台湾有事の映画
「もし台湾で有事が起きたら」を描く映像作品の世界
近年、日本のニュースやSNSで「台湾有事」という言葉を耳にする機会が増えました。これは一般に、中国(中華人民共和国)と台湾(中華民国)をめぐる緊張が軍事衝突に発展する可能性を指す表現です。
そしてこの「台湾有事」を題材・背景にした映画やドラマ、ドキュメンタリーが、台湾や海外で少しずつ増えてきています。いわば “台湾有事映画(広くは映像作品)” とは、
- 台海戦争・台湾侵攻・封鎖などの 仮想シナリオ を描くフィクション
- 過去に実際へ起きた台湾海峡危機(砲撃戦など)を扱う歴史作品
- 台湾の安全保障や民主主義、国際関係を掘り下げるドキュメンタリー
といった、台湾海峡の安全保障リスクを中心テーマに据えた作品群のことです。
本記事では、代表的な作品の一覧、内容の特徴、そしてなぜいま台湾有事が映像化されるのかを、できるだけ丁寧にまとめます。
1. まず押さえるべき最新作:『零日攻撃 ZERO DAY ATTACK』(2025)
台湾有事を正面から描いた作品として、2025年に大きな注目を集めたのが台湾発のドラマシリーズ 『零日攻撃(Zero Day Attack)』 です。全10話のアンソロジー形式で、各話が別監督という大胆な構成。
■ どんな作品?
- 想定シナリオ:台湾総統選後の混乱の中、中国軍機の事故を口実に中国が海上封鎖→社会不安→上陸侵攻へ、という“最悪の連鎖”を描く。
- 描写の焦点:軍事衝突だけでなく、
- 偽情報・心理戦
- 経済崩壊や銀行取り付け
- 親中勢力の浸透(いわゆる「赤い浸透」)
- メディア・インフルエンサー操作
- 市民の分断やパニック を多角的に描き、**ハイブリッド戦(軍事+情報+経済+社会工作)**のリアルさを売りにしています。
- 日本との関係:高橋一生さん、水川あさみさん、香港の杜汶澤(チャップマン・トウ)さんらも出演し、日本でもPrime Videoで配信され話題化。
■ 作品の意義
台湾の映像業界では長く「台湾侵攻を正面から扱うのはタブー」とされてきました。中国市場や政治的圧力を恐れ、制作・出演を避ける空気があったためです。 『零日攻撃』はその壁を越え、
- 「語られない恐怖」を可視化する
- 市民側の備えや議論を促す
という意味で、台湾社会に強いインパクトを与えた“第一号級”の有事作品になりました。
2. 台湾海峡の「過去の戦争」を描いた映画
「台湾有事」と言うと近未来の話を想像しがちですが、台湾海峡では歴史的に何度も軍事危機が起きています。その現実の経験を題材にした作品も、台湾有事映画の重要な一部です。
2-1. 『八二三炮戦/The Kinmen Bombs』(1962)
- 題材:1958年の「第二次台湾海峡危機(金門砲戦)」
- 特徴:当時の国軍が全面協力し、軍事プロパガンダ性の強い戦争映画として作られた作品。
- ポイント:金門島という最前線の記憶が、映画という形で“国家の物語”に回収されていった時代背景が読み取れます。
2-2. 『金門島にかける橋』(1962 / 日台合作)
- 題材:台湾海峡の緊張が続く金門島を舞台にした日台合作映画。
- 特徴:石原裕次郎主演。台湾側の軍協力を得てロケが行われた異色作。
- 見どころ:冷戦期の台海緊張を、日本映画がどう捉えたかという点で貴重な歴史資料でもあります。
3. 台湾有事を“歴史と地続き”で捉えるドキュメンタリー
有事フィクションだけでなく、台湾の安全保障と国際政治の構造を理解するためのドキュメンタリー作品も増えています。
3-1. 『光計画(Guang War Plan)』(2020)
- 内容:戦後の台湾が「大陸反攻」を想定していた時代、旧日本軍軍人の“白団”が関わった極秘作戦「光計画」を軸に、戦後~現代の台中関係を追う。
- 特徴:軍事史・国際関係・台湾の孤立化といったテーマを丁寧に検証。
- ポイント:台湾有事が“突然の未来”ではなく、戦後史の延長線上にある問題だと分かる構成。
3-2. 『Invisible Nation』(2024)
- 内容:台湾の民主化、外交的地位、中国の圧力を、政治家・市民の視点から描いた国際ドキュメンタリー。
- ポイント:有事シナリオの背景にある「台湾とは何か」「なぜ脅威が続くのか」を歴史・政治から理解できる作品です。
4. 近年の“準・台湾有事”テーマ作品
「侵攻そのもの」を描かなくても、台湾海峡リスクの影を背負った作品もあります。これらは、台湾有事映画の周辺に位置する重要な流れです。
4-1. 『Before the Bright Day(明るい日に至る前)』(公開・上映中の新作枠)
- 題材:1996年の第三次台湾海峡危機(中国のミサイル演習と台湾の緊張)を背景にした青春・時代劇的作品。
- 特徴:戦争の一歩手前の空気、家族や若者の心理を通して「有事の影」を描く。
4-2. 金門・馬祖をめぐる記憶の映画群
金門島や馬祖列島は、有事の最前線であり続けた土地です。その記憶や生活を描く映画は多数あり、
をテーマに、台湾社会の深層にある「有事と共存する感覚」を浮かび上がらせます。
5. 台湾有事映画が増えてきた理由
最後に、「なぜいま台湾有事が映像化されるのか?」を整理します。
5-1. 現実の緊張が“想像可能な距離”に近づいた
軍事演習、経済圧力、偽情報戦などが日常化し、台湾社会では「有事はゼロではない」という感覚が強まっています。 その結果、
- “怖いけど語れない話”
- “語らないと備えられない話”
として、映像表現が選ばれやすくなりました。
5-2. 香港・ウクライナなど世界情勢の影響
香港での自由の後退や、ロシアによるウクライナ侵攻といった出来事は「次は台湾かもしれない」という危機意識を生み、創作者側に強い動機を与えました。
5-3. 中国市場への依存と“自己検閲”への反発
台湾の映画・ドラマ業界は、中国市場の規模の大きさゆえ、政治的にセンシティブな題材を避ける自己検閲が長く続いてきました。 『零日攻撃』の登場は、
- 中国市場に依存しない制作モデル
- 台湾ローカルの物語を優先する姿勢
を象徴し、同種の作品が生まれる土壌を作りました。
6. 台湾有事映画・ドラマの代表作まとめ(一覧)
最後に、記事内で触れた作品をまとめます。
- ✅ 『零日攻撃 ZERO DAY ATTACK』(2025 / 台湾ドラマ)
- ✅ 『八二三炮戦/The Kinmen Bombs』(1962 / 台湾映画)
- ✅ 『金門島にかける橋』(1962 / 日台合作映画)
- ✅ 『光計画(Guang War Plan)』(2020 / 台湾ドキュメンタリー)
- ✅ 『Invisible Nation』(2024 / 国際ドキュメンタリー)
- ✅ 『Before the Bright Day(明るい日に至る前)』(新作枠)
おわりに:台湾有事映画は「怖さ」より「想像する力」を問う
台湾有事を描く映画やドラマは、単に戦争の恐怖を煽るためのものではありません。
- 有事の“起き方”をシミュレーションする
- 社会がどう壊れ、どう支えるかを考える
- 民主主義と日常の価値を再確認する
という意味で、未来を守るための想像力の訓練でもあります。
日本にとっても台湾海峡の安定は直結する問題です。だからこそ、こうした作品を「他人事のフィクション」としてではなく、現実と地続きの物語として受け取る視点が、今後ますます重要になるでしょう。