毎年、ユニークな研究が発表されるたびに話題になる「イグノーベル賞」。
「猫は液体なのか」「バナナの皮はなぜ滑るのか」といった、一見すると「なぜそんなことを研究したの?」と思ってしまうテーマが選ばれることでも知られています。
ところで、イグノーベル賞の「イグ(Ig)」とは、そもそも何を意味しているのでしょうか。
実は「Ig」という英単語に「面白い研究」「変わった研究」という意味があるわけではありません。名称そのものが英語を使ったジョークになっています。
イグノーベル賞は英語で、
Ig Nobel Prize
と書きます。
ポイントは「Ig」と「Nobel」を続けて読んだときの響きです。
Ig Nobel
という名称は、英語の
ignoble(イグノーブル)
という単語を連想させます。
「ignoble」には、
といった意味があります。
一方、「noble」は「高貴な」「立派な」という意味です。
つまり、世界で最も権威のある科学賞の一つであるNobel Prize(ノーベル賞)の名前に「Ig」を付け、英語の「ignoble」を思わせる名前にしたわけです。
非常に巧妙な言葉遊びなのです。

イグノーベル賞について調べると、しばしば
「Nobelの前に否定を意味する接頭辞Igを付けたもの」
と説明されています。
大まかな意味としては間違いではありませんが、語源を詳しく見ると少し事情が異なります。
英語の「ignoble」は、もともとラテン語の「ignobilis」に由来します。
これは、否定を表すin-と、「高貴な」という意味につながる語が組み合わさってできた言葉です。
つまり、現代英語で「ig-」という接頭辞を自由に単語の前へ付ければ「~ではない」という意味になる、というわけではありません。
イグノーベル賞の場合は、
Nobel → Ig Nobel → ignoble
という音の似方を利用したジョークと考えるのが最も分かりやすいでしょう。
「ignoble」の反対に近い言葉が「noble」です。
| 英語 | 主な意味 |
|---|---|
| noble | 高貴な、立派な、気高い |
| ignoble | 高貴でない、卑しい、不名誉な |
この対比が、イグノーベル賞という名称のジョークの核心です。
本家のノーベル賞が非常に権威のある賞であるのに対し、「Ig Nobel」は名前だけを見ると、いわば「高貴ではないノーベル賞」というユーモラスな意味になります。
ただし、これは受賞した研究を「価値のない研究」と馬鹿にしているという意味ではありません。
名前が「ignoble」をもじったものなので、「くだらない研究に与える賞」と誤解されることがあります。
しかし、現在のイグノーベル賞の考え方はそれとは異なります。
イグノーベル賞でよく使われる表現が、
「まず人々を笑わせ、そして考えさせる」
というものです。
つまり、最初にテーマを聞いたときには思わず笑ってしまうものの、研究内容を詳しく見ると、科学的・社会的に興味深い問題が隠れている研究が数多く選ばれています。
「そんなことを本気で研究したのか」という驚きこそが、科学への入り口になっているのです。
イグノーベル賞が創設されたのは1991年です。
創設者は、科学ユーモアの分野で知られるマーク・エイブラハムズ(Marc Abrahams)氏です。
ノーベル賞をパロディー化した賞ではありますが、単なるお笑いイベントではなく、実際の研究者による研究が数多く表彰されてきました。
受賞式には本物のノーベル賞受賞者が参加して賞を渡すこともあり、この「本気でふざける」スタイルもイグノーベル賞の特徴となっています。
「ignoble」という言葉には否定的な意味があるため、受賞者は怒らないのかと疑問に思う人もいるかもしれません。
しかし現在では、イグノーベル賞は世界的に非常によく知られた科学賞となっています。
研究内容が世界中のメディアで紹介され、多くの人に研究を知ってもらえるため、研究者にとって大きな注目を集める機会でもあります。
さらに、イグノーベル賞を受賞した研究が、後になって重要な科学的成果につながった例もあります。

その代表例が、物理学者のアンドレ・ガイム(Andre Geim)氏です。
ガイム氏は、磁力を使ってカエルを浮かせる実験により2000年にイグノーベル物理学賞を受賞しました。
ところが10年後の2010年には、グラフェンに関する画期的な研究によって、本物のノーベル物理学賞を受賞しています。
イグノーベル賞とノーベル賞の両方を受賞した極めて珍しい研究者です。
この例からも、「一見すると変わった研究」と「重要な科学研究」が必ずしも正反対のものではないことが分かります。
ここは特に誤解しやすいポイントです。
「Ig」という単語そのものが、
という意味を持っているわけではありません。
あくまで「Ig Nobel」という名称全体で英語の「ignoble」をもじっているのです。
したがって、「イグノーベル賞の『イグ』とは何?」という質問に短く答えるなら、
「英語のignoble(高貴でない、不名誉な)に掛けた言葉遊び」
という答えが最も分かりやすいでしょう。
イグノーベル賞の面白さは、研究内容だけでなく、賞そのものが科学的ユーモアでできているところにあります。
世界最高峰の権威を持つ「Nobel Prize」に対して、わざわざ「Ig」を付けて「ignoble」のようにしてしまう。
ところが実際に表彰される研究を見ると、単なる冗談ではなく、「人間はなぜこのような行動をするのか」「身近な現象はなぜ起こるのか」といった真面目な科学的疑問が隠されています。
名前では権威を茶化しながら、研究そのものにはしっかり光を当てる。
この二重構造こそ、イグノーベル賞が長年人気を集めている理由の一つでしょう。
イグノーベル賞の「イグ」は、「面白い」「変わった」という意味の英単語ではありません。
Ig Nobelという名称を英語の「ignoble」に掛けた言葉遊びです。
ignobleは「高貴でない」「不名誉な」「卑しい」といった意味を持ち、「noble(高貴な)」の反対に近い言葉です。
そのため名称だけを見ると、「高貴ではないノーベル賞」という少し皮肉なジョークになっています。
しかし、実際のイグノーベル賞は研究者を単純に笑いものにする賞ではありません。
「まず笑わせ、そして考えさせる」という考えのもと、普通なら見過ごしてしまいそうな疑問を真剣に追究した研究に注目する賞です。
つまり「イグ」というわずか2文字の中には、ノーベル賞のパロディー、英語の言葉遊び、そして科学を楽しむ精神が込められているのです。