「戦争を放棄している国」と聞くと、軍隊を持たない国や、長い間戦争をしていない国を思い浮かべるかもしれません。しかし、厳密にいうと、「戦争をしない国」と「戦争を放棄している国」は同じ意味ではありません。
「戦争をしない国」は、実際に戦争をしていない国、あるいは戦争を避ける外交方針をとっている国を広く指す言葉です。たとえば、永世中立を掲げるスイスやオーストリア、軍隊を持たないコスタリカやアイスランドなどは、「戦争をしない国」として語られることがあります。
一方で、「戦争を放棄している国」とは、憲法や法律の中で、戦争を国家の手段として否定している国を指します。つまり、単に戦争をしていないという結果ではなく、国の基本ルールとして「戦争をしない」「侵略戦争を認めない」「国際紛争を武力で解決しない」といった考え方を明文化している国です。
この違いは非常に重要です。
たとえば、スイスは中立国として有名ですが、軍隊を持っています。スイスは他国同士の戦争に参加しない方針をとっていますが、自国を守るための軍事力は保有しています。そのため、スイスは「戦争を避ける国」「中立国」とはいえても、日本国憲法第9条のような形で戦争そのものを放棄している国とは少し違います。
また、コスタリカは常設軍を廃止した国として有名ですが、憲法上の中心は「軍隊を常設しない」という点です。これは非常に重要な平和制度ですが、「戦争放棄」と完全に同じではありません。
この記事では、「戦争を放棄している国」というテーマについて、日本を中心に、フィリピン、イタリア、ドイツ、コスタリカなどの例を取り上げながら、各国の憲法や制度の違いをわかりやすく解説します。

戦争放棄とは、国家が戦争を政策手段として使わないと宣言することです。特に、他国との問題を解決するために武力を使うことを否定する考え方を指します。
ここで大切なのは、戦争放棄にはいくつかの段階があるという点です。
最も強い形は、国家の権利としての戦争そのものを放棄する考え方です。日本国憲法第9条は、この代表的な例です。日本国憲法第9条は、国権の発動たる戦争、武力による威嚇、武力の行使を、国際紛争を解決する手段として永久に放棄するとしています。
この条文は、世界的に見ても非常に特徴的です。単に侵略戦争を禁止するだけではなく、「戦争を国家の権利として放棄する」という表現を使っているためです。
次に多いのは、侵略戦争を否定する考え方です。イタリアやドイツの憲法・基本法に見られるように、他国の自由を侵害する戦争や、国際平和を乱す行為を否定する形です。
この場合、自衛のための武力行使までは否定していないことが多いです。つまり、「攻める戦争」は否定するが、「守るための武力」は認めるという考え方です。
フィリピンやイタリアの憲法には、国際紛争を解決する手段としての戦争を否定する表現があります。これは、国家間の問題を軍事力ではなく、外交、国際法、国際機関を通じて解決しようとする考え方です。
コスタリカのように、常設軍を廃止することで軍事国家化を防ぐ方法もあります。これは戦争放棄と近い理念を持っていますが、正確には「軍隊不保持」や「常設軍廃止」の制度です。
このように、「戦争放棄」といっても、国によって内容は異なります。日本のように戦争と戦力を強く否定する国もあれば、侵略戦争だけを否定し、自衛や国際協力のための軍事力は認める国もあります。

以下は、「戦争放棄」またはそれに近い平和条項を持つ代表的な国です。
| 国名 | 主な内容 | 特徴 |
|---|---|---|
| 日本 | 国権の発動たる戦争、武力による威嚇・武力行使を放棄 | 世界的に見ても非常に強い戦争放棄条項 |
| フィリピン | 戦争を国家政策の手段として放棄 | 日本と似た表現を持つが、軍隊は保有 |
| イタリア | 侵略戦争と国際紛争解決手段としての戦争を否認 | 国際機関を通じた平和秩序を重視 |
| ドイツ | 侵略戦争の準備など国際平和を乱す行為を違憲・犯罪化 | 戦争放棄というより侵略戦争禁止が中心 |
| コスタリカ | 常設軍を廃止 | 戦争放棄というより非軍事化・常設軍廃止の代表例 |
| パナマ | 常設軍を禁止 | 軍事政権の経験後、軍を持たない制度へ移行 |
ここで注意したいのは、これらの国すべてが同じ意味で「戦争を放棄している」わけではないことです。日本とフィリピンは「戦争を放棄する」という表現が比較的はっきりしています。一方、イタリアやドイツは、侵略戦争や国際平和を乱す行為を否定する形です。コスタリカやパナマは、戦争放棄というよりも、常設軍を持たない制度に重点があります。

戦争放棄を語るうえで、最も重要な国は日本です。日本国憲法第9条は、世界的にもよく知られた平和条項です。
日本国憲法第9条では、日本国民が国際平和を誠実に求め、国権の発動たる戦争を永久に放棄すると定めています。また、武力による威嚇や武力の行使も、国際紛争を解決する手段としては放棄するとしています。
さらに第2項では、陸海空軍その他の戦力は保持しないこと、国の交戦権は認めないことも定められています。
この点で、日本国憲法第9条は非常に強い内容を持っています。単に「侵略戦争をしない」と言っているだけではなく、戦争、武力行使、戦力不保持、交戦権の否認まで含んでいるからです。
ただし、現実の日本には自衛隊があります。この点が、日本国憲法第9条をめぐる最大の論点です。
政府の解釈では、日本国憲法第9条は自衛のための必要最小限度の実力まで否定しているわけではないとされています。そのため、自衛隊は「戦力」ではなく、自衛のための必要最小限度の実力組織と説明されてきました。
また、近年は集団的自衛権の限定的行使や安全保障関連法制をめぐって、憲法第9条の解釈が大きく議論されてきました。日本は戦争放棄を掲げる国でありながら、現実には自衛隊を持ち、日米安全保障条約のもとでアメリカと同盟関係にあります。
つまり、日本は「戦争を放棄している国」の代表例ですが、同時に「戦争放棄と自衛の関係」をめぐって、最も深い議論が続いている国でもあります。

フィリピンも、憲法上「戦争を国家政策の手段として放棄する」と明記している国です。
フィリピン憲法には、フィリピンが戦争を国家政策の手段として放棄し、国際法の一般原則を国内法の一部として採用し、平和、平等、正義、自由、協力、すべての国との友好を重視するという趣旨の規定があります。
この表現は、日本国憲法第9条と似ています。どちらも、戦争を国家の政策手段として否定しているからです。
ただし、フィリピンには軍隊があります。フィリピン軍は、国家の主権と領土の保全を守るための組織として憲法上位置づけられています。そのため、フィリピンの戦争放棄は、日本国憲法第9条のような「戦力不保持」まで含むものではありません。
フィリピンの場合、放棄しているのは主に「侵略戦争」や「国家政策としての戦争」です。自衛のための軍事力や、領土防衛のための軍隊は認められています。
この点から、フィリピンは「戦争を放棄している国」の一つではありますが、日本とは制度の中身が異なります。日本が戦争放棄と戦力不保持を結びつけているのに対し、フィリピンは戦争を国家政策として否定しながらも、軍隊の存在は認めている国です。

イタリア憲法第11条も、戦争放棄に近い重要な平和条項です。
イタリア憲法では、イタリアが他国民の自由を侵害する手段としての戦争、また国際紛争を解決する手段としての戦争を否認すると定めています。さらに、諸国民の平和と正義を保障する国際秩序のために、他国と対等な条件で主権の制限を受け入れること、平和を目的とする国際機関を促進することも定めています。
この条文の特徴は、戦争を否定するだけでなく、国際協力による平和秩序を重視している点です。第二次世界大戦後のイタリアは、ファシズムと戦争の反省の上に新しい共和国を作りました。そのため、イタリア憲法には、戦争への反省と国際協調の理念が強く表れています。
ただし、イタリアは軍隊を保有しています。また、NATO加盟国でもあり、国際的な軍事活動や平和維持活動にも関わってきました。
したがって、イタリアは「軍事力を持たない国」ではありません。イタリアが否定しているのは、他国を侵略する戦争や、国際紛争を武力で解決しようとする戦争です。
この意味で、イタリアは「戦争を放棄している国」というより、「侵略戦争を否認し、国際協調による平和を重視する国」と表現する方が正確です。

ドイツも、第二次世界大戦の反省を強く反映した憲法体制を持っています。ドイツの基本法では、国際平和を乱す意図で行われる行為、特に侵略戦争の準備を違憲とし、犯罪として処罰することを定めています。
ドイツの場合、日本のように「戦争を放棄する」という表現が中心ではありません。むしろ、侵略戦争を準備する行為を明確に否定し、それを犯罪化している点が特徴です。
第二次世界大戦後のドイツは、ナチス・ドイツの侵略戦争への反省から、平和主義、民主主義、国際協調を基本とする国家として再出発しました。
ただし、ドイツには軍隊があります。現在のドイツ連邦軍は、NATOの一員として集団防衛に関わっています。また、国際平和維持活動や安全保障政策にも参加しています。
そのため、ドイツは「戦争を完全に放棄している国」ではありません。正確には、「侵略戦争を禁止し、国際平和を乱す行為を違憲・犯罪化している国」です。
日本との違いは、日本国憲法第9条が戦争放棄と戦力不保持を規定しているのに対し、ドイツ基本法は軍隊の存在を前提にしながら、侵略戦争を強く禁止している点です。

コスタリカは、軍隊を持たない国として世界的に有名です。1948年の内戦後、1949年の憲法で常設軍を廃止しました。
コスタリカ憲法第12条では、常設機関としての軍隊を廃止し、治安維持のために必要な警察力を置くとされています。また、国防や国際協力のために軍事力が組織される場合でも、それは文民権力に従属しなければならないとされています。
この制度は非常に特徴的です。多くの国が軍隊を持つ中で、コスタリカは常設軍を廃止し、教育、医療、福祉、環境政策などに力を入れる国家モデルを築いてきました。
ただし、コスタリカは「戦争放棄国」と表現するより、「常設軍を廃止した国」「非軍事化を進めた国」と表現する方が正確です。なぜなら、憲法の中心は戦争放棄そのものではなく、常設軍の廃止にあるからです。
また、コスタリカにも警察組織や治安部隊は存在します。軍隊がないからといって、国家が安全保障や治安維持をまったく放棄しているわけではありません。
コスタリカは、日本とは違う形で平和国家を実現しようとしている国です。日本が憲法第9条によって戦争放棄を掲げているのに対し、コスタリカは常設軍を持たない制度によって、軍事力に依存しない国家運営を目指してきました。

パナマも、常設軍を持たない国として知られています。1989年のアメリカ軍侵攻後、パナマ国防軍は解体され、その後、憲法上も軍隊を持たない制度が整えられました。
パナマの場合も、コスタリカと同じように「戦争放棄」というより「常設軍の禁止」に近い制度です。国家警察、国境警備、航空海上警備などの組織は存在しますが、通常の意味での軍隊は持っていません。
パナマの特徴は、軍隊が政治に強い影響を持った過去への反省から、軍を持たない制度へ移行した点です。軍事力を外敵から国を守る手段としてだけでなく、国内政治を不安定にする要因としても見た結果、常設軍を禁止する方向に進みました。
ただし、パナマも完全に戦争を法的に放棄しているというより、軍事組織を制度的に制限している国です。

日本国憲法第9条が世界的に注目される理由は、単に戦争を否定しているからではありません。戦争放棄、武力行使の放棄、戦力不保持、交戦権の否認という複数の要素を一つの条文に含んでいるからです。
多くの国の憲法では、侵略戦争を否定したり、国際平和への協力を宣言したりしています。しかし、軍隊そのものの保持まで否定する条文は多くありません。
日本国憲法第9条は、次の4つの要素を持っています。
このように見ると、日本国憲法第9条は、単なる理想論ではなく、国家のあり方そのものを変える強い条文であることが分かります。
一方で、現実には自衛隊が存在し、日本は世界有数の防衛予算を持つ国でもあります。このため、第9条の理念と現実の安全保障政策の間には、常に緊張関係があります。
この緊張関係こそが、日本の戦争放棄を考えるうえで最も重要なポイントです。
戦争放棄を考えるとき、多くの人が疑問に思うのが「自衛権との関係」です。戦争を放棄しているなら、攻撃されたときにも反撃できないのかという問題です。
国際法上、国家には自衛権があります。国連憲章でも、武力攻撃を受けた場合の個別的・集団的自衛権が認められています。
日本政府の解釈では、日本国憲法第9条は自衛権そのものを否定していません。日本が独立国である以上、外国から武力攻撃を受けた場合に、自国を守るための必要最小限度の自衛措置をとることは認められるとされています。
この解釈に基づいて、自衛隊は存在しています。
ただし、この考え方には批判もあります。第9条第2項には「陸海空軍その他の戦力は保持しない」と書かれているため、自衛隊の存在は憲法に反するのではないかという議論があるからです。
一方で、現実の国際情勢を考えると、完全な非武装では国民の安全を守れないという意見もあります。
つまり、戦争放棄と自衛権の関係は、単純に「矛盾する」「矛盾しない」と言い切れるものではありません。戦争を放棄しながら、どこまで自衛のための力を認めるのかという問題は、現在も続く大きな論点です。
「戦争を放棄している国」と聞くと、軍隊を持たない国を想像しがちです。しかし、実際には戦争放棄や侵略戦争の否定を掲げながら、軍隊を持つ国はあります。
フィリピン、イタリア、ドイツはその例です。
これらの国は、戦争を国家政策の手段として否定したり、侵略戦争を禁止したりしていますが、自衛のための軍隊は持っています。国際法上も、自衛権までは否定されていないためです。
この点で、日本は非常に特殊です。日本国憲法第9条は、戦争放棄だけでなく、戦力不保持と交戦権の否認まで定めているからです。
ただし、現実には日本にも自衛隊があります。そのため、日本も「完全な非武装国家」とは言えません。
重要なのは、「戦争放棄」と「軍隊不保持」は同じではないということです。
これらは似ていますが、それぞれ意味が異なります。

戦争放棄を明確に憲法に書いている国は、それほど多くありません。なぜなら、多くの国にとって、戦争や武力行使を完全に否定することは、安全保障上の制約になるからです。
国際社会では、国は自国の領土、国民、主権を守る責任を負っています。もし他国から攻撃された場合、まったく反撃できない制度にすると、国民を守れない可能性があります。
そのため、多くの国は「侵略戦争はしない」「国際紛争は平和的に解決する」と定めながらも、自衛のための軍事力は維持しています。
また、軍事同盟に加盟している国では、同盟国が攻撃された場合に協力する義務が生じることもあります。NATO加盟国であるイタリアやドイツは、平和条項を持ちながらも、集団防衛の枠組みに参加しています。
このように、戦争放棄を憲法に書くことは、理想としては分かりやすい一方で、現実の安全保障政策との調整が難しい面があります。
だからこそ、日本国憲法第9条は世界的に見ても特別な存在なのです。

戦争放棄は、平和主義の一つの形です。しかし、平和主義と戦争放棄は完全に同じではありません。
平和主義とは、戦争を避け、平和的な手段で問題を解決しようとする考え方です。外交、国際法、国際機関、人道支援、教育、経済協力なども平和主義の一部です。
一方、戦争放棄は、より具体的な法制度です。憲法や法律で、戦争を国家の手段として使わないと定めることです。
つまり、平和主義は考え方であり、戦争放棄は制度です。
スイスのような中立国は、平和主義的な外交をとる国といえますが、戦争放棄国とは限りません。コスタリカは常設軍を廃止した平和国家ですが、戦争放棄そのものよりも軍隊不保持が中心です。日本は、平和主義を憲法第9条という形で制度化した国といえます。

戦争放棄には、いくつかの大きなメリットがあります。
戦争を放棄する国は、他国に対して侵略の意思がないことを示すことができます。これは外交上、大きな信頼につながります。
日本は戦後、経済協力、技術協力、ODA、人道支援などを通じて国際社会に関わってきました。戦争放棄の姿勢は、日本の平和国家イメージを支える重要な要素になりました。
戦争放棄や軍隊不保持の制度は、軍事力が政治を支配することを防ぐ効果があります。コスタリカの常設軍廃止は、その代表例です。
軍隊は国を守るために必要とされる一方で、国によってはクーデターや軍事独裁の原因になることもあります。戦争放棄や軍隊の制限は、民主主義を守る制度としても意味を持ちます。
軍事費を抑えれば、その分を教育、医療、福祉、環境政策、インフラ整備に使うことができます。もちろん、現実には安全保障のための費用がゼロになるわけではありませんが、軍事力に過度に依存しない国家運営を目指すことは可能です。
戦争放棄は、武力ではなく、対話、交渉、国際法、国際機関を通じて問題を解決する姿勢を強めます。これは長期的な平和にとって重要です。
一方で、戦争放棄には課題もあります。
最大の課題は、自国が攻撃された場合にどうするのかという問題です。完全に武力を否定すると、国民の生命や領土を守れない可能性があります。
そのため、多くの国は、侵略戦争を否定しながらも、自衛権は認めています。日本でも、自衛隊の存在をめぐって長年議論が続いています。
軍事同盟に入っている国では、同盟国が攻撃された場合に支援する義務が生じることがあります。戦争放棄を掲げる国が、どこまで同盟協力を行うのかは難しい問題です。
日本の場合も、日米安全保障条約との関係が大きな論点です。日本は戦争放棄を掲げながら、アメリカとの同盟によって安全保障を支えています。
周辺国の軍事力が高まったり、ミサイル、サイバー攻撃、宇宙・海洋の安全保障問題が深刻化したりすると、従来の戦争放棄の考え方だけでは対応しにくい場合があります。
そのため、戦争放棄の理念を守りながら、現実の安全保障にどう対応するかが重要になります。
戦争放棄を憲法に定めていても、現実には自衛のための制度が必要になることがあります。その結果、憲法の文言と実際の政策の間にズレが生まれ、解釈が複雑になります。
日本国憲法第9条をめぐる議論は、その典型例です。
戦争放棄している国を理解するには、次の点を分けて考えることが重要です。
戦争そのものを放棄しているのか、侵略戦争だけを否定しているのか、国際紛争を武力で解決しないとしているのかによって意味が違います。
戦争放棄をしていても、軍隊を持つ国はあります。フィリピン、イタリア、ドイツは軍隊を持っています。日本も自衛隊を持っています。
多くの国は、自衛権まで放棄しているわけではありません。自国が攻撃された場合に、必要な防衛措置をとることは認められると考えています。
国連、NATO、二国間安全保障条約などとの関係も重要です。平和条項を持つ国でも、国際的な安全保障体制に参加している場合があります。
憲法上は平和主義を掲げていても、現実の安全保障政策では軍備や同盟が重要になる場合があります。このズレをどう説明するかが、記事を書くうえでも大切です。

「戦争を放棄している国」は、「戦争をしない国」よりも狭く、より法律的な概念です。
戦争をしない国とは、実際に戦争をしていない国や、中立政策をとる国、軍隊を持たない国などを広く含みます。一方、戦争を放棄している国とは、憲法や法律の中で、戦争を国家の手段として否定している国を指します。
代表的なのは日本です。日本国憲法第9条は、戦争放棄、武力行使の放棄、戦力不保持、交戦権の否認を定める非常に強い平和条項です。
フィリピンも、戦争を国家政策の手段として放棄する憲法規定を持っています。イタリアは、侵略戦争と国際紛争解決手段としての戦争を否認しています。ドイツは、侵略戦争の準備を違憲・犯罪化しています。コスタリカやパナマは、戦争放棄というよりも常設軍を持たない制度によって、軍事力に依存しない国家体制を目指しています。
このように、戦争放棄にはさまざまな形があります。
重要なのは、「戦争を放棄している」といっても、すべての国が同じ制度を持っているわけではないということです。日本のように戦力不保持まで定める国もあれば、フィリピンのように戦争を国家政策として否定しながら軍隊を持つ国もあります。イタリアやドイツのように、侵略戦争を否定しつつ国際的な安全保障体制に参加する国もあります。
戦争放棄とは、単なる理想ではありません。戦争をどのように防ぐのか、国をどのように守るのか、国際社会とどう関わるのかという、非常に現実的なテーマでもあります。
そのため、「戦争を放棄している国」を考えることは、日本国憲法第9条だけでなく、世界の平和主義、国際法、安全保障、民主主義を考えるための大切な入口になります。