2023年のWBC(ワールド・ベースボール・クラシック)で侍ジャパンの一員として活躍し、日本でも一躍人気者となったラーズ・ヌートバー選手。
ヌートバー選手といえば、日本では「たっちゃん」の愛称でも親しまれています。この「タツジ」という名前のルーツとなった人物が、母方の祖父である榎田達治(えのきだ・たつじ)氏です。
WBCをきっかけに「ヌートバーのおじいちゃん」として全国的に知られるようになりましたが、榎田氏はかつて埼玉県東松山市の市議会議員を務め、市議会議長も経験した人物です。
この記事では、榎田達治氏の経歴やラーズ・ヌートバー選手との関係、「タツジ」という名前に込められた家族とのつながりについて紹介します。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 名前 | 榎田 達治(えのきだ たつじ) |
| 生年 | 1938年前後とみられる |
| ゆかりの地 | 埼玉県東松山市 |
| 妻 | 榎田和子さん |
| 娘 | 久美子・ヌートバーさん |
| 孫 | ラーズ・ヌートバー選手 |
| 主な経歴 | 元東松山市議会議員 |
| 政治活動 | 無所属 |
| その他 | 東松山市議会議長を務めた経歴あり |
2023年3月のWBC当時、榎田氏は84歳と報じられています。また、2007年4月の東松山市議会議員選挙では68歳と記録されていることから、1938年前後の生まれと考えられます。
榎田達治氏の経歴で特に注目されるのが、東松山市議会議員を務めていたことです。
公開されている選挙記録によると、2003年4月27日に行われた東松山市議会議員選挙では、無所属の現職候補として立候補し、1,463票を獲得して当選しています。
さらに、2007年4月22日の東松山市議会議員選挙でも、無所属の現職として立候補。1,375票を獲得して再選しています。
2003年の選挙の時点ですでに「現職」とされていることから、それ以前から東松山市議会議員を務めていたことになります。
一方、インターネット上で現在確認できる資料だけでは、初当選した正確な年や通算当選回数など、政治家としての全経歴までは明らかになっていません。
そのため、現時点では少なくとも2003年と2007年の東松山市議会議員選挙で当選していることが確認できる、という表現が適切でしょう。
榎田達治氏は、市議会議員として活動しただけではありません。
東松山市議会議長を務めた経歴も確認されています。
2009年当時の東松山市立市民病院改革に関する資料などでは、「榎田達治・東松山市議会議長」として名前が記録されています。
市議会議長は、市議会を代表するとともに、本会議の議事進行や議会運営などを担う重要な役職です。
議長まで務めていたことからも、榎田氏が長年にわたり東松山市の地方政治に関わってきた人物であったことがうかがえます。
榎田達治氏は、ラーズ・ヌートバー選手の母である久美子・ヌートバーさんの父親です。
久美子さんは埼玉県東松山市にゆかりがあり、その後アメリカへ渡りました。
アメリカではチャーリー・ヌートバーさんと結婚し、その二人の間に1997年、ラーズ・ヌートバー選手が誕生しました。
つまりヌートバー選手にとって東松山市は、母親の故郷であると同時に、祖父母が暮らしてきた日本側の家族のルーツでもあります。
2023年のWBCでは、東松山市がヌートバー選手を「東松山市ゆかりの選手」として応援し、市内でも大きな盛り上がりを見せました。

榎田達治氏とラーズ・ヌートバー選手との関係を象徴しているのが、ヌートバー選手の名前です。
ラーズ・ヌートバー選手のフルネームは、
Lars Taylor-Tatsuji Nootbaar
(ラーズ・テイラー=タツジ・ヌートバー)
です。
このミドルネームの「Tatsuji(タツジ)」は、祖父・榎田達治氏の名前にちなんで付けられたとされています。
2023年のWBCでヌートバー選手が日本代表に選出されると、この「タツジ」という名前から、チームメートやファンの間で「たっちゃん」と呼ばれるようになりました。
WBCを通じて日本中に広がった「たっちゃん」という愛称。そのルーツをたどると、母方の祖父である榎田達治氏に行き着くことになります。

「榎田達治」という名前について調べる際には、少し注意が必要です。
インターネット上では、ラーズ・ヌートバー選手自身についても、日本側の名前として「榎田達治」と紹介されるケースがあります。
母方の姓である「榎田」と、祖父の名前である「達治」に由来するためです。
そのため、「榎田達治」と検索すると、
の両方が検索結果に表示される場合があります。
祖父について調べている場合には、ヌートバー選手本人の記事と混同しないよう注意した方がよいでしょう。
榎田達治氏の名前が全国的に知られる大きなきっかけとなったのが、2023年3月に開催されたWBCです。
ヌートバー選手が侍ジャパンのメンバーに選ばれると、母・久美子さんの故郷である東松山市でも応援ムードが高まりました。
東松山市ではヌートバー選手への応援メッセージを募集するなど、市を挙げた応援活動が行われています。
ヌートバー選手はWBC開幕直後から、全力疾走や好守、出塁能力の高さなどで日本のファンを魅了しました。
それとともに、母・久美子さんや祖父母など、ヌートバー選手の日本側の家族にも大きな注目が集まることになりました。
2023年3月22日に行われたWBC決勝、日本対アメリカ戦では、榎田達治氏と妻の和子さんも東松山市で孫のラーズ・ヌートバー選手を応援しました。
日本はアメリカを3対2で破り、2009年以来となるWBC優勝を達成しました。
孫であるヌートバー選手が侍ジャパンの一員として世界一になったことで、榎田夫妻にとっても忘れられない大会となったことでしょう。
ヌートバー選手は大会を通じて日本代表の1番打者を務め、走攻守でチームに貢献しました。
また、プレーだけでなく明るい性格やチームへの溶け込み方も高く評価され、「ペッパーミル・パフォーマンス」とともに日本中で人気を集めました。
榎田達治氏とヌートバー選手の関係で印象的なのは、単に祖父と孫というだけではなく、「達治」という名前そのものが世代を越えて受け継がれていることです。
アメリカで生まれ育ったラーズ・ヌートバー選手に、日本人の祖父の名前である「Tatsuji」が付けられていることは、ヌートバー家と日本との深いつながりを示すエピソードといえるでしょう。
2023年のWBCでは、その「Tatsuji」が日本で「たっちゃん」という親しみのある呼び名となり、多くの日本人に知られるようになりました。
結果的に、祖父・榎田達治氏の名前が、孫の活躍によって世界的な野球大会の舞台でも知られることになったのです。
ラーズ・ヌートバー選手の祖父・榎田達治氏は、埼玉県東松山市にゆかりを持ち、東松山市議会議員や東松山市議会議長を務めた経歴を持つ人物です。
公開されている記録からは、少なくとも2003年、2007年の東松山市議会議員選挙で当選していたことが確認できます。
また、2009年ごろには東松山市議会議長として活動していたことを示す記録もあります。
そして榎田氏の名前「達治」は、孫ラーズ・ヌートバー選手のミドルネーム「Tatsuji」として受け継がれました。
2023年WBCで日本中に広まったヌートバー選手の愛称「たっちゃん」。その名前のルーツにいるのが、祖父の榎田達治氏です。
ヌートバー選手が日本代表として強い親近感を持って受け入れられた背景には、母・久美子さんだけでなく、祖父・榎田達治氏を含めた日本の家族との深いつながりもあったといえるでしょう。