イスラエルは「スタートアップ国家」として世界的に注目されており、その革新的な技術力とエコシステムは、日本の大手企業からスタートアップまで、多様な形態での進出を促しています。
日本とイスラエルの経済関係は、歴史的に複雑な背景を持っています。国交樹立後も、日本は1990年代までアラブ諸国からのイスラエルボイコット要求を強く受け入れていたため、両国間の経済関係は長らく制限されてきました。この状況が、経済交流の進展を阻害する主要な要因となっていました。
一方、イスラエル経済自体も、建国初期の大規模なインフラ整備や軍事関連技術の発展を基盤とし、1980年代に電子産業が年率12%の急成長を遂げ、経済が安定し始めたという独自の歴史的経緯を辿っています。
しかし、近年、日本とイスラエルの経済関係は顕著な拡大と深化を見せています。貿易・投資ともに増加傾向にあり、特に先端技術分野における企業や組織間の連携が数多く進展し、人材の相互移動も活発化しています。
2014年までのイスラエルへの日本の援助総額は約11億円と比較的少額でしたが、2021年には日本からイスラエルへの投資額が過去最大を記録しました。新型コロナウイルス感染症のパンデミック下にもかかわらず、企業間の協業事例は前年比で増加しています。これは、従来の販売代理店契約が中心であった関係性から、製品やサービスの共同開発・改良を目指す業務提携へと、協力の質が変化していることを示しています。
現在の貿易関係を見ると、日本とイスラエルの貿易額は近年拡大しているものの、日本貿易全体の約0.2%程度と依然として小規模に留まっています。
日本の経済規模を考慮すると、今後さらなる貿易拡大の余地が大きいと考えられます。
現時点において、イスラエルに進出している全ての日本企業を網羅した、公式かつ公開されている包括的なリストは存在しません。JETROや日本イスラエルビジネス協会(JIBA)のウェブサイトでは、個別のニュースリリースや会員数のジャンル別内訳は提供されていますが、具体的な企業名のあるイスラエルに進出した日本企業の一覧といった完全なリストは公開されていません。
この状況は、単に情報が不足しているというよりも、以下の要因によるものです:
日本企業のイスラエル進出は、単なる物理的な支店や子会社の設立に留まらず、研究開発(R&D)拠点の開設、現地スタートアップへの投資、共同開発、業務提携、合弁会社の設立など、非常に多様な形態をとっています。
たとえば、製造業では保守サービスや販売目的の進出が最多である一方、イスラエルの革新的なスタートアップとの協業や出資を目的とした動きも顕著に増加しています。
イスラエルに進出した日本企業一覧といった包括的なリスト作成は難しいものの、多くの日本企業がイスラエル市場で積極的に活動しており、具体的な事例は以下のとおりです。
日本企業名 | イスラエル企業/パートナー名 | 進出/投資形態 | 主要な事業分野/技術 | 確認された時期/情報源 |
---|---|---|---|---|
富士通 | Panaya, SCADAfense, (自社拠点) | 戦略的パートナーシップ、投資、R&D拠点設立 | IT、AI、ネットワークセキュリティ、IoTセキュリティ | 2022年12月 (R&D拠点), 2023年8月 (Panaya), 2023年4月 (SCADAfense) |
サカタのタネ | (自社拠点) | イノベーション拠点設立 | 農業、イノベーション | 2023年6月 |
NTTグループ | NTT Innovation Laboratory Israel, Viner.ai, Claroty | 現地法人設立、協業、戦略的技術提携 | 先端技術探索、AI、ネットワークセキュリティ、ウェアラブル端末、サイバー防衛 | 2021年7月 (NTT Lab), 2023年12月 (Viner.ai), 2024年 (Claroty) |
トヨタグループ(トヨタ・ベンチャーズ、ウーブン・キャピタル含む) | Foretellix, Capow, brain.space, UVeye, Intuition Robotics (ElliQ), Ree Automotive | 投資、共同開発 | 自動運転検証技術、ワイヤレス充電、脳波解析、AI検査ステーション、高齢者向けロボット、インホイールモーター | 2023年5月 (Foretellix), 2025年4月 (Capow, brain.space), 2025年3月 (UVeye), 2017年 (Intuition Robotics), 不明 (Ree Automotive) |
三井物産グループ(Magenta Venture Partners含む) | Onebeat, SENSOS | 出資 | 小売テック、半導体(AI) | 2023年6月 (Onebeat), 2024年 (SENSOS) |
住友商事グループ | IN Venture (CVC), SENSOS | 投資、出資 | スタートアップ投資、半導体(AI) | 2019年 (IN Venture設立), 2024年 (SENSOS) |
ソフトバンク(Vision Fund含む) | OurCrowd, Wiz, CyberReason Japan | 出資、投資、合弁会社設立 | VCファンド、サイバーセキュリティ | 不明 (OurCrowd), 2024年 (Wiz), 2016年 (CyberReason Japan) |
三菱UFJ銀行 | Liquidity Capital | 投資ファンド設立 | フィンテック、スタートアップ融資 | 2022年5月 |
丸紅 | Orca AI Ltd., Mobileye | 業務提携、協業 | 船舶用周辺認知システム、自動運転ロボタクシー | 2023年7月 (Orca AI), 2025年3月 (Mobileye) |
三菱重工 | ZutaCore社 | 投資、協業 | 直接チップ液冷技術、データセンターソリューション | 2023年10月 |
SBIホールディングス | Orasis Pharmaceuticals, Secret Double Octopus, (ファンド設立) | 出資、戦略的投資 | 眼科医薬品、パスワードレス認証、スタートアップ投資 | 2024年 (Orasis, Secret Double Octopus), 2021年 (ファンド設立) |
キヤノン・エクイティ | Quantum Source | 投資 | 量子コンピューティング | 2024年 |
オムロンヘルスケア | トライコグ | 資本・業務提携 | 心電図解析AI技術、遠隔診療 | 2023年4月 |
味の素 | Hinoman | 出資 | 食品(藻類プロテイン) | 不明 |
ソニー | Altair Semiconductor, SENSOS | 買収、投資 | LTE通信モデムチップ、半導体(AI) | 不明 (Altair), 2024年 (SENSOS) |
DNP(大日本印刷) | イスラエル・エアロスペース・インダストリーズ(IAI) | 訓練システム活用 | サイバーセキュリティ人材育成 | 不明 |
アミューズ | eggXYt社 | 出資 | 卵業界(ヒヨコ雌雄鑑別技術) | 2024年 |
東京貿易グループ | Gauzy | 出資 | ナノテクノロジー | 2024年 |
住友生命保険 | The Empathy Project Ltd. | 投資 | グリーフケア | 2024年 |
飯野海運、NYK | theDOCK(海事VCファンド) | 出資 | 海事関連ベンチャー投資 | 2023年6月 (飯野海運), 2023年 (NYK) |
東朋テクノロジー | (イスラエルスタートアップ複数) | 協業拡大 | 不明 | 2023年 |
オキサイド | (イスラエル企業) | 買収 | 量子分野 | 2023年 |
メガチップス | Sckipio | 戦略的投資 | 半導体 | 2018年5月 |
ナイキ | INVERTEX | 買収 | IT | 2018年4月 |
ポルシェ | ANAGOG社 | 投資 | スタートアップ | 2018年4月 |
GE | (イスラエル-日本のIoTスタートアップ) | 買収 | IoT | 2018年 |
日立、三菱自動車 | (Who Profits Research Centerによる名指し) | 関連企業として指摘 | ヨルダン川西岸への入植関連 | 不明 |
イスラエルが日本企業にとって魅力的な進出先となっている最大の要因は、その類まれな**「スタートアップ国家」**としての地位にあります。
人口10万人あたりのユニコーン企業数ではアメリカを上回り、世界一を誇るという実績があります。これは、革新的な技術とビジネスモデルを生み出す強力なエコシステムが存在することの証明です。
そのエコシステムを支えているのが、以下のような高度教育機関と人材の質です:
これらの大学は、世界的に高い評価を受けており、継続的に高度な技術人材を輩出しています。
イスラエルは、「革新能力」と「起業家精神」において世界第1位にランクされています。
その労働力には以下のような特徴があります:
これらが、イスラエルのスタートアップエコシステムの強靭な推進力となっているのです。
イスラエルのイノベーションの根底には、「必要は発明の母」という文化的価値観が深く根付いています。これは以下のような制約条件から生まれました:
このような背景のもとで培われた「課題解決力」は、以下のような具体的成果を生んでいます:
これらはイスラエル国内のみならず、地球環境全体への貢献ともなっています。
イスラエルの技術開発史を見ると、1980年代に電子産業が軍事技術をベースに急成長し、その後民間分野に転換したという経緯があります。
たとえば:
こうした企業は、軍事レベルの厳しい要件下で技術開発を行っていたため、非常に実用性・信頼性が高いという特長を持っています。
また、防衛分野で要求される「即応性」が、市場の課題を迅速に把握し対応する力に転化されている点も見逃せません。
このような背景から、日本企業がイスラエルに進出する動機は、単に最新の技術やスタートアップの知見を得るだけにとどまりません。
むしろ、
といったイスラエルのイノベーションに魅力を感じているのです。
たとえば:
といった行動の背景には、こうした価値観の共有があります。
特に日本の製造業が長年培ってきた以下のようなノウハウと、イスラエルの実用的イノベーションが組み合わさることで、相乗効果が期待されています:
この融合は、新しい製品やサービスの開発だけでなく、グローバル市場での競争力強化にもつながる、大きな可能性を秘めています。