日本では現在、結婚する際に夫婦のどちらか一方が相手の姓に変更する必要があります。民法第750条により、「夫婦は同じ氏を称する」と定められているためです。
このような制度に対し、**夫婦が希望すればそれぞれの姓を名乗ることもできるようにしようという制度案が「選択的夫婦別姓」**です。ではこの「選択的夫婦別姓」は、いったいいつから議論されているのでしょうか? そして、制度としてはいつから始まる予定だったのでしょうか?
この記事では「選択的夫婦別姓はいつからか?」という点に重点を置きながら、その制度の経緯や現状について丁寧に解説いたします。
「選択的夫婦別姓」とは、夫婦が結婚後もそれぞれの姓を名乗ることを**「選ぶことができる」**制度です。つまり、同姓を選ぶことも、別姓を選ぶことも可能になるという柔軟な仕組みです。
この制度は、強制的に別姓にするのではなく、あくまでも「選択肢を増やす」ことが目的とされています。姓の選択を個人の自由とし、結婚によって一方の名前が失われるという現状を見直す動きの一環でもあります。
現在の制度では、夫婦のどちらかが改姓しなければならず、たとえ旧姓を通称として使い続けたとしても、戸籍上は変更が必要です。この点について、特にキャリアを築いてきた人や、公的な証明書類が多数ある人にとっては、不便を感じる場面が多いと指摘されています。
また、結婚後の姓の変更により、クレジットカードや銀行口座、パスポート、運転免許証などの名義変更が必要となるため、生活上の負担が大きくなることも問題視されています。
さらに、国際結婚ではすでに事実上の別姓が可能であるなど、日本国内でも状況に応じて柔軟な運用がなされている例もあります。そのため、「日本人同士の結婚にも選択の自由を」という声が高まっています。
こうした背景から、「選択的夫婦別姓」は単なる制度改正というよりも、男女平等・個人の尊重・多様な家族像の容認といった現代的な価値観を反映する重要なテーマとなっています。
「選択的夫婦別姓」という言葉が法制度上で初めて明確に検討されるようになったのは、1991年です。この年、法務省の諮問機関である法制審議会が、民法の家族法改正に関する検討を開始しました。
この中で、「選択的夫婦別姓制度の導入」が重要なテーマの一つとして取り上げられるようになります。検討段階では、社会の価値観が変化しつつあること、そして現行制度に不自由を感じる国民の声が背景にありました。
この検討の背景には、女性の社会進出や個人の尊重という価値観の変化がありました。特に「結婚後も旧姓を使いたい」と願う人々の声が制度化の動きにつながっていきました。
また、1990年代は「男女共同参画社会」の形成が推進されていた時代でもあり、夫婦間の対等性や選択の自由がより重視されるようになっていました。
そして1996年2月、法制審議会はついに「選択的夫婦別姓制度の導入」を含む民法改正案要綱を当時の法務大臣に答申しました。
これにより、日本における「選択的夫婦別姓制度」は、1996年に法制度案として正式に成立したといえる段階に達しました。
つまり、制度としての「始まり」は1996年です。
この年をもって、「選択的夫婦別姓は制度として実現目前だった」と言えるでしょう。
この答申では、夫婦が話し合いによって同姓か別姓かを選べるようにすること、子どもの姓の取り扱いについても一定のルールを設けることなどが盛り込まれていました。
当時のメディアでもこの動きは大きく報じられ、期待の声とともに、家族制度の変化を懸念する意見も多く見られました。また、この答申には、通称使用の法的整備や戸籍制度との整合性に関する論点も含まれており、実現に向けての詳細な準備がなされていたことがうかがえます。
1996年に法制審議会の答申が出たにもかかわらず、その後、政府はこの制度を国会に法案として提出するには至りませんでした。その背景には、以下のような社会的・政治的な事情がありました。
また、政権交代や法務大臣の交代などにより、法案提出に向けた準備が進んでは立ち消えるということが繰り返されました。
一部の政治家や団体は、「家族がバラバラになる」という感情的な懸念を訴え、制度導入に対する強い反対を示してきました。その影響により、特に保守的な与党内では合意形成が進まず、制度化は見送られ続けています。
加えて、夫婦の姓の在り方をめぐる法改正は、戸籍制度や親子関係、行政手続き全体にも影響を与えるため、技術的な問題も存在しています。
年 | 出来事 |
---|---|
2001年・2009年・2010年 | 民主党政権時代に法案提出の動きがありましたが、最終的には断念 |
2015年12月 | 最高裁が「夫婦同姓規定は合憲」と判断。ただし「制度の見直しは国会の判断」と明言 |
2018年以降 | 裁判所に選択的夫婦別姓を求める訴訟が相次ぐも、最高裁は憲法違反ではないとする判断を継続 |
2020年代 | 世論調査で過半数が選択的夫婦別姓に賛成。国会でも議論が再燃 |
2024年現在 | 制度は未だ導入されず、引き続き議論が継続中 |
近年では、企業や自治体レベルで通称使用の支援が進んでおり、制度がない中でも現場での工夫がなされています。しかし、法的な整合性や手続きの煩雑さという課題は解消されていません。
また、SNSやメディアを通じて、夫婦別姓の必要性を訴える声が以前にも増して可視化されており、制度導入に向けた国民運動も活発になっています。著名人による発言や署名運動もその一環です。
こうした背景から、制度の導入には「国民的合意」が必要とされ、政治判断が慎重になっていると考えられます。
その一方で、現行制度がもたらす不利益や不便を具体的に示す事例も増えており、法改正を求める声は今後も高まり続けることが予想されます。
この制度が実現すれば、結婚に際して姓の変更を強制されることなく、個人のアイデンティティを尊重した新たな家族のかたちが可能になると期待されています。
また、国際的に見ても、すでに多くの国々で夫婦別姓が認められており、日本だけが旧来的な制度にとどまっているとの指摘もあります。欧米諸国を中心に、夫婦が別姓を選ぶことができる国は多数存在し、日本の制度の遅れが国際的な視点からも課題として捉えられています。
このような状況を踏まえると、日本でも柔軟な選択肢を法的に保障することが、今後ますます求められると言えるでしょう。
選択的夫婦別姓をめぐる議論は、単に姓をどうするかという話だけではありません。個人の尊厳、家庭の在り方、法と社会のあり方など、多くの問題が絡み合っています。
「制度としてはいつからか?」という問いに対する答えは、1996年からです。しかし、法制化はいまだ実現していません。
この制度がいつ実現するのか。私たち一人ひとりの関心と声が、将来の制度設計に影響を与えていくことは間違いありません。
今後の国会での審議や、社会の変化にともなって、選択的夫婦別姓がどのようなかたちで法制度として認められるのか、引き続き注視していくことが求められます。
また、法制度の整備と並行して、家庭や地域社会における理解と協力も欠かせません。選択的夫婦別姓が社会に根付くには、制度の導入だけでなく、文化や慣習との対話も必要になるでしょう。