2026年1月末に発表された TVアニメ『名探偵コナン』×TVアニメ『僕のヒーローアカデミア』 の“周年コラボ”は、日本国内では「長寿作品同士の記念企画」として比較的穏やかに受け止められました。一方で、中国のSNS空間ではこのコラボをきっかけに、過去の経緯を含めた強い反発が再燃し、「ヒロアカだけでなく、コナンまで炎上している」という受け止め方が広がりました。
X上でも「ヒロアカがかつて中国で炎上した“丸太”問題が蒸し返され、その延長線上でコナンのコラボが火種になった」という趣旨の投稿が目立ち、断片的な情報が感情と結びつく形で拡散しています。
本記事では、感情的な評価や善悪の断定を避けつつ、
を整理し、背景構造として解説します。
今回の一連の動きの出発点は、2026年1月31日前後に行われた周年コラボの告知です。日本側では、
という二つの節目を重ねた「Wメモリアルイヤー」として位置づけられ、記念ビジュアルやコラボPVが公開されました。企画の文脈自体は、作品同士の歴史と人気を祝うものと説明されています。
日本のアニメファンの多くは、この企画を「記念的なコラボ」「作者同士の交流の象徴」と受け止めました。しかし、中国のSNSでは事情が異なります。コラボ相手がヒロアカであること自体が注目され、
といった声が一気に可視化されました。
この段階で重要なのは、コナン作品の内容そのものが批判対象になったわけではないという点です。批判の焦点は、あくまで「どの作品とコラボしたのか」という“組み合わせ”に置かれていました。
今回の炎上構造を簡潔に整理すると、次の三層に分けられます。
つまり、今回の騒動は「ヒロアカが新たに問題行動を起こした」結果ではなく、過去に強く刻まれた炎上の記憶が、関連ニュースをきっかけに再点火した現象と見るほうが実態に近いと言えます。
中国でヒロアカが語られる際、ほぼ必ず触れられるのが、2020年に問題視されたキャラクター名 「志賀丸太」 をめぐる騒動です。
当時、中国を含む海外の読者から、
といった強い批判が出ました。この指摘はSNSを通じて急速に拡散し、作品そのものの評価とは別の次元で、大きな社会的炎上へと発展しました。
その後、日本側ではキャラクター名の変更や謝罪が行われ、出版物や配信データの修正対応が取られました。日本の感覚では、これにより「問題は収束した」「一区切りがついた」と受け止められやすい流れです。
しかし、中国のSNS空間では、必ずしも同じ形で記憶が整理されません。一度大きく炎上し、「侮辱的だった」「問題のある作品だ」というラベルが貼られると、
が長期間記憶に残り続ける傾向があります。このため、数年後に関連する話題が出ただけでも、「あの問題の作品だ」という認識が即座に呼び起こされやすくなります。
今回の周年コラボは、まさにその“記憶のスイッチ”を押してしまった事例と考えられます。
今回の騒動で特徴的なのは、ヒロアカだけでなく、『名探偵コナン』側にも批判が及んだ点です。中国ではコナンは長年にわたり高い人気を保ってきた作品であり、多くのファンにとって「安心して支持できる存在」として位置づけられてきました。
そのため、反発の多くは単純な嫌悪感ではなく、
といった失望感として表出しやすくなります。人気が高く、期待値が高い作品ほど、その“選択”に対する評価も厳しくなりやすいという構図です。
この意味で、今回の炎上は「コナンが問題を起こした」というより、
コナンが選んだコラボ相手が受け入れられなかった
という形の巻き込み型炎上だと言えます。
反発が広がる中、中国でコナン関連の権利を扱う代理会社は、今回のコラボについて説明を行っています。その内容は、
といった点を強調するものでした。
論理的に見れば、これは「意図の説明」としては筋が通っています。しかしSNS上の炎上では、
が優先されることが少なくありません。そのため、「善意で行った」「政治的意図はない」という説明だけでは、怒りや失望を感じている側の納得につながりにくいのが現実です。
今回の件は、特定の国や作品に限らず、現代のSNS環境に共通する構造的問題も浮き彫りにしています。
SNSでは、背景や経緯を丁寧に説明した文章よりも、
といった短く断定的な表現のほうが拡散力を持ちます。その結果、複雑な経緯が単純化され、感情が先行しやすくなります。
作品内容そのものの是非であれば、修正や説明によって一定の合意形成が可能な場合もあります。しかし、歴史認識や民族感情の領域に入ると、
が判断基準となり、折り合いをつけることが非常に難しくなります。
一度「問題のあった作品」と記憶されると、その後の関連ニュースはすべて再燃のきっかけになり得ます。今回の周年コラボは、まさにその条件を満たしていました。
今後の展開は断定できませんが、一般論としては次のような対応が考えられます。
どの選択肢にも利点と欠点があり、今回のように「過去の記憶」が燃料となっているケースでは、完全な解決が難しいことも少なくありません。
SNSでは「ずっと上映禁止」「全面的に禁止されている」といった言い方が見られますが、
によって状況は変わり得ます。そのため、一言で断定するのは正確ではありません。
ただし、2020年の件が非常に大きな火種だったため、「中国では特に慎重に扱われる作品」というイメージが残り続けている点は、今回の反発からも読み取れます。
今回の「僕のヒーローアカデミア・中国で炎上」騒動は、単なる一時的な批判というより、
によって拡大した現象だと整理できます。
コラボを楽しみにしていた人にとっては残念な状況ですが、国際的に作品を展開する以上、文化・歴史・記憶の違いが“作品の外側”で摩擦として現れる可能性は避けられません。今回の件は、その難しさを改めて示した事例だと言えるでしょう。