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インクルーシブデザインの例

インクルーシブデザインの例

インクルーシブデザインの例

身近な製品・サービス・公共空間に広がる具体例をわかりやすく紹介

インクルーシブデザインとは、これまで一般的な製品やサービス、施設、情報設計の中で見落とされがちだった人たちの視点を取り入れ、より多くの人にとって使いやすいものを生み出す考え方です。

たとえば、障がいのある人、高齢者、子ども、妊婦、外国人、左利きの人、色の見え方に違いがある人、文字を読むことが苦手な人など、社会の中にはさまざまな事情を持つ人がいます。インクルーシブデザインでは、こうした人たちを「特別な例外」として扱うのではなく、最初から大切なユーザーとして考えます。

インクルーシブデザインの大きな特徴は、特定の人の困りごとを出発点にしながら、結果として多くの人にとって便利なデザインが生まれることです。

たとえば、動画の字幕はもともと聴覚に障がいのある人のために重要な機能ですが、現在では電車内で音を出せない時、外国語を学ぶ時、騒がしい場所で動画を見る時にも役立っています。スマートフォンの読み上げ機能も、視覚障がいのある人だけでなく、料理中や移動中に画面を見られない人にとって便利です。

この記事では、インクルーシブデザインの例を、日用品、ファッション、デジタルサービス、公共施設、交通、教育、コミュニケーション、企業の取り組みなどに分けてわかりやすく紹介します。


インクルーシブデザインとは?

インクルーシブデザインとは、これまで製品やサービスの設計から排除されがちだった人々の声を取り入れ、その人たちが抱えている不便や障壁を解決することから始めるデザインの考え方です。

「インクルーシブ」とは、「包み込む」「排除しない」「共に含める」といった意味を持つ言葉です。つまり、インクルーシブデザインは、社会の中の一部の人だけを基準にするのではなく、多様な人々の存在を前提にして考えるデザインだといえます。

従来のデザインでは、「平均的な利用者」「一般的な利用者」を想定して製品やサービスが作られることが多くありました。しかし、その「平均」に当てはまらない人たちは、使いにくさや不便さを感じることがあります。

たとえば、片手が使いにくい人にとっては、両手で開けることを前提にした容器は不便です。視力が弱い人にとっては、小さな文字だけで説明された案内表示は読みづらいものです。日本語に慣れていない外国人にとっては、難しい行政用語が並ぶ案内文は理解しにくい場合があります。

インクルーシブデザインでは、こうした「使いにくさ」を個人の問題として片づけるのではなく、設計や伝え方の側に改善できる点があると考えます。

つまり、インクルーシブデザインとは、単に「親切なデザイン」や「便利なデザイン」ではありません。誰かが感じている不便を出発点にして、より多くの人が参加しやすい社会をつくるためのデザインなのです。


ユニバーサルデザインとの違い

インクルーシブデザインとよく似た言葉に、ユニバーサルデザインがあります。どちらも「多くの人が使いやすいものを目指す」という点では共通していますが、考え方の出発点に違いがあります。

ユニバーサルデザインは、年齢、性別、能力、文化、言語などにかかわらず、できるだけ最初から多くの人が使えるように設計する考え方です。たとえば、段差のない入口、自動ドア、多機能トイレ、分かりやすい案内表示などが代表的な例です。

一方、インクルーシブデザインは、これまで使いにくさを感じていた人、排除されてきた人、設計の中心に置かれてこなかった人の視点を重視します。その人たちを開発や改善のプロセスに参加させ、実際の声を取り入れる点に特徴があります。

項目 ユニバーサルデザイン インクルーシブデザイン
基本的な考え方 最初からできるだけ多くの人が使えるようにする 排除されてきた人の視点から新しい解決策を考える
出発点 幅広い利用者全体 特定の困りごとを持つ人
重視すること 公平性、分かりやすさ、安全性、使いやすさ 当事者の声、多様な使い方、参加しやすさ
代表例 スロープ、自動ドア、多機能トイレ、広い通路 字幕、読み上げ機能、手を使わずに履ける靴、多様な肌色のばんそうこう

 

ただし、実際には両者が重なる部分も多くあります。ある製品や施設が、ユニバーサルデザインでもあり、インクルーシブデザインでもあるという場合もあります。

大切なのは、言葉の分類だけにこだわることではなく、「誰が使いにくさを感じていたのか」「その声がどのように反映されたのか」「結果として誰にとって便利になったのか」を考えることです。


インクルーシブデザインの考え方が重要な理由

インクルーシブデザインが重視されるようになっている背景には、社会の多様化があります。

高齢化が進む社会では、視力や聴力、握力、歩行能力などに変化がある人が増えます。また、外国人住民や観光客が増えれば、多言語対応や分かりやすい案内表示も必要になります。さらに、デジタルサービスが生活の中心になるほど、スマートフォンやWebサイトを誰もが使いやすくすることも大切になります。

インクルーシブデザインは、こうした社会の変化に対応するための考え方です。

また、インクルーシブデザインは「困っている人だけを助けるもの」ではありません。特定の人の不便を解決することで、結果として多くの人が便利になることがあります。

たとえば、駅や空港のエレベーターは車いす利用者にとって重要ですが、大きなスーツケースを持つ旅行者、ベビーカーを押す人、足をけがしている人、高齢者にも役立ちます。動画の字幕は聴覚に障がいのある人に必要ですが、音を出せない場所で動画を見る人や、外国語を学ぶ人にも便利です。

このように、インクルーシブデザインは一部の人だけのための特別な対応ではなく、社会全体の使いやすさを高める考え方だといえます。


インクルーシブデザインの身近な例一覧

まずは、身近にあるインクルーシブデザインの例を一覧で見てみましょう。

もともとの対象・困りごと 結果的に便利になる人
動画の字幕 聴覚に障がいのある人 電車内で動画を見る人、外国語学習者、騒がしい場所にいる人
読み上げ機能 視覚障がいのある人、読字が苦手な人 料理中の人、運転中の人、小さい画面で読む人
手を使わずに履ける靴 手足の動きに制限がある人 妊婦、高齢者、荷物を持っている人
多様な肌色のばんそうこう 従来の肌色が合わなかった人 自分の肌に合うものを選びたい多くの人
やさしい日本語 日本語に慣れていない外国人、難しい文章が苦手な人 高齢者、子ども、急いで情報を知りたい人
色覚に配慮した表示 色の見え方に違いがある人 暗い場所や屋外で画面を見る人、印刷物を見る人
シャンプーボトルのギザギザ 視覚に頼らず区別したい人 入浴中に目を閉じている人、裸眼で見えにくい人
非接触決済 小銭や紙幣の扱いが難しい人 荷物が多い人、急いでいる人、衛生面が気になる人

 

この表を見ると、インクルーシブデザインの特徴が分かりやすくなります。最初は特定の人の困りごとから始まっていても、実際には多くの人の生活を便利にしているのです。


日用品に見られるインクルーシブデザインの例

シャンプーとリンスのボトルにあるギザギザ

シャンプー側面

シャンプーボトルに付いているギザギザは、視覚に障がいのある人が、触っただけでシャンプーとリンスを区別できるようにするための工夫です。

お風呂場では、メガネやコンタクトレンズを外している人も多く、文字やラベルが見えにくいことがあります。また、髪を洗っている時は目を閉じていることもあります。そのような時でも、ボトルの形や手触りで区別できれば、間違えて使うことを防げます。

この工夫は、もともと視覚に障がいのある人にとって重要なものですが、裸眼では見えにくい人、暗い浴室で使う人、高齢者、子どもなど、多くの人にとって便利です。

特定の人の不便を解決するための工夫が、結果的に日常生活の中で多くの人に役立っている、分かりやすいインクルーシブデザインの例です。

多様な肌色に対応したばんそうこう

ジョンソン・エンド・ジョンソンの「バンドエイド」などでは、従来の単一的な肌色だけでなく、さまざまな肌の色に合わせたカラーバリエーションが展開されるようになりました。

以前は、ばんそうこうの「肌色」とされる色が、すべての人の肌に合うわけではありませんでした。肌の色が濃い人にとっては、ばんそうこうがかえって目立ってしまうことがありました。

多様な肌色に対応することで、より多くの人が自分の肌に近い色を選べるようになります。これは、単に色の種類を増やしたという話ではなく、「標準的な肌色」という考え方そのものを見直した例でもあります。

これまで見落とされていた人々の視点を取り入れたという点で、インクルーシブデザインの分かりやすい事例です。

片手でも使いやすい洗剤ボトル

花王の「アタックZERO」のワンハンドプッシュボトルは、片手で押すだけで洗剤を計量できる点が特徴です。

従来の液体洗剤では、キャップを開け、洗剤を注ぎ、量を測り、またキャップを閉めるという動作が必要でした。この作業は、手に力が入りにくい人、片手が使いにくい人、視覚に不安がある人にとって負担になることがあります。

ワンハンドプッシュ式であれば、片手で簡単に一定量を出すことができます。これは、身体に不自由がある人だけでなく、子どもを抱いている人、急いで洗濯をしている人、手が濡れている人、高齢者にも便利です。

特定の人の使いにくさに注目することで、家事をする多くの人にとって使いやすい製品になった例といえます。

握りやすい調理器具

持ち手が太く滑りにくい包丁、軽い力で開けられる缶切り、手首への負担が少ないピーラーなども、インクルーシブデザインの考え方に近い製品です。

関節炎のある人、握力が弱い人、高齢者、手が小さい人にとって、細くて硬い持ち手の道具は使いにくい場合があります。力を入れすぎると、手首や指に痛みが出ることもあります。

握りやすさや滑りにくさに配慮した調理器具は、そうした人たちの負担を減らします。同時に、料理に慣れていない人や、長時間調理をする人にとっても扱いやすくなります。

安全性と使いやすさが高まるため、家庭だけでなく、介護施設や学校、飲食店などでも役立つ考え方です。


ファッション・製品に見られるインクルーシブデザインの例

NIKE「GO FLYEASE」

NIKEの「GO FLYEASE」は、手を使わずに履いたり脱いだりできるスニーカーとして知られています。

一般的な靴は、かがんで履く、靴ひもを結ぶ、かかとを手で整えるといった動作が必要です。しかし、手や足の動きに制限がある人、脳性麻痺などの障がいがある人、腰を曲げることが難しい人にとっては、靴を履くこと自体が大きな負担になることがあります。

GO FLYEASEは、足を入れて体重をかけるだけで履けるように設計されています。これにより、手を使わずに靴を履きたい人にとって大きな助けになります。

同時に、妊婦、高齢者、荷物を持っている人、子どもを抱いている人、外出前に急いでいる人にとっても便利です。

このように、特定の身体的な困りごとを持つ人の視点から生まれた製品が、幅広い人にとって使いやすいものになる点が、インクルーシブデザインらしいところです。

触って時間を知る腕時計

シチズンなどが展開している視覚障がい者向けの腕時計には、文字盤を触って時間を確認できるものがあります。

音声で時刻を知らせる時計もありますが、静かな場所や会議中、電車内などでは、音を出すことに気を使う場面があります。触って時間を確認できる時計であれば、周囲に知らせることなく、自分だけで時刻を知ることができます。

また、文字盤のコントラストを高めたり、針を見やすくしたりすることで、弱視の人にも使いやすくなります。

これは視覚障がいのある人のための製品であると同時に、「音を出さずに確認したい」「暗い場所でも分かりやすい」「直感的に使いたい」といった多様なニーズにも応えるデザインです。

着脱しやすい衣服

ボタンの代わりにマグネットや面ファスナーを使った服、前開きで着やすい服、タグが肌に当たりにくい服なども、インクルーシブデザインの考え方を取り入れた例です。

指先を細かく動かすことが難しい人にとって、小さなボタンを留める作業は大変です。また、感覚過敏のある人にとっては、首元のタグや硬い縫い目が強い不快感につながることがあります。

着脱しやすい服や、肌への刺激が少ない服は、障がいのある人や高齢者だけでなく、子ども、忙しい朝に着替える人、体調が悪い人にも便利です。

ファッションの分野では、見た目のおしゃれさだけでなく、誰がどのように着るのかという視点がますます重要になっています。


デジタル分野のインクルーシブデザインの例

Webサイトやスマートフォンの読み上げ機能

スマートフォンの読み上げ機能を使う人のイメージ

Webサイトやスマートフォンの読み上げ機能は、画面上の文字を音声で読み上げる機能です。視覚障がいのある人や、文字を読むことが苦手な人にとって、情報にアクセスするための重要な手段になります。

読み上げ機能があれば、画面を見ることが難しい人でも、ニュース、メール、Webページ、案内文などの内容を音声で確認できます。

また、この機能は視覚障がいのある人だけのものではありません。料理中で手が離せない時、歩いている時、小さな画面の文字を読むのが疲れる時、長い文章を耳で確認したい時にも便利です。

情報を「読む」だけでなく「聞く」こともできるようにすることで、利用者の選択肢が広がります。これはデジタル分野における代表的なインクルーシブデザインの例です。

動画のクローズドキャプション・字幕

動画の字幕やクローズドキャプションは、聴覚に障がいのある人が映像の内容を理解するために重要な機能です。

単に話している言葉を文字にするだけでなく、効果音、音楽、拍手、笑い声、ドアが閉まる音などを表示することで、映像の状況をより正確に伝えることができます。

現在では、字幕は多くの人に利用されています。電車や図書館など音を出せない場所で動画を見る時、騒がしいカフェや駅で音声が聞き取りにくい時、外国語の学習をする時などにも役立ちます。

聴覚障がいのある人のために必要な機能が、結果的に多くの人の動画視聴を助けている例です。

色覚に配慮したWebサイトや資料

色覚に違いがある人にとって、赤と緑、青と紫など、見分けにくい色の組み合わせがあります。そのため、色だけで情報を伝えるデザインは、情報の受け取りにくさにつながることがあります。

インクルーシブデザインでは、色だけに頼らず、文字、形、アイコン、線の種類、模様なども組み合わせて情報を伝えることが大切です。

たとえば、グラフで赤と緑だけを使って「増加」と「減少」を示すのではなく、矢印やラベルを付けると、より多くの人に分かりやすくなります。

これは色覚に違いがある人だけでなく、白黒印刷で資料を見る人、日差しの強い屋外でスマートフォンを見る人、古いディスプレイを使っている人にも役立ちます。

文字サイズ変更機能

Webサイトやスマートフォンで文字サイズを変更できる機能も、インクルーシブデザインの重要な例です。

高齢者や弱視の人にとって、小さな文字は読みづらく、情報にアクセスする妨げになります。文字を大きくできれば、目の負担を減らしながら内容を理解しやすくなります。

一方で、文字サイズ変更機能は、視力に問題がない人にも便利です。スマートフォンの小さな画面で長文を読む時、暗い場所で読む時、目が疲れている時など、自分に合った表示に調整できます。

利用者が自分に合った読み方を選べるようにすることは、デジタル時代のインクルーシブデザインに欠かせない考え方です。

ダークモード

スマートフォンやパソコンのダークモードは、背景を暗くし、文字を明るく表示する機能です。

明るい白い画面がまぶしく感じる人、光に敏感な人、夜間に画面を見る人にとって、ダークモードは目の負担を軽減する助けになります。

また、暗い部屋でスマートフォンを見る時、周囲の人にまぶしさを与えにくいという利点もあります。機種や画面の種類によっては、バッテリー消費を抑える効果が期待される場合もあります。

特定の見えにくさやまぶしさに対応する機能が、今では多くの人にとって当たり前の選択肢になっている例です。

AppleのVoiceOver

Apple製品に搭載されているVoiceOverは、画面上の情報を音声で読み上げるアクセシビリティ機能です。

視覚障がいのある人がスマートフォンやタブレット、パソコンを使ううえで、画面の内容を音声で確認できることは非常に重要です。特別な機器を別に用意しなくても、標準機能として利用できる点に大きな意味があります。

このような機能が標準で搭載されていると、障がいのある人だけが特別な方法で使うのではなく、誰もが同じ製品を自分に合った方法で利用できます。

デジタル機器におけるインクルーシブデザインでは、最初から多様な使い方を想定しておくことが重要です。


コミュニケーションに関するインクルーシブデザインの例

やさしい日本語

やさしい日本語とは、難しい言葉や複雑な表現を避け、できるだけ分かりやすく情報を伝える日本語のことです。

もともとは、災害時に日本語に慣れていない外国人にも必要な情報を伝えるために注目されるようになりました。たとえば、「避難してください」ではなく「安全な場所へ逃げてください」と表現するなど、短く、具体的で、分かりやすい言葉を使います。

やさしい日本語は、外国人だけでなく、高齢者、子ども、知的障がいのある人、難しい行政文書が苦手な人にも役立ちます。

特に、災害情報、医療情報、行政手続き、学校からのお知らせなどでは、誰にでも伝わりやすい言葉を使うことが大切です。

情報を受け取る側に努力を求めるのではなく、情報を発信する側が分かりやすく伝える。この考え方は、コミュニケーションにおけるインクルーシブデザインの代表例です。

ピクトグラム

ピクトグラムとは、言葉ではなく絵や記号で情報を伝える表示のことです。トイレ、非常口、エレベーター、空港、駅、競技施設などでよく見られます。

ピクトグラムは、言葉が分からない人にも直感的に意味を伝えられる点が特徴です。外国人観光客、日本語を読むことが苦手な人、子ども、急いでいる人にとって、絵で分かる案内は非常に便利です。

1964年の東京オリンピックでは、さまざまな国から来る人々に競技や施設を分かりやすく伝えるために、スポーツ競技のピクトグラムが活用されました。言語に頼らず情報を伝える工夫は、国際的な案内表示の発展にもつながりました。

ピクトグラムは、情報を受け取る人の言語や年齢、知識に左右されにくい点で、インクルーシブデザインの重要な例です。

絵文字や図解を使った説明

文字だけの説明では、内容が分かりにくい場合があります。特に、手順が多い作業、災害時の行動、医療や行政の説明などでは、文章だけでは誤解が生まれることがあります。

そこで、絵文字、イラスト、図解、写真、アイコンなどを組み合わせると、情報をより分かりやすく伝えられます。

これは、読み書きが苦手な人、子ども、外国人、高齢者だけでなく、忙しい中で素早く内容を理解したい人にも役立ちます。

たとえば、ゴミの分別方法、駅の乗り換え案内、防災マップ、病院での受付手順などは、文字だけで説明するよりも、図やアイコンを使った方が直感的に理解しやすくなります。

情報の伝え方を複数用意することは、誰もが情報にアクセスしやすい社会をつくるうえで重要です。


公共施設・交通に見られるインクルーシブデザインの例

車いすのまま遊べる遊具

山形市南部児童遊戯施設「シェルターインクルーシブプレイス コパル」のように、障がいの有無にかかわらず、子どもたちが一緒に遊べる施設が注目されています。

こうした施設では、車いすのまま利用できるブランコ、静かに過ごせるスペース、年齢や発達段階に応じて遊べる空間など、多様な子どもたちが参加しやすい工夫がされています。

従来の遊び場では、身体に障がいのある子どもや、感覚過敏のある子どもが遊びにくいことがありました。インクルーシブな遊び場では、そうした子どもたちが「見ているだけ」ではなく、一緒に遊ぶことを前提に設計されます。

また、こうした施設は障がいのある子どもだけでなく、兄弟姉妹、保護者、祖父母、地域の人々にとっても利用しやすい場所になります。

広いレジ通路

 

スーパーのレジ通路が広く設計されていると、車いす利用者やベビーカーを押す人が通りやすくなります。

狭い通路では、車いすが通れなかったり、ベビーカーがぶつかったり、大きな買い物カートを動かしにくかったりします。通路を広くすることで、移動のストレスを減らすことができます。

この工夫は、車いす利用者や子ども連れの人だけでなく、大きな荷物を持っている人、高齢者、けがをしている人、まとめ買いをする人にも便利です。

買い物をする場所は、多くの人が日常的に利用する空間です。そのため、誰もが自然に使える通路設計は、生活に密着したインクルーシブデザインの例といえます。

音声案内付きエレベーター

音声案内付きエレベーターは、階数やドアの開閉を音声で知らせる仕組みです。

視覚障がいのある人にとって、現在どの階にいるのか、ドアが開いたのか閉まるのかを音声で確認できることは、安全に移動するために重要です。

一方で、音声案内は視覚障がいのある人だけでなく、初めて訪れる建物で不安を感じる人、表示を見逃した人、荷物で表示が見えにくい人にも役立ちます。

視覚情報だけでなく、聴覚情報も組み合わせることで、より多くの人が安心して利用できる空間になります。

空港や駅の多感覚案内

空港や駅では、大型表示、音声アナウンス、点字ブロック、ピクトグラム、多言語表示など、複数の方法で情報が提供されています。

これは、視覚、聴覚、触覚など、さまざまな感覚を使って情報を受け取れるようにする工夫です。

視覚障がいのある人には音声案内や点字ブロックが役立ちます。聴覚障がいのある人には、文字表示や電光掲示板が重要です。外国人旅行者には、多言語表示やピクトグラムが助けになります。

また、急いでいる人、混雑した場所にいる人、大きな荷物を持っている人にとっても、複数の方法で情報を確認できることは安心につながります。

公共交通機関では、誰もが迷わず移動できることが重要です。その意味で、多感覚に対応した案内は、社会インフラにおけるインクルーシブデザインの代表例です。

ロンドン地下鉄の路線図

ロンドン地下鉄の路線図は、実際の距離や地形を正確に表すのではなく、乗り換えや路線の関係が分かりやすいように単純化されたデザインで知られています。

地理的な正確さよりも、利用者が迷わず使えることを優先した点に特徴があります。

鉄道路線図は、土地に詳しい人だけが読むものではありません。観光客、初めて利用する人、外国人、子ども、高齢者など、さまざまな人が使います。そのため、見やすく、理解しやすいことが重要です。

複雑な情報を整理し、誰にとっても理解しやすくするという意味で、公共交通におけるインクルーシブな情報デザインの一例といえます。


決済・金融サービスに見られるインクルーシブデザインの例

非接触決済システム

QRコード・電子マネーで支払い・買い物

非接触決済は、カードやスマートフォンを端末にかざすだけで支払いができる仕組みです。

小銭を取り出したり、紙幣を数えたり、暗証番号を入力したりすることが難しい人にとって、簡単に支払いができる方法は大きな助けになります。視覚障がいのある人、手先の細かい動作が難しい人、高齢者などにとっても便利です。

また、非接触決済は、荷物が多い人、急いでいる人、子どもを連れている人、衛生面が気になる人にとっても使いやすい方法です。

支払いという日常的な行動を、より簡単で負担の少ないものにする点で、非接触決済はインクルーシブデザインの考え方に合ったサービスといえます。

音声案内付きATM

銀行ATMには、音声案内、点字表示、イヤホンジャック、画面の角度調整、車いすでも使いやすい高さなど、さまざまな工夫が取り入れられているものがあります。

視覚障がいのある人にとって、画面だけで操作するATMは使いにくい場合があります。音声案内や点字ガイドがあれば、操作の流れを確認しながら利用できます。

また、車いす利用者にとっては、操作パネルの高さや足元のスペースも重要です。高すぎる画面や奥に入りにくい構造では、操作が難しくなります。

誰もが自分でお金を引き出したり、振り込みをしたりできることは、生活の自立にも関わります。ATMの使いやすさは、単なる便利さだけでなく、社会参加のしやすさにもつながっています。


教育・学習に見られるインクルーシブデザインの例

まほらノート

まほらノートは、発達障がいのある人や感覚過敏のある人の声をもとに作られたノートです。

一般的な白い紙は、光の反射が強く、まぶしく感じる人がいます。また、罫線が目立ちすぎたり、逆に見えにくかったりすると、文字を書くことに集中しにくくなる場合があります。

まほらノートでは、反射を抑えた色の紙や、見やすい罫線などが工夫されています。これにより、発達障がいのある人や視覚的な刺激に敏感な人が、学習しやすくなります。

同時に、目が疲れやすい人、長時間ノートを使う人、落ち着いた色の紙を好む人にとっても使いやすいノートになります。

学びやすさは、本人の努力だけで決まるものではありません。道具や環境を工夫することで、より多くの人が学習に参加しやすくなります。

UDフォントを使った教科書や資料

UDフォントとは、読みやすさや見分けやすさに配慮して作られた文字のことです。

たとえば、ひらがなの「さ」と「ち」、カタカナの「ソ」と「ン」、数字の「6」と「8」などは、フォントによっては見分けにくくなることがあります。UDフォントでは、こうした文字の違いが分かりやすくなるように設計されています。

読み書きが苦手な人、弱視の人、高齢者、子どもにとって、文字が読みやすいことは非常に重要です。

また、UDフォントは、学校の教科書や教材だけでなく、プレゼン資料、案内表示、Webサイト、自治体の資料などでも役立ちます。

文字は情報を伝える基本です。その文字を読みやすくすることは、多くの人に情報を届けるための大切なインクルーシブデザインです。

点字付きレゴブロック

レゴの点字ブロックは、視覚障がいのある子どもが点字を楽しく学べるように作られた教材です。

ブロックの突起が点字に対応しており、遊びながら文字や数字に親しむことができます。見える子どもと見えない子どもが一緒に遊びながら学べる点も特徴です。

学習支援というと、特別な教材を別に用意するイメージがあるかもしれません。しかし、遊びの中に学びを組み込むことで、子どもたちが自然に参加しやすくなります。

これは、視覚障がいのある子どものためだけでなく、周囲の子どもたちが多様な学び方に触れるきっかけにもなります。


企業によるインクルーシブデザインの事例

マイクロソフト「Xbox Adaptive Controller」

マイクロソフトのXbox Adaptive Controllerは、身体的な障がいのある人でもゲームを楽しめるように設計されたコントローラーです。

一般的なゲームコントローラーは、両手で持ち、複数のボタンを素早く押すことを前提にしています。しかし、手や指の動きに制限がある人にとっては、通常のコントローラーを使うことが難しい場合があります。

Xbox Adaptive Controllerは、大きなボタンや外部入力端子を備えており、利用者の身体の状態に合わせて操作方法をカスタマイズできます。別のスイッチやボタンを接続することで、それぞれの人に合った操作環境を作ることができます。

ゲームは娯楽であると同時に、友人や家族とつながるコミュニケーションの場でもあります。身体的な制約がある人も同じように楽しめるようにするこの製品は、インクルーシブデザインの代表的な企業事例です。

スターバックスの手話対応店舗

スターバックスには、手話で注文できる店舗があります。日本では東京・国立市に手話を中心にしたコミュニケーションができる店舗がオープンしたことで話題になりました。

聴覚障がいのある人にとって、一般的なカフェでの注文は、店員との音声によるやり取りが前提になっているため、不安や不便を感じることがあります。

手話に対応した店舗では、手話を使うスタッフ、視覚的に分かりやすいメニュー、指差しで注文しやすい仕組みなどが整えられています。

これは聴覚障がいのある人だけでなく、音声での会話が苦手な人、外国人、騒がしい場所で注文する人にとっても分かりやすい接客につながります。

サービス業におけるインクルーシブデザインでは、建物や製品だけでなく、コミュニケーションの方法そのものを見直すことが大切です。

Apple製品のアクセシビリティ機能

Apple製品には、VoiceOver、拡大表示、音声入力、字幕、スイッチコントロール、色の反転、タッチ調整など、さまざまなアクセシビリティ機能が標準で搭載されています。

これらの機能は、視覚、聴覚、身体の動き、認知の特性などに応じて、利用者が自分に合った操作方法を選べるようにするものです。

重要なのは、こうした機能が特別な追加機能として隠されているのではなく、多くの製品に標準機能として用意されていることです。

同じスマートフォンやパソコンを、利用者ごとに違う方法で使えるようにすることは、デジタル社会におけるインクルーシブデザインの重要な考え方です。


インクルーシブデザインとバリアフリーの違い

インクルーシブデザインを理解するうえで、バリアフリーとの違いも知っておくと分かりやすくなります。

バリアフリーは、すでに存在している障壁を取り除く考え方です。たとえば、階段しかない場所にスロープを付ける、段差をなくす、手すりを設置する、点字ブロックを整備するなどが代表的です。

一方、インクルーシブデザインは、そもそも設計の段階から多様な人の参加を考える点に特徴があります。

項目 バリアフリー インクルーシブデザイン
基本的な考え方 障壁を取り除く 最初から排除しない設計を考える
主な対象 障がい者や高齢者など 障がい者、高齢者、外国人、子どもなど多様な人
タイミング 問題が見つかった後に改善することが多い 企画や開発の段階から当事者の声を取り入れる
段差解消、手すり、スロープ 字幕、読み上げ、手を使わずに履ける靴、やさしい日本語

 

もちろん、バリアフリーも非常に重要です。ただし、インクルーシブデザインでは、後から困りごとを直すだけでなく、最初から多様な人が参加できるように考える点が重視されます。


インクルーシブデザインを考える時のポイント

「平均的な人」だけを基準にしない

インクルーシブデザインでは、「平均的な人なら使えるだろう」という考え方だけでは不十分です。

身長、視力、聴力、手の動かしやすさ、言語、年齢、文化、経験、生活環境は人によって大きく異なります。平均的な利用者だけを想定すると、その枠から外れる人が使いにくさを感じる可能性があります。

多様な人がいることを前提にすることで、より柔軟で使いやすいデザインが生まれます。

当事者の声を取り入れる

インクルーシブデザインでは、実際に困りごとを感じている人の声を聞くことが大切です。

作り手が想像だけで「この方が使いやすいはず」と考えても、実際の使い方とは違う場合があります。当事者に試してもらい、意見を聞き、改善を重ねることで、より実用的なデザインになります。

このプロセスは、製品開発だけでなく、Webサイト、公共施設、学校、行政サービス、店舗運営などにも応用できます。

選択肢を用意する

すべての人に同じ使い方を求めるのではなく、複数の使い方を用意することも大切です。

たとえば、情報を文字だけでなく音声でも提供する。音声だけでなく字幕も用意する。色だけでなく形や文字でも区別できるようにする。タッチ操作だけでなく音声操作やキーボード操作にも対応する。

このように複数の選択肢があれば、利用者は自分に合った方法を選ぶことができます。

特別扱いではなく、自然に使える形にする

インクルーシブデザインでは、特定の人だけが目立つ形で使うのではなく、誰もが自然に使えることも重要です。

たとえば、字幕が当たり前に表示できる動画サービス、読み上げに対応したWebサイト、誰でも使いやすい店舗の案内、見やすい文字や配色などは、利用者を特別扱いするのではなく、選択肢として自然に提供されています。

「必要な人だけが別の方法を使う」のではなく、「誰もが自分に合った方法を選べる」状態を目指すことが大切です。


インクルーシブデザインは学校や仕事にも役立つ

インクルーシブデザインの考え方は、製品や施設だけでなく、学校や職場にも応用できます。

学校では、読みやすいプリント、分かりやすい板書、音声と文字を組み合わせた説明、静かに過ごせる場所、発表方法の選択肢などが考えられます。

職場では、オンライン会議に字幕を付ける、資料の文字を大きくする、色だけで判断しないグラフを使う、やさしい言葉でマニュアルを作る、在宅勤務や時差出勤など働き方の選択肢を用意する、といった工夫があります。

これらは、障がいのある人だけのためではありません。体調が悪い人、育児や介護をしている人、外国語で仕事をしている人、新しく入った人、集中しやすい環境を必要とする人など、多くの人に役立ちます。

インクルーシブデザインは、特別な製品開発だけでなく、日常の環境づくりにも関係する考え方です。


インクルーシブデザインの例から分かること

ここまで見てきたように、インクルーシブデザインの例は、私たちの身の回りに数多くあります。

字幕、読み上げ機能、やさしい日本語、ピクトグラム、手を使わずに履ける靴、多様な肌色のばんそうこう、音声案内付きエレベーター、非接触決済、UDフォント、車いすでも遊べる遊具などは、どれも特定の人の不便を出発点にしています。

しかし、それらは結果として、より多くの人にとって便利で使いやすいものになっています。

つまり、インクルーシブデザインは「一部の人のためだけのもの」ではありません。誰かの困りごとに丁寧に向き合うことで、社会全体の使いやすさや参加しやすさを高める考え方です。

また、インクルーシブデザインは、単に機能を追加することではありません。誰の声が反映されているのか、誰が使いにくさを感じているのか、どのようにすれば自然に参加できるのかを考えることが重要です。


まとめ:インクルーシブデザインは「誰かの不便」から社会全体を使いやすくする考え方

インクルーシブデザインとは、これまで見落とされがちだった人々の視点を取り入れ、より多くの人が使いやすい製品、サービス、情報、空間を生み出す考え方です。

代表的な例としては、動画の字幕、スマートフォンの読み上げ機能、手を使わずに履ける靴、多様な肌色のばんそうこう、やさしい日本語、色覚に配慮したデザイン、シャンプーボトルのギザギザ、非接触決済、音声案内付きエレベーターなどがあります。

これらの多くは、最初から「全員に便利なもの」として生まれたわけではありません。視覚障がいのある人、聴覚障がいのある人、手足の動きに制限がある人、日本語に慣れていない人、色の見え方に違いがある人など、特定の困りごとを持つ人の視点から生まれたものです。

しかし、その工夫は結果として、子ども、高齢者、妊婦、外国人、けがをしている人、荷物を持っている人、忙しい人、初めてその場所を利用する人など、多くの人にとって便利なものになっています。

インクルーシブデザインの大切な点は、「誰かに合わせること」が、社会全体の使いやすさにつながるということです。

今後、高齢化、多文化社会、デジタル化がさらに進む中で、インクルーシブデザインの重要性はますます高まっていくでしょう。身近な製品やサービスを見た時に、「これは誰の困りごとから生まれたのだろう」と考えてみると、インクルーシブデザインの意味がより実感しやすくなります。

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