「中国 女子アナ 標本」という言葉がインターネット上で検索されています。
この話で名前が挙がるのが、中国・大連テレビの女性司会者だったとされる張偉傑(ちょう・いけつ/ジャン・ウェイジエ、张伟杰)氏です。
ネット上では、
「張偉傑氏が突然姿を消し、その後、妊娠した女性の人体標本として海外で展示された」
という非常に衝撃的な話が長年にわたって拡散されています。
さらに、元重慶市党委書記の薄熙来氏や、その妻だった谷開来氏の名前まで登場するため、政治事件と人体標本を結びつけた「中国の闇」として紹介されることもあります。
しかし、結論からいうと、
張偉傑氏が殺害され、人体標本にされたことを証明する確かな証拠は、現在まで確認されていません。
一方で、この噂がまったく何もないところから生まれたわけでもありません。
大連に人体標本を製作する施設が実際に存在したことや、中国由来の遺体を使った人体展示をめぐって遺体の入手経路が問題になったことなど、いくつかの「事実」が組み合わされて、この話が広がったと考えられます。
今回は「中国 女子アナ 標本」と呼ばれる噂について、何が事実で、何が確認されていないのかを整理します。
張偉傑氏は、1990年代に中国・遼寧省の大連テレビで司会者を務めていた女性として知られています。
中国語圏の資料では、テレビ番組「太陽雨」などを担当していた人物として紹介されています。
ところが、その後の張氏について信頼できる公開情報が非常に少なくなります。
ここから、
「突然失踪した」
「行方不明になった」
といった話が広がるようになりました。
ただし、張氏についてはネット上の二次情報が非常に多く、本人の経歴、写真、失踪したとされる時期などについても情報が錯綜しています。
そのため、ネット上に掲載されている張偉傑氏の写真が、本当に本人なのか確認できないケースもあります。
この噂には、いくつかの背景があります。
まず事実として、中国・大連には人体を特殊な方法で保存する施設が存在していました。
この技術はプラスティネーション(Plastination、人体塑化)と呼ばれます。
人体から水分や脂肪を取り除き、代わりに樹脂などのポリマーを浸透させることで、腐敗しにくい人体標本を作ります。
この技術を開発したのがドイツの解剖学者グンター・フォン・ハーゲンス(Gunther von Hagens)氏です。
ハーゲンス氏は世界各地で「BODY WORLDS(人体の世界)」と呼ばれる人体標本展を開催しました。
大連にもハーゲンス氏に関連する人体塑化施設が存在していたことが確認されています。
噂が一気に現実味を帯びて見える最大の理由がこれです。
BODY WORLDSでは、妊娠約8か月の女性と胎児の人体標本が実際に展示されました。
これは都市伝説ではありません。
実在する人体標本です。
女性の腹部が開かれ、胎児が見える状態で保存された標本で、世界各国で展示され大きな議論を呼びました。
そして張偉傑氏について、
「失踪した」
「妊娠していた」
という噂がすでに存在していたため、
「この妊婦標本こそ張偉傑なのではないか」
という推測がネット上で広がりました。
ネット上では、
「頭の形が張偉傑氏に似ている」
「顔を比較すると同一人物に見える」
などという説明もあります。
しかし、この比較だけで本人と判断することはできません。
人体塑化では皮膚や脂肪、結合組織などが取り除かれ、筋肉や骨格などを見せるため大規模な解剖処理が行われます。
BODY WORLDSの人体提供に関する資料でも、標本化によって顔や身体の外観が変化するため、外見だけから元の人物を識別することはできないと説明されています。
つまり、
「標本の顔が似ているから張偉傑本人だ」
という推論には、科学的に大きな問題があります。
この話をさらに複雑にしているのが、元中国共産党政治局員の薄熙来(はく・きらい)氏です。
ネット上では張偉傑氏について、
「薄熙来氏と交際していた」
「薄氏の子供を妊娠していた」
「薄氏の妻だった谷開来氏と対立した」
などという話が広がっています。
しかし、これらについても注意が必要です。
薄熙来氏と張偉傑氏の関係については、主として中国国外のメディアやジャーナリストの証言などをもとに広がった話であり、交際や妊娠を客観的に証明する一次資料が公開されているわけではありません。
そのため、
「薄熙来氏の愛人だった」
「薄熙来氏の子供を妊娠していた」
という部分についても、確認済みの事実として扱うべきではありません。
さらにネット上では、
「張偉傑氏を谷開来氏が殺害した」
「遺体を大連の人体標本工場へ送った」
「その遺体が妊婦標本となった」
というストーリーまで作られています。
しかし、この一連の話について裁判記録、捜査記録、DNA鑑定、遺体の身元確認記録など、張偉傑氏と人体標本を直接結びつける証拠は確認されていません。
谷開来氏が英国人実業家ニール・ヘイウッド氏殺害事件で有罪判決を受けたこと自体は事実です。
そのため、
「実際に殺人事件を起こした人物なのだから、張偉傑氏についてもあり得るのではないか」
という推測がネット上で強まった面もあります。
しかし、別の殺人事件で有罪になったことは、張偉傑氏殺害説の証明にはなりません。
さらに重要なのが、張偉傑氏をめぐる情報を発信していた中国人ジャーナリスト姜維平(きょう・いへい)氏の証言です。
姜氏は2012年、張偉傑氏について、
「死亡しておらず、人体標本にもなっていない」
という趣旨の文章を発表しています。
姜氏によれば、張氏は大連を離れた後、北京で学び、その後海外へ移住したとされています。
また、1998年には大連市内で張氏を見かけたという人物の証言も紹介しています。
もっとも、この話についても公的機関による確認が行われているわけではありません。
したがって、
「海外で生存していることが完全に証明された」
とまで断言することもできません。
重要なのは、張偉傑氏の消息については複数の相反する証言が存在しているということです。
この事件を調べる際、非常に重要なのが人体展示会の区別です。
ネット上の記事では、
「BODY WORLDS」
と
「BODIES… The Exhibition」
が混同されていることがあります。
しかし、両者は別の展示会です。
| 名称 | 主な関係者・運営 | 遺体をめぐる問題 |
|---|---|---|
| BODY WORLDS | グンター・フォン・ハーゲンス氏、Institute for Plastination | 人体提供プログラムを運営。過去には中国で入手した遺体の出所をめぐり問題が起きたこともある |
| BODIES… The Exhibition | Premier Exhibitionsなど | 中国由来の遺体を使用。遺体の入手経路や本人の同意を確認できないとして米国で大きな問題になった |
ここは「単なる都市伝説」として片付けてはいけない部分です。
2008年、米ニューヨーク州司法長官は「BODIES… The Exhibition」を運営していたPremier Exhibitionsについて調査しました。
その結果、同社は展示している人体について、死亡した経緯や本人が展示に同意したことを十分に証明できない状態だったことが問題となりました。
展示側は、中国警察当局が受け取った遺体が含まれていたことや、刑務所に収容されていた人物の遺体ではないことを独自に確認できない旨を表示することになりました。
つまり、
「中国から輸出された人体標本の身元や入手経路をめぐって実際に深刻な問題が存在した」
という部分は事実です。
しかし、ここから
「だから妊婦標本は張偉傑だ」
と結論づけることはできません。
両者を直接つなぐ証拠が存在しないからです。
ハーゲンス氏自身についても、2004年に中国で入手した複数の遺体の出所をめぐって問題が起きています。
頭部に銃創のような傷がある遺体などが見つかり、ハーゲンス氏側は問題となった遺体を中国へ返還するなどの対応を取りました。
このように、
2000年代初頭の中国における人体標本の入手方法について疑問が指摘されたこと自体は事実
です。
一方、BODY WORLDS側は現在、展示される人体について、生前に本人が提供に同意した遺体を使用していると説明しています。
人体塑化技術を開発したグンター・フォン・ハーゲンス氏は、2026年7月24日、81歳で死去しました。
ハーゲンス氏の死去を受け、世界各国のメディアがBODY WORLDSの歴史や、過去に問題となった人体標本の入手経路について改めて報じています。
ハーゲンス氏自身も、生前から自分の死後には自身の身体を塑化することを希望しており、遺族はその意思を実行するとしています。
ここまでを整理すると次のようになります。
| 主張 | 判定 |
|---|---|
| 張偉傑という大連テレビの女性司会者がいた | おおむね確認できる |
| 大連に人体を塑化する施設が存在した | 事実 |
| 妊娠8か月の女性の人体標本が存在する | 事実 |
| 中国由来の人体標本の出所が問題になった | 事実 |
| 張偉傑が薄熙来の愛人だった | 確認されていない |
| 張偉傑が薄熙来の子供を妊娠していた | 確認されていない |
| 谷開来が張偉傑を殺害した | 裏付ける証拠は確認されていない |
| 妊婦の人体標本が張偉傑本人である | 裏付ける証拠は確認されていない |
| 顔が似ているので同一人物である | 判断根拠にはならない |
「中国 女子アナ 標本」という話には、実際の出来事がいくつも含まれています。
大連に人体塑化施設が存在したこと。
妊娠した女性の人体標本が実際に展示されたこと。
中国由来の遺体を使用した人体展で、遺体の出所や本人の同意を確認できない問題が起きたこと。
これらは事実です。
そのため、
「張偉傑氏も人体標本にされたのではないか」
という話が非常に説得力のある都市伝説として広がりました。
しかし最も重要な、
「妊婦の標本=張偉傑氏」
という部分を証明するDNA鑑定、身元記録、捜査資料、関係者による裏付けなどは確認されていません。
それどころか、張氏について詳しく報じていた姜維平氏は「張氏は死亡しておらず、人体標本にもなっていない」とする別の証言を公表しています。
したがって、現時点で最も正確な表現は、
「中国の女子アナ・張偉傑氏が人体標本にされたという説は、複数の実在する出来事を結びつけて生まれた未確認の噂であり、事実として確認されてはいない」
ということになります。