瀬辺明社長は1965年に滋賀県で生まれ、滋賀県立虎姫高校、岩手大学農学部林学科を卒業しました。

1988年に日本製紙の前身である十條製紙へ入社し、原材料や林材部門を長く担当しました。

その後、企画本部長、常務執行役員などを経て、2025年6月に日本製紙の代表取締役社長兼CEOに就任しています。

森林資源や木材調達に詳しく、日本製紙を紙だけに依存しない総合バイオマス企業へ転換する役割を担ってきました。

一方、社長就任から約1年後、日本製紙八代工場で9人が死亡する重大な災害が発生しました。

煙突の倒壊原因、設備の点検状況、工場内の建物配置などについては、これから専門家による詳しい調査が行われます。

瀬辺社長が被害の原因究明や遺族への対応、工場の安全性確保にどのように取り組むのか、今後も注目されることになりそうです。

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