「突然変異」と聞くと、どんなイメージが浮かびますか?
・SF映画のミュータント?
・スーパーヒーローの誕生?
・それとも病気や奇形?
実は、突然変異は決して特殊な現象ではありません。私たち人間を含む生物の進化そのものが、長い時間の中で積み重なった「突然変異」の結果とも言えるのです。
この記事では、理解しやすいよう、以下のような流れで話を進めていきます。
人間の体の奥底で起こる、小さな遺伝子の変化が、私たちの個性や進化の行方を左右している――そんな驚きの世界と突然変異の人間の例を、一緒に覗いてみましょう。
まずは用語の整理です。突然変異(mutation)とは、DNAの塩基配列が変化することを指します。塩基とは、DNAを構成するA(アデニン)、T(チミン)、C(シトシン)、G(グアニン)のこと。この並び方の変化が、タンパク質の作られ方や量を変え、体にさまざまな影響を及ぼします。
突然変異にはいくつかの種類があります。
多くの突然変異は、細胞の修復機構で修正されます。しかし修正されずに残ると、子孫に遺伝したり、がんなどの病気を引き起こす場合もあります。
では、なぜ突然変異は起こるのでしょうか?大きく分けると以下のような原因があります。
DNA複製の際のミスです。私たちの体では常に細胞分裂が起きていますが、そのたびにDNAもコピーされます。その精度は非常に高いのですが、時々間違いが起きるのです。
例えばヒトでは、細胞分裂ごとに約10億塩基あたり1塩基程度のエラーが起こると言われています。
外部からの刺激も突然変異の原因になります。
例えば紫外線はDNAのT同士を結合させる「チミンダイマー」という異常を引き起こし、皮膚がんの原因になります。
家系的に、突然変異が起きやすい体質もあります。DNA修復酵素に欠陥がある場合などです。
さて、ここからが本題です。実際に人間に起こる突然変異の例をいくつかご紹介します。これを知ると、「突然変異は怖いだけのものではない」と思えるかもしれません。
ヒトの青い目は、実は突然変異が生んだ特徴です。
もともとヒトの目の色は全員茶色だったと考えられています。およそ6000〜1万年前、黒海付近のどこかでOCA2遺伝子という遺伝子の調節領域に突然変異が起き、メラニンの生成量が減少。その結果、青い目を持つ人が登場したとされています。人間の突然変異の例と言っても、青い目は病気ではなく、ただの個性。現在では多くのヨーロッパ系の人々がこの変異を持っています。
赤毛も突然変異の例です。MC1R遺伝子に変異があると、髪のメラニン色素の比率が変わり、フェオメラニンという黄色〜赤系の色素が多く作られるため赤毛になります。
赤毛の人は紫外線に弱く皮膚がんのリスクが高い一方、痛みに強いという研究結果もあります。人間に起きた突然変異が「性質」にも影響する好例です。
色覚異常はX染色体上の遺伝子の突然変異で起こることが多いです。特に赤緑色覚異常は男性に多く、人口の約5%がこの変異を持つと言われます。
ただ、色覚異常の人は迷彩柄を見破るのが得意という報告もあり、かつては狩猟採集社会で優位性があったとも考えられています。
哺乳類は成長すると乳糖(ラクトース)を分解できなくなるのが普通です。しかしヒトでは、ラクターゼ遺伝子の突然変異によって大人になっても乳糖を分解できる人が生まれました。
これは約1万年前、牧畜が始まった地域で生じたとされます。乳製品を食料源にできるこの変異は、寒冷地での生存に有利でした。
もちろん、突然変異がもたらすものは良いことばかりではありません。多くの遺伝病は突然変異によるものです。代表的な例を挙げます。
βグロビン遺伝子の1塩基置換が原因。赤血球が鎌型になり血管を詰まらせる病気です。ただしこの変異を1コピーだけ持つ人はマラリアに強いという「有利な側面」もあります。
ジストロフィン遺伝子の変異により筋力が低下する病気。遺伝性疾患の中でも特に深刻です。
遺伝子のCAG繰り返し数が異常に増える突然変異で発症。30〜40代から神経障害が進行する難病です。
映画のような「超人」はいませんが、実際に異例の身体能力を生む突然変異も存在します。
ミオスタチンは筋肉の増殖を抑えるタンパク質。これに変異が起きると、筋肉が異常に発達します。ドイツの少年が生まれつきこの変異を持ち、普通の子の2倍の筋力を持つことが報告されました。
人体ではありませんが有名な例。子宮頸がん患者ヘンリエッタ・ラックスさんの細胞(HeLa細胞)は突然変異で「無限に分裂する能力」を獲得。がん研究を支え続けています。
ここまで見ると、突然変異は単なる「異常」ではなく、進化の原動力であることがわかります。
これらはすべて、人類の進化の歴史で環境に適応した結果です。環境に有利な変異は集団に広まり、不利な変異は淘汰される。それがダーウィンの進化論の基本です。
一方で病気の原因になる変異も残るのはなぜでしょうか?
例えば鎌状赤血球症は、マラリアに強くなるという利点があるため、アフリカなどのマラリア流行地で一定の頻度で残っているのです。このように、一つの変異が「良い側面」と「悪い側面」を併せ持つことを**遺伝的多型(ポリモルフィズム)**と言います。
最後に、遺伝子編集という現代科学の話題に触れましょう。
CRISPR-Cas9技術によって、特定の遺伝子配列を自由に書き換えられるようになりました。
など、多くの応用が期待されています。しかし、一歩間違えば「デザイナーベビー」という倫理問題もはらみます。突然変異を克服するための技術が、人類の進化を人工的に変えてしまうかもしれないのです。
突然変異は決して珍しい現象ではありません。
すべてが、DNAのわずかな変化に由来します。
そして現代の遺伝子編集技術は、この突然変異を制御する可能性を秘めています。私たちは今、進化と倫理のはざまに立っているのかもしれません。
突然変異は怖いだけのものではなく、人間の歴史や未来を形作る重要な存在。そんな目で、これからのニュースや研究成果を見てみると、きっともっと面白く感じるはずです。
私たちの体は毎日、何十億もの細胞分裂を繰り返しています。このとき、DNAがコピーされるたびに平均して約10万個の遺伝子エラー(突然変異)が発生していると言われています。ほとんどはすぐに修復されるため、問題にはなりません。
現代では色覚異常と認識される赤緑色盲の遺伝子は、かつて狩猟採集社会において有利だったという説があります。緑の葉の中に隠れた赤い実や、カモフラージュされた獲物を見つけやすいという利点があったため、この遺伝子が残ったと考えられています。
日本人に多く見られる、お酒を飲むと顔が赤くなる体質(フラッシング反応)も突然変異によるものです。アルコール分解酵素であるALDH2の遺伝子に変異があると、アセトアルデヒドを分解できず、体内に蓄積されてしまうのです。
「SCN9A」に変異があると、生まれつき痛みをまったく感じない人がごくまれにいます。これは、神経細胞が痛み信号を脳に送る仕組みに欠陥が生じるためです。しかし、痛みを感じないことで、怪我や病気に気づきにくく、命に関わるリスクも伴います。
ホッキョクグマの白い毛皮は、実は突然変異がもたらした進化の例です。メラニン色素を作る遺伝子「MC1R」に変異が起き、色素が作られなくなったことで白い毛を持つ個体が生まれ、それが雪景色の中でカモフラージュするのに役立ち、子孫を増やしたと考えられています。
宇宙空間の放射線は、地上よりもはるかに強力です。宇宙飛行士は長期間にわたり放射線を浴びるため、地上にいる人よりも突然変異が起こりやすいとされています。そのため、彼らの遺伝子を定期的に分析し、健康への影響が研究されています。
ヒトとチンパンジーの遺伝子は約98.8%が同じです。しかし、人間のDNAには「ジャンクDNA」と呼ばれる、機能が不明な部分が多く存在します。このジャンクDNAの突然変異が、人間特有の脳の発達や病気の原因になっている可能性が指摘されています。
肌の色を決める遺伝子とは別に、髪や目の色を決める遺伝子があります。オーストラリアのアボリジニの子どもたちの中には、黒い肌と金髪、青い目を併せ持つ子が生まれることがありますが、これは突然変異によって髪の色が薄くなる現象で、ヨーロッパ系の遺伝子とは無関係とされています。
コミックのような超人的な突然変異は現実的ではありませんが、私たちの体には「不老」のヒントとなる遺伝子があります。例えば、一部の長寿家系では、テロメアという染色体の末端を修復する酵素「テロメラーゼ」が活性化していることがわかっており、老化を遅らせる研究が進められています。
私たちの嗅覚や味覚は、遺伝子の突然変異によって個人差が大きく異なります。特定の遺伝子に変異がある人は、他の人が感じられない微細な匂いや、苦味を強く感じることができます。この感覚の鋭さが、かつて毒物の感知などで生き残るのに役立った可能性も考えられています。