ファッションモデルとして活躍し、「えみちぃ」の愛称で親しまれている鈴木えみさん。鈴木えみさんについて調べると「中国」という言葉を目にし、中国出身なのか、中国語を話せるのかと気になった方もいるのではないでしょうか。
鈴木えみさんは、幼い頃に中国で祖母に育てられたことを、自身のインタビューで明かしています。中国との関わりは単なるうわさではなく、本人が語っている生い立ちの一部です。一方、所属事務所の公式プロフィールでは、出身地は京都府と記載されています。
この記事では、本人の発言や公式プロフィールをもとに、中国での子供時代、親族との交流、中国語を学び直したきっかけを紹介します。
| 名前 | 鈴木えみ(すずき えみ) |
|---|---|
| 愛称 | えみちぃ |
| 生年月日 | 1985年9月13日 |
| 公式プロフィール上の出身地 | 京都府 |
| 身長 | 168cm |
| 所属事務所 | スターダストプロモーション |
| 主な活動 | モデル、デザイナー、クリエイター、プロダクツプロデューサー |
鈴木えみさんは、1999年に雑誌「Seventeen」でモデルとしてデビューしました。その後もファッションや美容の分野で活躍し、2017年からは自身のブランド「Lautashi(ラウタシー)」のデザイナーも務めています。

2023年6月に公開された「MAQUIA」のインタビューで、鈴木えみさんは、一人っ子であり、幼少期を中国で祖母と過ごしていたことを説明しています。
年上のいとこたちと遊ぶ一方、一人で過ごす時間もあったそうです。おもちゃや時計を分解して構造を確かめたり、身近な植物を使って遊んだりと、好奇心の強い子供だったことがうかがえます。
現在の洗練されたモデルとしての姿とはまた違う、身の回りのものに興味を持ち、工夫しながら遊んでいた子供時代が見えてきます。
同じインタビューでは、両親と一緒に暮らせない時期があったことにも触れています。仲の良い祖母に心配をかけまいと、子供ながらに大人らしく振る舞おうとしていたそうです。
中国での暮らしは、単なるプロフィール上の情報ではなく、鈴木えみさん自身の性格や考え方を知るうえでも大切な経験だったといえるでしょう。

鈴木えみさんの生い立ちを調べると、中国や上海という地名が出てくる一方、所属事務所の公式プロフィールには「京都府」と記載されています。この違いに疑問を感じる方もいるかもしれません。
ただし、プロフィールの「出身地」と、幼少期に暮らした場所は、必ずしも同じとは限りません。複数の地域で生活した人の場合、出身地の欄だけですべての生い立ちが分かるわけではありません。
確認できる情報を整理すると、公式プロフィール上の出身地は京都府であり、本人は中国で祖母に育てられた経験を語っています。この二つを分けて理解すると、混乱せずに読み取れます。
なお、出生地の細かな情報や日本へ移った正確な時期については、今回確認した公式プロフィールと本人インタビューだけでは十分に確定できないため、ここでは断定を避けます。
鈴木えみさんと中国とのつながりは、子供時代だけのものではありません。2023年には、中国に暮らす年上のいとこと約9年ぶりに再会したことを明かしています。
日刊スポーツが紹介した本人のInstagram投稿によると、再会したのは、子供の頃に特に仲が良かった4歳年上のいとこでした。投稿には、再会時の写真と子供時代の写真が掲載され、長い年月を経ても続く親族とのつながりが伝えられています。
また、「MAQUIA」のインタビューでは、娘が生まれた後、祖母に会わせるため中国を訪れた経験にも触れています。中国は、鈴木えみさんにとって、幼い頃の思い出と家族のつながりがある場所なのです。
中国で育ったと聞くと、現在も中国語を不自由なく話せると思うかもしれません。しかし、2023年のいとことの再会では、友人に通訳を頼んだと説明しています。
このエピソードからは、当時、親族と込み入った話をする際には言葉の助けが必要だったことが分かります。ただし、それだけで「中国語をまったく話せない」とまで決めつけることはできません。
2023年7月公開の「MAQUIA」のインタビューでは、いとこと自分の言葉でやり取りできるようになりたいと考え、中国語を習い始めたことを明かしています。
語学の勉強を始めた背景には、身近な人との会話をもっと楽しみたいという思いがありました。中国語は鈴木えみさんにとって、家族との距離を縮めるための言葉でもあるのでしょう。
なお、これは2023年当時の発言です。その後の学習状況や現在の会話力については、この発言だけから判断することはできません。
「鈴木えみ 中国」というテーマでは、国籍や両親のルーツについても関心が集まりがちです。しかし、中国で育ったことと、現在の国籍や両親の国籍は、それぞれ別の情報です。
今回確認した所属事務所の公式プロフィールには、国籍についての記載はありません。また、ここで紹介した本人インタビューからも、両親それぞれの国籍や、帰化の有無・時期までは確認できません。
そのため、「現在は中国国籍」「日本に帰化した」「日本人と中国人のハーフ」といった説明については、確かな根拠を確認せずに事実として紹介することはできません。
本人が公に語っている中国での生活や家族との交流を中心に見ることで、推測に頼らず、その歩みを知ることができます。
鈴木えみさんは、「Seventeen」でのデビュー後、「PINKY」などの雑誌でも活躍してきました。2005年にはケツメイシの「さくら」のミュージックビデオに出演し、ファッション誌の読者以外にも広く知られるようになりました。
その後はモデル活動に加え、デザインやプロデュースなどにも活動を広げています。中国で過ごした子供時代は、その幅広い経歴につながる人生の一部分です。
鈴木えみさんと中国の関係を知るうえで確かなのは、幼少期を中国で過ごし、祖母やいとこたちとの思い出を持っていること。そして、大人になってからも親族との交流を大切にし、中国語を学び直すきっかけを得たことです。本人が語るこうした経験からは、モデルとしての姿だけでは分からない、家族を大切にする一面も見えてきます。