読み書きができるはずなのに、日常生活に必要な文書を理解できない——。そんな状況に陥っている人々が、実は世界中に数多く存在しています。彼らは「機能的非識字者(Functional Illiterates)」と呼ばれ、現代社会が抱える深刻な問題の一つとなっています。
本記事では、「機能的非識字とは何か?」という基本から、その背景、影響、さらには日本や世界の現状について詳しく解説します。加えて、教育・福祉・雇用といった観点からの対策や支援策についても紹介し、社会全体でこの問題にどう向き合うべきかを考察していきます。
「機能的非識字(Functional Illiteracy)」とは、読み書きがある程度できるにもかかわらず、日常生活で求められる水準の読み書き能力を持たない状態を指します。
つまり、文字を読んだり書いたりはできても、その情報を理解し、活用することができないという状態です。現代社会では、単に「字が読める・書ける」だけでは不十分で、情報を正しく解釈し、判断を下す能力、すなわち「実用的リテラシー」が必要とされています。
こうした人々は、“文字を読める”という意味での「非識字者(illiterate)」ではなく、日常生活で機能するための「実用的なリテラシー」が不足しているという意味で「機能的非識字者」と呼ばれます。
さらに、現代社会では「金融リテラシー」「情報リテラシー」「医療リテラシー」なども必要とされる場面が多く、これらが欠如していると、詐欺被害やネットトラブル、健康上のリスクにもつながる可能性があります。
機能的非識字のもう一つの大きな問題点は、本人に「自覚がない」ことが多いという点です。文字を読めるがゆえに、自分が文書を正しく理解できていないことに気づかず、誤った判断や行動を繰り返してしまうケースが少なくありません。
また、機能的非識字の人は日常的に読書をしない傾向があります。活字に接する機会が少ないことで、語彙の蓄積や論理的思考力の発達が妨げられ、ますます読解力が伸び悩むという悪循環に陥るのです。新聞や長文のコラムを避け、短いSNS投稿や動画にばかり触れていると、言語理解の精度は低下しやすくなります。
さらに、文書を読んでも全体を統合的に把握する力が弱く、理解できる箇所だけを部分的に抜き出し、自分の都合のよいように解釈してしまうことが多いのも特徴です。これは情報の断片化によって、本来の意味から逸脱した理解を生み出す原因となります。
このような読み方は、情報の「つまみ食い」とも言え、背景や文脈を無視して結論を急ぐ傾向を生みます。文章の主旨や立場を正確に理解するには、個々の文の意味だけでなく、文脈全体を踏まえた読解力が必要です。
この傾向は、デマやフェイクニュースに対する脆弱性にもつながります。その文章の中で論理が一応通っているように見えれば、内容が実際に正しいかどうかを他の情報源と照合することなく信じてしまうのです。つまり、一般的な事実と照らし合わせて総合的に判断する力が欠けているため、情報の真偽を見抜くのが困難になります。
加えて、こうした人々は「専門家の見解」と「個人の体験談」を同列に捉える傾向があり、信憑性の評価が苦手です。特定のブログやYouTube動画、SNSで見た情報を「納得できるから正しい」と感じてしまうのは、情報を文脈と整合的に照合する能力が弱いためです。
こうした認知傾向は、個人だけでなく社会全体に混乱をもたらすリスクがあり、教育・メディアリテラシーの重要性を改めて浮き彫りにしています。教育現場やメディアの側にも、読み手の「理解力の段差」に配慮した表現や補足が求められる時代になってきています。
アメリカでは、教育省が支援する「National Assessment of Adult Literacy(NAAL)」の調査によると、
📉 成人の約21%(≒4400万人)が機能的非識字者であるとされています。
また、イギリス、カナダ、フランスなど他の先進国においても、人口の10〜25%程度が機能的非識字に該当するとする調査結果があります。
ヨーロッパでは、OECD加盟国を対象とした調査(PIAAC:国際成人力調査)によれば、**先進国でも約10〜20%の成人が“日常生活に必要なリテラシーを持っていない”**ことが分かっています。教育水準の高い国であっても、現実には多くの成人が複雑な情報処理に課題を抱えているのです。
さらに、発展途上国においては教育インフラの不足から、表面上の識字率の改善があっても実際には「意味の理解」まで達していないケースが多数報告されています。特に読み書き教育が形式的に行われている国では、機能的非識字者の割合が非常に高くなる傾向があります。
日本では、一般的に「識字率はほぼ100%」とされてきました。しかし、文部科学省や厚生労働省による調査、そしてPIAAC(国際成人力調査)によると、
という現実があります。
また、日本の「機能的非識字」の特徴として、「文字は読めるが、文章の意味を知的に把握できない」という読解力の問題が顕著です。これは、“読めているつもり”が実は理解につながっていないことを意味します。
さらに近年では、スマートフォンの普及によって「書く力」が弱まり、「読む力」も短文中心になっていることから、実用的なリテラシーが低下する傾向が見られています。SNSの影響で「行間を読む」「背景を理解する」能力が弱まり、複雑な文章に対応できなくなる現象も問題視されています。
機能的非識字者の読解力や計算力は、偏差値で表現するならば、
偏差値35〜40未満(全体の下位10〜15%)
程度に該当すると考えられます。ただし、偏差値という指標はあくまで相対的なものであり、社会生活においてどれだけ支障があるかは個別の状況により異なります。
加えて、国際的なリテラシー評価テスト(例:PIAAC)では、「Level 1(最も低いレベル)」に該当する人々がこの層と重なる傾向があります。Level 1では、単純な情報の検索や事実の抽出はできても、推論や応用が必要な場面では理解が困難になります。日本でもこのLevel 1に該当する人々が、成人全体の10%以上にのぼるとされています。
機能的非識字に陥る要因には、さまざまなものがあります。
機能的非識字は、個人だけでなく社会全体にも影響を及ぼします。
「機能的非識字」とは、文字が“読める”という表面的な理解を超え、「本当に意味を理解し、行動に結びつける力があるかどうか」が問われる問題です。
日本においても“見えにくい”課題として静かに存在し続けており、今後ますます重要性を増すテーマとなっていくでしょう。私たち一人ひとりがこの問題を知ることで、誰かの生きづらさを理解し、支えるきっかけになるかもしれません。
一見すると「普通に生活できている人」が、実は深刻な非識字状態にある場合もあります。社会全体での理解と包摂的な支援が求められています。
教育現場、家庭、職場、地域がそれぞれ連携し、多様なリテラシーを育む社会へと歩むことが、私たちの未来を豊かにする鍵となるでしょう。