今村陽一(いまむら・よういち)監督は、岐阜県瑞浪市にある中京高校硬式野球部を率いる高校野球指導者です。
2025年秋に中京高校の監督へ就任し、最初の夏となった2026年の岐阜大会で優勝。
中京高校を7年ぶり8回目となる夏の甲子園出場へ導きました。
監督としてのキャリアはまだ始まったばかりですが、高校野球の指導者としては25年以上の経験があります。
その大半を過ごしたのが、愛知県の名門・中京大中京高校です。
今村監督自身も中京大中京の出身。
高校時代には1997年春のセンバツ準優勝を経験し、高校卒業後は中京大学へ進学しました。
大学在学中から母校の中京大中京で学生コーチを務め、その後もコーチ、部長として長年チームを支えました。
2009年夏には大藤敏行監督のもとで全国制覇に貢献。
2019年には高橋源一郎監督を支える部長として、明治神宮大会初優勝を経験しています。
甲子園常連校で長年にわたり「全国で勝つための野球」を学んできた指導者が、今度は岐阜県の中京高校を率いることになりました。
そして就任1年目で甲子園出場。
本記事では、今村陽一監督の年齢、出身地、中京大中京時代、中京大学、指導者としての歩み、2009年夏の甲子園優勝、岐阜・中京高校監督への就任、2026年夏の甲子園出場、指導方針について詳しく紹介します。
| 名前 | 今村 陽一 |
|---|---|
| 読み方 | いまむら よういち |
| 生年 | 1980年 |
| 年齢 | 46歳(2026年8月時点) |
| 出身地 | 愛知県新城市 |
| 出身高校 | 中京大学附属中京高等学校(中京大中京) |
| 出身大学 | 中京大学 |
| 高校時代のポジション | 内野手 |
| 主な指導歴 | 中京大中京高校、中京高校(岐阜) |
| 中京高校監督就任 | 2025年10月 |
| 主な実績 | 2009年夏・中京大中京全国優勝にコーチとして貢献、2019年明治神宮大会優勝時の部長、2026年夏・岐阜中京を甲子園へ導く |
今村陽一監督は1980年、愛知県新城市で生まれました。
野球との出会いは非常に早く、小学1年生の頃だったといいます。
3歳年上の兄がボーイズリーグで野球を始めることになり、それに合わせて今村監督も地元の新城ベアーズへ入りました。
当時のポジションは三塁手。
中学3年時には春の全国大会にも出場しました。
初戦で敗退したものの、小学生から中学生にかけて硬式野球を経験し、高校野球の名門へ進むための土台を築いていきました。
中学校卒業後、今村監督は愛知県の中京大中京高校へ進学しました。
当時の校名は中京大学附属中京高等学校。
全国高校野球界でも屈指の伝統を誇る学校です。
春夏の甲子園で数多くの優勝を経験し、プロ野球選手も多数輩出してきました。
今村監督は同校野球部で内野手としてプレーします。
そして高校2年生だった1997年春、大きな舞台を経験しました。

1997年、第69回選抜高校野球大会。
中京大中京は甲子園で勝ち進み、決勝へ進出しました。
決勝の相手は奈良県の天理高校。
中京大中京は1対4で敗れ、全国優勝には届きませんでしたが、準優勝という成績を残しました。
今村監督は高校生の段階で、甲子園の決勝まで進むチームの空気を経験したことになります。
後に指導者として全国優勝を経験し、「甲子園で勝つためには何が必要なのか」を選手たちへ伝える立場になりますが、その原点の一つが自身の高校時代にありました。
今村監督の高校時代に大きな影響を与えた指導者が、大藤敏行監督です。
大藤監督は1990年から中京高校、後の中京大中京を率い、同校を全国屈指の強豪へ育てた指導者です。
今村監督は選手として大藤監督の指導を受けました。
技術面だけではありません。
試合への準備、チームづくり、選手への接し方、甲子園で勝つための考え方など、多くを学びます。
そして高校卒業後には、今度は指導者として大藤監督を支えることになります。
中京大中京高校卒業後、今村監督は中京大学へ進学しました。
しかし、大学では選手として自分自身の野球だけを追いかける道ではなく、早くから指導者としての道へ進みます。
大学在学中の1999年から、母校・中京大中京高校で学生コーチを務めました。
まだ大学生でありながら高校生を指導する立場になったのです。
この選択が、その後25年以上続く高校野球指導者としてのキャリアの出発点となりました。
高校を卒業したばかりの学生コーチですから、選手との年齢差はわずか数歳です。
一方で、指導する側になれば、自分がプレーしていた時とは野球の見え方が変わります。
なぜこの練習をするのか。
どうすれば選手へ伝わるのか。
どのようなチームが試合で崩れるのか。
どうすれば一人ひとりの能力をチームの勝利につなげられるのか。
今村監督は若い頃から、こうした問題を考え続ける環境に身を置きました。
大学卒業後も今村監督は中京大中京の指導に携わりました。
学生コーチから始まり、コーチ、部長などを歴任。
1999年から2020年代まで、約四半世紀にわたって母校の高校野球部を支え続けました。
その間、中京大中京は何度も甲子園へ出場。
全国の強豪校と戦い続けています。
今村監督は監督のすぐそばで、
・チームづくり
・選手育成
・投手起用
・守備
・走塁
・打撃
・大会への調整
・甲子園での戦い方
などを学びました。
単に高校野球を長く指導しただけではなく、日本で最も甲子園経験が豊富な学校の一つで長期間指導した点が、今村監督の大きな特徴です。
学生コーチとして指導を始めて間もない2000年、中京大中京は夏の甲子園へ出場しました。
今村監督にとっては、選手ではなく指導者側として甲子園を経験する機会となります。
その後も中京大中京は全国大会への出場を重ね、今村監督もその多くにスタッフとして携わっていきました。
2004年夏、中京大中京は甲子園でベスト8へ進出しました。
全国大会で勝ち上がる経験を重ねる中で、今村監督自身も指導者として成長していきます。
甲子園へ出場するだけではなく、全国大会で何試合も勝つためには何が必要なのか。
地方大会と全国大会の違いを、現場で何度も経験しました。

今村監督の指導者人生で特に大きな出来事となったのが、2009年夏です。
大藤敏行監督率いる中京大中京は、第91回全国高校野球選手権大会へ出場しました。
今村氏はコーチとしてチームを支えます。
大会では全国の強豪を次々と破り、決勝へ進出しました。
相手は新潟県代表の日本文理高校です。
2009年夏の甲子園決勝は、高校野球史に残る試合となりました。
中京大中京は試合終盤まで大量リード。
九回表を迎えた時点で10対4と6点差をつけていました。
誰もが中京大中京の優勝を確信するような展開でした。
しかし、日本文理は2アウトから驚異的な反撃を開始します。
連打を重ね、一気に1点差まで追い上げました。
最終的に中京大中京が10対9で勝利。
43年ぶり7回目となる夏の甲子園優勝を果たしました。
今村監督はコーチとして、この歴史的な全国制覇を経験しています。
2009年決勝の経験は、今村監督の野球観にも大きな影響を与えたと考えられます。
六点差があっても、九回2アウトになっても、高校野球では試合が終わるまで何が起きるか分からない。
逆にいえば、少しのミスや気の緩みが一気に試合の流れを変える可能性があります。
現在の今村監督が「勝つ方法」だけでなく、「負ける原因を減らす」ことを重視している背景には、こうした数多くの大舞台での経験があります。
コーチ時代の今村監督は、大藤監督から非常に厚い信頼を受けていました。
誰よりも早くグラウンドへ行き、最後まで残るような熱心な指導者として知られていました。
2009年夏の全国優勝後、大藤監督が日本代表の活動などでチームを離れた際には、新チームをまとめる重要な役割も担いました。
選手時代の恩師だった大藤監督を、今度は右腕として支える存在になったのです。
2010年を最後に大藤敏行監督が退任すると、中京大中京は新しい時代へ入ります。
しかし今村氏はその後も母校で指導を続けました。
監督が変わっても、学校の野球文化や伝統を次の世代へつないでいく役割を担います。
その後は野球部長となり、チーム運営や選手育成を支えていきました。
2017年夏、中京大中京は愛知大会を制して甲子園へ出場しました。
当時の監督は高橋源一郎氏。
今村氏は野球部長としてチームを支えました。
中京大中京の伝統をよく知る指導者として、監督と選手の間に立ちながらチームをまとめる役割を担っていました。
2019年秋、中京大中京は再び全国の頂点へ立ちます。
秋季東海大会を勝ち抜いて明治神宮大会へ出場。
決勝では群馬県の健大高崎と対戦しました。
試合は接戦となりましたが、中京大中京が4対3で勝利。
学校史上初となる明治神宮大会優勝を果たしました。
当時は高橋源一郎監督、今村陽一部長という体制でした。
2019年秋から2020年にかけての中京大中京は、全国でも屈指の戦力を持つチームでした。
投手陣の中心には、その後中日ドラゴンズへ進む髙橋宏斗投手がいました。
2019年秋に明治神宮大会を制し、2020年春のセンバツでも優勝候補の一角と見られていました。
しかし新型コロナウイルス感染拡大によってセンバツそのものが中止。
甲子園で全国優勝を目指す機会を失いました。
高校野球では努力しても、自分たちではどうすることもできない理由で目標を失うことがあります。
今村氏はこうした非常に特殊な状況でも、部長として選手たちを支えました。
翌2021年、中京大中京は再びセンバツへ出場します。
エースは畔柳亨丞投手。
チームは甲子園で勝ち進み、ベスト4へ進出しました。
今村氏はこの時も野球部長としてベンチを支えています。
高校時代のセンバツ準優勝。
コーチとして夏の全国優勝。
部長として明治神宮大会優勝やセンバツベスト4。
今村監督は選手、コーチ、部長と異なる立場から全国大会を経験してきたことになります。
約25年間にわたって母校・中京大中京の指導に携わった今村氏は、その後、新たな道を選びます。
そして2025年、岐阜県瑞浪市にある中京高校の野球部指導に加わりました。
最初は副部長としてチームを支えます。
愛知県の「中京大中京」から、岐阜県の「中京」へ。
名前は似ていますが、別の学校です。
混同されやすいため、ここで整理しておきましょう。
中京大中京高校は愛知県名古屋市にある中京大学附属中京高等学校です。
一方、
中京高校は岐阜県瑞浪市にある学校法人安達学園の高校です。
両校は学校法人も所在地も異なります。
今村監督は愛知県の中京大中京で選手、コーチ、部長を経験し、現在は岐阜県の中京高校を率いています。
まさに「愛知のCHUKYO」から「岐阜のCHUKYO」へ移った指導者です。
現在今村監督が率いる岐阜・中京高校も、長い野球の歴史を持つ強豪校です。
過去には中京商業、中京学院大中京などの校名で甲子園へ出場してきました。
プロ野球界にも多くの選手を送り出しています。
代表的なOBには、
・松田宣浩
・吉川尚輝
などがいます。
2019年夏の甲子園ではベスト4へ進出。
岐阜県を代表する高校野球の強豪の一つです。
2025年10月23日、藤本貴久前監督の退任に伴い、今村陽一氏が中京高校硬式野球部の監督へ就任しました。
45歳で初めて高校野球部の監督になりました。
それまで25年以上も高校野球の指導に携わっていましたが、監督として自ら采配を振るうのは新しい挑戦です。
全国屈指の名門・中京大中京で長年積み上げてきた経験を、今度は岐阜の中京で生かすことになりました。

就任後、今村監督が選手たちへ求めたのが「甲子園基準」で物事を考えることでした。
岐阜大会で勝つためだけの練習をするのではありません。
甲子園へ出場した時に全国の強豪と戦えるレベルを日常から求めます。
守備。
走塁。
打撃。
投手力。
判断力。
練習への取り組み方。
一つ一つについて、
「これは甲子園で通用するのか」
という基準で考えるよう選手へ求めていきました。
今村監督の野球観を象徴する考え方があります。
高校野球には、「こうすれば必ず勝てる」という必勝法はありません。
どれほど強いチームでも、一発勝負では負けることがあります。
しかし、
「こういうことをすると負けやすい」
というパターンはあります。
四球。
失策。
走塁ミス。
サインミス。
カバーリングの遅れ。
守備連係の乱れ。
気持ちの切り替えの遅さ。
こうした「負けにつながる原因」を普段の練習から一つずつ減らしていくことを重視しています。
今村監督は選手へ指示を出すだけの指導者を目指しているわけではありません。
試合では、監督がすべてのプレーを指示することはできません。
打球が飛んだ瞬間。
走者がスタートした瞬間。
相手の守備位置が変わった瞬間。
選手自身が判断しなければならない場面が数多くあります。
そのため普段から、
「なぜ、このプレーをするのか」
を選手自身に考えさせます。
最終的な目標は、自分たちで試合の状況を理解して動けるチームです。
今村監督が引き継いだ中京には、悔しい経験を重ねてきた選手が多くいました。
2025年春の岐阜県大会では準優勝。
夏はベスト4。
秋も準優勝。
優勝まであと一歩という大会が続きました。
強豪校でありながら、なかなか頂点へ届かない。
その悔しさを知る選手たちを、今村監督が率いることになります。
2026年春の岐阜県大会。
中京は準々決勝で県岐阜商と対戦しました。
エース鈴木悠悟投手が好投。
相手打線に自責点を与えない内容でした。
しかし打線が2安打に抑えられ、0対1で敗れました。
投手がほぼ完璧に抑えても、得点できなければ勝てない。
夏へ向けて打撃力が大きな課題となります。
2026年の中京には、プロからも注目されるエース・鈴木悠悟投手がいました。
最速148キロの右腕で、打者としても高い能力を持つ二刀流選手です。
しかし今村監督は、
「鈴木が投げれば勝てる」
というチームにはしませんでした。
一人のエースだけに頼るチームでは、長い地方大会を勝ち抜くことは難しくなります。
他の投手を育てる。
打線を強くする。
守備を安定させる。
控え選手も戦力にする。
チーム全体を底上げすることを夏までの課題としました。
春の県岐阜商戦で2安打完封負けを喫した後、中京は打撃力の強化へ取り組みました。
エースが1点に抑えても勝てなかった経験を無駄にはしませんでした。
夏には打線の厚みが増します。
上位打線だけではなく、下位打線からも得点できるチームへと成長しました。
一人のスター選手に頼るのではなく、どこからでも攻撃できる打線を目指しました。
今村監督が就任して初めて迎えた夏の岐阜大会。
初戦の相手は郡上高校でした。
中京は初戦から打線が力を発揮します。
10対0。
5回コールド勝ちで大会をスタートしました。
春に課題となっていた打撃力が、夏には大きく改善していることを示す試合となりました。
岐阜県には、
・県岐阜商
・大垣日大
・岐阜第一
・帝京大可児
・関商工
など多くの有力校があります。
中京も伝統的な強豪ですが、甲子園出場が保証されているわけではありません。
2019年以来、夏の甲子園から遠ざかっていました。
今村監督率いる中京は、一戦ずつ勝利を重ねていきます。
準決勝の相手は関商工でした。
今村監督はここで大きな決断をします。
絶対的エースの鈴木投手を先発させませんでした。
決勝を見据えて温存し、西岡海心投手を先発へ送ります。
西岡投手はこの期待に応えました。
関商工打線を無失点に抑えます。
打線も二回に4点を先制するなど得点を重ねました。
結果は7対0。
八回コールド勝ち。
エースを使わずに決勝へ進出したことは、「鈴木だけのチーム」から脱却したことを象徴する試合となりました。
2026年7月28日の岐阜大会決勝。
中京の相手は大垣日大高校でした。
大垣日大は同年春のセンバツ甲子園にも出場した強豪です。
中京が最後に夏の甲子園へ出場した2019年の岐阜大会決勝でも、相手は大垣日大でした。
7年ぶりの甲子園を懸け、再び両校が決勝で対戦します。
決勝では満を持してエース鈴木悠悟投手が先発しました。
そして鈴木投手はマウンドだけではなく、打者としてもチームを引っ張ります。
一回。
1アウト一塁から鈴木選手がセンターオーバーの適時二塁打。
中京が先制します。
四回には大橋勇太選手、橋本海翔選手の適時打などで追加点。
さらに七回にも得点を重ねました。
中京は一時5対0とリード。
七回に大垣日大の反撃を受けて2点を失いましたが、チームは崩れませんでした。
鈴木投手が最後までマウンドを守ります。
122球を投げて完投。
中京が5対2で勝利しました。
ゲームセット。
中京高校が7年ぶりとなる岐阜大会優勝を果たしました。
中京高校は7年ぶり8回目となる夏の甲子園出場を決めました。
2019年以来となる聖地への切符です。
そして今村陽一監督にとっては、監督として初めての甲子園となりました。
高校時代には選手としてセンバツ準優勝。
中京大中京のコーチとして夏の全国優勝。
部長として何度も甲子園を経験。
しかし「監督」として甲子園のベンチへ入るのは2026年が初めてです。
今村監督が中京高校の監督へ就任したのは2025年10月。
それから約9カ月。
最初の夏で甲子園出場を決めました。
ただし、これは突然生まれた結果ではありません。
1999年から約25年間にわたり、中京大中京で高校野球を指導。
甲子園優勝、ベスト4、明治神宮大会優勝など、全国大会を何度も経験してきました。
「新人監督」であっても、「新人指導者」ではありません。
これまで蓄積してきた経験を監督として初めて発揮した結果が、就任1年目の甲子園出場だったといえるでしょう。
今村監督が重視する「負ける原因を減らす野球」は、2026年夏の岐阜大会でも表れました。
大きな守備の乱れを減らし、投手陣が安定。
失点を最小限に抑えながら、打線が必要な得点を奪います。
地方大会では、一つのエラーから試合が大きく動くことがあります。
強打だけで勝とうとするのではなく、守備、走塁、投手力を含めて相手へ流れを渡さないことが中京の強さとなりました。
高校生の野球ですから、ミスを完全になくすことはできません。
今村監督も、試合ではミスが起きることを前提にしています。
重要なのは、誰かがミスをした時にチーム全体が崩れないことです。
エラーが出たら次の打者を抑える。
バントを失敗したら次の打者が走者を進める。
投手が四球を出したら守備がアウトを取る。
一人の失敗を全員で補う。
この考え方が中京のチームづくりの中心にあります。
第108回全国高校野球選手権大会で、中京高校は茨城県代表の霞ケ浦高校と初戦で対戦します。
試合は2026年8月9日に予定されています。
中京は7年ぶり8回目の夏の甲子園。
一方の霞ケ浦も近年、甲子園で存在感を高めているチームです。
今村監督にとっては、監督として初めて指揮を執る甲子園の試合となります。
監督としては初めてでも、今村監督は甲子園をよく知っています。
高校2年時には選手としてセンバツ準優勝。
指導者となってからも何度も甲子園へ出場しました。
2009年には全国優勝も経験しています。
甲子園特有の雰囲気。
試合の流れ。
大観衆の中で選手がどのように変化するのか。
全国大会で一つのミスがどれほど大きな意味を持つのか。
そのすべてを何度も経験してきました。
初出場の監督とは思えないほど、大舞台の経験を持っていることが中京にとって大きな強みです。
2026年夏の甲子園には、今村監督の恩師である大藤敏行監督も出場しています。
大藤監督が率いる享栄高校が愛知大会を制し、31年ぶりとなる夏の甲子園出場を決めたためです。
かつて中京大中京で監督とコーチとして全国優勝を成し遂げた二人が、2026年には別々の学校の監督として甲子園へ戻ってきました。
大藤敏行監督=享栄
今村陽一監督=中京
という形です。
もし勝ち上がりによって対戦することになれば、大きな注目を集める可能性があります。
岐阜大会で勝つことだけを目標にしません。
甲子園へ行き、全国の強豪と戦った時に通用するか。
日常の練習からそのレベルを求めます。
県大会で許されるミスでも、甲子園では失点につながる可能性があります。
普段の練習の質そのものを全国基準へ引き上げようとしています。
必ず勝てる方法はありません。
しかし、
四球を連発する。
エラーが続く。
走塁ミスをする。
サインを見落とす。
カバーに入らない。
こうしたプレーが増えれば、敗戦の可能性は高くなります。
今村監督は、勝つための特別な方法を探すより、負けにつながる原因を日々の練習で減らします。
高校野球の全国大会では、毎試合10点を取れるわけではありません。
相手にも好投手がいます。
数少ない走者をどう進めるか。
どこで仕掛けるか。
どうやって1点を取るか。
そして、その1点をどう守るか。
今村監督が長年見てきた中京大中京の野球にも通じる考え方です。
一発勝負の高校野球では、守備のミスがそのまま敗戦につながることがあります。
そのため、派手なプレーだけではなく基本的な守備を重視します。
捕る。
投げる。
カバーする。
中継へ入る。
誰がどこへ動くのか。
こうした当たり前のプレーを確実に行えるチームをつくります。
試合中に監督が一球ごとに答えを教えることはできません。
選手自身が、
「相手は何を狙っているか」
「次に何が起きる可能性があるか」
「自分はどこへ動くべきか」
を考えなければなりません。
そのため普段から考えながら練習する習慣を求めています。
2026年の中京には鈴木悠悟という全国レベルのエースがいます。
しかし準決勝では鈴木投手を温存し、西岡投手が完封。
チームとして勝利しました。
一人の選手だけに依存しないことは、長い大会を勝ち抜くために重要です。
ミスをした選手だけを責めても試合は良くなりません。
誰かが失敗したら他の選手が助ける。
その意識をチーム全体へ浸透させます。
こうした組織力は、今村監督が中京大中京で長年学んできたものでもあります。
| 時期 | 経歴・実績 |
|---|---|
| 小学1年 | 地元の新城ベアーズで野球を始める |
| 中学3年 | 春の全国大会を経験 |
| 1996年 | 中京大中京高校へ進学 |
| 1997年春 | 高校2年時にセンバツ準優勝を経験 |
| 高校卒業後 | 中京大学へ進学 |
| 1999年 | 大学在学中から中京大中京高校の学生コーチを務める |
| 2000年夏 | コーチとして夏の甲子園を経験 |
| 2004年夏 | 中京大中京が甲子園ベスト8 |
| 2009年夏 | コーチとして中京大中京の全国優勝に貢献 |
| その後 | 中京大中京の野球部長を務める |
| 2017年夏 | 部長として夏の甲子園出場 |
| 2019年秋 | 部長として中京大中京の明治神宮大会初優勝を経験 |
| 2021年春 | 部長としてセンバツベスト4を経験 |
| 2025年 | 岐阜県の中京高校で指導に携わる |
| 2025年10月23日 | 中京高校硬式野球部監督に就任 |
| 2026年夏 | 監督就任後初の夏で岐阜大会優勝 |
| 2026年夏 | 中京高校を7年ぶり8回目の夏の甲子園へ導く |
「今村陽一」は「いまむら・よういち」と読みます。
1980年生まれで、2026年8月現在46歳です。
愛知県新城市です。
小学1年生の頃から地元で野球を始めました。
愛知県の中京大中京高校です。
高校時代は内野手としてプレーしました。
中京大中京の選手だった高校2年時に、1997年春のセンバツ準優勝を経験しています。
中京大学です。
大学在学中から母校・中京大中京高校で学生コーチを務めました。
はい。
大藤敏行監督のもとでコーチを務め、2009年夏の甲子園全国優勝に貢献しました。
決勝では日本文理高校を10対9で破っています。
大藤監督は今村監督の高校時代の恩師です。
その後は中京大中京で大藤監督が監督、今村氏がコーチとしてチームを率い、2009年夏に全国優勝しました。
違います。
中京高校は岐阜県瑞浪市にある学校です。
中京大中京高校は愛知県名古屋市にある中京大学附属中京高等学校です。
今村監督は中京大中京の出身で、現在は岐阜県の中京高校を率いています。
2025年10月23日に監督へ就任しました。
はい。
中京大中京ではコーチや部長として何度も甲子園を経験していますが、監督としては2026年夏が初めてです。
7年ぶりです。
2019年以来、8回目となる夏の甲子園出場を決めました。
大垣日大高校です。
中京が5対2で勝利しました。
茨城県代表の霞ケ浦高校です。
2026年8月9日に対戦する予定です。
「甲子園基準」で練習すること、負けにつながるミスを減らすこと、選手自身が考えて動くことを重視しています。
また、特定のエースやスター選手だけに依存せず、チーム全体で勝つ野球を目指しています。
今村陽一監督は1980年、愛知県新城市生まれの高校野球指導者です。
小学1年生から野球を始め、中学時代には全国大会も経験しました。
高校は全国屈指の名門・中京大中京へ進学。
内野手としてプレーし、高校2年だった1997年春にはセンバツ準優勝を経験しています。
高校卒業後は中京大学へ進学。
1999年、大学在学中から母校・中京大中京で学生コーチを務めました。
そこから約25年間にわたり、コーチ、部長として母校の野球部を支え続けます。
2009年夏には恩師・大藤敏行監督をコーチとして支え、中京大中京が日本文理との歴史的な決勝を10対9で制して全国優勝。
2019年秋には高橋源一郎監督を支える部長として明治神宮大会初優勝を経験しました。
2021年春にもセンバツベスト4。
高校時代のセンバツ準優勝を含め、今村監督は選手、コーチ、部長とさまざまな立場から甲子園や全国大会を経験してきました。
その後、長年過ごした愛知県の中京大中京を離れ、岐阜県の中京高校へ。
2025年10月23日に硬式野球部監督へ就任しました。
45歳にして初めての監督です。
今村監督が新チームに持ち込んだのが「甲子園基準」という考え方でした。
岐阜大会で勝てるかではなく、甲子園へ行った時に全国の強豪と戦えるかを基準にする。
また、必ず勝てる「必勝法」を探すのではなく、失策、四球、走塁ミスなどの「負ける原因」を一つずつ減らすことを重視しました。
2026年春には県岐阜商に0対1で敗戦。
エース鈴木悠悟投手が好投しながら、打線が2安打に抑えられるという課題を突きつけられました。
そこから打撃力を強化。
夏には「エースだけのチーム」からチーム全体で勝つ集団へ成長しました。
準決勝の関商工戦では鈴木投手を温存しながら7対0で勝利。
決勝では大垣日大を5対2で破りました。
7年ぶり8回目の夏の甲子園出場。
監督就任からわずか9カ月ほどで、今村監督は中京を再び甲子園へ連れて行きました。
2026年8月9日の初戦は茨城代表・霞ケ浦。
今村陽一監督にとって、監督として初めての甲子園です。
しかし今村監督自身は、高校時代から何度も甲子園を経験し、2009年には全国優勝も知っています。
全国で勝つチームとは何か。
甲子園で起こる一つのミスがどれほど大きな意味を持つのか。
そして最後のアウトを取るまで何が起きるか分からない高校野球の怖さ。
それを誰よりもよく知る指導者の一人です。
愛知・中京大中京で約25年間培った経験を、岐阜・中京でどのように生かすのか。
就任1年目で甲子園への切符をつかんだ今村陽一監督が、2026年夏の聖地でどこまでチームを勝ち進ませるのか注目されます。