朝ドラ『風、薫る』のモデル人物として大関和や鈴木雅に注目が集まる中で、「トレインドナースとは何か」という言葉の意味が気になる人も増えています。今ではあまり日常的に使う言葉ではありませんが、日本の近代看護の歴史を語るうえで非常に重要なキーワードです。
結論からいうと、トレインドナースとは、経験だけに頼るのではなく、学校や養成所などで系統的・組織的な教育訓練を受けた看護師のことです。英語の「trained nurse」をそのままカタカナにした表現で、日本では明治時代に西洋式の近代看護が導入される中で使われるようになりました。
この記事では、トレインドナースの意味、なぜ重要なのか、日本ではいつごろ始まったのか、そして朝ドラ『風、薫る』のモデル人物である大関和や鈴木雅とどのように関係しているのかまで、わかりやすく整理していきます。
トレインドナースとは、簡単にいえば「正規の教育と訓練を受けた看護師」という意味です。
ここで大切なのは、「看病をしたことがある人」とは違う、という点です。昔は、病人の世話をすること自体は家族や付き添い人でも行っていました。しかし近代看護では、患者の体調を観察し、衛生を守り、医師の治療を理解して支え、病室の環境を整えるなど、専門的な知識と技術が求められるようになります。
つまりトレインドナースとは、善意や経験だけで看護する人ではなく、学んだ知識と訓練に基づいて看護を行う人を指す言葉なのです。
この言葉の核心は、「トレインド=訓練された」という点にあります。
現代では、看護師が専門職であることは当たり前に思われています。しかし明治時代の初めごろまでは、日本では看護という仕事そのものが今ほど明確に専門職化されていたわけではありませんでした。
そのため、「きちんと教育を受けた看護師」と「そうではない看病人」を区別する必要がありました。そこで使われたのが、トレインドナースという考え方です。
この言葉には、看護を単なる手伝いではなく、知識・技術・倫理を備えた専門的な仕事として位置づける意味がありました。つまりトレインドナースという言葉の広がりは、そのまま看護という職業の近代化と深く結びついていたのです。
日本でトレインドナースという考え方が広がった背景には、明治時代の近代化があります。
明治維新の後、日本は医療や教育の分野でも西洋の制度を積極的に取り入れていきました。医師の養成だけでなく、病院の仕組みや衛生管理の考え方も大きく変わり始めます。その中で、患者の回復を支える看護についても、従来の付き添い的な世話から、より専門的な技術を持つ仕事へと変わっていきました。
特に大きかったのが、ナイチンゲールの影響を受けた近代看護の導入です。清潔の保持、観察、記録、規律、患者への継続的なケアといった考え方が、看護教育の中で重視されるようになりました。
こうした流れの中で、学校や養成所で学び、病院で実地訓練を受けた人たちが、日本でも最初期のトレインドナースになっていったのです。
日本のトレインドナースの代表としてよく挙げられるのが、大関和です。
大関和は、現在の栃木県大田原市出身で、桜井女学校附属看護婦養成所の第1期生として学びました。そして帝国大学医科大学附属第一医院で実地実習を受け、日本でも最も早い時期に正規の看護教育を受けた看護師として歩み始めました。
ここで重要なのは、大関和が単に看護の仕事をした人ではなく、「訓練を受けた看護師」という新しい存在の象徴だったことです。彼女は帝国大学医科大学第一医院で初代の外科看病婦取締を務め、その後も知命堂病院などで看護教育や後進育成に尽力しました。
つまり大関和は、日本においてトレインドナースという概念を実際の現場で形にした代表的人物の一人なのです。
大関和と並んで重要なのが鈴木雅です。朝ドラ『風、薫る』は、この二人をモチーフにした作品とされています。
トレインドナースという言葉を理解するうえでは、一人の偉人だけを見るのではなく、同じ時代に学び、新しい看護のあり方を切り開いた人々がいたことを知るのが大切です。
つまり、トレインドナースとは単なる資格名というよりも、日本の近代看護の出発点に立った女性たちを象徴する言葉でもあります。『風、薫る』がダブルヒロイン形式になっているのも、その時代の看護が一人ではなく複数の先駆者によって切り開かれたことを感じさせます。
トレインドナースを理解するには、それ以前の看病との違いを見るのがわかりやすいです。
昔の看病は、家族の献身や付き添い人の経験に頼る部分が大きく、方法が統一されていないことも少なくありませんでした。もちろん、それ自体に価値がなかったわけではありません。家族が患者を支えることは重要でしたし、経験から学ばれた知恵も多くありました。
しかし近代医療が広がる中では、それだけでは足りなくなっていきます。病院で多くの患者をみるには、衛生管理、観察、記録、医師との連携、処置の補助などを一定の基準で行う必要がありました。
そこで必要になったのが、きちんと教育された看護師、すなわちトレインドナースです。
この変化はとても大きな意味を持っています。看護が「誰でもできる世話」から、「学ばなければ担えない専門職」へと変わっていったからです。
似ている部分は多いですが、完全に同じではありません。
現在の看護師は、法律や国家資格制度のもとで教育を受け、免許を得て働いています。一方、明治期のトレインドナースは、まだ看護制度そのものが整いきっていない時代に登場した存在でした。
そのため、現代の看護師制度の完成形と比べると、教育制度も資格制度もまだ発展途上でした。それでも、系統的な教育と病院実習を経て看護にあたるという点で、現在の看護師の原型といえる存在でした。
つまり、トレインドナースとは「今の看護師の前身」「近代的な看護師の始まり」と考えるとわかりやすいでしょう。
トレインドナースという言葉には、単なる職業名以上の歴史的な意味があります。
第一に、看護が近代化したことを示す言葉であることです。教育を受けた看護師が現れたことで、看護は経験や善意だけに支えられる仕事ではなく、学問と訓練に基づく職業へと変わっていきました。
第二に、女性の職業史の中でも重要な意味を持つことです。明治時代の女性にとって、外で学び、専門技術を身につけ、社会で役割を果たすことは決して簡単ではありませんでした。トレインドナースは、そうした時代に女性が専門職として自立していく流れの象徴でもありました。
第三に、医療の質を底上げしたことです。医師だけではなく、訓練を受けた看護師が患者に継続的に関わることで、病院医療そのものの質が向上していきました。看護の近代化は、医療全体の近代化の一部でもあったのです。
『風、薫る』のモデル人物がトレインドナースだったと知っておくと、ドラマの見え方がかなり変わります。
たとえば、主人公が学ぶ場面、病院で苦労する場面、看護の意味を模索する場面などは、単なる個人の成長物語ではなく、日本にまだ存在しなかった新しい職業を作っていく過程として見ることができます。
また、トレインドナースという言葉を知っていれば、主人公たちがただ“やさしい女性”として描かれているのではなく、専門職としての誇りと責任を持って進んでいく人物として理解しやすくなります。
つまり、『風、薫る』は単なる看護の物語ではなく、日本で近代看護がどのように始まったのかを感じられる作品としても楽しめるのです。
今の時代にトレインドナースという言葉を聞く機会は多くありません。しかし、その意味をたどると、現代の看護師という仕事がどのように形づくられてきたのかが見えてきます。
私たちが病院で接する看護師は、観察力、技術、判断力、対人支援の力を備えた専門職です。その出発点には、「看護は学ぶものだ」「訓練によって支えられる専門職だ」というトレインドナースの考え方がありました。
その意味で、トレインドナースという言葉は過去の用語ではあっても、今の医療や看護につながる大切な歴史のキーワードだといえます。
トレインドナースとは、学校や養成所で系統的・組織的な教育訓練を受けた看護師のことです。英語の「trained nurse」に由来し、日本では明治時代に近代看護が導入される中で使われるようになりました。
それまでの看病との大きな違いは、経験や善意だけではなく、知識と技術に基づいて患者を支える点にあります。衛生、観察、記録、医師との連携、環境管理などを学び、実地訓練を経て現場で働く看護師が、トレインドナースでした。
そして、日本のトレインドナースの代表例としてよく知られているのが大関和であり、鈴木雅もまたその先駆者の一人です。朝ドラ『風、薫る』をきっかけにこの言葉を知った人も多いと思いますが、その背景を理解すると、作品の面白さも歴史の深みもぐっと増してきます。
トレインドナースとは、単なる昔の呼び名ではありません。日本の看護が「専門職」として歩み始めた、その原点を示す言葉なのです。