「オレキシス」という言葉は、脳内物質のオレキシンについて調べていると目にすることがあります。
オレキシス(orexis)とは、古代ギリシャ語で「食欲」「欲求」「何かを求める気持ち」などを意味する言葉です。
脳内で働く神経ペプチド「オレキシン(orexin)」の名称は、このオレキシスに由来しています。
結論からいうと、オレキシスそのものがホルモンや脳内物質の名前なのではありません。あくまで、オレキシンという名称のもとになった言葉です。
オレキシスは古代ギリシャ語で「ὄρεξις」と書き、英字では「orexis」と表記されます。
日本語では「食欲」と訳されることが多いのですが、本来はもう少し意味の広い言葉です。
このように、食べ物を欲しがる気持ちだけでなく、何かを強く求める心の動き全般を表すことがあります。
語の背景には「手を伸ばす」「求める」という意味を持つギリシャ語の動詞があり、何かに向かって手を伸ばすような欲求のニュアンスが含まれています。
オレキシンは、1998年に櫻井武氏、柳沢正史氏らの研究グループによって報告された神経ペプチドです。
研究グループは、特定の受容体に結合する未知の物質を探す研究から、オレキシンAとオレキシンBという2種類のペプチドを発見しました。
発見された物質をラットの脳内に投与したところ、食べる量が増えることが確認されました。そこで研究者たちは、ギリシャ語で食欲を意味する「orexis」をもとに、これをorexin(オレキシン)と名付けました。
つまり、名称の関係は次のようになります。

現在、オレキシンは食欲よりも、睡眠や覚醒に関係する物質として紹介されることが多くなっています。
これは、オレキシンの研究が進むにつれて、覚醒状態を安定して維持することが重要な働きの一つだと分かってきたためです。
オレキシンは主に脳の視床下部で作られ、次のような働きに関係しています。
1型ナルコレプシーでは、オレキシンを作る神経細胞が失われ、脳内のオレキシンが不足していることが分かっています。
一方、オレキシンの働きを受容体で抑える薬は、覚醒を弱めて睡眠を促す不眠症治療薬として利用されています。
このように、オレキシンは単なる「食欲を増やす物質」ではありません。食欲に由来する名前は、発見当初に確認された作用を反映したものと考えると分かりやすいでしょう。
オレキシンが報告されたのとほぼ同じ時期に、別の研究グループも同じ神経ペプチドを発見していました。
その研究グループは、主に視床下部で作られることや、セクレチンというペプチドとの構造上の類似性から、これをヒポクレチン(hypocretin)と名付けました。
そのため、現在でも二つの名称が使われています。
呼び方は異なりますが、基本的には同じ神経ペプチドを指しています。
「アノレキシア(anorexia)」という英語も、語源をたどるとオレキシスと関係しています。
接頭語の「an-」には「ない」「欠けている」という意味があるため、語源上のアノレキシアは「食欲がないこと」「欲求の欠如」を意味します。
ただし、神経性やせ症、いわゆる神経性食欲不振症は、単純に空腹を感じなくなる病気という意味ではありません。言葉の語源と、現在の医学的な病気の概念は分けて考える必要があります。
オレキシスとは、古代ギリシャ語で「食欲」「欲求」「何かを求める気持ち」を意味する言葉です。
1998年に発見された神経ペプチドが摂食を促す作用を示したことから、研究者たちはオレキシスをもとに「オレキシン」と命名しました。
その後の研究により、オレキシンは食欲だけでなく、覚醒の維持、睡眠と覚醒の切り替え、意欲や行動の調節などにも深く関係することが分かっています。
したがって、「オレキシス」はオレキシンの別名ではなく、オレキシンという名前の由来となった「食欲・欲求」を意味するギリシャ語と理解するのが正確です。