「プロパガンダ」という言葉を耳にすると、多くの人が戦争や独裁政権を思い浮かべるかもしれません。しかしその実態はより広範です。プロパガンダとは、特定の思想・価値観・政治的立場などを広め、人々の認識や行動を意図的に誘導する情報活動を指します。
語源はラテン語の「Propagare(広める)」であり、必ずしも悪意を伴うとは限りません。企業広告や公共キャンペーンなども広義のプロパガンダと捉えることができます。ただし、情報の一部を意図的に隠したり歪めたりする点で、客観報道や純粋な情報提供とは異なります。
プロパガンダの例は日本にもあるのでしょうか?
日本も例外ではなく、古代から現代まで様々なプロパガンダが日本でも展開されてきました。以下、日本史の中で代表的なプロパガンダの例と、現代に繋がるプロパガンダの形を詳しく見ていきましょう。
古代日本で最も根源的なプロパガンダの例の一つは、天皇の神格化です。日本書紀や古事記といった歴史書は、天皇家の系譜を「天照大神の子孫」と位置づけ、統治の正当性を示しました。これは国内の統一だけでなく、外敵に対する「神国」のイメージ形成にも寄与しました。
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当時の識字率を考えれば、これらの書物を直接読む人は少なかったものの、神話や儀式を通じて庶民にも浸透しました。
鎌倉幕府以降、武士たちは天皇の名を借りる形で政権を運営します。室町幕府や江戸幕府でも、天皇からの「将軍任命」という形式が重要視されました。これは武士政権があくまで「朝廷の権威のもと」にあると示すための政治的プロパガンダでした。
明治維新後、日本は急速に近代国家を目指しました。この過程で強力なプロパガンダが用いられます。
プロパガンダの例:
教育勅語は、学校で暗唱が義務づけられ、世代を超えて国家観の刷り込みに大きな役割を果たしました。
日露戦争(1904-1905年)は、日本の近代プロパガンダの大きな分水嶺です。日本の勝利は国民に大きな自信を与えましたが、その戦意高揚には新聞各紙が積極的に加担しました。
プロパガンダの例:
このとき「報道」という名のもとにプロパガンダが展開され、マスメディアの影響力が国民動員に直結することが初めてはっきり示されました。
太平洋戦争中の大本営発表は、日本史上最も有名なプロパガンダの一つです。戦況を国民に伝える公式発表ですが、実態は「勝っている」報道ばかりが強調され、敗北や損害は隠されました。
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これにより国民は戦況を楽観し続け、厳しい現実を知る機会を奪われました。
戦時中の日本では、ビジュアルや音楽によるプロパガンダも活発でした。
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映画や歌は娯楽であると同時に、戦争への協力や国民動員を促すツールでした。プロパガンダは文字情報だけでなく、視覚・聴覚に訴える多角的な方法で展開されたのです。
戦後、日本はGHQ(連合国軍最高司令官総司令部)の占領下に置かれます。ここでもプロパガンダは重要な役割を果たしました。
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たとえば、戦前の軍国主義を徹底批判する一方で、アメリカ文化の普及を奨励しました。ハリウッド映画上映やジャズ、アメリカ流ファッションの浸透も、ある種の文化的プロパガンダといえます。
1950年代以降、冷戦構造が強まると、共産主義への警戒を煽るプロパガンダも行われます。
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冷戦時代のプロパガンダは、国家のみならず企業や宗教団体も巻き込み、社会全体に「赤の脅威」というイメージを根付かせました。
21世紀に入り、プロパガンダはさらに形を変えています。インターネットの普及により、誰もが情報発信者になれる一方で、フェイクニュースやSNSによる情報操作が深刻な問題です。これは現在の日本におけるプロパガンダの代表例とも言えます。
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SNSのアルゴリズムはセンセーショナルな情報を優先的に拡散するため、真偽不明の情報が一瞬で広がりやすい構造にあります。
現代日本の政治も、プロパガンダ的手法を巧みに活用しています。
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過去のような「嘘一辺倒」ではなく、事実を都合よく切り取り、イメージを操作するのが現代のプロパガンダの特徴です。
現代では広告やPR活動とプロパガンダの境界も曖昧です。
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表向きは情報提供や啓蒙を装いながら、裏側に強い利害関係や意図が潜むケースが少なくありません。
日本の歴史を振り返ると、プロパガンダは常に権力や集団の目的を達成する手段として使われてきました。その手法は時代とともに進化し、文字、絵画、新聞、映画、ラジオ、テレビ、そして現在ではSNSや動画配信へと変化しています。
しかし本質は変わりません。
こうした手口は過去も今も同じです。
現代は情報量が桁違いに多く、しかも個人単位で精緻にターゲティングされる時代です。過去のように国家や大新聞だけでなく、個人アカウントや企業広告でもプロパガンダが行われるため、私たちはますます「情報を鵜呑みにしない目」を持つことが求められます。
プロパガンダは悪であり害悪だ——と一概に断じることはできません。しかし、私たちが自分の意志で物事を判断するためには、どこに意図が潜んでいるかを見極める習慣こそが、これからの日本においてますます重要になっていくでしょう。
これらの例に見るように日本の「プロパガンダ」は過去の話ではなく、今この瞬間も私たちの周りに存在しているという事実を、忘れてはならないのです。
17世紀、ローマ教皇グレゴリウス15世がカトリック信仰を広めるために設立した組織「De Propaganda Fide (信仰普及省)」が語源とされています。当時は特定の信仰を広めるという、中立的な意味合いでした。
古代ローマでは、貧困層に食料(パン)を無料で配給し、娯楽(サーカス)を提供することで、市民の不満をそらし、政治への関心を遠ざけていました。これは、支配者が民衆の支持を維持するための原始的なプロパガンダです。
ナチス政権下では、政権に不都合な思想を持つとされるユダヤ人作家や共産主義者などの本が公共の場で焼き払われました。これは、特定の思想を社会から抹殺し、ナチスの思想を絶対化するための象徴的なプロパガンダでした。
ヨシフ・スターリンは、政敵を排除するために大粛清を行いましたが、その事実を隠すために写真の改ざんが頻繁に行われました。スターリンと並んで写っていたはずの人物が、歴史から存在を消されたかのように写真から削除されています。
この小説に登場する「真理省」は、過去の記録を改ざんし、常に党の主張が正しかったように書き換えるという、プロパガンダを専門に行う架空の組織です。これは全体主義国家における情報統制を風刺しています。
イギリスの報道家アルフレッド・ハーデン・ワルドーは、第一次世界大戦中に従軍記者として戦地を回り、兵士たちの勇敢さを伝えることで国民の戦意高揚に貢献しました。これは、国家がマスメディアを通じてプロパガンダを行う初期の例とされています。
Uncle Sam (サムおじさん)が指をさして「君が欲しい!」と訴えるポスターは、第一次・第二次世界大戦中のアメリカで兵士を募集するために広く使われました。シンプルなメッセージと強い視覚効果が、多くの若者の心を動かしました。
ソ連は、アメリカの自由の女神像を「見せかけの自由」の象徴として批判するプロパガンダを流しました。一方、アメリカもソ連を全体主義国家として非難し、文化や思想面で激しいプロパガンダ合戦を繰り広げました。
21世紀に入っても、特定の国では学校の教科書や歴史博物館の展示内容が、自国に都合のよいように書き換えられることがあります。これは、自国の歴史を美化し、国民の愛国心を育むためのプロパガンダです。
映画やCMの映像に一瞬だけ特定のメッセージを挿入し、意識下に影響を与えるという「サブリミナル広告」は、かつて大きな話題となりました。科学的な効果は証明されていませんが、潜在意識に訴えかける手法としてプロパガンダと関連づけられることがあります。
1890年に発布された教育勅語は、学校で教師が朗読し、生徒が暗唱することが義務付けられていました。この勅語を収めた「奉安殿」は、神聖な場所として扱われ、国民への思想統制に大きな役割を果たしました。
太平洋戦争中、物資が不足する中で節約や勤労を国民に呼びかける標語として、特に有名です。これは「贅沢をせず、戦争に協力することが愛国である」という価値観を刷り込むためのプロパガンダでした。
この記事でも触れられている映画『ハワイ・マレー沖海戦』は、真珠湾攻撃の勝利を誇張して描き、国民の戦意を鼓舞するために国策として作られました。特撮技術がふんだんに使われ、当時の国民を熱狂させました。
太平洋戦争中の日本で、アメリカとイギリスを非人道的な悪者として描くために使われた言葉です。「鬼畜」という強い言葉を使うことで、敵国への憎しみを煽り、戦争への正当性を主張しました。
ガダルカナル島の撤退作戦は、本来であれば「敗北」です。しかし、軍はこれを「戦術的な転進」と発表しました。このように、都合の悪い事実を美化する言葉がプロパガンダとして意図的に使われました。
GHQ占領下の日本で、アメリカ兵を相手にした女性たちを指す「パンパンガール」という言葉が広まりました。これは、アメリカ兵が日本の女性を堕落させているという印象を与え、反米感情を煽るためのプロパガンダであったという見方もあります。
戦後の高度経済成長期、終身雇用や年功序列といった「日本的経営」は、日本経済を支える美徳として賞賛されました。これは、経済成長を正当化し、企業への帰属意識を高めるためのプロパガンダとしての側面も持っています。
1950年代の日本では、共産主義の脅威を描いた映画やドラマが制作されました。これは、GHQの指示やアメリカの反共政策を受けて、共産主義への警戒心を植え付けるためのプロパガンダでした。
東日本大震災後の福島第一原発事故では、科学的根拠のない「デマ」がSNSなどで拡散されました。これは、特定の地域の農産物や観光業に深刻な打撃を与え、現代におけるプロパガンダの新たな形として問題視されています。
「くまモン」や「ふなっしー」といったご当地キャラクターは、地域の魅力を発信し、観光客を誘致する役割を担っています。これも広義では、特定の地域や価値観を広めるためのプロパガンダと見なすことができます。