日本バスケットボール界を代表するポイントガードとして、世界で注目を集めている河村勇輝(かわむら・ゆうき)選手。
身長170cm台とNBAでは極めて小柄ながら、圧倒的なスピード、ボールハンドリング、パスセンス、そして勝負どころで得点を奪う力を武器に、日本代表からNBAへと活躍の舞台を広げてきました。
2024年にはメンフィス・グリズリーズでNBAデビュー。2025-26シーズンにはシカゴ・ブルズでプレーし、2026年夏にはインディアナ・ペイサーズのサマーリーグチームに参加しました。
さらに2026年8月、ロサンゼルス・クリッパーズとExhibit 10契約を結び、再びNBAの開幕ロースター入りを目指しています。
この記事では、河村勇輝選手の出身地、学歴、高校・大学時代、Bリーグ、日本代表、そしてNBAでの経歴まで時系列で詳しく紹介します。
| 名前 | 河村勇輝(かわむら ゆうき) |
|---|---|
| 英語表記 | Yuki Kawamura |
| 生年月日 | 2001年5月2日 |
| 年齢 | 25歳(2026年8月現在) |
| 出身地 | 山口県柳井市 |
| ポジション | ポイントガード(PG) |
| 身長 | 約172cm |
| 体重 | 約72kg |
| 出身中学校 | 柳井市立柳井中学校 |
| 出身高校 | 福岡第一高等学校 |
| 大学 | 東海大学(中退) |
| 主な所属歴 | 三遠ネオフェニックス → 横浜ビー・コルセアーズ → メンフィス・グリズリーズ → シカゴ・ブルズ → ロサンゼルス・クリッパーズ(Exhibit 10契約) |
河村勇輝選手は、2001年5月2日に山口県柳井市で生まれました。
小学生の頃からバスケットボールに取り組み、柳井市立柳井中学校へ進学。
中学時代からポイントガードとして頭角を現し、全国中学校バスケットボール大会にも出場するなど、早くから全国レベルでプレーしていました。
しかし、河村選手の名前が全国のバスケットボールファンに広く知られるようになったのは、高校進学後です。
中学校卒業後、河村勇輝選手は全国屈指の強豪校である福岡第一高等学校へ進学しました。
福岡第一高校は高校バスケットボール界を代表する名門校で、多くのトップ選手を輩出しています。
河村選手は小柄なポイントガードながら、驚異的なスピードと判断力で急速に存在感を高めていきます。
高校2年だった2018年には、福岡第一高校の中心選手としてウインターカップに出場。
全国高校バスケットボール選手権大会(ウインターカップ)で優勝し、河村選手自身も大会ベスト5に選出されました。
高校3年となった2019年には、さらに大きく飛躍します。
福岡第一高校は夏のインターハイで優勝。
さらに12月のウインターカップも制し、全国の頂点に立ちました。
河村選手は高校バスケットボール界を代表するポイントガードとなり、そのスピードとゲームメーク能力はすでにプロからも注目される存在となっていました。
河村勇輝選手の経歴で特に注目されるのが、高校在学中にBリーグでプレーしたことです。
2020年1月、B1の三遠ネオフェニックスに特別指定選手として加入しました。
当時まだ18歳。
2020年1月25日の千葉ジェッツ戦でB1公式戦デビューを果たし、当時のB1史上最年少出場記録と最年少得点記録を更新しました。
高校生でありながら、プロ選手を相手に堂々とプレーしたことで、その名前はバスケットボールファン以外にも広く知られるようになります。
福岡第一高校卒業後の2020年、河村勇輝選手は東海大学へ進学しました。
東海大学も大学バスケットボール界の名門です。
河村選手は大学でプレーしながら、Bリーグの特別指定選手制度を利用してプロの舞台にも挑戦するという異例のキャリアを歩みます。
2020年12月、河村勇輝選手は横浜ビー・コルセアーズに特別指定選手として加入しました。
大学生でありながらB1の試合に出場し、次第にチームに欠かせないポイントガードへと成長していきます。
そして2022年、河村選手は大きな決断をします。

河村勇輝選手は2022年3月31日付で東海大学を中退。
横浜ビー・コルセアーズとプロ契約を結び、バスケットボール選手としての道に専念することになりました。
大学卒業を待たずプロ入りする決断は大きな注目を集めましたが、その後の活躍を見ると、河村選手にとって重要な転機だったといえるでしょう。
プロ選手となった河村勇輝選手は、2022-23シーズンに一気にBリーグのトッププレーヤーへと駆け上がります。
横浜ビー・コルセアーズの司令塔として得点とアシストを量産。
チームをクラブ史上初となるB.LEAGUE CHAMPIONSHIPベスト4へ導きました。
シーズン終了後には、BリーグのレギュラーシーズンMVPと新人賞を同時受賞。
これはBリーグ史上初となる快挙でした。
さらにベスト5やアシスト関連のタイトルなど数々の賞を獲得し、「日本最高峰のポイントガード」の一人として評価を確立します。
河村勇輝選手の評価をさらに大きく高めたのが、FIBAバスケットボールワールドカップ2023でした。
日本代表のポイントガードとして出場し、沖縄で行われたフィンランド戦では25得点、9アシストを記録。
日本は最大18点差を逆転し、98対88で勝利しました。
この大会で日本はアジア勢最上位となり、2024年パリオリンピックへの出場権を獲得。
河村選手は日本代表躍進の象徴的な存在となりました。
2024年のパリオリンピックでは、世界を相手にさらに強烈なインパクトを残しました。
特に注目されたのが、開催国フランスとの試合です。
河村選手はこの試合で、
という圧巻のパフォーマンスを披露。
身長220cmを超えるビクター・ウェンバンヤマなどNBAのスター選手を擁するフランスを相手に、日本を延長戦まで導きました。
試合は90対94で惜敗しましたが、河村選手の名前が世界中のバスケットボールファンに知られる大きなきっかけとなりました。
パリ五輪3試合では平均20.3得点、7.7アシストを記録しています。
2024年7月、河村勇輝選手はNBAのメンフィス・グリズリーズとExhibit 10契約を結ぶことで合意しました。
その後トレーニングキャンプやプレシーズンでアピールを続け、2024年10月には2ウェイ契約を勝ち取ります。
2024年10月25日、河村勇輝選手はNBA公式戦に初出場。
田臥勇太選手、渡邊雄太選手、八村塁選手に続く、日本人4人目のNBA選手となりました。
NBAという世界最高峰のリーグで、170cm台のポイントガードがプレーすること自体が極めて珍しく、大きな注目を集めました。
NBA1年目となった2024-25シーズンは、メンフィス・グリズリーズで22試合に出場しました。
平均出場時間は4.2分と限られていましたが、Gリーグのメンフィス・ハッスルでも経験を積みました。
NBAではシーズン終盤のダラス・マーベリックス戦で12得点、5リバウンド、5アシストを記録するなど、出場機会を得た試合では持ち味を発揮しました。
2025年夏、河村勇輝選手はシカゴ・ブルズのNBAサマーリーグチームに参加しました。
5試合で平均10.2得点、6.2アシスト、2.2スティールを記録。
特にユタ・ジャズ戦では20得点、10アシストをマークし、その活躍が評価されてブルズとの2ウェイ契約を勝ち取りました。
ところが2025年秋、右脚の問題によってブルズから一度ウェイブされることになります。
治療とリハビリを経て復帰し、2026年1月にブルズと再び2ウェイ契約を締結しました。
1月31日のマイアミ・ヒート戦では2025-26シーズンのNBA初出場を果たし、6得点、3リバウンド、2アシスト、2スティールを記録。
ブルズでのシーズン最終盤にはダラス・マーベリックス戦で自己最多となる14得点を記録しました。
シカゴ・ブルズでは2025-26シーズンにNBA公式戦18試合へ出場。
平均成績は、
でした。
NBAでの出場時間を前年から大きく伸ばし、ポイントガードとして着実に経験を積んだシーズンとなりました。
ブルズ傘下のGリーグチーム、ウィンディシティ・ブルズでも活躍しました。
2025-26シーズンのGリーグでは平均18.7得点、11.0アシスト、5.0リバウンドを記録。
2月にはグランドラピッズ・ゴールド戦で34得点、16アシスト、8リバウンドというトリプルダブル目前の成績を残しています。
さらにメイン・セルティックス戦では19アシストを記録し、ウィンディシティ・ブルズの球団記録を更新しました。
NBAで生き残るうえで最大の武器となる「ゲームメーク能力」を改めて証明したシーズンでした。
2025-26シーズン終了後、河村勇輝選手は再び新たなチャンスを求めます。
2026年7月にラスベガスで行われたNBAサマーリーグでは、インディアナ・ペイサーズの一員としてプレーしました。
最終戦となったニューオーリンズ・ペリカンズ戦では12アシストを記録するなど、持ち味であるパス能力をアピール。
複数のNBAチームに対して、ポイントガードとしての能力を示しました。
そして2026年8月、河村勇輝選手の新たな所属先が決まりました。
ロサンゼルス・クリッパーズとExhibit 10契約を締結しました。
これはNBAの本契約が保証された契約ではありません。
トレーニングキャンプやプレシーズンを通じて実力をアピールし、NBAの正式ロースターや2ウェイ契約獲得を目指す立場となります。
河村選手にとっては、2024年のメンフィスに続いて再びExhibit 10契約からNBAの座を勝ち取る挑戦となります。
| 時期 | 所属 | 主な内容 |
|---|---|---|
| 2020年 | 三遠ネオフェニックス | 高校生で特別指定選手としてB1デビュー |
| 2020~2024年 | 横浜ビー・コルセアーズ | 特別指定選手を経てプロ契約。BリーグMVP |
| 2024~2025年 | メンフィス・グリズリーズ | 2ウェイ契約。NBAデビュー |
| 2024~2025年 | メンフィス・ハッスル | グリズリーズ傘下Gリーグ |
| 2025~2026年 | シカゴ・ブルズ | 2ウェイ契約。NBA18試合出場 |
| 2026年 | ウィンディシティ・ブルズ | Gリーグで平均11.0アシスト |
| 2026年夏 | インディアナ・ペイサーズ | NBAサマーリーグに参加 |
| 2026年8月~ | ロサンゼルス・クリッパーズ | Exhibit 10契約 |
河村勇輝選手は若い頃から年代別日本代表に選出されています。
特に2023年ワールドカップ以降は、日本代表の中心ポイントガードとして世界の強豪国と戦っています。
河村勇輝選手最大の特徴は、なんといってもスピードと判断力です。
NBAでは170cm台の選手は非常に珍しく、身体的には大きなハンディがあります。
それを補っているのが、
です。
特にアシスト能力はNBA・Gリーグでも高く評価されており、味方の得点機会を作り出す能力は河村選手最大の武器といえます。
NBA選手の平均身長は非常に高く、ポイントガードでも190cm前後の選手が珍しくありません。
その中で約172cmの河村選手は、常にサイズの不利を抱えています。
それでもNBAでプレーできる理由として、単純な身体能力だけではなく、状況判断の速さ、ボールを失わない技術、パス能力、スピードなど、「ポイントガードとして試合を動かす力」が極めて高いことが挙げられます。
2025-26シーズンにはNBAだけでなくGリーグでも数多くのアシストを記録し、司令塔としての能力を数字でも証明しました。
河村勇輝選手は山口県柳井市に生まれ、柳井中学校から福岡第一高校へ進学。
高校ではウインターカップやインターハイを制し、高校在学中にBリーグデビューを果たしました。
東海大学進学後は横浜ビー・コルセアーズでプレーし、大学を中退してプロへ。
2022-23シーズンにはBリーグMVPと新人賞を同時受賞する歴史的な活躍を見せました。
日本代表では2023年ワールドカップでパリ五輪出場権獲得に貢献。2024年パリオリンピックではフランス戦で29得点を記録し、世界的な注目を浴びます。
その後メンフィス・グリズリーズでNBAデビューを果たし、シカゴ・ブルズでもNBA公式戦に出場。
2026年夏にはインディアナ・ペイサーズのサマーリーグチームでプレーし、8月にはロサンゼルス・クリッパーズとExhibit 10契約を結びました。
2026年8月現在、河村勇輝選手はクリッパーズのトレーニングキャンプを経てNBAロースター入りを勝ち取ることが次の大きな目標となっています。
高校バスケットボール、Bリーグ、日本代表、そしてNBAへ。
身長というハンディをスピードと技術、判断力で乗り越えてきた河村勇輝選手の挑戦は、今も続いています。