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ワールドシリーズ最多勝の投手

randy johnson

ワールドシリーズ最多勝の投手

1シリーズ最多勝利+通算最多勝利の投手

ワールドシリーズは、メジャーリーグにおける「最終決戦」であり、ここでの成績は選手の名声を決定づけます。とくに投手の場合、ポストシーズンの短期決戦で**「勝ち星」をどれだけ積み上げられたかは、そのまま「大舞台でいかに信頼されたか」「どれだけ長く強いチームにいたか」を映し出す指標になります。本記事では、歴史上のワールドシリーズで多勝を記録した投手たち**を取り上げ、その背景にある時代性やチーム事情も含めて解説します。

1. まず「1シリーズでの最多勝」から見る

ワールドシリーズは最大7試合なので、理論上、1人の投手が4勝することは制度上は不可能ではありませんが、実戦レベルでは3勝がほぼ上限と考えられています。歴史的に見ても、1シリーズで3勝した投手はごく限られており、次のような例がよく引かれます。

  • 1909年 ベーブ・アダムス(パイレーツ)…当時は投手の登板間隔が短く、3勝が可能だった。
  • 1920年 スタン・コベレスキ(インディアンス)…短期決戦で3勝を挙げシリーズを決めた。
  • 1957年 ルー・バーデット(ブレーブス)…ヤンキースを相手に3勝でシリーズMVP。
  • 1968年 ミッキー・ロリッチ(タイガース)…第7戦の完投勝利を含む3勝でMVP。
  • 2001年 ランディ・ジョンソン(Dバックス)…先発2勝+第7戦リリーフで通算3勝、シリングとともにMVP。
  • 2025年 山本由伸(ドジャース)…完投勝利・崖っぷちでの先発勝利・第7戦リリーフ勝利で3勝、防御率1.02でMVP。

このように、1シリーズでの「最多勝」は実質3勝で、達成者は歴史上でも10本の指で数えられるレベルです。これは現代になればなるほど難しく、2000年以降では2001年ランディ・ジョンソンと2025年山本由伸という“例外的なエース”だけがこの枠に入っています。

2. ワールドシリーズの「勝ち星」はなぜ通算で偏るのか

WS最多勝の絶対的トップ:ホワイティ・フォード(ヤンキース)

ワールドシリーズの通算勝利数で最も名前が挙がるのが、ニューヨーク・ヤンキースの左腕**ホワイティ・フォード(Whitey Ford)**です。彼は1950〜60年代のヤンキース黄金期を支え、ワールドシリーズで通算10勝を挙げました。これは今なお歴代1位とされています。

  • 在籍期間:主に1950〜1967年
  • 所属:ニューヨーク・ヤンキース
  • WS通算成績:10勝8敗(※登板数・防御率はシリーズによって差あり)

ヤンキースはこの時期、ほぼ毎年のようにワールドシリーズに進出しており、フォードはそのたびに「初戦を任せられる投手」として起用されました。短期決戦の初戦を取れるかどうかはシリーズの流れに直結するため、**「フォードに勝ちがつく=ヤンキースがシリーズを優位に進める」**という構図ができあがっていたのです。フォードが「チェアマン・オブ・ザ・ボード」と呼ばれたのは、まさにこの安定感が理由でした。

3. ヤンキース王朝を支えた右腕たち:ラッフィング、ゴメスら

フォード以前にも、ヤンキースにはワールドシリーズで勝ち星を積み上げた投手が何人もいます。代表的なのが以下の投手たちです。

  • レッド・ラッフィング(Red Ruffing):1930〜40年代のヤンキースで活躍し、ワールドシリーズ通算7勝。打つ方でも評価が高かった万能型投手で、複数回のシリーズ制覇に貢献しました。
  • アーニー・“レフティ”・ゴメス(Lefty Gomez):こちらもヤンキースの黄金期を支え、ワールドシリーズで6勝をマーク。左腕でありながら剛球タイプで、大舞台でも臆さない投球が印象的でした。

この時代のヤンキースは、**「勝って当然」**と見られるほどの戦力差を持っており、シリーズに進めば同じ投手がまた勝ち星を積み重ねる――という構図が生まれやすかったのです。したがって「ワールドシリーズ最多勝」の上位にヤンキース投手の名前がずらりと並ぶのは、ほとんど必然ともいえます。

4. 国民的右腕ボブ・ギブソンや、ミッキー・ロリッチの位置づけ

ヤンキース以外でワールドシリーズの勝利数で名前が挙がるのが、

  • ボブ・ギブソン(カージナルス)
  • ミッキー・ロリッチ(タイガース)

といった1960〜70年代の大エースたちです。

ボブ・ギブソンは1964年、1967年、1968年と3度ワールドシリーズのマウンドに立ち、シリーズ男としてのイメージを確立しました。彼は1シリーズで複数勝利を挙げることが多く、通算でも7勝クラスの数字を残しています。特に1968年のシリーズでは、ロリッチとの投げ合いが「シリーズ史に残る投手戦」として語り継がれています。

一方でミッキー・ロリッチは、1968年のシリーズで3勝したことがあまりに有名で、通算勝利数以上に「一度のワールドシリーズでどれだけ勝ったか」で評価されるタイプの投手です。したがって「通算最多勝」という観点ではヤンキース勢に届きませんが、**“ワールドシリーズで名を残した投手”**というくくりでは必ず名前が挙がります。

5. 時代が進むほど「シリーズでの通算勝利」は伸ばしにくくなる

1980年代以降になると、ワールドシリーズで通算5勝、6勝と重ねる投手は急激に減っていきます。主な理由は以下の通りです。

  1. プレーオフのラウンドが増えた:リーグ優勝決定シリーズ(LCS)やディビジョンシリーズ(DS)ができたことで、ワールドシリーズにたどり着くまでの登板が増え、疲労の分散が起きました。
  2. 先発の登板間隔が長くなった:中3日・中2日でガンガン投げる時代ではなくなり、1シリーズで2試合が基本に。
  3. リリーフの勝ち星が増えた:ゲームの終盤をブルペンが担うため、先発がそのまま勝利投手にならないケースが増えました。

このため、ホワイティ・フォードのように「長期にわたってシリーズに出続け、しかも勝ち星を積み上げる」タイプの投手は、現代ではほとんど再現不可能になっています。

6. 21世紀の投手は「ワールドシリーズ通算○勝」より「ポストシーズン通算○勝」で語られる

2000年代以降のMLBを見ると、ワールドシリーズだけでなく、ポストシーズン全体(DS・LCS・WSを合計)でどれだけ勝ったかで投手を評価する傾向が強くなっています。たとえばカート・シリング、アンディ・ペティット、マディソン・バムガーナーらは、ワールドシリーズ単体での“最多勝”というより、ポストシーズンのトータルで多くの勝ち星と名場面を残した投手として語られます。これは「WSだけで勝ち星を集中して積む」ことが時代的に難しくなったことの裏返しです。

  • アンディ・ペティット:ヤンキース黄金期の先発としてPS通算19勝(当時最多)を記録したが、WSだけを切り出すとフォードほどの数字にはならない。
  • マディソン・バムガーナー:2010年代ジャイアンツの3度の世界一を象徴するが、2014年の“伝説のロングリリーフ”のように、起用がかなり現代的で、古典的な「WSで○勝」とはカウントしづらい。

このように、「ワールドシリーズ最多勝」自体が達成されにくい時代になったため、指標としての存在感もやや薄れたとも言えます。

7. それでも「WS最多勝」が語られ続ける理由

それでもホワイティ・フォードやレッド・ラッフィングの名前が消えないのは、

  1. ワールドシリーズという最大舞台で繰り返し結果を出した
  2. 同じ球団の黄金期とセットで記憶されている
  3. その投手が登板するとチームが落ち着く、という“精神的な1勝”も含めて評価されている

からです。とくにヤンキースのような人気球団の場合、シリーズでの1勝がそのまま球団史・MLB史のトピックになりやすく、「最多勝」というわかりやすい肩書きが後世に残りました。

8. まとめ:現代でこの記録に迫るのはほぼ不可能

結論として、

ワールドシリーズでの通算最多勝は、ヤンキース黄金期を支えたホワイティ・フォード(10勝)が頂点にあり、1930〜60年代のヤンキース投手がその下に続く。

という構図が基本です。そして、

  • 現代の投手起用では同じチームが連年進出しても、1人の先発に勝ち星が集まりにくい
  • ポストシーズン全体が分業化・長期化しており、WS単体での記録が出にくい

ため、フォードの10勝に並ぶ、あるいは迫る投手が現れる可能性はかなり低いと考えられます。だからこそ、この記録は**「MLBの王朝時代が生んだ特別な数字」**として、今後も語り継がれていくでしょう。

 

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