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南シナ海の領有権問題

南シナ海の領有権問題とは?

地図で見る各国の主張と中国・アメリカ・日本の関係

南シナ海の領有権問題は、中国と東南アジア諸国が島や岩礁の帰属、漁業権、海底資源、排他的経済水域などをめぐって対立している国際問題です。

中国、台湾、ベトナム、フィリピン、マレーシア、ブルネイが、それぞれ南シナ海の島や周辺海域について権利を主張しています。インドネシアは島の領有権を主張していませんが、中国が地図上に示す範囲と、インドネシアの排他的経済水域が重なっています。

南シナ海は、日本が中東などから原油や液化天然ガスを輸入する際にも利用される重要な航路です。そのため、南シナ海の問題は中国と東南アジアだけの問題ではなく、日本のエネルギー安全保障、物流、物価、東アジア全体の安全保障にも深く関係しています。

この記事では、南シナ海がどこにあるのか、どの国が何を主張しているのか、中国が南シナ海を重視する理由、航路や漁業、石油・天然ガスとの関係、アメリカが関与する理由、日本への影響について詳しく解説します。

南シナ海はどこにあるのか

南シナ海は、中国南部と東南アジアの間に広がる海域です。北側には中国と台湾、東側にはフィリピン、西側にはベトナム、南側にはマレーシア、ブルネイ、インドネシアがあります。

南西部はシンガポールやマラッカ海峡につながり、北東部は台湾海峡や東シナ海につながっています。インド洋と太平洋を結ぶ位置にあり、中東、ヨーロッパ、アフリカと東アジアを結ぶ船舶の多くが通過します。

南シナ海の領有権主張を示した地図
南シナ海における各国・地域の主張を示した概略図。線は領有権や海洋権益に関する主張の範囲を示しており、国際的に確定した国境を表すものではありません。出典:Voice of America/Wikimedia Commons(パブリックドメイン)

地図を見ると、中国が主張する範囲がベトナム、フィリピン、マレーシア、ブルネイなどの沿岸近くまで広がっていることが分かります。

南シナ海には大きな島がまとまって存在しているわけではありません。小さな島、岩、砂州、環礁、満潮時には海面下に沈む低潮高地などが、非常に広い海域に点在しています。

こうした小さな地形をどの国が領有するかによって、周囲の領海や海洋資源に対する権利が変わるため、激しい対立が続いています。

南シナ海では何が争われているのか

南シナ海の領有権問題では、異なる性質を持つ複数の問題が重なっています。

島や岩礁そのものの領有権

第一の問題は、南沙諸島、西沙諸島、スカボロー礁などが、どの国の領土なのかという問題です。

島の領有権は、その島を最初に発見したのはどの国か、継続的に管理してきたのはどの国か、過去の条約や地図にどのように記載されていたかなどを基に争われます。

複数の国が同じ島について歴史的な権利を主張しているため、合意は容易ではありません。

領海や排他的経済水域をどこまで設定できるか

第二の問題は、島や沿岸からどこまで領海、排他的経済水域、大陸棚を設定できるかという問題です。

排他的経済水域では、沿岸国が魚、石油、天然ガスなどの資源を調査し、開発する権利を持ちます。そのため、海域の境界は各国の経済に直接影響します。

島と岩、低潮高地の区別

南シナ海には、自然の状態で人が住める島だけでなく、小さな岩礁や満潮時に水没する地形もあります。

国連海洋法条約では、人間の居住や独自の経済生活を維持できない岩は、領海を持つことはできますが、独自の排他的経済水域や大陸棚を生じさせることはできません。

また、満潮時に水面下に沈む低潮高地は、それ自体を基準として広大な海洋権益を設定することができません。

小さな岩礁が「島」なのか「岩」なのかによって、周囲の海に対する権利が大きく変わることが、南シナ海問題を一層複雑にしています。

実効支配をめぐる争い

国際社会で最終的な領有権が決まっていなくても、実際に施設を置き、船を派遣し、周辺海域を継続的に管理している国が、現場では強い影響力を持ちます。

南シナ海では、中国、ベトナム、フィリピン、マレーシア、台湾などが、それぞれ一部の島や岩礁を実効支配しています。

実効支配を強化するため、滑走路、港、灯台、レーダー、通信設備、軍事施設などが設置されています。

どの国が領有権を主張しているのか

南シナ海では、主に六つの国・地域が島や周辺海域について重なる主張を行っています。

国・地域 主な主張 主な実効支配・関係地域
中国 西沙諸島、南沙諸島、中沙諸島などを中国領とし、歴史的権利を主張 西沙諸島全体、南沙諸島の複数の岩礁・人工島など
台湾 中国と似た歴史的主張を行い、南シナ海の島々に対する権利を主張 南沙諸島最大の自然地形である太平島など
ベトナム 西沙諸島と南沙諸島の領有権を主張 南沙諸島の多数の島・岩礁
フィリピン 南沙諸島の一部であるカラヤン諸島群、スカボロー礁、EEZ内の権利を主張 パグアサ島、セカンド・トーマス礁など
マレーシア ボルネオ島沿岸から延びるEEZ・大陸棚と、南沙諸島南部の一部を主張 スワロー礁など
ブルネイ ブルネイ沿岸から延びるEEZと大陸棚の権利を中心に主張 係争地に大規模な軍事拠点は置いていない
インドネシア 南沙諸島などの領有権は主張していないが、ナトゥナ諸島周辺のEEZを主張 北ナトゥナ海周辺で中国の主張と重なる

中国の主張

中国は、西沙諸島、南沙諸島、中沙諸島などを古くから中国の領土だったと主張しています。

中国政府は、中国人が南シナ海の島々を早くから発見し、命名し、利用し、継続的に管轄してきたことを主張の根拠としています。

一方、中国の地図に描かれてきた「九段線」は、東南アジア諸国の排他的経済水域と大きく重なります。中国が九段線の内側で具体的にどのような海洋権益を主張しているのかについては、曖昧な部分が残されています。

台湾の主張

台湾は、中国大陸の中華人民共和国政府が成立する以前の中華民国政府が示した地図を基に、中国と似た範囲について権利を主張しています。

台湾は南沙諸島の太平島を実効支配しています。太平島は南沙諸島で最大の自然地形ですが、2016年の仲裁判断では、独自の排他的経済水域を生じさせる「島」には該当しないと判断されました。

ベトナムの主張

ベトナムは、西沙諸島と南沙諸島の両方について領有権を主張しています。

ベトナムは、歴史的な記録や過去の統治を根拠に、自国が両諸島を長期間管理してきたと主張しています。

西沙諸島は現在、中国が全体を実効支配していますが、ベトナムは領有権を放棄していません。南沙諸島では、ベトナムが多数の島や岩礁に施設を設置しています。

フィリピンの主張

フィリピンは、自国のパラワン島などから200海里以内にある海域について、国連海洋法条約に基づく排他的経済水域として権利を主張しています。

南沙諸島の一部を「カラヤン諸島群」と呼び、スカボロー礁についても領有権を主張しています。

フィリピンは、自国の排他的経済水域を含む南シナ海東部を「西フィリピン海」と呼んでいます。

マレーシアの主張

マレーシアは、ボルネオ島のサバ州やサラワク州から延びる大陸棚と排他的経済水域を基礎として、南沙諸島南部の一部について権利を主張しています。

マレーシアも複数の岩礁を実効支配していますが、中国やフィリピンと比べると、対立を大きく表面化させない外交姿勢を取ることが多いとされています。

ブルネイの主張

ブルネイは、島々全体の領有を広く主張するというよりも、自国沿岸から延びる排他的経済水域や大陸棚の権利を重視しています。

ブルネイの主張する海域も、中国の九段線やマレーシアの主張と一部で重なります。

インドネシアの立場

インドネシアは、南沙諸島や西沙諸島の領有権を主張していないため、一般的には南シナ海の島をめぐる領有権争いの当事国には含まれません。

しかし、中国が示す九段線は、インドネシアのナトゥナ諸島北方にある排他的経済水域と重なっています。

インドネシアは、この海域を「北ナトゥナ海」と呼び、中国の歴史的権利の主張を認めていません。

南シナ海の主な係争地域

南沙諸島

南沙諸島は、英語でスプラトリー諸島と呼ばれます。南シナ海の中央から南部に広がり、多数の島、岩礁、砂州、環礁、低潮高地などで構成されています。

中国、台湾、ベトナムは南沙諸島全体の領有権を主張し、フィリピン、マレーシア、ブルネイはその一部や周辺海域について権利を主張しています。

中国は、ファイアリー・クロス礁、スビ礁、ミスチーフ礁などを大規模に埋め立て、滑走路、港湾、格納庫、レーダーなどを整備しました。

ただし、人工的に埋め立てて島を拡大しても、国連海洋法条約上の地位が変わり、新たな排他的経済水域が発生するわけではありません。

西沙諸島

西沙諸島は、英語でパラセル諸島と呼ばれ、中国の海南島とベトナムの中部沿岸の間にあります。

中国、台湾、ベトナムが領有権を主張していますが、現在は中国が全体を実効支配しています。

1974年には中国と当時の南ベトナムの間で武力衝突が起き、その後、中国が西沙諸島全体を支配するようになりました。

中国は永興島に行政機関、空港、港湾、軍事施設などを設置しています。

スカボロー礁

スカボロー礁は、フィリピンのルソン島西方にある環礁です。フィリピンではパナタグ礁、中国では黄岩島と呼ばれます。

中国、フィリピン、台湾が領有権を主張しています。

2012年に中国とフィリピンの船舶が対峙した後、中国海警局の船が周辺海域を継続的に警備するようになりました。

スカボロー礁周辺はフィリピンの漁業者にとって重要な漁場ですが、中国船によって接近を制限されることがあります。

セカンド・トーマス礁

セカンド・トーマス礁は、フィリピンではアユンギン礁、中国では仁愛礁と呼ばれます。

フィリピンは1999年、旧式の軍艦シエラ・マドレ号を意図的に座礁させ、兵士を配置しました。

フィリピンは兵士に食料や生活物資を届けるため補給船を派遣していますが、中国海警局の船が進路を妨害したり、放水したりする事例が発生しています。

補給活動をめぐる衝突は、南シナ海で最も緊張が高まりやすい問題の一つです。

中国の九段線とは何か

九段線とは、中国が南シナ海の地図上に描いてきた、九つの破線からなる線です。英語では「ナイン・ダッシュ・ライン」と呼ばれます。

九段線は南シナ海の広い範囲を取り囲み、ベトナム、フィリピン、マレーシア、ブルネイ、インドネシアの沿岸近くまで延びています。

その原型は、1947年に当時の中華民国政府が発表した十一段線とされています。中華人民共和国の成立後、一部の線が削除され、一般に九段線と呼ばれるようになりました。

2023年に中国が公表した標準地図では、台湾東側の線を含めた十本の破線が描かれたため、「十段線」と呼ばれることもあります。

九段線をめぐる最大の問題は、線が具体的に何を表すのかが明確ではないことです。

  • 線の内側にあるすべての海を中国の領海とするのか
  • 線内にある島々の領有権を示しているのか
  • 漁業や資源開発に関する歴史的権利を示しているのか
  • 国連海洋法条約に基づく海洋権益を示しているのか

中国政府は、南シナ海の島々に対する主権と、関連海域における権利は歴史的にも国際法上も根拠があると主張しています。

これに対し、フィリピン、ベトナム、マレーシア、インドネシアなどは、九段線が自国の排他的経済水域に入り込んでおり、国連海洋法条約と両立しないと反発しています。

国連海洋法条約と排他的経済水域

南シナ海問題を理解するために重要なのが、国連海洋法条約です。英語名の頭文字から「UNCLOS」とも呼ばれます。

領海

沿岸国は、原則として基線から最大12海里までを領海として設定できます。

領海では沿岸国の主権が及びますが、外国船には、沿岸国の平和や安全を害さない「無害通航」が認められています。

排他的経済水域

沿岸国は、原則として基線から最大200海里まで排他的経済水域を設定できます。

排他的経済水域では、沿岸国が魚、石油、天然ガスなどの天然資源を調査、開発、保存、管理する権利を持ちます。

ただし、排他的経済水域は領海ではありません。他国の船舶や航空機にも、航行や上空飛行などの自由が認められています。

大陸棚

沿岸国は、海底とその地下にある天然資源について大陸棚の権利を持つ場合があります。

南シナ海では、周辺国が主張する大陸棚が重なっている場所もあり、石油や天然ガスの開発を難しくしています。

領有権と海洋権益は別の問題

国連海洋法条約は、島の領有権そのものを決める条約ではありません。

ある島がどの国の領土であるかという問題と、その島がどの程度の領海や排他的経済水域を生じさせるかという問題は、分けて考える必要があります。

2016年の南シナ海仲裁判断

フィリピンは2013年、中国との南シナ海をめぐる問題について、国連海洋法条約に基づく仲裁手続きを開始しました。

2016年7月12日、仲裁廷はフィリピンの申し立てに対する最終判断を示しました。

九段線内の歴史的権利に法的根拠はないと判断

仲裁廷は、中国が九段線の内側で主張する広範な歴史的権利について、国連海洋法条約で認められる範囲を超える部分には法的根拠がないと判断しました。

これは、中国が南シナ海のすべての島や海域に対する権利を失ったと判断したものではありません。

国連海洋法条約を超えて、九段線内の資源や漁業に広範な歴史的権利を主張することはできないという判断です。

南沙諸島に独自のEEZを生じさせる島はないと判断

仲裁廷は、南沙諸島の地形について、自然の状態で安定した人間の共同体や独自の経済生活を維持できる地形ではなく、独自の排他的経済水域を生じさせる「島」には該当しないと判断しました。

この判断に従えば、南沙諸島全体を一つのまとまりとして扱い、その周囲に広大な排他的経済水域を設定することはできません。

中国によるフィリピンの権利侵害も認定

仲裁廷は、中国がフィリピンの排他的経済水域内で漁業や資源開発を妨げたこと、人工島建設によって海洋環境に重大な損害を与えたことなどについても判断を示しました。

島の領有権を決めた判断ではない

仲裁廷は、南沙諸島やスカボロー礁が最終的に中国領なのか、フィリピン領なのかを決めていません。

仲裁の対象は、国連海洋法条約に基づく海洋権益、地形の法的な分類、当事国の活動が条約に違反していたかどうかでした。

中国は仲裁判断を受け入れていない

中国は仲裁手続きに参加せず、仲裁廷には管轄権がなく、判断は無効で拘束力を持たないとの立場を示しています。

中国は、南シナ海問題は直接関係する国同士の交渉によって解決すべきだと主張しています。

一方、フィリピン、日本、アメリカ、オーストラリア、イギリスなどは、仲裁判断は中国とフィリピンの間で最終的かつ法的拘束力を持つとの立場です。

中国が南シナ海を重視する理由

中国が南シナ海を重視する理由は、島や海底資源だけではありません。安全保障、海上交通、漁業、国内政治、地域での影響力など、複数の要因があります。

中国南部を守るための安全保障

南シナ海は、中国南部の沿岸や海南島に近い海域です。中国にとって、外国軍が自由に活動できる海域のままにしておくことは、安全保障上の不安につながります。

南シナ海にレーダー、滑走路、港湾、ミサイル関連施設などを配置すれば、中国軍は周辺を監視し、航空機や艦艇の活動範囲を広げることができます。

海南島には中国海軍の重要な基地があるため、南シナ海の海上・海中の状況を把握することは、中国の海軍戦略にとって大きな意味を持ちます。

海上交通路を確保するため

中国は世界有数の貿易国であり、原油、天然ガス、鉄鉱石、食料などを船舶で大量に輸入しています。

それらの多くは、インド洋からマラッカ海峡を通り、南シナ海を経由して中国の港に運ばれます。

中国にとって、南シナ海の航路が他国の軍事力によって封鎖される可能性は、長期的な安全保障上の懸念となります。

漁業資源を確保するため

中国では魚介類の需要が大きく、多数の漁船が南シナ海で操業しています。

漁船は経済活動を行うだけでなく、中国の存在を継続的に示す役割も果たします。

一部の船舶については、通常の漁業活動に加えて、政府の支援や指示の下で活動する「海上民兵」としての役割を持つと、他国政府などから指摘されています。

石油・天然ガスへの期待

南シナ海の海底には石油や天然ガスが存在すると考えられています。

中国はエネルギー輸入への依存度が高いため、国内に近い海域で資源を確保できれば、エネルギー安全保障上の利点があります。

ただし、南シナ海の係争海域に極めて大量の石油や天然ガスが確実に存在するとは限りません。確認されている主要な油田やガス田の多くは、各国の沿岸に比較的近い海域にあります。

主権問題として譲歩しにくい

中国政府は、南シナ海の島々は歴史的に中国領であり、主権を守ることは国家の領土を守ることだと説明しています。

そのため、中国国内では南シナ海問題が国家の威信や愛国心と結び付けられています。

一度強く主張した領有権を撤回すれば、国内で弱腰だと批判される可能性があるため、中国政府にとって大幅な譲歩は難しい問題です。

東南アジアでの影響力を強めるため

南シナ海で中国の管理能力が強まれば、中国は東南アジア諸国の安全保障や資源開発に大きな影響を与えることができます。

南シナ海は、中国がアジア太平洋地域でどのような国際秩序を目指しているのかを示す象徴的な海域にもなっています。

南シナ海が航路として重要な理由

タンカー

南シナ海は、インド洋と太平洋を結ぶ世界有数の海上交通路です。

米国エネルギー情報局によると、2023年には約100億バレルの原油・石油製品と、約6.7兆立方フィートの液化天然ガスが南シナ海を通過しました。

中東から東アジアに向かうタンカーの多くは、ホルムズ海峡、インド洋、マラッカ海峡、南シナ海を経由します。

南シナ海を利用するのはエネルギー輸送船だけではありません。

  • 自動車や機械を運ぶ貨物船
  • 電子部品や衣料品を運ぶコンテナ船
  • 鉄鉱石や石炭を運ぶばら積み船
  • 食料や農産物を運ぶ船
  • 液化天然ガスを運ぶLNG船

南シナ海で大規模な軍事衝突が起きれば、船会社が航路を変更したり、海上保険料が上昇したりする可能性があります。

輸送にかかる日数や燃料費が増えれば、エネルギー価格、製品価格、物流費にも影響が及びます。

南シナ海の漁業資源をめぐる問題

南シナ海は、東南アジアの人々にとって重要な漁場です。

沿岸地域では、多くの漁業者が小型船で操業し、漁獲物を地域の市場に供給しています。魚介類は重要な食料であり、漁業は沿岸住民の雇用や収入にもつながっています。

そのため、漁船がどこで操業できるかという問題は、単なる国同士の面子や国境線の問題ではありません。

漁場への接近を妨げられれば、漁業者の生活や地域の食料供給に直接影響します。

海警船と漁船の対立

中国海警局などの公船が、フィリピンやベトナムの漁船に接近し、退去を求める事例があります。

反対に、東南アジア諸国が自国の排他的経済水域で中国漁船を取り締まることもあります。

漁船をめぐる対立が、海警船や軍艦を巻き込む国家間の問題に発展する可能性があります。

乱獲と環境破壊

南シナ海では、漁船の増加、違法・無報告・無規制漁業、サンゴ礁の破壊などによる水産資源の減少が懸念されています。

各国が領有権を優先し、共同の資源管理を行えなければ、魚を取り尽くす競争が進むおそれがあります。

資源が減少すれば、さらに遠くの海域に漁船が進出し、他国の船や当局との衝突が増えるという悪循環も考えられます。

石油・天然ガスとの関係

南シナ海の海底には石油や天然ガスが存在すると考えられており、周辺国は資源開発を進めています。

ベトナム、マレーシア、ブルネイ、インドネシアなどにとって、海底資源は国家収入や国内のエネルギー供給を支える重要な存在です。

係争海域では開発が難しい

ある国が外国企業と海底資源の開発を始めようとすると、中国などが自国の管轄海域だとして抗議する場合があります。

石油会社にとって、領有権が確定していない海域での事業には、政治的、法的、軍事的なリスクがあります。

調査船や掘削船の周囲に海警船が集まり、開発計画が中止や延期に追い込まれることもあります。

資源量は誇張されることもある

南シナ海には莫大な石油・天然ガスが眠っていると表現されることがありますが、調査が十分に行われていない海域も多く、推定値には大きな幅があります。

実際には、領有権争いの中心となっている遠方の岩礁周辺よりも、ベトナム、マレーシア、ブルネイなどの沿岸に近い海域で、より多くの資源開発が行われています。

それでも、将来の資源開発権を確保することは各国にとって重要であり、簡単には権利を譲れません。

アメリカが南シナ海に関与する理由

アメリカは南シナ海沿岸の国ではなく、島々の領有権も主張していません。

それでもアメリカが深く関与するのは、航行の自由、フィリピンとの同盟、中国の軍事的影響力、インド太平洋地域の安全保障が関係しているためです。

航行の自由を守るため

アメリカは、国際法上認められた海域では、軍艦を含む船舶が自由に航行できることを重視しています。

ある国が広い海域を事実上の領海として扱い、外国船の活動を一方的に制限するようになれば、世界各地の海洋秩序にも影響が及ぶと考えています。

アメリカ海軍は、過度な海洋権益の主張を認めないことを示すため、「航行の自由作戦」を実施しています。

フィリピンとの相互防衛条約

アメリカとフィリピンは相互防衛条約を結んでいます。

アメリカ政府は、南シナ海でフィリピンの軍、軍用機、公船などが武力攻撃を受けた場合、相互防衛条約が適用されるとの立場を繰り返し示しています。

そのため、中国とフィリピンの船舶間で起きた衝突が深刻化すれば、アメリカが関与する可能性があります。

中国の軍事的優位を防ぐため

中国が南シナ海の人工島に滑走路、レーダー、ミサイル施設、港湾などを整備すれば、中国軍は東南アジアから西太平洋にかけて活動しやすくなります。

アメリカにとって、南シナ海全体が中国の強い軍事的影響下に入ることは、同盟国や米軍の活動に関わる問題です。

地域の同盟国や友好国を支えるため

アメリカは、フィリピンだけでなく、日本、オーストラリアなどとの協力を強化しています。

共同訓練、海上警備能力の向上、情報共有、艦艇や航空機による共同活動などを通じて、中国の一方的な現状変更を抑止しようとしています。

南シナ海問題と日本の関係

日本は、南シナ海の島々について領有権を主張していません。

しかし、日本の経済と安全保障は南シナ海の安定と深く結び付いています。

日本のエネルギー輸送路

日本が中東などから輸入する原油や液化天然ガスの多くは、インド洋、マラッカ海峡、南シナ海を経由します。

南シナ海で航行が妨げられれば、タンカーや貨物船が遠回りを余儀なくされ、燃料費や輸送費が上昇する可能性があります。

その影響は、ガソリン価格、電気料金、航空運賃、商品価格などに及ぶおそれがあります。

日本企業のサプライチェーン

日本企業は、中国、ベトナム、フィリピン、マレーシア、タイ、インドネシアなどに多数の生産・販売拠点を持っています。

南シナ海は、部品、完成品、原材料を運ぶコンテナ船に利用されています。

航路が不安定になれば、工場への部品供給が遅れたり、製品の輸出入に影響したりする可能性があります。

東シナ海への影響

日本は、力や威圧によって南シナ海の現状が変更されれば、東シナ海を含む他の海域でも同様の行動が広がる可能性があると警戒しています。

南シナ海における国際法の扱いは、日本周辺の海洋安全保障とも無関係ではありません。

フィリピンなどとの海洋協力

日本は、フィリピン、アメリカなどとの海洋協議や安全保障協力を進めています。

2026年6月に行われた日本、アメリカ、フィリピンの海洋対話では、力や威圧による一方的な現状変更に反対し、2016年の仲裁判断の重要性を再確認しました。

日本は、南シナ海を国際法に基づいて自由に航行できる海域として維持することを重視しています。

2026年の南シナ海をめぐる状況

2026年7月12日は、南シナ海仲裁判断から10年に当たりました。

日本、フィリピン、アメリカ、オーストラリア、カナダ、イギリス、ドイツ、イタリア、ニュージーランドなど14か国は共同声明を発表しました。

共同声明では、2016年の仲裁判断は中国とフィリピンの間で最終的かつ法的拘束力を持つとし、中国の広範な海洋権益の主張には法的根拠がないとの判断を改めて支持しました。

また、海警局、軍、海上民兵などを利用し、他国の合法的な活動を妨害、威嚇する行為に反対する立場を示しました。

これに対し、中国は仲裁判断を受け入れない立場を維持しています。

ASEANと中国の行動規範交渉

ASEANと中国は、南シナ海での衝突を防ぐため、「南シナ海行動規範」の策定を進めています。

2026年5月にもASEAN加盟国と中国の高官協議が行われ、行動規範の早期妥結に向けた交渉が話し合われました。

ただし、どの海域に適用するのか、法的拘束力を持たせるのか、違反した場合にどのような措置を取るのかなど、重要な点で各国の意見には隔たりがあります。

軍事衝突未満の行動が続く

南シナ海では、軍艦同士が砲撃するような全面的な戦闘よりも、次のような行動が多く見られます。

  • 海警船による進路妨害
  • 船体を接近させる危険な航行
  • 大型放水砲の使用
  • 補給船や漁船の阻止
  • レーザー光の照射
  • 多数の漁船や海上民兵船の集結
  • 海域へのブイや障害物の設置

こうした行動は「グレーゾーン活動」と呼ばれます。

戦争と断定される段階を避けながら、少しずつ相手国の活動を制限し、実効支配を強める方法です。

しかし、船舶の衝突や負傷者の発生によって、偶発的に軍事的な緊張が高まる危険があります。

南シナ海問題の今後の焦点

中国とフィリピンの衝突を抑えられるか

セカンド・トーマス礁やスカボロー礁では、中国とフィリピンの船舶が接近する状況が続いています。

衝突によって死者が出たり、フィリピンの軍や公船が重大な攻撃を受けたりすれば、米比相互防衛条約をめぐる議論が一気に強まる可能性があります。

実効性のある行動規範を作れるか

ASEANと中国による行動規範が完成しても、法的拘束力がなく、違反に対する措置もなければ、緊張を抑える効果は限定的です。

危険な接近、放水、軍事施設の建設、資源開発などについて、具体的で実効性のある規則を設けられるかが重要です。

資源の共同開発は可能か

領有権問題を直ちに解決できなくても、石油、天然ガス、漁業資源を共同で管理する方法は考えられます。

ただし、共同開発に参加することが相手国の領有権を認めたと解釈されないようにする必要があり、交渉は簡単ではありません。

海洋環境を守れるか

南シナ海のサンゴ礁や水産資源は、国境に関係なくつながっています。

各国が漁業や埋め立てを続ければ、領有権問題が解決する前に、貴重な海洋生態系が失われる可能性があります。

漁獲量の管理、禁漁期間、サンゴ礁の保護、違法漁業の取り締まりなどでは、各国の協力が必要です。

南シナ海の領有権問題に関するよくある疑問

南シナ海は中国の領海なのですか?

南シナ海全体が中国の領海というわけではありません。

南シナ海には、沿岸国の領海、排他的経済水域、領有権が争われている海域、公海として扱われる海域などがあります。

中国は南シナ海の島々と広い範囲の海洋権益を主張していますが、その主張はフィリピン、ベトナム、マレーシア、ブルネイ、インドネシアなどの主張と重なっています。

南シナ海の領有権はどの国にあるのですか?

南シナ海全体を一つの国が所有しているわけではありません。

南沙諸島、西沙諸島、スカボロー礁などについて複数の国が領有権を主張しており、最終的な解決には至っていません。

また、島の領有権と、その周辺にどの程度の海洋権益が認められるかは別の問題です。

2016年の裁判で中国が負けたのですか?

一般には「中国が敗訴した」と表現されますが、仲裁廷は島の領有権そのものを決めたわけではありません。

九段線内で中国が主張する広範な歴史的権利には法的根拠がないこと、南沙諸島の地形は独自の排他的経済水域を生じさせないこと、中国の一部の活動がフィリピンの権利を侵害したことなどを判断しました。

中国は判断を受け入れていません。

人工島を造れば中国領になるのですか?

人工的に埋め立てて土地を造っても、それだけで領有権が認められたり、新たな排他的経済水域が発生したりするわけではありません。

地形の法的地位は、埋め立てる前の自然な状態を基に判断されます。

アメリカは南シナ海の領有権を主張していますか?

アメリカは南シナ海の島々について領有権を主張していません。

アメリカは、航行の自由、国際法の適用、フィリピンとの同盟、中国の軍事的影響力などを理由に関与しています。

日本は南シナ海問題の当事国ですか?

日本は島の領有権を争う当事国ではありません。

しかし、南シナ海は日本のエネルギー輸送と貿易にとって重要な航路であり、航行の自由や国際法に基づく秩序は日本の安全保障にも関係します。

南シナ海で戦争が起きる可能性はありますか?

各国とも全面的な軍事衝突は避けたいと考えていますが、可能性が全くないとは言えません。

船舶の衝突、放水、補給妨害などによって死傷者が出た場合や、軍や公船への攻撃と判断された場合には、対立が急速に拡大する危険があります。

まとめ

南シナ海の領有権問題は、島をどの国が所有するかだけを争っている問題ではありません。

排他的経済水域、漁業資源、石油・天然ガス、海上交通路、軍事拠点、中国とアメリカの対立、東南アジアの安全保障などが複雑に結び付いています。

中国は歴史的な権利と国家主権を主張し、フィリピンやベトナムなどは国連海洋法条約に基づく排他的経済水域を重視しています。

2016年の仲裁判断は、中国の九段線内における広範な歴史的権利を認めませんでしたが、中国が判断を受け入れていないため、現場の対立は解消されていません。

アメリカは航行の自由とフィリピンとの同盟を理由に関与し、日本もエネルギー輸送、貿易、国際法に基づく海洋秩序の観点から南シナ海を重視しています。

南シナ海での衝突を防ぐには、各国が国際法を尊重し、危険な接近や放水を控え、緊急時の連絡体制を整える必要があります。

また、ASEANと中国による実効性のある行動規範の策定、漁業資源や海洋環境の共同管理、平和的な話し合いを続けることが重要です。

南シナ海の領有権問題は、日本から遠く離れた海の問題ではありません。日本のエネルギー、物流、物価、企業活動、東アジアの平和と安全に直結する国際問題です。

参考資料

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