サッカーW杯で、日本代表の試合をメキシコ人が熱心に応援する光景が話題になることがあります。日本代表のユニホームを着た現地ファン、日本国旗を持つ観客、日本のゴールを自分のことのように喜ぶ人々の姿を見ると、「なぜメキシコは日本にこんなに好意的なのか?」と感じる人も多いでしょう。
2026年W杯でも、日本代表の試合が行われたメキシコ・モンテレイでは、日本を応援する現地の人々が目立ちました。もちろん、そこには以前からの日本文化人気や日系人社会の存在、日本企業との関係など、長い背景があります。
しかし、今回のW杯で特に大きかったのは、もっと直接的な理由です。
それは、日本代表がメキシコのモンテレイを事前キャンプ地に選んだことです。
日本代表は大会前、モンテレイで事前キャンプを行いました。そのため、地元メディアは日本代表の到着、練習、選手の様子、練習場の問題、地元クラブ施設との関係などを連日報じました。
その結果、モンテレイの人々にとって日本代表は、単なる遠いアジアのチームではなくなりました。
「自分たちの街に来てくれたチーム」
「モンテレイで準備したチーム」
「地元メディアで毎日のように見たチーム」
という親近感が生まれたのです。
この記事では、メキシコが親日的といわれる背景に加えて、なぜ今回のW杯でメキシコ人が日本代表を応援する姿が目立ったのかを、モンテレイとの関係を中心にわかりやすく整理します。
メキシコ人が日本代表を応援した理由として、アニメ、漫画、日本食、日系人、日本企業、歴史的な交流などがよく挙げられます。
それらは確かに大切です。
しかし、2026年W杯のモンテレイで日本への応援が目立った理由を考えるなら、まず重視すべきなのは、日本代表がモンテレイをキャンプ地に選んだことです。
これは、地元の人々にとって大きな意味を持ちます。
W杯に出場する国は数多くあります。その中で、日本代表が大会前の準備場所としてモンテレイを選んだことは、地元にとって「自分たちの街が評価された」と感じられる出来事です。
サッカー熱の高いメキシコでは、代表チームやクラブチームのキャンプ、練習、選手の動きは大きな話題になります。ましてW杯出場国が自分たちの街で調整するとなれば、地元メディアが注目するのは自然です。
日本代表がモンテレイに滞在したことで、地元では日本代表に関する報道が増えました。選手が到着した、どこで練習した、練習場の状態はどうだった、どのクラブ施設を使った、選手が何を語った。そうしたニュースが繰り返し伝えられるうちに、日本代表はモンテレイの人々にとって身近な存在になっていきました。
つまり、今回の応援は単なる「親日感情」だけではありません。
地元に来てくれたチームを応援したいという、開催地ならではの感情が大きかったのです。

モンテレイは、メキシコ北部を代表する大都市であり、サッカー熱の高い地域としても知られています。ティグレスやモンテレイといった強豪クラブを抱え、サッカーが日常の会話に深く入り込んでいる街です。
そのモンテレイに、日本代表がW杯前のキャンプ地として入ったことは、地元の人々にとって特別な出来事でした。
日本代表が滞在すれば、地元メディアは当然その動きを追います。空港到着、練習場、選手のコンディション、監督や選手のコメント、地元施設との関係などがニュースになります。
こうした報道が続くと、ふだん日本代表に詳しくなかった人でも、自然と日本代表の名前や選手の顔を目にするようになります。
テレビやネットニュースで何度も見たチーム。
自分たちの街で練習したチーム。
地元の施設を使ったチーム。
モンテレイで時間を過ごしたチーム。
そうなると、試合当日には「日本を応援してみよう」という気持ちが生まれやすくなります。
これは、スポーツではよくある感情です。自分の街にキャンプに来たチーム、自分の地域を拠点にしたチーム、自分たちのスタジアムで戦うチームには、自然と親近感がわきます。
メキシコ人が日本を応援した背景には、歴史的な親日感情だけでなく、モンテレイの街と日本代表の距離が一気に縮まったことがありました。
今回のW杯で重要だったのは、日本代表がモンテレイに来ただけではありません。
その後、地元メディアが日本代表の動きを細かく報じたことも大きなポイントです。
日本代表の練習は、サッカー好きのメキシコ人にとって興味深い話題でした。日本は近年、W杯で強豪国と互角に戦うチームとして評価を高めています。オランダ戦での引き分けや、チュニジア戦での快勝もあり、「日本はどんなチームなのか」という関心はさらに高まりました。
また、練習場の状態をめぐる話題も、現地で大きく取り上げられました。どの施設で練習するのか、ピッチの状態はどうか、ティグレスやモンテレイといった地元クラブとの関係はどうなるのか。こうした話題は、モンテレイのサッカーファンにとって非常に関心を持ちやすいものです。
その結果、日本代表は単に「W杯に出場しているアジアの国」ではなく、モンテレイのサッカー界の話題の中心に一度入ったチームになりました。
地元メディアに何度も取り上げられることで、日本代表の存在感は高まります。選手の名前を覚える人も出てきます。日本のプレースタイルに関心を持つ人も増えます。試合を見てみようと思う人も増えます。
この積み重ねが、スタジアムでの日本応援につながったと考えられます。
開催都市にとって、どの代表チームが来るかは大きな関心事です。
特にW杯のような大会では、各国代表がどこでキャンプを行うか、どの都市を拠点にするかは、地元の誇りにも関わります。日本代表がモンテレイを選んだことは、地元にとって「自分たちの街が国際的な代表チームに選ばれた」という意味を持ちました。
日本側から見れば、気候、移動、練習環境、試合会場との距離など、さまざまな条件を考えて選んだキャンプ地だったでしょう。
しかし、地元の人々から見れば、それはもっと感情的に受け止められることがあります。
「日本がモンテレイを選んでくれた」
「日本代表がこの街で準備してくれた」
「世界の舞台に向かうチームが、ここを拠点にしてくれた」
この感覚は、応援する理由になります。
スポーツでは、技術や戦術だけでなく、こうした感情が大きく動きます。自分たちの街を選んでくれたチームには、少し肩入れしたくなるものです。
メキシコ人が日本代表を応援した理由を考えるとき、この「選んでくれた」という地元感情はかなり重要です。
もちろん、モンテレイでのキャンプだけが理由ではありません。
メキシコで日本に好意的な人が見られる背景には、長い歴史と文化的な接点があります。
つまり、メキシコの日本への好意は、一つの出来事だけで生まれたものではありません。
長い交流の土台があり、その上に今回のW杯で「日本代表がモンテレイに来た」という具体的な出来事が重なったことで、応援が目に見える形で表れたのです。
今回、最も大きな理由として挙げたいのが、日本代表のモンテレイキャンプです。
日本代表はW杯本番に向け、メキシコ・モンテレイで事前キャンプを行いました。これは、地元の人々にとって日本代表を身近に感じる大きなきっかけになりました。
W杯の試合だけを見に来たチームであれば、現地の人々との接点は限られます。しかし、キャンプ地として滞在すれば、街との接点が増えます。メディアが報じ、地元関係者が関わり、練習場やホテル周辺で話題になります。
日本代表がモンテレイで準備したという事実は、地元の人々にとって「日本はこの街と縁のあるチームだ」という印象を生みました。
これは、単なる観光客への歓迎とは違います。
W杯を戦う代表チームが、自分たちの街で調整し、そこから世界の舞台へ向かう。そう考えると、地元の人が日本代表に親しみを持つのは自然です。
日本代表がモンテレイに滞在したことで、地元メディアは日本代表の動きを連日報じました。
到着、練習、選手の発言、練習場の状態、地元クラブ施設との関係など、日本代表に関するニュースはモンテレイのサッカーファンの目に触れる機会が多くなりました。
この「報道の量」は、応援の空気を作るうえで非常に大きな意味を持ちます。
人は、何度も見聞きしたものに親しみを持ちやすくなります。最初は日本代表に詳しくなかった人でも、連日の報道を通じて「日本は規律のあるチームらしい」「選手が真面目に準備している」「モンテレイで話題になっている」と感じるようになります。
特にメキシコはサッカーへの関心が高い国です。地元メディアで取り上げられるチームは、それだけで注目されやすくなります。
日本代表への応援は、突然生まれたものではありません。地元メディアが日本代表を繰り返し取り上げたことで、モンテレイの人々の中に日本への親近感が広がっていったのです。

メキシコはサッカーを見る目が肥えた国です。単に有名な国だから応援するのではなく、よく走るチーム、組織的に戦うチーム、技術のあるチーム、最後まで諦めないチームには素直に反応します。
日本代表は、近年のW杯で評価を高めてきました。強豪国に対しても粘り強く戦い、組織力、運動量、スピード、切り替えの速さを武器にしています。
メキシコの観客にとって、日本代表は「見ていて面白いチーム」になりやすい存在です。大スター一人に頼るのではなく、チーム全体で連動して戦う姿勢は、サッカーをよく知る人ほど評価しやすいものです。
2026年W杯では、日本代表がオランダと引き分け、チュニジアに快勝したことで、現地の評価はさらに高まりました。日本のプレーそのものが、メキシコ人の応援を引き出した面も大きいでしょう。
日本とメキシコの関係は、実はかなり古くまでさかのぼります。
象徴的な出来事としてよく知られているのが、1609年のサン・フランシスコ号漂着です。当時、スペイン領フィリピンの臨時総督であったドン・ロドリゴ一行を乗せた船が、現在の千葉県御宿町沖で座礁しました。この船は、当時スペイン領だったメキシコ方面へ向かう途中だったとされています。
遭難した乗組員たちは、御宿の人々によって救助されました。村人たちは衣服や食料を与え、寒さと不安の中にいた人々を助けたと伝えられています。
さらに翌年、徳川幕府は一行がメキシコ方面へ戻るための船を用意しました。
この出来事が特別なのは、両国関係の出発点に「困っている人を助けた」という人道的な物語があることです。国と国の関係は外交文書だけでなく、こうした記憶によっても温かく語り継がれます。
日本とメキシコは、1888年に日墨修好通商航海条約を結びました。
この条約は、日本外交史の中で非常に重要な意味を持っています。明治時代の日本は、欧米諸国との不平等条約の改正を大きな課題としていました。そのような時代に、メキシコは日本と対等な形で条約を結んだ国だったのです。
当時の日本にとって、「対等な国として扱われる」ということは大きな意味を持っていました。メキシコとの条約は、日本が国際社会の中で独立した近代国家として認められていくうえで、象徴的な出来事でした。
この歴史は、日本側にとってメキシコを特別な国として見る理由になりました。そして、メキシコ側にとっても、日本は早い時期から正式な外交関係を結んだアジアの重要な相手国でした。
親日感情というと、アニメや食文化など現代的な要素に目が向きがちですが、実はその土台には、明治時代から続く外交上の信頼関係があります。

メキシコには、日系人のコミュニティがあります。
日本人のメキシコ移住でよく知られているのが、1897年の榎本殖民団です。これは、中南米への日本人の組織的移住の初期の例として知られています。日本から渡った人々は、メキシコ南部チアパス州などで農業や商業に取り組み、現地に根を下ろしていきました。
その後も、メキシコ各地に日本人や日系人の暮らしが広がっていきました。モンテレイでも、日本移民の歴史があり、日本由来の言葉や文化が地域に残っている例もあります。
日系人の存在は、メキシコ人にとって日本を身近に感じる大きなきっかけになります。遠いアジアの国であっても、近所に日系人の家庭がある、学校や職場で日系人と接する、日本文化の行事に参加する。そうした日常的な接点が、日本への親しみを育ててきました。
W杯で日本代表を応援する人の中には、直接日本に行ったことはなくても、日系人の友人や地域の記憶を通じて日本を身近に感じている人がいるでしょう。
メキシコの日系人社会が親日感情につながる理由は、単に「日本人の子孫がいるから」だけではありません。
重要なのは、日系人が現地で長い時間をかけて信用を築いてきたことです。言葉、習慣、宗教、食文化の違いがある中で、メキシコに渡った日本人移民やその子孫は、農業、商業、教育、飲食、企業活動など、さまざまな分野で生活の基盤を作ってきました。
現地社会の中で「まじめに働く」「約束を守る」「商売が丁寧」「家族を大切にする」といった印象が積み重なると、それは日系人個人への信頼にとどまらず、日本全体への好印象にもつながります。
もちろん、日系人の歴史には苦労もありました。第二次世界大戦中には、日本との関係を隠さざるを得なかった人々もいました。だからこそ、戦後に再び日本とのつながりを大切にし、メキシコ社会の一員として信頼を築いてきたことには重みがあります。
メキシコの親日は、単なるイメージではなく、現地で暮らしてきた日系人の努力によって支えられている面があります。

現代のメキシコで日本の存在感を強めている大きな要素が、日本企業です。
メキシコには多くの日系企業が進出しており、特に自動車産業との関係が深いことで知られています。日本の自動車メーカーや部品メーカーは、メキシコ国内で工場を持ち、雇用を生み、地域経済にも関わっています。
メキシコの人々にとって、日本企業は遠い国の会社ではなく、家族や知人が働いている会社、町の経済を支えている会社、日常で目にする車や製品を作っている会社です。
日本車、日本の家電、日本の精密機械、日本の部品などに接する機会が多いことも、「日本は技術力がある」「日本製品は信頼できる」という印象につながります。
このような経済的な接点は、親日感情を現実的なものにします。アニメがきっかけで日本を好きになる人もいれば、仕事や製品を通じて日本に信頼感を持つ人もいるのです。

若い世代にとって、日本への入口になりやすいのが、アニメ、漫画、ゲームです。
メキシコでは、日本のアニメを子どものころから見て育った人が少なくありません。『ドラゴンボール』『キャプテン翼』『NARUTO』『ポケモン』など、日本の作品はメキシコでも広く知られています。
特にサッカー文化との相性が強いのが『キャプテン翼』です。サッカーが非常に人気のあるメキシコでは、サッカーアニメを通じて日本に親しみを持つ人もいます。日本代表を応援するメキシコ人の中には、子どものころに日本のアニメを見ていたことが、日本への好意の出発点になっている人もいるでしょう。
アニメや漫画の力は、政治や経済を知らない人にも届く点にあります。日本語がわからなくても、作品のキャラクター、音楽、物語、価値観を通じて「日本は面白い国だ」「いつか行ってみたい」と感じることがあります。
この文化的な入口が、W杯のような場面で「メキシコの次に日本を応援したい」という気持ちにつながることがあります。

日本食も、メキシコで日本への好感を高める大きな要素です。
寿司、ラーメン、天ぷら、照り焼き、抹茶など、日本食は世界各地で親しまれています。メキシコでも、日本食レストランや日本風の料理を提供する店は広がっています。
食文化は、その国への親しみを生みやすい分野です。料理がおいしいと感じることは、その国の文化全体への好印象にもつながります。
また、メキシコ料理と日本料理は一見まったく違いますが、米、魚、唐辛子、発酵食品、だしやソースのうま味など、食へのこだわりが強い点では共通する部分もあります。
さらに近年は、シティポップなど日本の音楽に関心を持つメキシコの若者もいます。アニメ、音楽、食、ファッションが重なり、日本は「遠いけれど楽しい国」「自分の趣味とつながる国」として受け止められやすくなっています。
日本とメキシコには、地震が多い国という共通点があります。
メキシコは1985年や2017年の大地震で大きな被害を受けました。日本もまた、阪神・淡路大震災、東日本大震災、熊本地震、能登半島地震など、多くの地震災害を経験してきました。
災害を経験した国どうしには、言葉では説明しにくい共感が生まれることがあります。地震の恐ろしさ、救助の大切さ、避難生活の厳しさ、復興の長い道のりを知っているからです。
2017年にメキシコ中部で大きな地震が発生した際、日本は国際緊急援助隊の救助チームを派遣しました。倒壊した建物での捜索・救助活動は、メキシコの人々に強い印象を残しました。
このような支援は、政府間の協力であると同時に、人と人との記憶にも残ります。災害時に助けてくれた国、誠実に現場で活動した救助隊。そうした記憶が、日本への好意を支える一つの理由になっていると考えられます。

海外で日本が好意的に見られる理由として、日本人サポーターの振る舞いが話題になることがあります。
ワールドカップでは、日本人サポーターが試合後にスタジアムを清掃する姿がたびたび報じられてきました。勝っても負けても自分たちの席の周りを片づける行動は、海外の観客に強い印象を与えます。
もちろん、日本人全員が同じ行動をするわけではありません。しかし、こうした行動が繰り返し伝えられることで、「日本人は礼儀正しい」「相手への敬意を大切にする」「責任感がある」というイメージが広がります。
モンテレイでも、日本人サポーターの振る舞いは好意的に受け止められました。日本代表のプレーだけでなく、サポーターの姿勢も、現地の人々が日本を応援したくなる理由の一つになったと考えられます。
サッカーは、ピッチ上のプレーだけでなく、スタンドの雰囲気も含めて国の印象を作ります。日本代表を応援する日本人サポーターの姿が、メキシコ人にとっても「応援したくなるチーム」という印象を強めたのです。
メキシコ人が日本を応援する理由を一言でいえば、「日本代表がモンテレイに来てくれたことで親近感が生まれ、そこに日本文化や歴史的な好印象が重なったから」といえます。
| 理由 | 内容 |
|---|---|
| モンテレイキャンプ | 日本代表がモンテレイを事前キャンプ地に選び、地元に親近感が生まれた |
| 地元メディア報道 | 日本代表の到着、練習、選手の様子などが報じられ、関心が高まった |
| サッカーの内容 | 日本代表の組織力、運動量、フェアな戦い方が評価された |
| 歴史 | 1609年の交流、1888年の平等条約など、長い関係がある |
| 日系人 | 日本人移民と日系人社会がメキシコに根を下ろしている |
| 経済 | 日本企業や日本製品が生活や雇用に関わっている |
| 文化 | アニメ、漫画、ゲーム、音楽、日本食が人気を集めている |
| 災害支援 | 地震国どうしの共感や、日本の救助活動への記憶がある |
| サポーター | 日本人サポーターの清掃や礼儀正しい振る舞いが好印象を与えている |
このように見ると、今回のモンテレイでの日本応援は、単なる偶然ではありません。
もともと日本に対する好意的な土台があり、そこに「日本代表が地元に来た」という強いきっかけが重なったことで、応援が表に出やすくなったのです。

メキシコ人は、一般的に明るく、人との距離が近く、家族や友人とのつながりを大切にする文化を持つといわれます。もちろん個人差はありますが、歓迎の気持ちを表に出す人が多い国です。
一方、日本文化には、礼儀、思いやり、相手への配慮、集団の調和を大切にする面があります。表現の仕方はかなり違いますが、人間関係を大切にするという点では、メキシコと日本に通じる部分があります。
メキシコ人が日本に好意を持つとき、そこには「文化は違うけれど尊重できる」「遠い国なのに魅力を感じる」「日本人の振る舞いに誠実さを感じる」という感覚があるのかもしれません。
特にスポーツの場では、こうした感情が表に出やすくなります。よいプレーを見れば拍手し、好感を持てば一緒に応援する。モンテレイの観客の温かさが、日本代表への声援として表れたと考えると自然です。
ここで大切なのは、「メキシコは親日」といっても、すべてのメキシコ人が日本に詳しいわけではないということです。
日本文化が大好きな人もいれば、アニメや日本食に関心がある人もいます。日系人とのつながりを持つ人もいます。一方で、日本についてほとんど知らない人も当然います。
また、メキシコは非常に広い国です。メキシコシティ、モンテレイ、グアダラハラ、地方都市、農村部では、日本との接点の多さも違います。日本企業が多い地域や日系人の歴史がある地域では、日本への親しみがより強く見えることがあります。
そのため、「メキシコ人は全員日本が好き」と考えるのではなく、「日本に好意的な人が多く見られる背景には、歴史、日系人、文化、経済、スポーツ、そして今回のモンテレイキャンプがある」と理解するのが自然です。
サッカーW杯でメキシコ人が日本代表を応援する姿は、日本とメキシコの関係を象徴する場面の一つです。
ただし、それは単なる「親日だから応援した」というだけではありません。
今回の大きなポイントは、日本代表がモンテレイをキャンプ地に選んだことです。地元メディアが日本代表を連日取り上げ、モンテレイの人々が日本代表を身近に感じるようになりました。
そこに、日本代表の良いプレー、日本文化の人気、日系人社会の存在、日本人サポーターの振る舞いが重なりました。
つまり、モンテレイでの日本応援は、歴史的な親日感情と、今回のW杯で生まれた地元感情が合わさったものだったのです。
W杯は、国と国の距離を一気に縮める舞台です。ふだん日本に強い関心がなかった人でも、試合をきっかけに日本代表を好きになることがあります。逆に、日本人にとっても、メキシコの人々の温かい応援を通じて、メキシコという国をより身近に感じるきっかけになります。
メキシコが親日的といわれる理由は、一つではありません。
1609年の御宿での救助に象徴される古い交流、1888年の平等条約、1897年から始まる日本人移民と日系人社会、日本企業の進出、アニメや漫画などの文化人気、日本食や音楽への関心、地震国どうしの共感、そしてサッカーを通じた好印象。こうした要素が重なって、日本への親しみが生まれています。
ただし、2026年W杯のモンテレイで日本を応援するメキシコ人が目立った理由を考えるなら、特に重要なのは、日本代表がモンテレイをキャンプ地に選んだことです。
日本代表がこの街で準備し、地元メディアがその様子を報じ、モンテレイの人々が日本代表を身近な存在として感じるようになった。その結果、試合当日の応援にも温かさが表れました。
メキシコと日本は、地理的には遠く離れています。しかし、歴史、人、文化、経済、スポーツを通じて、意外なほど深いつながりがあります。
W杯のスタジアムでメキシコ人が日本代表を応援する光景は、その長い交流と、今回のモンテレイでの具体的な接点が重なって生まれたものだったといえるでしょう。