アメリカ・国旗毀損罪
国旗損壊罪はアメリカで成立するのか?
判例・現行法・最新動向(2025年版)
アメリカでは、自分の所有物である合衆国旗を、抗議や政治的表現として燃やす・汚すなどの「国旗損壊」行為は、原則として憲法修正第1条(表現の自由)により保護され、刑事処罰の対象にはなりません。ただし、放火・器物損壊・盗難・火災条例違反・治安妨害など、別の一般刑事法規に該当する場合は処罰され得ます。また、公的施設や他人の所有物の旗を損壊すれば、表現の自由とは別に財産犯罪として処罰対象です。
1. なぜ「国旗損壊罪」はアメリカで成立しないのか
アメリカの連邦最高裁は、国旗損壊そのものを犯罪として禁止する立法は、政治的象徴への見解の相違を理由に言論を抑制する「内容差別的規制」であり違憲と判示してきました。とくに次の二つの判決が決定的です。
- Texas v. Johnson(1989):共和党全国大会の抗議デモで旗を焼いた被告の有罪(テキサス州法)が5対4で違憲とされ、旗焼きは「象徴的言論」で保護されると確立。
- United States v. Eichman(1990):連邦議会が制定したFlag Protection Act(1989)に基づく起訴も違憲。連邦レベルの国旗損壊処罰は不可能であることが再確認されました。
この流れは、
- Street v. New York(1969)(旗に対する侮辱的言辞の処罰を違憲と示した先行例)、
- Smith v. Goguen(1974)(「軽蔑的に扱う」など曖昧な文言の国旗法の**不明確性(void for vagueness)**を指摘)、
- Spence v. Washington(1974)(旗にピースマークを貼る等の加工表示も政治的表現として保護)
といった判例ラインに位置づけられます。
2. それでも逮捕・起訴され得る「別件」—実務上のリスク
最高裁は**「旗の象徴そのものを守るためだけの刑罰」を禁じていますが、行為の態様次第では別の犯罪構成要件**に該当します。典型例:
- 放火・危険物規制:屋外での火気使用、可燃物の扱い、環境・公害規制違反など。
- 器物損壊・窃盗:他人や公共機関の旗を傷つけたり、店舗の掲揚旗を無断で持ち去るなど。
- 不法侵入・業務妨害:私有地・公共施設での無許可デモ、営業時間中の乱入など。
- 治安・秩序条例:危険・混乱を生じさせるやり方(道路占拠、通行妨害、騒擾)での実施。
ポイント:「表現の自由」≠「方法の自由」。内容で差別はできませんが、場所・時間・方法について内容中立の合理的規制(いわゆるtime, place, and manner規制)は有効です。
3. 連邦法・州法・フラッグ・コードの現在地

- 連邦法の現状:1989年のFlag Protection ActはEichman(1990)で違憲。条文自体(旧18 U.S.C. §700)は象徴的言論に対しては適用不能と解されています。
- 州法の現状:多くの州に旧来の「国旗侮辱」条項が名目的に残存しますが、Johnson/Eichman以降は実質的に執行不能です(起訴しても違憲無効となるのが通例)。
- U.S. Flag Code(合衆国旗章):旗の取り扱いマナーを定める作法規定(4 U.S.C. §8 等)で、私有地の私人に罰則を科す性質のものではありません。したがって、フラッグ・コード違反=犯罪ではありません。
4. 2025年の行政動向:大統領令とその限界

2025年8月25日、連邦行政府は**「合衆国旗焼却の訴追に関する大統領令」を発出し、司法省に対し旗焼き事案の積極訴追や他の適用法令(騒乱・公害・火災・移民関連など)での起訴可能性の検討**を指示しました。
- もっとも、この種の大統領令は法律そのものを新設するものではなく、最高裁の違憲判例(Johnson/Eichman)を覆す効力はありません。
- 実務的には、旗焼きそのものではなく、付随行為(火気・危険・財産侵害等)に焦点を当てた個別法適用が増える可能性があります。
実務上の見立て:平穏な条件で自分の旗を燃やす等の純粋に象徴的な表現は、引き続き合衆国憲法の強い保護下にあります。他方、公共安全や所有権侵害が絡むケースでは、起訴・有罪が現実的にあり得ます。
5. よくある誤解と正確な理解
Q1. 「アメリカでは国旗を燃やすと犯罪」では?
- 誤り。自分の旗を平穏に燃やす行為は、政治的表現として保護され、それだけでは犯罪になりません。
Q2. フラッグ・コード(国旗の扱いルール)に違反したら逮捕?
- 逮捕されません。マナー規定であって私人に刑罰を科す法律ではないためです。
Q3. 州法に「国旗侮辱罪」が残っている州もあると聞きました。
- 一部に形式上は条項が残存しますが、Johnson/Eichman 以降は違憲無効として扱われ、実効性はありません。
Q4. 学校や公的施設での旗焼きは?
- 施設管理権や利用規則、消防規制、未許可の火気使用などで停止・退去・処分の対象になり得ます。表現の自由は公共施設の利用規則を免除しません。
Q5. 外国人が旗焼きしたら、入国・在留に影響?
- 大統領令が移民法上の措置に言及することはありますが、個別事案の適法性や合憲性は争われ得ます。政治的表現としての旗焼き自体は憲法上の保護対象であることに注意が必要です。
6. 実際に起こりやすい「適法」な表現のやり方(理論上)
※以下は法的構造の理解を助けるための一般論であり、具体的な行為を推奨するものではありません。
- 私有地(自分の敷地)・自分の旗で、近隣の安全に配慮し、許可が必要な火気規制に従い、他者の財産や通行を妨げない方法で行う——このような条件が整えば、表現としての旗焼きは保護されやすいと理解されています。
7. 逆に違法・有罪に傾きやすい典型パターン
- 他人の旗(店舗・個人宅・官公庁)を無断で毀損(=器物損壊・窃盗)
- 公共の場での無許可の火気使用(=消防・環境・公害規制違反)
- 交通遮断・危険行為(=治安条例・業務妨害)
- 暴行・脅迫・扇動行為を伴う抗議(=別個の刑法犯)
8. 時系列まとめ:主要判例と政策動向
- 1969:Street v. New York(旗に関する侮蔑的言辞の処罰は違憲)
- 1974:Smith v. Goguen(「軽蔑的に扱う」等の曖昧規定は違憲)
- 1974:Spence v. Washington(旗の改変表示も保護)
- 1989:Texas v. Johnson(旗焼き=象徴的言論、州の処罰は違憲)
- 1990:United States v. Eichman(連邦法の処罰も違憲)
- 2000年代以降:憲法改正(Flag Desecration Amendment)の試みが繰り返し提案も未成立
- 2025年:旗焼き訴追に関する大統領令。ただし最高裁判例を直接変更する効力はなし。
9. まとめ
- アメリカでは、国旗損壊そのものを刑罰化することは違憲とする最高裁判例が確立しています。
- 一方で、公共安全・所有権・秩序維持に関わる別法令での訴追は現実的にあり得るため、場面・方法により法的リスクは大きく変わります。
- フラッグ・コードはマナー規範であり、私人への刑罰規定ではないことを押さえましょう。
- 2025年の行政動向は、訴追姿勢の変化を示しつつも、最高裁の違憲判例の枠内で運用される点に注意が必要です。
※本稿は一般的な情報提供であり、法的アドバイスではありません。