映画『チョコレートドーナツ』(原題:Any Day Now)は、多くの観客に涙と感動をもたらしたヒューマンドラマです。本作を観た人の多くが気になるのが、「チョコレートドーナツの話って実話なの?」という疑問です。この記事では、その答えと背景にあるリアルな社会問題、そして制作者の思いについて、詳しくご紹介します。
映画『チョコレートドーナツ』は実話なのでしょうか?
物語の舞台は1979年のカリフォルニア州。ドラァグクイーンとしてナイトクラブで働くルディは、薬物中毒の母親によって育児放棄された知的障害のある少年マルコと出会います。誰からも顧みられず孤立していたマルコを見かねたルディは、彼を保護しようと決意します。
やがてルディは、裁判所で働く検察官のポールと出会い、彼と恋に落ちます。2人は同性カップルとして、マルコの正式な養育権を得るべく法的手続きに挑みます。しかし、当時の社会はLGBTQ+への偏見が根強く、障害児の保護者としての適格性すら疑われ、司法制度の冷たさと差別の壁が彼らに襲いかかります。
法廷で繰り返される攻防、そして“家族”としてともに暮らす日々の中で、3人の絆は深まっていきます。しかし、それと同時に社会の無理解は彼らを容赦なく引き裂こうとしていくのです。
映画『チョコレートドーナツ』は、フィクションとして構成されていますが、実際に起きた出来事に強く影響を受けた作品です。脚本を担当した**ジョージ・アーサー・ブルーム(George Arthur Bloom)**は、1970年代のニューヨークでテレビライターとして活動していた際に、あるゲイカップルと知的障害を持つ少年の現実に出会いました。
そのカップルは、親から放置された少年を愛情深く育てていましたが、周囲の偏見や制度の制約により、彼らは少年の親権を持つことができず、最終的に引き離されるという悲劇に見舞われたといいます。この出来事はブルームの心に深く刻まれ、30年以上の時を経てようやく脚本として形となりました。
ブルームはインタビューの中で、「この話を描かずにはいられなかった。愛があるのに、社会がそれを受け入れないという現実に胸を打たれた」と語っています。彼のこの思いが脚本の原動力となり、観客の心を打つ作品が誕生したのです。
さらに、監督を務めた**トラヴィス・ファイン(Travis Fine)**もまた、LGBTQ+や障害を持つ人々が抱える社会的課題に強い関心を寄せており、映画を通じてその現実に光を当てたいという願いから本作を手がけました。
モデルとなった実在の人物については、関係者のプライバシー保護の観点から名前や詳しい状況は明かされていません。ただしブルームは、「ルディやポール、マルコというキャラクターたちは、実際に出会った複数の人々の経験を組み合わせた“象徴的存在”」であると明かしています。
つまり、本作は完全なノンフィクションではないものの、登場人物の心情や状況は実社会で起きた出来事、実話にしっかりと根ざしており、観客が「これは映画だけの話ではない」と感じられるように作られています。
当時のアメリカでは、同性カップルが親権を得ることはほとんど不可能でした。同性婚はおろか、ゲイであるという理由だけで不適格と見なされることが一般的であり、どれだけ愛情を注いでも“社会的に認められた家族”とは見なされなかったのです。
また、障害を持つ子どもを取り巻く制度も今以上に未整備で、施設や福祉のサポートは乏しく、子ども自身の意思や幸福よりも形式的な「法律上の親子関係」だけが重視されることも多くありました。
そのような状況の中で、愛情と責任を持って子どもを育てようとする2人の男性の姿は、今の私たちから見てもなお胸に響くものがあります。
邦題の『チョコレートドーナツ』は、物語中に登場するマルコの好物に由来しています。マルコが何よりも大切にするお菓子であり、ささやかな幸せや安心感、愛された記憶の象徴として繰り返し描かれます。
一方、原題の Any Day Now は、「いつの日か必ず」という希望や願いを込めた言葉です。この言葉には、「いつかきっと家族になれる」「誰かが自分を認めてくれる」という切実な思いが込められており、物語全体のテーマを象徴するタイトルとなっています。
『チョコレートドーナツ』は、実話にインスパイアされた創作という形式をとりながらも、社会的に見過ごされてきた「本当にあったような出来事」を丁寧にすくい上げた映画です。差別、制度、そして人間の愛情と絆――そのすべてが織りなす物語は、フィクションの枠を超えて、観る人一人ひとりの心に深く刻まれます。
今でこそLGBTQ+の権利向上や家族の多様性が少しずつ認められつつありますが、本作が描くような現実は今も完全には過去のものではありません。
この映画は、「家族とは何か」「誰が親であるべきか」という根源的な問いを投げかける作品として、多くの人に語り継がれていく価値があります。
もしまだ観ていないなら、ぜひこの週末に『チョコレートドーナツ』を観てみてください。涙とともに、心に残る“本当の優しさ”を感じられる一本になるはずです。