テレビやラジオ、経済関連のニュースなどで名前を目にする機会が増えている会田卓司(あいだ・たくじ)氏。
日本を代表するエコノミストの一人で、現在はクレディ・アグリコル証券のチーフエコノミストを務めています。
さらに2025年には、政府の「日本成長戦略会議」有識者構成員に選ばれました。高市政権が掲げる「責任ある積極財政」や成長投資とも関わりの深い人物として、以前にも増して注目されています。
この記事では、会田卓司氏の経歴や学歴、これまで勤務してきた金融機関、現在の活動などについて詳しく見ていきます。
| 名前 | 会田 卓司(あいだ たくじ) |
|---|---|
| 英語表記 | Takuji Aida |
| 生年 | 1975年 |
| 出身高校 | 埼玉県立浦和高等学校 |
| 大学 | 米国スワースモア大学 |
| 専攻 | 経済学・数学 |
| 大学院 | 米国ジョンズ・ホプキンス大学 経済学博士課程 |
| 職業 | エコノミスト |
| 現在の役職 | クレディ・アグリコル証券 チーフエコノミスト |
| 政府関係 | 日本成長戦略会議 有識者構成員 |
会田卓司氏は、埼玉県を代表する進学校の一つである埼玉県立浦和高等学校を1993年に卒業しています。
浦和高校は長い歴史を持つ県立の男子校で、政界、官界、財界、学術界など幅広い分野に多くの人材を送り出してきました。
高校卒業後は日本の大学ではなく、アメリカのスワースモア大学(Swarthmore College)へ進学しています。
スワースモア大学では経済学と数学を学び、1998年に卒業しました。
プロフィールでは「Honors」で卒業したことも紹介されています。
経済学だけではなく数学も専門的に学んでいる点は、その後のマクロ経済分析や金融市場分析につながる会田氏の経歴の大きな特徴といえるでしょう。
スワースモア大学卒業後は、同じくアメリカの名門ジョンズ・ホプキンス大学で経済学を研究しました。
経済学博士課程で必要な単位を取得した後に退学しており、経済学の高度な専門教育を受けています。
こうしたアメリカでの経済学・数学の教育を背景に、帰国後は金融市場の第一線でエコノミストとして活動することになります。
会田卓司氏の特徴は、外資系金融機関を中心に一貫して日本経済や金融市場の分析を担当してきたことです。
2000年、メリルリンチ日本証券でシニアエコノミストとして勤務しました。
ここから本格的に金融市場のエコノミストとしてのキャリアをスタートさせています。
2005年にはバークレイズ・キャピタル証券へ移り、チーフエコノミストを務めました。
まだ30歳前後という比較的若い時期から、主要金融機関で日本経済分析の責任あるポジションを任されていたことになります。
2007年には、大手ヘッジファンドとして知られるブレヴァン・ハワードの日本拠点でチーフエコノミストを務めました。
証券会社だけでなく、実際に市場で資金を運用する投資会社側でも経済分析を経験したことになります。
2008年にはUBS証券へ移り、日本経済調査の責任者を務めました。
ちょうど世界的な金融危機が深刻化した時期であり、日本経済や金融市場が大きく変動する局面で分析を担当しています。
2013年にはソシエテ・ジェネラル証券のチーフエコノミストに就任しました。
この時期にはアベノミクスや日本銀行の大規模金融緩和が始まっており、金融政策・財政政策を分析するエコノミストとしてメディアにも登場する機会が増えていきました。
2021年5月には岡三証券へ入社し、チーフエコノミストに就任しました。
日本経済のデフレ脱却や財政政策、金融政策について積極的に発信し、「積極財政」の必要性を唱えるエコノミストとして広く知られるようになります。
2022年にはクレディ・アグリコル証券へ移り、チーフエコノミストに就任しました。
2026年8月現在も同社のチーフエコノミストとして、日本経済、物価、金利、日本銀行の金融政策、政府の財政政策などについて分析・発信を続けています。
| 年 | 経歴 |
|---|---|
| 1993年 | 埼玉県立浦和高校卒業 |
| 1998年 | 米国スワースモア大学 経済学部・数学部卒業 |
| 2000年 | ジョンズ・ホプキンス大学経済学博士課程で単位取得 |
| 2000年 | メリルリンチ証券 シニアエコノミスト |
| 2005年 | バークレイズ・キャピタル証券 チーフエコノミスト |
| 2007年 | ブレヴァン・ハワード チーフエコノミスト |
| 2008年 | UBS証券 日本経済調査ヘッド |
| 2013年 | ソシエテ・ジェネラル証券 チーフエコノミスト |
| 2021年 | 岡三証券 チーフエコノミスト |
| 2022年 | クレディ・アグリコル証券 チーフエコノミスト |
| 2025年 | 日本成長戦略会議 有識者構成員に就任 |

会田卓司氏がさらに注目されるようになった大きな理由が、政府の経済政策に関わるようになったことです。
2025年11月、会田氏は日本成長戦略会議の有識者構成員に就任しました。
日本成長戦略会議では、日本の経済成長を実現するため、官民による投資拡大や産業政策、経済安全保障など幅広いテーマについて議論しています。
会田氏は以前から、政府が財政支出を過度に抑えるのではなく、将来の経済成長につながる分野に積極的に投資することが重要だと主張してきました。
そのため、高市政権が掲げる「責任ある積極財政」との政策的な共通点が多いエコノミストとして知られています。
会田卓司氏の経済論を理解するうえで重要なのが、積極財政という考え方です。
日本では長年、政府の財政赤字を削減するために歳出を抑える「財政健全化」が重視されてきました。
一方、会田氏は、財政収支の改善そのものを最優先するのではなく、政府が成長分野に投資することで企業の投資や賃金上昇を促し、経済全体を拡大させることが重要だと主張しています。
特に日本経済の長期停滞について、人口減少だけでは説明できず、企業や政府による国内投資が不足してきたことが大きな問題だと分析しています。
AI、半導体、エネルギー、インフラ、防衛、経済安全保障など将来の成長につながる分野への官民投資を拡大し、日本経済を「コストカット型経済」から「成長型経済」へ転換する必要があるというのが、会田氏の主張の大きな柱です。
2026年には著書『サナエノミクス 高市成長戦略』を出版しています。
同書では、高市政権が掲げる「責任ある積極財政」や官民連携による成長投資について、経済学的な観点から解説しています。
「サナエノミクス」とは、高市早苗首相の経済政策を示す表現として使われている言葉で、成長分野への戦略的な投資を重視していることが特徴です。
日本成長戦略会議のメンバーでもある会田氏は、こうした経済政策を理論面から支える人物の一人として注目されています。
会田卓司氏は金融機関で働くだけでなく、テレビ、ラジオ、インターネット番組、新聞、経済誌などでも積極的に発信しています。
文化放送の「おはよう寺ちゃん」ではレギュラーコメンテーターとして出演し、日本経済や金融政策、政府の経済政策などを解説しています。
専門的になりがちなマクロ経済や財政政策を一般向けに説明する機会が多いことも、会田氏の知名度が高まった理由の一つでしょう。
実は会田卓司氏の家族には、プロ野球界で活躍した人物がいます。
父親の会田照夫氏は、ヤクルトなどでプレーした元プロ野球選手です。
さらに弟の会田有志氏も元プロ野球選手で、読売ジャイアンツの投手としてプレーしました。
会田卓司氏自身は経済・金融の道へ進みましたが、父親と弟はプロ野球の世界へ進んだという珍しい経歴を持つ一家でもあります。
また、元関脇の隆乃若は従弟にあたるとされています。
会田卓司氏は経済に関する著書も出版しています。
特に近年は、日本経済のデフレ脱却、積極財政、国内投資の拡大、成長戦略などを中心テーマとして発信しています。
今回は会田卓司氏の経歴について紹介しました。
会田氏は1975年生まれで、埼玉県立浦和高校からアメリカのスワースモア大学へ進学し、経済学と数学を専攻。その後、ジョンズ・ホプキンス大学大学院で経済学を学びました。
メリルリンチ、バークレイズ、UBS、ソシエテ・ジェネラル、岡三証券など国内外の大手金融機関でエコノミストを歴任し、現在はクレディ・アグリコル証券のチーフエコノミストを務めています。
さらに2025年11月からは日本成長戦略会議の有識者構成員となり、日本政府の成長戦略にも関わる立場となりました。
高市政権が「責任ある積極財政」と官民による成長投資を進める中、その経済政策を理論面から説明するエコノミストとして、会田卓司氏の発言や活動は今後も注目されそうです。