米国債と異なり、中国は国別の保有残高を完全に透明化して公開しているわけではありませんが、中央銀行のデータや国際的な決済データ(Bond Connect等)から、その実態を浮き彫りにします。
中国の債券市場は現在、米国に次ぐ世界第2位の規模を誇っています。その市場規模は約20兆ドル(約3,000兆円)にも達し、世界経済において無視できない存在です。
しかし、米国財務省が毎月「誰が米国債を持っているか(日本や中国など)」を詳細に公表しているのに対し、中国当局(中国人民銀行など)は国別の詳細な内訳を定期的には公表していません。
本記事では、公開されている統計データや市場の推計をもとに、中国国債の「真の保有者」をランキング形式で紐解き、なぜ今、外国人投資家が中国から資金を引き揚げているのか、その裏側に迫ります。
まず、ランキングを見る前に理解すべきは、「誰が一番持っているのか?」という全体像です。ここが米国債と大きく異なる点です。
圧倒的な「国内消化」
中国国債の最大の特徴は、そのほとんどが中国国内の機関によって保有されているという点です。
中国の商業銀行(約60〜70%)
圧倒的1位は国内の銀行です。中国政府の借金の大部分は、中国工商銀行や中国建設銀行といった国有大手銀行が引き受けています。
特別会員(政策銀行など)
中国農業発展銀行などの政策金融機関が続きます。
海外投資家(約8%〜10%前後)
ここが今回のテーマである「海外保有分」です。かつては急増していましたが、現在はシェアが低下傾向にあります。
中国当局は国別の正確なランキングを発表していませんが、**「ボンド・コネクト(債券通)」**の取引データやIMF(国際通貨基金)の外貨準備データなどから、主要なプレイヤーを推定することができます。
※注:多くは香港を経由するため、最終的な保有国が見えにくい構造になっています。
香港(Hong Kong) – 圧倒的1位(経由地として)
役割: 中国本土への投資のゲートウェイです。「北向取引(ノースバウンド)」と呼ばれる仕組みを通じて、世界中の資金が香港経由で中国国債を買っています。統計上は「香港」となりますが、実質的な保有者は欧米や日本のファンドである場合が多いです。
シンガポール
役割: アジアの金融ハブとして、多くの資産運用会社や政府系ファンド(GICやテマセクなど)が中国債券をポートフォリオに組み込んでいます。
イギリス(ロンドン)
役割: 欧州における中国投資の拠点です。ロンドンのシティにある機関投資家が、分散投資の一環として保有しています。
ロシア
役割: 近年、最も「政治的」に保有を増やした国です。ウクライナ侵攻以降、欧米の制裁を受けたロシア中央銀行は、外貨準備における米ドルやユーロの比率を下げ、人民元(中国国債)へのシフトを急速に進めました。
その他の国々(グローバル・サウス)
ブラジルや中東諸国など、中国との貿易関係が深い国々が、貿易決済のために人民元準備高を増やしており、その運用先として中国国債を保有しています。
国別よりも明確なのが、「どのような組織が持っているか」という属性別のデータです。
第1位:各国の中央銀行(Central Banks)
理由: 外貨準備の多様化。米ドル一辺倒のリスクを避けるため、IMFのSDR(特別引出権)構成通貨である人民元を一定量保有する必要があります。
第2位:グローバル資産運用会社(Asset Managers)
理由: 世界国債インデックス(WGBI)などに中国国債が組み入れられたため、パッシブ運用(指数に連動する運用)をするファンドは、機械的に中国国債を買う必要がありました。
第3位:政府系ファンド(Sovereign Wealth Funds)
中東やアジアの政府系ファンドが長期投資目的で保有。
日本が中国国債を「どのくらい持っているか(何位くらいか)」という点について、公式なランキングは存在しませんが、入手可能なデータや市場の動きから「推定されるポジション」と「日本特有の事情」を解説します。
結論から言うと、日本は「国としてのランキングは高くない(トップクラスではない)」と推測されます。その理由は、世界最大の年金基金であるGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)が投資対象から外しているためです。
米国債であれば日本は「世界1位の保有国」ですが、中国国債においてはそこまで大きなプレゼンスはありません。
なぜ? 決済システムの未整備や、流動性の問題、そしてカントリーリスクが懸念されたためです。この巨大クジラが動かない限り、日本の保有残高は大きく跳ね上がりません。
実は、「日本が中国をどう持っているか」よりも、「中国が日本をどう持っているか」の方がデータが明確で、金額も大きいです。
財務省や日銀のデータ(2024年〜2025年頃の統計)によると、外国人の日本国債保有ランキングにおいて、中国は世界4位〜5位の常連です。
1位: 米国
2位・3位: ベルギー、ルクセンブルク(欧州の金融ハブ)
4位・5位前後: 中国
中国は外貨準備の分散投資先として、約13兆円〜16兆円規模の日本国債を保有していると推計されています。つまり、「日本は中国の借金をあまり持っていないが、中国は日本の借金をかなり持っている」という非対称な関係にあります。
順位: 正確な順位は不明だが、トップクラスではない(おそらく5位以下)。
公的資金: GPIF(年金)はリスク回避で**「NO」**を出している。
民間資金: 「中国の日本化」をチャンスと見て、一部が投資を増やしている。
逆の関係: 中国は日本国債の大口保有国(トップ5入り)である。
日本から中国への投資は、単なる利回りだけでなく、「安全保障」や「システムリスク」をより敏感に意識した慎重な姿勢が国全体としては強いと言えます。
2021年頃まで、海外投資家は中国国債を「爆買い」していました。しかし、2022年以降、潮目が変わり、**記録的な「売り越し(資金流出)」**が発生しています。なぜでしょうか?
これが最大の理由です。
かつて: 中国の金利(3%) > 米国の金利(1%)
投資家は「利回りが高い中国」を買いました。
現在: 中国の金利(2%台前半) < 米国の金利(4〜5%)
米国がインフレ対策で利上げをした一方、中国は景気減速で利下げを行いました。**「リスクの低い米国債の方が、利回りが高い」**という状況になり、資金が中国から米国へ逆流しました。
ロシアがウクライナ侵攻で制裁を受けた際、海外資産が凍結されました。「もし台湾有事などが起きれば、中国に持っている資産も凍結されるのではないか?」という懸念から、西側の機関投資家が保有を減らしています。
中国経済の不動産不況などにより、人民元が対ドルで安くなっています。債券の利息をもらっても、為替差損でマイナスになってしまうため、海外投資家が離れています。
ランキング上位の顔ぶれは今後変わっていくでしょう。
「西側」から「グローバル・サウス」へ
欧米の投資家がシェアを落とす一方で、BRICS諸国や中東諸国など、中国と政治的・経済的に距離の近い国々が、貿易決済(石油の人民元決済など)の裏付けとして中国国債の保有を増やす可能性があります。
人民元の国際化の試金石
中国政府は、ドル依存からの脱却を目指し、中国国債を「安全資産」として世界に認めさせたいと考えています。しかし、透明性の欠如や資本規制が残る限り、米国債のような「真のグローバル資産」になるにはまだ時間がかかりそうです。
中国国債の保有ランキングを見ると、**「国内銀行が支える巨大市場」であり、海外保有分については「欧米勢の撤退と、ロシア・グローバルサウス勢の台頭」**という入れ替わりが起きていることがわかります。
投資家として中国国債を見る際は、単なる利回りだけでなく、米中の金利差や国際情勢という大きな文脈を理解することが不可欠です。