MLBの「サラリーキャップ」
メジャーリーグに「サラリーキャップ」はある?
メジャーリーグにサラリーキャップはあるのでしょうか?
メジャーリーグ(MLB)に“サラリーキャップ(上限額)”はありません。 その代わりに、コンペティティブ・バランス・タックス(Competitive Balance Tax:CBT)、いわゆる**ラグジュアリー・タックス(ぜいたく税)**が導入されています。これは「年俸総額の上限」ではなく、「基準額(しきい値)を超えた分に課税・制裁を科す仕組み」です。
1. サラリーキャップとCBTの違い(超要約)
- サラリーキャップ:上限を超える契約は“原則不可”。(例:NFL/NBAの仕組み)
 
- MLBのCBT:上限はない。ただし、基準額(しきい値)を超えた“超過部分”に累進的な税率やドラフト不利がかかる。
 
ポイント:支出はできるが、その分の「コスト」が急増するため、球団は戦力と税負担のバランスを常に計算します。
2. 2022–2026年CBAのCBTしきい値(最新)
CBTは労使協定(CBA)で毎年の基準額が定められます。2025年シーズンの主な数字は以下の通り。
| 年 | 
基準額(CBT) | 
1段目サーチャージ | 
2段目サーチャージ | 
3段目サーチャージ(通称:コーエン税) | 
| 2022 | 
$230M | 
$250M | 
$270M | 
$290M | 
| 2023 | 
$233M | 
$253M | 
$273M | 
$293M | 
| 2024 | 
$237M | 
$257M | 
$277M | 
$297M | 
| 2025 | 
$241M | 
$261M | 
$281M | 
$301M | 
| 2026 | 
$244M | 
$264M | 
$284M | 
$304M | 
- 超過金額に課税:しきい値そのものではなく、超えた“差額”に対して課税されます。
 
- 常習(連続年)ほど重い:初年度<2年連続<3年以上連続で税率が重くなります。
 
3. 税率・制裁の基本ロジック(かんたん版)
3-1. 連続超過年数による基本税率(超過分に課税)
- 初年度:20%
 
- 2年連続:30%
 
- 3年以上連続:50%
 
3-2. サーチャージ(段差)
- しきい値をさらに段階的に超えた額に、追加の上乗せ税率(サーチャージ)がかかります。
 
- 最高段(3段目=通称コーエン税ゾーン)に入ると、実効的な負担が“選手年俸以上”になるケースもあります。
 
3-3. ドラフトの不利益措置
- 2段目サーチャージ以上に入ると、翌年ドラフトの最初の指名権が10順位降格(一部例外あり)。
 
実務ポイント:税金だけでなくドラフト資産の価値低下も大きな抑止力。補強の“次年度以降”に効いてきます。
4. 「年俸総額」の数え方(CBT計算のキホン)
- AAV(平均年俸)ベース:契約の総額を年数で割った平均(AAV)で計算されます。実際の年ごとの支払い額とは別。
 
- 出来高・オプション・バイアウト:一定の条件でCBT年俸に算入されることがあります。
 
- ベネフィット等の加算:選手給だけでなく、給付・保険・年金相当の推定額も“CBT用の総額”に含まれる仕組み。
 
例:キャッシュ支払いを抑えてもAAVが高ければCBT的には高額。逆に長期・後払い・繰延(デファード)でもAAV次第でCBT総額は変わりません。
5. 最低年俸&調停制度(MLB独自のコスト構造)
- 最低年俸(リーグ・ミニマム):2025年は**$760,000**。
 
- 年俸調停(Arbitration):おおむねメジャー登録3年以上〜6年未満の選手が対象。成績や比較事例で年俸が上がりやすい“昇給ゾーン”。
 
- FA(フリーエージェント):原則6年のサービスタイムで完全FA。大型契約はここから本番に。
 
この3層(ミニマム → 調停 → FA)が、MLBの年俸カーブを形づくります。“サラリーキャップがない”代わりに、若手〜中堅〜主力の昇給ステップが明確です。
6. よくある誤解Q&A
Q1:MLBにサラリーキャップはある?
- A:ありません。 あるのは**CBT(超過課税+制裁)**です。
 
Q2:基準額(CBT)を超えたら契約は結べない?
- A:結べます。 ただし超過分に税+制裁がかかります。
 
Q3:“年俸総額”は現金払いベース?
- A:いいえ。 CBTはAAVベースが中心。支払いスケジュールを工夫しても、AAVが高ければCBTも高い。
 
Q4:ぜいたく税を払えば何の問題もない?
- A:違います。 税金に加え、ドラフト降格や連続年の重税化で将来の編成余力が削られます。
 
Q5:NBA/NFLとどう違う?
- A:NBA/NFLは“キャップ中心”。 MLBはキャップなし+CBT。結果として大型年俸の集中は起こり得ますが、税・ドラフト不利で“歯止め”がかかる設計です。
 
7. 球団の実務:よくある“節税”と“攻め”の打ち手
- AAV最適化:総額・年数・オプションを組み替え、CBT上の見え方を調整。
 
- 1年ごとの“連続超過”管理:1年リセット(しきい値内に戻す)で、翌年の基本税率を軽くできる。
 
- 補強の“締切設計”:トレード期限や開幕前の税枠の空きを見ながら、必要な一手だけを上乗せ。
 
- プロスペクト活用:若手のミニマム〜調停年を“戦力の柱”にして、高額主力をピンポイント配備。
 
8. 2025年の注目ポイント(ファン目線)
- CBT基準は$241Mに上昇。“税の壁”は年々わずかに上がるが、戦力インフレも進みやすい。
 
- 3段目サーチャージ(“コーエン税”)は$301Mライン。ここへ到達すると税・降格ペナルティの“二重苦”。
 
- 若手コア+FAの二段構えが引き続きトレンド。育成の成否が“キャッシュ以外の勝ち筋”を左右します。
 
9. まとめ
- MLBにサラリーキャップはない。代わりに**CBT(ぜいたく税)が“実質的な支出抑制”**として機能。
 
- AAVベース計算/連続年で重くなる税/ドラフト降格が大きな抑止力。
 
- 2025年のCBT=$241M。しきい値超過の“コスト”をどう最適化するかが、フロントの腕の見せ所です。
 
用語ミニ辞典
- CBT(Competitive Balance Tax):年俸総額の超過分に課税する制度。実質的な“歯止め”。
 
- AAV(Average Annual Value):契約総額の平均年俸。CBTの主計算基準。
 
- サーチャージ:CBT基準をさらに超えたゾーンにかかる追加税率。
 
- コーエン税:サーチャージの最上段(3段目)領域の俗称。大幅な上乗せ負担。
 
- 年俸調停:3〜6年目にかけての“昇給フェーズ”。