学校法人同志社の八田英二(はった・えいじ)理事長が注目を集めています。
八田氏は長年にわたり同志社大学の教授を務めた経済学者で、同志社大学長、学校法人同志社理事長、同志社総長などを歴任してきた人物です。
また、大学教育だけでなく学生野球の世界とも関わりが深く、かつて日本高等学校野球連盟(日本高野連)会長を務め、現在も日本学生野球協会会長などを務めています。
2026年8月25日には、同志社国際高校の研修旅行中に沖縄県名護市辺野古沖で起きた小型船転覆事故の責任を取り、八田氏が学校法人同志社の理事長を辞任する意向を示したことが報じられました。
ここでは、八田英二氏の学歴や経歴、同志社との関係、経済学者としての活動、高校野球との関わりについて詳しく見ていきます。
| 氏名 | 八田 英二(はった えいじ) |
|---|---|
| 生年月日 | 1949年3月20日 |
| 年齢 | 77歳(2026年8月現在) |
| 主な役職 | 学校法人同志社 総長・理事長 |
| 専門分野 | 産業組織論、計量経済学 |
| 学位 | Ph.D.(カリフォルニア大学バークレー校) |
| その他の学位 | 名誉文化博士(アマースト大学) |
| 主な経歴 | 同志社大学経済学部教授、経済学部長、同志社大学長、学校法人同志社理事長、同志社総長など |
八田英二氏は1949年3月20日生まれ。
同志社が公表している公式略歴では、出身地や出身高校についての記載は確認できませんが、大学から大学院、そして研究者としてのキャリアの大部分を同志社で歩んできました。
八田氏は同志社大学経済学部を卒業した後、同大学大学院へ進学。その後、アメリカの名門カリフォルニア大学バークレー校で経済学を学んでいます。
| 年月 | 学歴 |
|---|---|
| 1971年3月 | 同志社大学経済学部 卒業 |
| 1973年3月 | 同志社大学大学院経済学研究科修士課程 修了(経済学修士) |
| 1977年6月 | 米国カリフォルニア大学バークレー校大学院 経済学Ph.D.コース修了(Ph.D.) |
カリフォルニア大学バークレー校は、世界的にも評価の高い研究大学として知られています。
八田氏は同校で経済学のPh.D.を取得しており、研究者として本格的な経済学教育を受けた人物です。
八田氏の主な職歴は次の通りです。
| 年月 | 経歴 |
|---|---|
| 1974年4月 | 同志社大学経済学部 助手 |
| 1977年4月 | 同志社大学経済学部 専任講師 |
| 1979年4月 | 同志社大学経済学部 助教授 |
| 1985年4月 | 同志社大学経済学部 教授 |
| 1987年4月 | 同志社大学大学院経済学研究科博士課程前期課程 教授 |
| 1990年4月 | 同志社大学大学院経済学研究科博士課程後期課程 教授 |
| 1996年4月 | 同志社大学経済学部長 |
| 1998年4月 | 同志社大学長、学校法人同志社理事 |
| 2011年10月 | 学校法人同志社理事長に就任 |
| 2013年3月 | 同志社大学長・学校法人同志社理事長などを退任 |
| 2017年4月 | 同志社総長に就任 |
| 2017年4月 | 学校法人同志社理事長に再び就任 |
| 2019年4月 | 同志社大学名誉教授 |
| 2025年4月 | 学校法人同志社理事長に重任 |
| 2026年8月 | 学校法人同志社理事長を辞任する意向が報じられる |
八田英二氏の経歴の中でも特に目を引くのが、1998年4月から2013年3月まで同志社大学長を務めたことです。
約15年間という長期間にわたって大学のトップを務めており、同志社の大学運営に長く携わってきたことが分かります。
その前には同志社大学経済学部長も務めており、経済学者としてだけではなく、大学組織の運営者としてキャリアを積んできました。
2011年10月には、同志社大学長を務めながら学校法人同志社の理事長にも就任しています。
2013年3月に大学長や理事長などをいったん退いた後、2017年に再び同志社の経営・教学の中心に戻っています。
八田氏は2017年4月、同志社総長に就任しました。
さらに同じ2017年4月、当時の学校法人同志社理事長の辞任に伴い、再び理事長に就任しました。
以後、八田氏は「同志社総長」と「学校法人同志社理事長」を兼ねる形で同志社を率いてきました。
2025年4月1日には、私立学校法改正に伴って新たな理事会が発足した際にも、引き続き理事長に選定されています。
同志社の総長についても2025年4月から新たな任期に入っていました。
八田氏は大学経営者として知られていますが、本来の専門は経済学です。
専門分野は、
です。
産業組織論は、企業間の競争や市場構造、価格形成、企業行動などを研究する経済学の分野です。
八田氏は1985年に同志社大学経済学部教授となり、その後、大学院の博士課程でも教育・研究に携わってきました。
主な著書として、
などがあります。
2019年には同志社大学名誉教授となっています。
八田英二氏は、教育界だけでなく学生野球界の要職を長く務めてきた人物としても知られています。
特に有名なのが、日本高等学校野球連盟、いわゆる「日本高野連」の会長を務めたことです。
八田氏は2015年9月に日本高野連会長に就任し、2021年まで会長を務めました。
甲子園で行われる全国高校野球選手権大会や選抜高校野球大会などに関わる組織のトップを務めていたため、高校野球ファンの間でも知られた存在です。
会長退任後も日本高野連との関係は続いており、2026年現在は日本高等学校野球連盟の最高顧問を務めています。
また、2026年現在も公益財団法人日本学生野球協会会長を務めています。
このほか、全日本野球協会など、野球関係団体でもさまざまな役職を経験しています。
八田英二氏が2026年8月に大きく注目された理由が、学校法人同志社理事長を辞任する意向が報じられたことです。
背景にあるのは、2026年3月16日に沖縄県名護市の辺野古沖で発生した小型船転覆事故です。
学校法人同志社が運営する同志社国際高校の生徒らが研修旅行で沖縄を訪れていた際、小型船2隻が転覆しました。
この事故では、
する重大な事故となりました。
学校法人同志社は事故後、総長・理事長である八田氏らの名義で謝罪を表明していました。
その後、事故への対応や安全対策、関係する教職員への対応などが進められてきました。
2026年8月25日の報道によると、八田英二氏は8月21日に開かれた学校法人同志社の臨時理事会で、理事長を辞任する意向を伝えたとされています。
事故への対応や安全対策などに一定のめどをつけた後、遅くとも2026年度中には理事長を退く見通しです。
八田氏は報道機関の取材に対し、学校法人として事故に責任があり、以前から辞任について考えていたという趣旨の説明をしています。
したがって、2026年8月25日の時点ではすでに理事長を退任したというわけではありません。
現時点では「理事長を辞任する意向を表明した」という段階です。
今回の報道で重要なのは、八田氏が辞任する意向を示しているのは「学校法人同志社理事長」という職についてである点です。
報道によると、八田氏は、
については引き続き務める意向とされています。
同志社では「理事長」と「総長」は異なる役職です。
理事長は学校法人の経営を代表する立場であるのに対し、総長は同志社が設置する学校・教育機関全体の教学を統括する重要な役職となっています。
そのため、理事長を辞任しても、八田氏が同志社のすべての役職から退くということではありません。
辺野古沖の転覆事故を巡っては、同志社国際高校の西田喜久夫校長も2026年8月末で退任し、後任の校長が就任する見通しと報じられています。
事故から約5か月が経過する中、学校法人と高校の双方で経営・管理責任を担う人物が交代することになります。
今後は、事故の原因究明に加えて、研修旅行など学校行事における安全管理体制をどのように見直していくのかも注目されそうです。
八田英二氏は1949年3月20日生まれの経済学者で、同志社大学経済学部を卒業後、同志社大学大学院を経て、アメリカのカリフォルニア大学バークレー校で経済学のPh.D.を取得しました。
その後は同志社大学経済学部助手、専任講師、助教授、教授、経済学部長などを経て、1998年から2013年まで約15年間にわたり同志社大学長を務めました。
2011年には学校法人同志社理事長に初めて就任し、2017年には同志社総長と学校法人同志社理事長に就任。長年にわたり同志社の経営と教育を支えてきた人物です。
一方で、学生野球界との関係も深く、2015年から2021年まで日本高等学校野球連盟会長を務め、現在も日本学生野球協会会長、日本高野連最高顧問などを務めています。
2026年3月に同志社国際高校の研修旅行中に発生した辺野古沖の小型船転覆事故を受け、2026年8月には学校法人同志社理事長を辞任する意向が明らかになりました。
ただし、八田氏は同志社総長と学校法人同志社理事については引き続き務める意向と報じられており、今後の同志社の理事長人事とともに注目されます。