2026年10月4日に投開票された福岡県議会議員補欠選挙の筑後市選挙区で、牛島慶二郎(うしじま・けいじろう)氏が初当選しました。
牛島氏は福岡県筑後市出身で、東京で不動産関連会社を設立したほか、上海や台湾、ハワイなど海外でも事業を展開してきた実業家です。
2024年に故郷の筑後市へ戻り、社会福祉法人の理事や自動車学校の取締役を務めた後、政治の世界へ挑戦しました。
この記事では、福岡県議に初当選した牛島慶二郎氏について、学歴、これまでの経歴、実業家としての活動、政治家を目指した背景などを詳しく紹介します。
| 名前 | 牛島 慶二郎(うしじま けいじろう) |
|---|---|
| 生年 | 1977年 |
| 出身地 | 福岡県筑後市 |
| 年齢 | 49歳(2026年10月の県議補選時) |
| 所属 | 無所属 |
| 選挙区 | 福岡県議会・筑後市選挙区 |
| 主な経歴 | 会社経営、社会福祉法人理事、筑後自動車学校取締役など |
| 趣味 | サッカー、サーフィン |
牛島慶二郎氏は1977年、福岡県筑後市に生まれました。
公式プロフィールによると、学歴は次のようになっています。
中学校卒業後にはアイルランドの学校へ進学しており、10代の頃から海外生活を経験しています。
その後、日本へ戻り、日本体育大学荏原高等学校に編入して卒業しました。
若い時期に海外で生活した経験は、後に日本だけでなくアジアやアメリカで事業を展開することにもつながっていったとみられます。
牛島慶二郎氏は、社会人になってから不動産業界で経験を積みました。
公式プロフィールによると、2002年には株式会社経盛商事、株式会社ジョイントコーポレーションで、不動産営業や新規事業の立ち上げなどに携わっています。
そして2004年、東京都渋谷区で株式会社ルーツ・コーポレーションを設立しました。
同社は現在の「USHIJIMA INC」につながる会社で、不動産事業を中心として東京、福岡、さらに海外へと活動の範囲を広げていきました。
牛島氏の経歴で注目されるのが、ビジネスだけでなく若者の自立支援にも取り組んできた点です。
2008年ごろから、10代・20代の若者を対象とした就労訓練や自立支援活動を開始しました。
共同生活などを取り入れながら、社会復帰や就労につなげる活動に力を入れてきたとされています。
後に社会福祉法人の理事に就任していることを考えると、こうした福祉や若者支援の経験も現在の活動につながっているといえそうです。

牛島慶二郎氏は、海外での事業経験も豊富です。
2014年には上海や台湾に事業を展開しました。
さらに2018年ごろからは、アメリカ・ハワイ州で不動産管理事業や飲食事業を展開しています。
福岡県筑後市で生まれた牛島氏ですが、東京で会社を立ち上げ、アジアやハワイでも事業に携わってきたという、地方議員としては比較的珍しい経歴の持ち主です。
本人も、海外生活や東京での起業を通じて、世界や大都市のダイナミズムを経験してきたとしています。
長年、東京や海外を拠点に活動してきた牛島氏は、2024年に筑後市へ帰郷しました。
帰郷後は、社会福祉法人幸輪会の理事に就任。
さらに株式会社筑後自動車学校の取締役にも就任し、地元での活動を本格化させています。
牛島氏は、故郷へ戻った理由について、自分を育ててくれた地域への恩返しをしたいという趣旨の思いを公式サイトで説明しています。
牛島慶二郎氏の父親も、かつて福岡県議を務めた人物です。
報道によると、父親は1987年の福岡県議選で筑後市選挙区から立候補し、当時新人だった蔵内勇夫氏と選挙を戦っています。
そのため、2026年の補欠選挙は、牛島氏の家族と筑後市の県政との長い関係という点でも注目されました。
ただし、牛島氏自身は長期間にわたって民間企業や海外事業に携わっており、いわゆる政治家一筋の経歴ではありません。

牛島氏が政治の世界への挑戦を本格的に表明したのは2026年です。
当初は、2027年春に予定されていた福岡県議選の筑後市選挙区への立候補を表明していました。
ところが、その後、長年にわたり筑後市選挙区選出の県議を務めていた蔵内勇夫氏が県議会を巡る金銭授受疑惑などに関連して議員を辞職。
これによって筑後市選挙区で補欠選挙が実施されることになり、牛島氏は補選に立候補しました。
選挙戦で大きなテーマとなったのが、「政治への信頼回復」でした。
牛島氏は無所属新人として、従来の県政とのしがらみにとらわれない政治姿勢を強調しました。
2026年10月4日、福岡県議会議員補欠選挙の筑後市選挙区が投開票されました。
選挙には新人3人が立候補しましたが、牛島慶二郎氏が他候補を大きく上回る票を獲得し、初当選しました。
| 候補者 | 得票数 |
|---|---|
| 牛島慶二郎氏(無所属・新人) | 7,945票 |
| 河野一弘氏(共産・新人) | 1,809票 |
| 坂野忠幸氏(無所属・新人) | 1,715票 |
投票率は30.00%でした。
牛島氏は無所属で出馬し、公明党県本部や福岡県農政連などの推薦を受けました。
長年この選挙区を地盤としてきた蔵内氏の所属政党だった自民党は、今回の補欠選挙では独自候補の擁立を見送りました。
牛島氏の7,945票に対し、2位の河野氏は1,809票でした。
得票数では大きな差がついており、牛島氏が有権者から幅広い支持を集めたことが分かります。
今回の選挙では、県議会を巡る一連の問題を受けて、県政への信頼をどのように取り戻すかが重要な争点となりました。
牛島氏は当選後、特定のしがらみに左右されることなく、筑後市を中心に考えて政治を進めていきたいという趣旨の決意を示しています。
牛島氏は政治活動にあたり、大きく3つの基本方針を掲げています。
最も強く打ち出しているのが、政治に対する信頼の回復です。
県民が納得できる誠実な県政を目指すとしており、2026年の補欠選挙でも重要なテーマとなりました。
子どもたちが自由に将来の夢を描くことができ、高齢者を含めて誰もが安心して暮らせる地域づくりも掲げています。
牛島氏自身が若者の就労・自立支援や社会福祉法人の運営に関わってきた経験を、県政でどのように生かすのかも注目されます。
もう一つの柱が、防災・減災対策です。
筑後市だけでなく県南地域、さらには福岡県全体の安全につながるインフラ整備や災害対策を進める方針を示しています。
牛島慶二郎氏の経歴を見ると、一般的な地方議員とはやや異なるキャリアを歩んできたことが分かります。
筑後市で生まれ育った後、10代で海外生活を経験し、東京の不動産業界で働き、20代で会社を設立。その後は上海、台湾、ハワイなどへ事業を広げました。
一方で、若者の就労支援や自立支援にも長く関わり、2024年には筑後市へ戻って社会福祉法人や自動車学校の経営に携わっています。
そして49歳で初めて県議選に挑戦し、2026年10月の補欠選挙で福岡県議に初当選しました。
民間企業の経営や海外事業、福祉分野での経験を県政にどのように生かしていくのかが、今後の注目点となりそうです。
牛島慶二郎氏は、1977年に福岡県筑後市で生まれ、若い頃にはアイルランドへの留学を経験しました。
その後、不動産業界に入り、2004年には東京で会社を設立。上海、台湾、ハワイなど海外へも事業を展開し、若者の自立・就労支援にも取り組んできました。
2024年に故郷の筑後市へ戻ると、社会福祉法人幸輪会の理事や筑後自動車学校の取締役に就任。そして2026年、政治への信頼回復などを掲げて福岡県議会議員補欠選挙に立候補しました。
2026年10月4日の投開票では7,945票を獲得し、福岡県議に初当選しています。
長年の会社経営、海外ビジネス、若者支援、福祉分野での経験を持つ牛島慶二郎氏。新人県議として、筑後市や福岡県南地域の課題に今後どのように取り組んでいくのか注目されます。