みなさん、こんにちは!
突然ですが、みなさんの体には「昔は役に立っていたけれど、今ではほとんど使われていないもの」があることを知っていますか?
例えば「しっぽ」。犬や猫にはしっぽがありますが、人間にはしっぽがありませんよね。けれども人間の赤ちゃんの成長途中では、一時的に小さなしっぽのような部分が現れるのです。そして生まれる頃にはほとんど消えてしまいます。
こうした「昔は大事な働きをしていたのに、今ではほとんど役に立たなくなった部分」を 痕跡器官(こんせききかん) といいます。
今日はこの「痕跡器官」について、例を挙げながら詳しくお話しします。私たちの体にどんな痕跡器官があるのか、どんな働きをしていたのかを、痕跡器官の例を通して一緒に学んでいきましょう!
まず「痕跡器官」という言葉の意味をしっかり理解しておきましょう。
痕跡器官とは、進化の過程で、昔は大きな役割を果たしていたけれど、今ではその役割がほとんどなくなってしまった器官 のことです。
進化とは、生き物が長い年月をかけて少しずつ姿や性質を変えていくことです。環境の変化や、生き残るための工夫によって、体のつくりや機能が変わっていきます。
昔は必要だった器官が、環境の変化や生活様式の変化によって使わなくなり、次第に小さくなったり、働かなくなったりするのです。しかし完全には消えず、体の中に「名残(なごり)」として残っているのです。
では、なぜ使わなくなった器官が体に残っているのでしょうか?
生き物の体は、一度なくなったり大きく変わったりするには、とても長い時間がかかります。使わない器官は小さくなっていきますが、完全に消えるまでには何万年、何十万年という長い年月が必要なのです。
また、痕跡器官があっても特に困ることがなければ、そのまま体に残ることも多いのです。例えば盲腸(もうちょう)は、人によっては炎症を起こすことがありますが、ふだんは問題ありません。だから進化の途中の名残として、体に残り続けているのです。
それでは、私たち人間の体に残っている痕跡器官の具体例をいくつか紹介しましょう。
お腹の右下あたりにある「盲腸」。正確には「虫垂(ちゅうすい)」と呼ばれる細い突起が盲腸の先にあります。
昔、人間の祖先は植物をたくさん食べていて、葉っぱなどの消化に盲腸が役立っていたと考えられています。植物の繊維を分解するために、腸内細菌をたくさん住まわせる場所が必要だったのです。
しかし、食事の内容が変わり、肉や柔らかいものを食べるようになると、大きな盲腸は必要なくなりました。その結果、小さくなって残ったのが虫垂です。
現代では、虫垂が炎症を起こす「虫垂炎(いわゆる盲腸炎)」になることがあり、手術で取ってしまう人もいます。
私たちのおしりの骨の一番下の部分に「尾てい骨」という小さな骨があります。
これは、昔しっぽがあった頃の名残です。人間の祖先にはしっぽがあり、木の上を移動したり、バランスを取ったりするのに使っていました。
しかし、人間は二本足で歩くようになり、しっぽを使わなくなりました。その結果、しっぽはなくなりましたが、骨だけが「尾てい骨」として残っているのです。
尾てい骨は、転んだときに強く打つととても痛い場所ですね。それでも骨の役割は少し残っていて、骨盤の筋肉を支える役目をしています。
犬や猫が、周りの音を聞こうとして耳をぴくぴく動かしているのを見たことがありますか?
実は人間にも、耳を動かす筋肉があります。耳の上やまわりに小さな筋肉があり、これを使うと耳を少し動かすことができます。
しかし多くの人は、この筋肉をうまく使えません。動かしてみようとしても、ほとんど動かない人が多いでしょう。
昔の人間の祖先は、周りの危険を察知するために耳を動かして音の方向を探していたと考えられています。しかし視覚や道具が発達し、耳を動かす必要が減ったため、筋肉は残ったもののほとんど使わなくなりました。
寒いときや、怖いものを見たときに「鳥肌(とりはだ)」が立つことがありますよね。
これは皮膚の下にある「立毛筋」という小さな筋肉の働きによるものです。立毛筋が毛を立たせ、皮膚をふくらませます。
動物たちは、毛を逆立てることで体を大きく見せたり、寒さから体を守ったりします。しかし、人間は体の毛が少なくなり、毛を立たせてもあまり効果がありません。それでも鳥肌が立つのは、昔の痕跡が残っている証拠です。
「親知らず」は大人になってから生えてくる奥歯のことです。
昔の人間の祖先は、硬い食べ物や繊維の多い植物を食べていて、歯がすり減るため、予備の歯として親知らずが必要でした。しかし、調理技術が発達し、柔らかいものを食べるようになると、歯がすり減りにくくなり、親知らずは必要なくなりました。
今では親知らずが生えると、歯並びが悪くなったり、痛みが出たりするため、抜いてしまうことが多いのです。
みなさんは、自分の耳の上の方をよく見たことがありますか?
人によっては、耳のふちに小さな突起(とっき)があることがあります。これを ダーウィン結節(けっせつ) と呼びます。
これは、昔の祖先が耳を大きく動かしていたころの名残だと考えられています。耳の形が大きく変わり、動かす必要がなくなったため、今ではこの小さな突起だけが残っているのです。
目の内側をよく見ると、小さなピンク色のひだのような部分があるのを知っていますか?
これは「第三まぶた」や「瞬膜(しゅんまく)」と呼ばれます。鳥や爬虫類などは、この瞬膜を横に動かして目を守ります。
人間ではほとんど機能していませんが、昔の祖先が目を守るために使っていた名残だと考えられています。
これは少し専門的なお話です。
人間の心臓には「乳頭筋」という小さな筋肉がありますが、祖先が心臓を別の形で動かしていた名残ともいわれています。現在では大きな働きをしていない部分も含まれています。
ここまで、いくつかの痕跡器官を紹介してきました。
これらの器官は「進化の証拠」ともいえます。
進化論を唱えたダーウィンは、生き物が共通の祖先から少しずつ変化して今の姿になったと考えました。痕跡器官は、まさにその進化の過程を物語る大事な手がかりです。
「昔の生き物の形や暮らしぶりを想像できる」
それが痕跡器官を学ぶ面白さです。
ると多くのニワトリでは爪が目立たなくなりますが、一部の品種には大人になっても爪が残ることがあります。
ヘビの仲間の中には、体の両側に小さな突起(骨盤の名残)が残っている種類があります。
例えば「ボア」や「パイソン」などのヘビには、体の内部に小さな骨や突起があり、これが 昔、足があった証拠 なのです。
彼らの祖先はトカゲのように足があったと考えられていますが、地面を這う生活に適応するうちに足が不要になり、退化していきました。
今の馬の足には、一つのひづめしかありません。
しかし骨を調べると、他の指の骨が小さく残っていることがわかります。これは 昔、馬の祖先が多くの指を持っていた証拠 です。
昔の馬の祖先は、森の中を歩くために何本もの指で地面を踏みしめていましたが、草原で走るようになると、速く走るために指の数が減り、ひづめだけが大きく発達したのです。
ナマケモノはゆっくり木の上で生活する動物ですが、小さなしっぽが残っています。
昔の祖先はもっと長いしっぽを使って木の上を移動していたと考えられています。
今ではそのしっぽはほとんど使われなくなりましたが、骨だけは「尾骨」として残っています。
こうしてみると、痕跡器官は人間だけでなく、さまざまな動物に存在することがわかります。
痕跡器官は、私たちや動物たちが どのような環境で、どんな暮らしをしてきたのか を知るための大事な手がかりです。
昔の姿を想像すると、とてもワクワクしますよね!
進化という長い歴史の中で、私たちの体にも、動物たちの体にも、さまざまな名残が刻まれています。
身近な体の不思議から、遠い昔の物語を知ることができるなんて、素敵だと思いませんか?
これからも「どうしてこうなっているんだろう?」という疑問を大切にして、楽しく学んでいきましょう!
痕跡器官は、生物の歴史を物語る興味深い証拠です。ここでは、さらに知識が深まるようなトリビアを10個ご紹介します。
この記事で紹介した以外にも、人間の体には非常に多くの痕跡器官が存在すると考えられています。例えば、手首にある「長掌筋(ちょうしょうきん)」という筋肉は、昔は木に登る際に重要でしたが、現代人では約14%の人が持っておらず、持っている人でもほとんど使われていません。これらは、日々の生活では意識しないものの、私たちの体に刻まれた進化の足跡なのです。
広大な海を泳ぐクジラには足がありませんが、その体の中には小さな骨盤の骨が残っています。これは、クジラの祖先が陸上で生活していた四足動物だったことの強力な証拠です。水中で生活する上で足が不要になり退化していきましたが、完全に消えることなく名残として残っているのです。
ボアやパイソンなどの大型のヘビの中には、生殖器の近くに小さな「ツメ」のような突起を持っているものがいます。これは、ヘビの祖先が持っていた後肢の痕跡と考えられており、交尾の際に相手を刺激するために使われることもあります。
長距離を滑空することで知られるアホウドリですが、その翼の内部には、退化した「指の骨」の痕跡が残っています。鳥の翼は、爬虫類の腕が変化してできたものであり、アホウドリの翼に残る指の痕跡は、その進化の過程を示しています。
ほとんど光の届かない地中で生活するモグラの中には、皮膚の下に非常に小さく退化した「目」の痕跡を持つものがいます。視覚がほとんど役に立たない環境で生活するうちに、目は不要になり退化しましたが、完全に失われることなく痕跡として残っています。
鎖骨は肩の動きを支える重要な骨ですが、類人猿の中には鎖骨が退化している種もいます。ヒトの鎖骨は、元々木の上でぶら下がる生活に適応する中で発達したものであり、現在の人間生活においては、以前ほど重要な役割ではないとも考えられます。
魚の多くはエラ呼吸をしますが、古代の魚の中には肺呼吸をするものがいました。現在の魚の中には、この原始的な肺が変化してできた「浮き袋」を持つものがいます。浮き袋は魚が水中で浮力を調整するために使われますが、その起源は陸上動物の肺と同じであると考えられています。
記事で紹介したように、鳥肌は動物が毛を逆立てて体を大きく見せるための痕跡ですが、もう一つの機能として、毛と皮膚の間に空気の層を作り、体温を保つ役割がありました。人間にはほとんど効果がないものの、寒い時に鳥肌が立つのは、この原始的な体温調節の名残でもあるのです。
現代の人間にとって盲腸(虫垂)は炎症を起こす厄介な存在のように見えますが、最近の研究では、虫垂が腸内の善玉菌を貯蔵する「避難場所」としての役割を持っている可能性が指摘されています。また、免疫機能に関与しているという説もあり、完全な「役立たず」ではないかもしれません。
痕跡器官の遺伝子を研究することで、過去の生物が持っていた形質を再び発現させる研究も行われています。例えば、ニワトリの胚に特定の遺伝子操作を行うと、恐竜の祖先が持っていたような歯や長い尾、あるいは翼に指が生えるなど、原始的な特徴が現れることがあります。これは、痕跡器官の遺伝情報が完全に失われたわけではなく、休眠状態で残っていることを示唆しています。