中国・渡航危険レベル
中国への渡航危険レベルは本当に上がったのか?
高市早苗首相の「台湾有事」発言をきっかけに、中国側は強い反発を示し、日本大使の呼び出しや日本への渡航自粛を呼びかけるなど、日中関係は再び緊張を強めています。
一方で、日本の外務省が公表している中国向けの「危険情報」「危険レベル」を見ると、少なくとも現時点では一気にレベルが引き上げられたわけではありません。このギャップに違和感を覚え、「今、中国に行くのはどれくらい危ないのか?」と不安に感じている人も多いのではないでしょうか。
この記事では、
- 外務省が示す中国の最新の危険レベル
- 最近の事件・法制度の変化から見える“質”的なリスクの変化
- 高市首相発言後に何が変わったのか
- 旅行者・駐在員・出張者が具体的に注意すべきポイント
を整理し、「数字上の危険レベル」と「実際のリスク」の両方から、中国渡航の現状を考えてみます。
1. 外務省が示す中国の「危険レベル」はどうなっているか
まずは公式情報から確認しておきましょう。日本の外務省「海外安全ホームページ」では、各国・地域ごとに4段階の危険レベルを発表しています。
- レベル1:十分注意してください
- レベル2:不要不急の渡航は止めてください
- レベル3:渡航は止めてください(渡航中止勧告)
- レベル4:退避してください。渡航はやめてください(退避勧告)
1-1. 中国本土の危険レベル
外務省の「中華人民共和国(中国) 危険・スポット・広域情報」によると、2024年9月時点で示されている危険レベルは次のようになっています。
- 新疆ウイグル自治区:レベル1(十分注意)
- チベット自治区:レベル1(十分注意)
- それ以外の地域:地図上にレベル表示はあるものの、危険レベルは1にとどまり、レベル2以上(渡航自粛・渡航中止勧告)は出ていない
感染症に関する危険情報も、現時点では特段のレベル引き上げは行われていません。
つまり、公式な「危険レベル」という意味では、中国は一部地域を除き、あくまでレベル1の範囲に収まっているというのがポイントです。
1-2. それでも「スポット情報」は増えている
一方で、同じページには「スポット情報」として、特定のリスクに関する注意喚起が複数掲載されています。代表的なものとして、
- 無差別的な凶悪事件(刃物による襲撃など)に関する注意喚起
- 「反スパイ法」に関連する注意喚起
- 放射性処理水(ALPS処理水)の海洋放出を巡る中国国内の反日的な動きに関する注意喚起
などがあります。
これらは危険レベルそのものの引き上げではありませんが、
「レベル1だから安全」というわけでは全くない
ことを示しています。特に、中国では「突発的な無差別事件」や、「政治・外交情勢の変化に敏感な世論」がリスク要因になりやすい点に注意が必要です。
2. 具体的にどんなリスクが高まっているのか

次に、「数字には出にくいが、実際にはリスクが高まりつつあるポイント」を整理してみます。
2-1. 無差別的な凶悪事件と日本人被害
外務省や報道によると、ここ数年、中国各地の公園・学校・地下鉄・路上など、人が集まる場所で、刃物を使った無差別的な襲撃事件が複数発生しています。その中には、日本人が犠牲になった事件も含まれています。
ポイントは、
- 犯人の多くは日本人を狙い撃ちにしているわけではなく、「無差別」あるいは「その場にいた外国人」が巻き込まれる形
- 中国側も治安維持には努めているが、事前に予見・回避することが難しいタイプの犯罪
という点です。
つまり、治安統計だけを見れば中国の多くの大都市は「極端に危険」というわけではないものの、
一度事件が起きると被害が大きく、外国人旅行者や駐在員も例外ではない
という構図になっています。
2-2. 反スパイ法の強化と「何気ない行動」が問題化するリスク
中国では近年、「反スパイ法」など安全保障関連の法律が強化され、適用範囲も広げられてきました。外務省も、中国に滞在・渡航する日本人に対し、
- 企業活動や取材、調査・研究など、情報収集や聞き取りを伴う行為
- 軍事施設・港湾・インフラ等の写真撮影
- 地図・地理情報、工場設備などの情報の取り扱い
について、「スパイ行為」とみなされるリスクがあるとして注意喚起を行っています。
特に、
- ビジネスパーソン(メーカー、商社、コンサルタントなど)
- 研究者・ジャーナリスト
- 現地のサプライヤー調査や工場視察を行う人
にとっては、これまで「普通の仕事」と思っていた行為が、突然トラブルの火種になる可能性があります。
2-3. 対日感情の悪化と「空気」のリスク
2023年のALPS処理水放出時にも、
- 在中国日本大使館・総領事館への嫌がらせ電話
- 日本企業や日本関連施設への抗議
などが相次ぎました。今回の高市首相の発言を受けて、中国メディアやSNSでは日本への強い批判が再び高まっています。
現時点で大規模な反日デモや暴動が起きているわけではありませんが、
- 日本語が聞こえるだけで心ない言動を受ける
- 日本関連の店舗や商品が標的になる
といったリスクは、平常時よりも高まっていると考えられます。
特に、外交的な緊張が高いタイミング(首脳発言、軍事演習、台湾情勢の緊迫など)では、世論の感情が一気に高ぶりやすく、短期間で空気が変わる可能性があります。
2-4. 2024〜2025年にかけての日本人への具体的な被害
外務省の外交青書や安全情報では、2024年には中国・蘇州や深センで日本人学校の児童が巻き込まれる事件が発生し、日本人の死傷者も出たことが報告されています。
これを受けて、
- 日本政府は中国の日本人学校への警備強化に予算をつけるなど、安全対策を強化
- 修学旅行などで中国を訪れる学校関係者に対して、渡航の是非を慎重に判断するよう呼びかけ
を行っています。
こうした動きは、**「危険レベルを一段階上げるほどではないが、従来より明確にリスクが意識されている」**ことの表れと言えるでしょう。
3. 高市首相の発言後に何が変わったのか
では、今回の高市首相の「台湾有事」発言を受けて、何が新たに起きたのでしょうか。
3-1. 中国側の激しい反発と対日強硬姿勢
報道によれば、高市首相が「中国が台湾に武力行使した場合、日本にとって『存亡危機事態』となり得る」と国会で述べたことに対し、中国外務省は「重大な挑発」として強く反発しました。
その後、
- 中国が日本大使を呼び出し、発言の撤回を要求
- 中国の高官や国営メディアが、対日批判をエスカレート
- 中国政府が、自国民に対して日本への渡航自粛を呼びかけ
- 中国沿岸警備局が尖閣諸島周辺での活動を活発化
など、政治・軍事・世論の各面で「対日強硬」の姿勢を鮮明にしています。
3-2. 日本側は「台湾政策は従来と変わらない」と説明
日本政府は一方で、
- 日本の台湾政策は「一つの中国」を前提とした従来方針から変わっていない
- 台湾海峡の平和と安定が日本の安全保障にとって重要だ、という従来の立場を再確認
と説明しつつ、外務省の幹部を中国に派遣して対話を続ける姿勢も示しています。
つまり、**「外交的には火消しを試みつつも、発言自体を撤回する気はない」**という、微妙なバランスの上に立っている状況です。
3-3. それは「中国にいる日本人」にどう影響するか
中国政府が自国民に対して「日本に行くな」と警告を出したことは、直接的には「中国から日本への旅行者・留学生」に向けたメッセージです。
しかし、その背景には、
- 日本への敵対的な世論を一定程度許容・助長する
- 「日本は危険な国家だ」というイメージを国内向けに強調する
という政治的意図も含まれていると考えられます。
このような空気の変化は、逆方向の流れ、つまり「日本人が中国にいるときの心理的・社会的なリスク」にも影響を与えかねません。
- 日本人駐在員やその家族が、精神的なプレッシャーを感じやすくなる
- 日本語での会話や、日本の国旗・ロゴが目立つ場所での行動に、以前より気をつかう必要が出てくる
- 対日批判が高まる局面では、日本人が象徴的な「怒りの矛先」として見られるリスク
など、**目に見えない「空気のリスク」**は確実に増していると言えます。
4. 「危険度は増加したのか?」を整理する
ここまでを踏まえ、「日本人にとって中国の危険度は増加したのか?」を、公式情報と実情で分けて整理してみます。
4-1. 公式な危険レベル:数字上は「大きな変化なし」
- 外務省の危険情報は、2024年9月時点で、新疆ウイグル自治区とチベット自治区にレベル1(十分注意)が出ているのみ
- 中国全土がレベル2(不要不急の渡航は止めてください)やレベル3(渡航中止勧告)に引き上げられたわけではない
- 感染症に関する危険レベルも、コロナ禍のピーク時のような「一律の渡航自粛」状態ではない
という意味で、「数値としての危険レベル」は現時点で大きくは変わっていません。
4-2. 実際のリスク:
一方で、質的なリスクはどうでしょうか。ここは、明らかに変化が見られます。
- 無差別的な凶悪事件の発生
刃物による襲撃など、外国人を含む一般市民が巻き込まれる事件が起きており、日本人の被害も報告されています。
- 反スパイ法など安全保障法制の強化
企業活動や調査・研究といった通常業務でも、情報の取り扱い次第では当局から問題視されるリスクが高まりました。
- 対日感情の悪化という「空気」
福島第一原発の処理水問題、高市首相の台湾発言などを契機に、その都度対日世論が悪化しており、日本人や日本企業が象徴的な標的になりやすい構図があります。
- 日本政府側の危機意識の高まり
日本人学校への警備強化、修学旅行関係者への注意喚起など、政府の対応を見ると、実務レベルでの危機意識は確実に高まっています。
これらを総合すると、
公式の「危険レベル」は据え置きだが、 日本人にとっての実際の危険度・不確実性は、数年前と比べると明らかに増している
と評価するのが妥当でしょう。
5. 渡航目的別に考える「中国との付き合い方」
同じ「中国渡航」といっても、目的によってリスクの性質はかなり異なります。ざっくりとタイプ別に整理してみます。
5-1. 観光・個人旅行
- 現時点で、日本政府から「観光で行くのはやめるべき」といったレベルの勧告は出ていない
- 一方で、政治的に緊張が高まっているタイミングは、
- 反日的な言動に遭遇する
- 予想外のデモ・集会に巻き込まれる 可能性が高くなります。
観光で行く場合は、
- 外務省「海外安全ホームページ」で最新情報を確認する
- たびレジに登録しておく
- 現地では政治的な話題(台湾問題・歴史問題など)に深入りしない
- 日本語や日本のシンボルが目立ちすぎないよう、場の空気を読む
といった基本的な自衛策を取ることが重要です。
5-2. ビジネス出張
ビジネス目的での渡航は、観光よりも慎重なリスク管理が求められます。
- 工場視察や調査で撮影した写真・図面・データの扱い
- 現地パートナーから求められる情報提供
- 社内の中国出張者向けガイドラインの整備
などについて、
- 「反スパイ法の観点から問題がないか」
- 「現地当局に説明を求められた場合に備えた社内ルールがあるか」
を、会社として事前にチェックしておく必要があります。
また、
- 出張前に外務省情報・在中国日本大使館のサイトを確認
- 会社として危機管理窓口を明確化
- 万一の拘束・事情聴取に備え、連絡経路を共有
といった、「もし何かあったとき」の備えも不可欠です。
5-3. 駐在員・家族・留学生
長期滞在をする人にとっては、
- 日々の生活圏で起きる無差別事件
- 子どもの通学路や学校の安全
- 近隣住民や職場との人間関係
といった、生活レベルのリスクがより重要になります。
すでに中国にいる人は、
- 大使館・総領事館からのメール配信や安全情報をこまめにチェック
- 日本人学校や現地コミュニティからの情報共有を活用
- 緊張が高まる局面では、「人の集まる場所」に近づきすぎない
といった日常的な対策を続けることが大切です。
6. まとめ:数値よりも「空気の変化」を読むことが重要に
最後に、この記事の内容を整理します。
- 日本の外務省が公表している中国の危険レベルは、現時点では新疆・チベットがレベル1、それ以外はレベル2以上には引き上げられていない。
- 一方で、
- 無差別的な凶悪事件
- 反スパイ法などによる摘発リスク
- 対日感情の悪化
- 日本人学校への攻撃事案 など、「質的なリスク」は明らかに高まっている。
- 高市首相の台湾有事発言をきっかけに、
- 中国政府は日本への渡航自粛を呼びかけ
- 世論レベルでも対日批判が強まっている ため、今後の情勢次第では「空気の悪化」が日本人にも跳ね返ってくる可能性がある。
結論としては、
「危険レベルの数字だけを見て安全・危険を判断するのではなく、 日々変わる政治・世論の“空気”も含めて、渡航の是非を慎重に考える段階に来ている」
と言えるでしょう。
中国との経済・人的なつながりは日本にとって依然として非常に大きく、「完全に距離を置く」という選択肢は現実的ではありません。しかし同時に、
- 情報収集を怠らないこと
- 不要不急の渡航は少し立ち止まって考えること
- 渡航する場合は「最悪のシナリオ」も頭に入れて準備すること
が、これまで以上に求められているのは確かです。
今後も外務省の海外安全情報や、在中国日本大使館・総領事館が発信する最新の安全情報を確認しながら、「数字」だけでなく「空気」も読み解きつつ、中国との付き合い方を考えていく必要があるでしょう。