同志社国際中学校・高等学校の校長を務める西田喜久夫(にしだ・きくお)氏が注目されています。
なお、「同志社高校の西田喜久夫校長」と検索されることもありますが、正確には、西田氏が校長を務めているのは京都市左京区にある「同志社高等学校」ではなく、京都府京田辺市の「同志社国際中学校・高等学校」です。
西田氏は、自身も同志社系列の学校で学び、その後、同志社国際中学校・高等学校で長年にわたって国語科教員として勤務してきた教育者です。
教員から教頭、そして校長へと昇進しており、長く同志社国際の教育現場に携わってきた人物として知られています。
ここでは、西田喜久夫氏の学歴や経歴、校長就任までの歩みについて、公開されている情報をもとにまとめます。
| 氏名 | 西田 喜久夫(にしだ きくお) |
|---|---|
| 職業 | 教育者 |
| 役職 | 同志社国際中学校・高等学校 校長 |
| 専門・担当教科 | 国語 |
| 出身校 | 同志社香里中学校・高等学校 |
| 大学 | 同志社大学文学部 |
| 大学院 | 同志社大学大学院 |
| 主な勤務先 | 同志社国際中学校・高等学校 |
| 校長就任 | 2024年度 |
| 生年月日・年齢 | 公式な公表情報は確認できず |
西田喜久夫氏は、同志社香里中学校・高等学校で学びました。
同志社香里中学校・高等学校は大阪府寝屋川市にある学校法人同志社の系列校です。
つまり西田氏は、中学生の頃から同志社の教育環境の中で学んできたことになります。
その後、系列の同志社大学文学部へ進学しました。
同志社大学文学部を卒業後は、さらに同志社大学大学院へ進学しています。
大学院では文学分野を学び、博士課程前期を修了したとされています。
その後の職業が国語科教員だったことを考えると、文学・国語を専門分野として長く歩んできた教育者といえるでしょう。
西田氏は同志社大学大学院に在籍していた時期から、同志社国際中学校・高等学校で国語科の非常勤講師を務めていたとされています。
そして大学院の博士課程前期を修了した1989年、同志社国際中学校・高等学校の国語科専任教員となりました。
その後、30年以上にわたって同校の教育に携わることになります。
同志社系列の学校で学んだ後、同志社系列校の教員となり、その学校で管理職、校長へと進んだ経歴が西田氏の大きな特徴です。
国語科教員として授業を担当する一方、西田氏は学校運営に関わるさまざまな役割も務めました。
同志社国際中学校・高等学校のコミュニケーションセンターや入試センターなどで主任を担当した経歴があります。
特に同志社国際は、海外生活を経験した帰国生を数多く受け入れている学校です。
西田氏は国語科教員として、多様な言語環境や文化的背景を持つ生徒の教育にも長く関わってきました。
過去には「帰国生へのサポート」をテーマとした教育関係の講演などに、同志社国際中学校・高等学校入試センター主任として登壇した記録もあります。
西田氏は通常の国語教育だけでなく、探究型の教育にも携わってきました。
同志社の広報誌「同志社時報」では、同志社国際高等学校における「総合的な探究の時間」の取り組みについて、西田氏が執筆しています。
生徒が自ら課題を見つけ、調査し、考え、他者と意見交換を行う教育を重視してきたことがうかがえます。
長年の教員生活を経て、西田氏は同志社国際中学校・高等学校の教頭に就任しました。
教頭として学校運営を担った後、2024年度から同志社国際中学校・高等学校の校長に就任しています。
外部から校長として招かれたのではなく、
国語科教員 → 各センター主任など → 教頭 → 校長
という形で、同志社国際の内部で長年経験を積んできた教育者です。
| 時期 | 経歴 |
|---|---|
| 中学・高校時代 | 同志社香里中学校・高等学校で学ぶ |
| 大学時代 | 同志社大学文学部へ進学 |
| 大学卒業後 | 同志社大学大学院へ進学 |
| 大学院在学中 | 同志社国際中学校・高等学校で国語科非常勤講師 |
| 1989年 | 大学院博士課程前期修了後、同志社国際中学校・高等学校の国語科専任教員に |
| その後 | コミュニケーションセンター、入試センターなどの主任を担当 |
| その後 | 同志社国際中学校・高等学校教頭 |
| 2024年度 | 同志社国際中学校・高等学校校長に就任 |
| 2026年8月31日 | 校長職を解任される予定 |
同志社国際中学校・高等学校は、帰国生と国内で学んできた一般生が同じ環境で学ぶことを大きな特色としています。
西田氏も校長として、生徒一人ひとりを大切にすることを教育の基本として掲げてきました。
学校公式サイトの校長メッセージでは、生徒に身につけてもらいたい力として、
などを挙げています。
また、帰国生と国内一般生が共に学ぶことによって、お互いの異なる経験を共有し、グローバルな感覚を身につけることを重視していました。
西田氏自身が長年、帰国生教育の現場に携わってきた経験が、こうした教育方針にも反映されていると考えられます。
西田喜久夫氏をめぐっては、2026年8月、大きな動きがありました。
学校法人同志社は2026年8月26日、西田氏を同年8月31日付で同志社国際中学校・高等学校長から解任することを理事会で決議したと発表しました。
背景にあるのが、2026年3月に沖縄県名護市の辺野古沖で発生した、同志社国際高校の研修旅行中の小型船転覆事故です。
事故では、同校の女子生徒と船長が死亡するなど大きな被害が出ました。
学校法人同志社は、事故前後の対応を含む安全管理の検証や再発防止、教育の中立性・適切性に関する検証を進めてきました。
その上で、新学期を新たな体制で迎える必要があることなどを総合的に判断し、西田氏の解任を決めたとしています。
2026年9月1日からは、学校法人同志社企画部長兼同志社大学副学長の宿久洋(やどひさ・ひろし)氏が新校長に就任する予定です。
したがって、西田氏は2024年度から約2年半にわたり校長を務め、2026年8月末をもって校長職を離れることになります。
西田喜久夫氏の生年月日や年齢については、インターネット上で推定情報も見られます。
ただし、学校法人同志社や同志社国際中学校・高等学校などの公式プロフィールでは、生年月日や年齢を確認できません。
大学院修了年などから生年を推測することは可能ですが、大学や大学院への進学時期は人によって異なるため、正確な生年月日が確認できない段階で年齢を断定するのは適切ではありません。
そのため、本記事では年齢については「公表されていない」としています。
西田喜久夫氏は、同志社香里中学校・高等学校から同志社大学文学部、同志社大学大学院へと進み、その後、同志社国際中学校・高等学校で長年国語教育に携わってきた人物です。
1989年に専任教員となって以降、国語科教員、コミュニケーションセンターや入試センターなどの主任、教頭を経て、2024年度に校長へ就任しました。
中学・高校時代から現在に至るまで、長年「同志社」と深く関わってきた経歴が西田氏の大きな特徴といえるでしょう。
一方、2026年3月に発生した沖縄・辺野古沖での研修旅行中の事故を受け、学校法人同志社は安全管理や学校運営について検証を進めました。
そして2026年8月26日、西田氏を8月31日付で校長職から解任することを正式に決定しています。
9月1日からは宿久洋氏が新校長に就任する予定で、同志社国際中学校・高等学校は新たな学校運営体制へ移行することになります。