「八村塁はなぜ日本代表にいないの?」
男子バスケットボール日本代表の試合を見て、このように疑問に思った人は多いのではないでしょうか。
NBAで活躍する八村塁選手は、間違いなく日本を代表するバスケットボール選手の一人です。それにもかかわらず、日本代表の試合に八村選手の姿がない時期が長く続きました。
結論からいうと、八村塁選手が日本代表から追放されたわけでも、代表入りを拒否されていたわけでもありません。
背景には、NBAでのキャリアやコンディションを優先した時期があったことに加え、トム・ホーバス前ヘッドコーチとのコミュニケーション、日本バスケットボール協会(JBA)の代表運営、代表チームの強化方針をめぐる考え方の違いなど、複数の事情がありました。
そして状況は大きく変わっています。
2026年8月現在、八村塁選手はすでに日本代表へ復帰しています。
2026年8月15日の韓国代表との強化試合では、実に745日ぶりとなる日本代表戦に出場。チーム最多となる22得点を記録し、日本の88-68の勝利に貢献しました。
では、なぜ約2年間も代表から離れていたのでしょうか。

まず最初に、現在の状況を整理しておきましょう。
2026年8月時点の男子日本代表には、八村塁選手が正式に参加しています。
八村選手は2026年8月13日に代表チームへ合流しました。
そして8月15日に東京・有明アリーナで行われた韓国との強化試合では先発出場し、22得点を記録しました。
八村選手が日本代表として試合に出場するのは、2024年7月31日のパリ五輪・フランス戦以来、745日ぶりでした。
つまり、
「八村塁は日本代表にいない」
という情報は2025年から2026年前半まではおおむね当てはまりましたが、2026年8月現在では古い情報になっています。
八村塁選手と日本代表をめぐる経緯を理解するには、2023年までさかのぼる必要があります。
日本などで開催されたFIBAバスケットボールワールドカップ2023に、八村選手は出場しませんでした。
ただし、この時点では日本代表やホーバスHCとの対立が欠場理由だったわけではありません。
八村選手が説明していたのは、NBAでのキャリアと身体のコンディションを優先するためという理由でした。
当時の八村選手はロサンゼルス・レイカーズで長いNBAシーズンとプレーオフを戦った直後でした。
さらに自身の契約に関わる重要な時期でもあり、新シーズンへ向けたトレーニングとコンディショニングを優先する決断をしています。
したがって、2023年ワールドカップの欠場について、単純に「日本代表と揉めたから出なかった」と説明するのは正確ではありません。
八村選手を欠いた日本代表でしたが、2023年ワールドカップでは大きな成果を挙げました。
トム・ホーバスHC率いる日本はフィンランドなどを破り、アジア最上位となって2024年パリオリンピックへの出場権を獲得しました。
日本男子が自力でオリンピック出場権を獲得したことは、日本バスケットボール界にとって歴史的な出来事でした。
一方、大会後のホーバスHCの八村選手に関する発言が、その後の両者の関係を考える上で注目されることになります。
ワールドカップ終了後の2023年9月、ホーバスHCは八村選手のパリ五輪参加について質問を受けました。
その際、八村選手が代表でプレーしたいのであれば、八村選手側から意思表示をする必要があるという趣旨の発言をしています。
また、八村選手が加入したとしても、ワールドカップで築いた日本代表のバスケットボールのスタイルを大きく変える考えはないことも示しました。
この発言については、
「八村が代表に入りたいなら八村の方からお願いしなければならないのか」
「日本最高クラスの選手に対するコミュニケーションとして適切なのか」
など、さまざまな意見が出ました。
ホーバスHCはその後、発言の意図が正しく伝わっていないとして補足し、八村選手の日本代表への貢献を評価するとともに、代表参加への扉は開かれているという考えを示しています。
しかし後に八村選手自身がJBAや代表体制への不満を公にしたことから、このころから双方のコミュニケーションに何らかのズレがあったことがうかがえます。

「ホーバスHCと関係が悪かったため、八村はパリ五輪にも出なかった」と思っている人もいるかもしれません。
しかし、これは事実ではありません。
八村選手は2024年パリオリンピックの日本代表に参加しています。
ドイツ戦、フランス戦に出場し、世界トップレベルを相手に日本の中心選手としてプレーしました。
特に開催国フランスとの試合では八村選手の得点力が大きな武器となり、日本は延長戦までもつれる激戦を演じました。
しかし八村選手はフランス戦後に左ふくらはぎの問題を抱え、検査の結果、左腓腹筋の負傷が判明しました。
治療を優先する必要があるとしてチームを離脱し、ブラジル戦には出場していません。
つまり、パリ五輪途中で代表から離れた理由については、代表との対立ではなく負傷でした。
大きな問題となったのは、パリオリンピック終了後です。
JBAは2024年10月、ホーバスHCとの契約を継続することを発表しました。
ところがその後、八村選手がNBAの試合後に日本代表について質問され、JBAや日本代表の運営方針についてかなり踏み込んだ意見を述べました。
八村選手が問題視していたポイントの一つが、選手を第一に考えた代表運営になっているのかという点です。
また、日本代表の活動について、競技面だけでなくビジネス面が優先されているのではないかという趣旨の疑問も示しました。
さらに代表の指導体制についても、男子トップレベルの選手やプロバスケットボールへの理解を重視すべきだという考えを明らかにしました。
八村選手は単に「ホーバスHCが嫌いだから代表に行かない」と主張したわけではありません。
日本代表をどのように強化するべきなのか、選手をどのように扱うべきなのかという点で、自身の考えとJBA側との間に隔たりがあることを示したのです。
八村選手が代表運営について語る際に重要視していたのが、選手を第一に考える環境づくりです。
世界最高峰のNBAでプレーする八村選手にとって、選手の身体、スケジュール、コンディション、長期的なキャリアを考慮した環境づくりは非常に重要です。
NBAでは82試合のレギュラーシーズンが行われ、チームによってはその後もプレーオフが続きます。
代表活動が行われる夏は、NBA選手にとって身体を回復させたり、次のシーズンに向けてトレーニングしたりする重要な期間でもあります。
もちろん日本代表として戦うことも重要ですが、NBA選手の場合、所属クラブとの調整、保険、契約、故障の状態、翌シーズンへの身体作りなど、多くの条件を考える必要があります。
こうした世界トップレベルの選手をどのように代表活動へ組み込んでいくのかという点も、JBAにとって大きな課題となっていました。
ここは非常に重要な点です。
一連の発言だけを見ると、
「八村塁は日本代表でプレーしたくなくなった」
と思われるかもしれません。
しかし八村選手が問題視していたのは、「日本代表」という存在そのものではなく、代表チームをどのように運営し、世界で勝てるチームを作るのかという部分でした。
八村選手は10代のころから年代別日本代表でプレーしています。
2019年ワールドカップや東京オリンピックにも出場し、日本バスケットボールの国際的な存在感を高めてきた中心人物の一人です。
そのため、「日本代表への思いがなくなったから出なかった」という説明も適切ではありません。
代表復帰への大きな転機となったのが2026年です。
2026年2月、日本バスケットボール協会はトム・ホーバスHCとの契約を終了しました。
そして新しい男子日本代表ヘッドコーチとして、桶谷大(おけたに・だい)氏が就任しました。
JBAでは代表強化体制についても見直しが進められ、日本が世界と戦っていくための新しい体制作りが始まりました。
監督交代だけが八村選手の復帰理由とはいえませんが、代表を取り巻く環境が大きく変わったことは、復帰を考える上で重要な要素だったとみられます。
八村選手の代表復帰は、ホーバスHCが退任しただけで自動的に実現したわけではありません。
JBA側と八村選手との間では直接対話も行われ、日本代表や日本バスケットボールの将来について意見交換が進められました。
八村選手が取り組んでいる若手選手育成などを含め、双方の関係は徐々に改善していったとみられます。
こうした一連の動きを経て、八村選手が再び日本代表でプレーするための環境が整っていきました。
そして2026年8月、八村塁選手の日本代表復帰が実現しました。
八村選手は8月13日に代表チームへ合流。
8月15日の韓国との強化試合では先発出場し、22得点を記録しました。
代表戦への出場は2024年パリ五輪のフランス戦以来、745日ぶりです。
しかも復帰初戦からチーム最多得点を挙げ、日本の88-68の勝利に貢献しました。
長期間代表から離れていたとはいえ、NBAで戦い続けてきた八村選手の得点力やフィジカルが、日本代表にとって非常に大きな武器であることを改めて示した試合となりました。
2026年夏の日本代表戦を見て、
「八村が代表に戻るというニュースを見たのに、試合には出ていない」
と疑問に思った人もいるかもしれません。
2026年夏の日本代表活動では、すべての試合に同じメンバーが出場しているわけではありません。
若手を試す試合や、今後のワールドカップ予選を見据えた試合など、目的によってメンバーが異なっています。
八村選手は8月13日に代表へ合流したため、それ以前に行われた試合には参加していません。
そのため、それらの試合だけを見れば「八村が日本代表にいない」ように見えますが、代表から外されたという意味ではありません。
今後についても注意しておきたい点があります。
八村選手が日本代表に復帰したからといって、今後行われるすべての代表戦や合宿に必ず参加するとは限りません。
NBA選手にはNBAのシーズンがあります。
代表戦の日程によってはNBAシーズン中と重なる場合もあり、所属チームとの調整、身体の状態、契約、保険などの事情によって参加できない大会もあります。
これは八村選手だけに特有の事情ではありません。
世界各国のNBA選手も、大会によって代表に参加したり参加しなかったりすることがあります。
そのため、今後ある代表戦で八村選手の名前がなかったとしても、直ちに「またJBAと揉めたのではないか」と判断するのは早計です。
日本代表にとって今後の大きな目標の一つとなるのが、2028年ロサンゼルスオリンピックです。
その前には2027年FIBAワールドカップもあり、日本は世界で戦える代表チームを作っていく必要があります。
八村塁をはじめ、海外でプレーする選手と国内で活躍する選手をどのように融合させるのか。
そして特定のスター選手が参加した時だけ強いチームではなく、継続的に世界と戦える日本代表を作れるのか。
これは新体制の男子日本代表にとって重要な課題となります。
「八村塁が日本代表にいないのはなぜ?」という疑問については、単一の理由だけで説明することはできません。
2023年ワールドカップについては、NBAでのキャリアやコンディションを優先したことが欠場の主な理由でした。
2024年パリ五輪には日本代表として参加しましたが、フランス戦後に負傷し、途中離脱しています。
その後、八村選手はJBAの代表運営や選手への向き合い方、強化体制について公に疑問を表明しました。
これによって八村選手と日本代表との関係が注目され、代表活動から距離を置く期間が続きました。
しかし、その後はJBAとの対話や代表強化体制の見直しが進み、2026年2月にはホーバスHCから桶谷大HCへ交代しました。
そして2026年8月、八村選手は日本代表へ復帰。
8月15日の韓国戦では745日ぶりに代表戦へ出場し、22得点を挙げています。
したがって2026年8月現在については、「八村塁はなぜ日本代表にいないのか?」という状況そのものがすでに変わっています。
今後は、八村選手を含む新しい日本代表が2027年ワールドカップ、そして2028年ロサンゼルスオリンピックへ向けてどのようなチームを作っていくのかが注目されます。