日本の絶滅危惧種
日本の絶滅危惧動物たち – 増える危機と守るために
日本には独自の進化を遂げた多様な野生生物が数多く生息しています。しかし、人間の活動や環境の変化により、多くの種が絶滅の危機に瀕しています。環境省が公表したレッドリスト2020によると、日本の絶滅危惧種は動物・植物合わせて3,716種に上り、海洋生物を含めると合計3,772種にもなります。例えば、沖縄のイリオモテヤマネコや、かつて日本各地に生息していたトキ(朱鷺)など、私たちに馴染みのある動物も含まれているのです。本記事では、日本国内に生息する代表的な絶滅危惧動物種を幅広く紹介し、その分類・学名、生息地、特徴、そして絶滅が危惧される理由や現在の状況について解説します。また、なぜ絶滅危惧種が増えているのか、そして私たちにできることについても考えてみましょう。高校生のみなさんにも分かりやすいように、ストーリー性や具体例を交えながら、日本の自然が直面する問題と向き合っていきます。
哺乳類の絶滅危惧種
日本固有の哺乳類の中には、ごく限られた島にのみ生息し、個体数がごく少ないものが多く存在します。ここでは代表的な哺乳類の絶滅危惧種を紹介します。
- イリオモテヤマネコ(学名: Prionailurus bengalensis iriomotensis) – 哺乳綱ネコ科の一種で、沖縄県西表島にのみ生息する世界的にも分布域が最も狭い野生ネコです。1965年に発見され、国の特別天然記念物にも指定されています。推定個体数は現在わずか100頭程度で、**絶滅危惧IA類(CR)**に分類されています。生息地である西表島の道路で交通事故に遭うことが主な死亡原因となっており、個体数減少の最大の要因です。島内ではヤマネコ注意の標識や、道路下に動物用の小さなトンネル(エコロード)が設置され、交通事故を防ぐ対策がとられています。
- ツシマヤマネコ(学名: Prionailurus bengalensis euptilura) – 長崎県対馬だけに生息するベンガルヤマネコの亜種で、ネコ科の哺乳類です。1971年に国の天然記念物に指定されており、推定生息数は現在わずか90~100頭ほどと推定されています。環境省レッドリストでは**絶滅危惧IA類(CR)**と評価される、日本でも最も絶滅のおそれが高い野生動物の一つです。かつては島内に広く生息していましたが、農地の減少や森林開発による小動物の激減でエサが不足し、生息数が大きく減少しました。また、島に生息するノネコや野良猫からうつる感染症(ネコエイズや白血病ウイルス)も深刻な脅威となっており、病気が流行すれば推定100頭しかいないツシマヤマネコに壊滅的な影響を与えかねません。現在は対馬野生生物保護センターなどが中心となり、怪我や病気のヤマネコの救護や、地域住民と協力した保護活動が行われています。
- アマミノクロウサギ(学名: Pentalagus furnessi) – ウサギ目ウサギ科に属し、世界で奄美大島と徳之島の2島だけに生息する原始的なウサギです。全身が黒褐色の毛で覆われた世界唯一の黒いウサギであり、「生きた化石」とも称されます。環境省レッドリストでは**絶滅危惧IB類(EN)**に指定されています。かつては両島に広く分布していましたが、開発による森林破壊に加え、1979年にハブ駆除の目的で人為的に持ち込まれた外来肉食獣のフイリマングースが大繁殖し、ウサギを捕食したため個体数が激減しました。幸い近年はマングースの駆除が進み、アマミノクロウサギの数は回復傾向にあります(環境省の調査では奄美大島で推定4万頭に増加したとの報告もあります)。しかしながら依然として島外から侵入した野猫や野犬による捕食、農地開発による生息地の分断など課題は多く、奄美群島国立公園での生息地保全や、道路に野生動物注意の看板を設置するなどの保護策がとられています。
- オキナワトゲネズミ(学名: Tokudaia muenninki) – 齧歯目(ネズミ目)トゲネズミ属に分類されるネズミの一種で、沖縄島北部の限られた森林にのみ生息する固有種です。全身の体毛に混じって2cmほどのトゲ状の硬い毛を持つユニークなネズミで、国の天然記念物および国内希少野生動植物種に指定されています。環境省レッドリストでは**絶滅危惧IA類(CR)**と判定されており、極めて絶滅の恐れが高い種です。分布域が非常に限られているうえ、生態についての情報も少ない幻の動物ですが、森林伐採やダム建設・道路整備などによる生息地の縮小、さらに外来種のマングースや野猫・野犬による捕食などが主な脅威となり、個体数減少が懸念されています。近年、自動撮影カメラなどによる調査で約30年ぶりに生存が確認されるなど話題になりましたが、生息数はごく僅かと考えられており、引き続き慎重な保護が必要です。
- ケナガネズミ(学名: Diplothrix legata) – 沖縄諸島の西表島を除く八重山諸島(石垣島・与那国島を除く)に生息する大型のネズミで、こちらも固有の齧歯類です。全身が長い毛(ケナガ)で覆われていることからこの名があり、琉球列島の森林に適応した夜行性の動物です。国の天然記念物に指定され、環境省レッドリストでは**絶滅危惧II類(VU)**に分類されています。しかし、生息地の森が農地開発などで減少したことや、外来種マングースによる捕食圧により個体数は減少傾向です。また、交通事故や農作物への食害により害獣と見做され駆除された例もあります。現在は生息域である西表石垣国立公園などで保護が図られています。
- オオコウモリ(ヤエヤマオオコウモリ) – 沖縄から南西諸島にかけて生息する大型のコウモリで、果実を主食とするフルーツバットの仲間です。特に鹿児島県の口永良部島やトカラ列島中之島などに生息するエラブオオコウモリ(学名: Pteropus dasymallus dasymallus)は、生息域が島ごとに細分化された亜種の一つで、絶滅危惧IA類(CR)に指定されています。首元に黄金色の毛を持ち「日本で最も美しいコウモリ」とも称される種類ですが、森林伐採や島での開発による生息環境の縮小で数を減らし、現在の生息数はわずか200頭以下と推定されています。1973年と1975年には国の天然記念物にも指定されました。南西諸島には他にも北大東島にだけ生息するダイトウオオコウモリ(P. d. daitoensis)など近縁種がいますが、いずれも島嶼開発の影響で個体数が激減しており、緊急の保全策が求められています。
- ラッコ(学名: Enhydra lutris) – かつて北海道沿岸にも生息していたイタチ科の海獣で、水族館の人気者として知られます。しかし野生では日本近海の個体群はほぼ姿を消しており、国内では現在わずか3頭しか確認されていません。乱獲により世界規模で個体数が減少したため、ラッコの国際取引は禁止され、日本の水族館でも新たな個体導入ができなくなりました。残された数少ない飼育個体も高齢化で繁殖力が低下し、全盛期には全国で120頭以上が飼育されていたラッコが、今ではごく数施設でしか見られない状況です。環境省レッドリストでは**絶滅危惧IA類(CR)**に指定されており、世界的にも保護活動が進められています。日本近海で野生のラッコが再び定着する可能性は低いものの、北海道では時折ロシア方面からラッコが回遊してくることもあり、引き続き動向が注視されています。
- ジュゴン(学名: Dugong dugon) – 沖縄本島周辺の海域にかつて生息していた海草食の大型哺乳類(ジュゴン科)です。かつては沖縄本島沿岸に数十頭が生息するとされましたが、漁網に誤ってかかって溺死してしまうこと(混獲)や、エサ場となる藻場の減少などにより個体数減少が加速しました。近年では生息が確認される個体はわずか1~3頭程度とされ、事実上日本では絶滅寸前の状況です。環境省レッドリストでも**絶滅危惧IA類(CR)**に分類されています。2019年には沖縄で最後まで確認されていたジュゴンの個体が死亡したと報道され、国内の野生個体は「絶滅した可能性が高い」とも言われました。しかし周辺海域ではごく稀に目撃情報もあり、もし生存していれば世界でも数少ない貴重な北限のジュゴンとなります。今後は南西諸島の藻場保全や、混獲防止対策を講じつつ、奇跡的に残っているかもしれない個体を守っていく必要があります。
(※この他、日本ではニホンアシカ(学名: Zalophus japonicus)という哺乳類が1920年代までは北海道から本州沿岸にかけて生息していましたが、乱獲により個体数が激減し、1970年代以降は生存が確認されていません。環境省レッドリストではカテゴリー上「絶滅危惧種」とされていますが、現存の個体数は0に等しく、すでに絶滅したと考えられています。)
鳥類の絶滅危惧種
日本の鳥類にも、地域に固有の希少種や、一度野生下で絶滅した後に復活を遂げた種など、興味深い例が数多くあります。現在、98種もの鳥類が絶滅危惧種に分類されており、中には既に野生絶滅した鳥も少なくありません。ここでは代表的な絶滅危惧鳥類を紹介します。
- トキ(朱鷺)(学名: Nipponia nippon) – 大型の淡いピンク色の羽を持つトキ科の鳥で、かつては日本全国に生息していましたが、乱獲と生息環境の悪化で急激に数を減らしました。日本産のトキは20世紀後半に野生絶滅し、最後の個体が2003年に死亡しています。一時は絶滅種となりましたが、中国から個体の提供を受けて繁殖・放鳥を行う日中合作のプロジェクトが成功し、新潟県佐渡島での定着に至りました。現在、佐渡島では推定約480羽のトキが野生復帰しており、環境省レッドリストの評価も2019年に「野生絶滅(EW)」から**絶滅危惧IA類(CR)**へと引き下げられました。保護の遅れが絶滅を招いた反省から、佐渡では餌場となる水田の環境整備や無農薬栽培、「トキの田んぼ」といった里地里山の再生が進められ、着実に個体数が増加しています。トキは日本の保護活動のシンボル的存在となっており、今後も放鳥とモニタリングが続けられる予定です。
- コウノトリ(学名: Ciconia boyciana) – 全身白く翼が黒い大型の水鳥で、出水期には日本各地にも飛来します。日本では江戸時代までは各地で繁殖していましたが、開発による湿地環境の悪化や農薬の影響で激減し、1971年に最後の野生個体が死亡して日本の野生コウノトリは絶滅しました。その後、人工飼育繁殖が進められ、2005年から兵庫県豊岡市で飼育個体の放鳥が開始されました。以降、野外での繁殖も徐々に成功するようになり、現在では豊岡周辺を中心に約300羽以上にまで野生復帰個体が増えています(2023年時点)。環境省レッドリストでは**絶滅危惧IA類(CR)**に分類されます。再導入事業の成功例として世界的にも注目されており、生息地となる里山環境の保全、水田での生き物に配慮した農法(コウノトリ育む農法)など、人とコウノトリの共生を目指す取り組みが広がっています。
- ヤンバルクイナ(学名: Gallirallus okinawae) – 1981年に初めて発見された沖縄島北部(山原=ヤンバル)の固有種で、飛べないクイナ科の鳥です。体長約30cmで、くちばしと脚が赤く、白黒の斑模様の腹部が特徴的です。発見からわずか数十年という短い歴史の種ですが、その間にマングースの侵入や野生化した犬・猫による捕食、車にはねられる交通事故などで個体数が急減しました。特に1980年代にヤンバルの森へ持ち込まれたフイリマングースは、ヤンバルクイナを容赦なく捕食し、生息数を激減させました。現在マングースは駆除が進みましたが、残されたクイナは推定で数百羽程度と考えられ、**絶滅危惧IA類(CR)**に指定されています。沖縄県では国頭村などに保護繁殖センターを設置し、飼育下繁殖やロードキル防止策(道路沿いの柵設置等)に取り組んでいます。また、2021年にはヤンバルの森が世界自然遺産に登録され、希少種の象徴であるヤンバルクイナの保護にも弾みがついています。
- ノグチゲラ(学名: Sapheopipo noguchii) – 沖縄島北部ヤンバルの森にのみ生息する、日本固有のキツツキ科の鳥です。全身はオリーブグリーンの羽毛に覆われ、頭部の赤い冠羽(オス)が特徴的な中型のキツツキで、世界でこの1種だけの属に分類されます。1977年に国の特別天然記念物に指定されました。かつては「沖縄の森には100羽程度しかいない」と言われたこともありましたが、その後の詳細調査では推定400~500羽程度は生息しているとされています。とはいえ、生息域の極度の限定性から絶滅危惧IA類相当の危機度にあり、レッドリストでは**絶滅危惧IA類(CR)**に指定されています。1960~80年代にはヤンバルの森で大規模な森林伐採や開発が行われ、それに伴いノグチゲラの生息数も減少しました。現在も営巣に必要な老齢木の減少や、餌となる昆虫の減少が懸念材料です。また人為撹乱にも敏感で、繁殖期に人が近づくだけで巣を放棄することもある繊細な鳥です。ヤンバルクイナ同様、世界遺産登録地の象徴種として、森林伐採規制やモニタリングなど保護策が強化されています。
- シマフクロウ(学名: Ketupa blakistoni blakistoni) – 北海道東部の森やロシアの沿海地方・樺太(サハリン)に生息する世界最大級のフクロウで、アイヌ語では「コタンコロカムイ(集落の守り神)」とも呼ばれます。全長70cmにも達する大型の猛禽類で、主に川沿いで魚を捕食して暮らします。日本では北海道に約140~170羽ほどが生息すると推定され、絶滅危惧IA類(CR)に指定されています。その数は1970年代には100羽未満にまで減少し、絶滅寸前に追い込まれましたが、行政・研究者・地域住民が協力した保護活動により、少しずつ持ち直してきました。減少の原因は、森林伐採による巣となる大木の激減、河畔林の減少による川の生態系変化で魚が減ったこと、さらに人間の開発による生息地の分断などです。繁殖期に人間の存在を嫌う繊細な性質もあり、営巣地周辺での人為的な騒音・立ち入りも脅威となります。現在、北海道では給餌ステーションを設置して冬場のエサ不足を補ったり、巣箱の設置、衝突防止の電線地中化などの取り組みが進められています。その結果、ここ25年ほどで個体数は約2倍に増えましたが、依然200羽足らずで遺伝的多様性も低く、まだ絶滅の危機から脱したとは言えません。生息する地域では「シマフクロウと共存する森づくり」が掲げられ、地域ぐるみで保護されています。
- イヌワシ(学名: Aquila chrysaetos japonica) – 日本の山岳地帯に生息する大型のワシで、特別天然記念物にも指定されています。北半球に広く分布するイヌワシの中でも、日本亜種(ニホンイヌワシ)は特に個体数が少なく、小型で局地的な存在です。現在の日本における推定生息数は約150~200ペア、総個体数で500羽程度と見積もられています。環境省レッドリストでは**絶滅危惧IB類(EN)**に分類されます。戦後の森林政策により、里山の落葉広葉樹林がスギやヒノキの人工林に変わり、下草が生い茂る開けた環境が減少したことで、主な餌である野ウサギやキジなどの小動物が減り、生息環境が悪化しました。さらに、山岳地でのレジャー開発や送電線の設置など人間活動の拡大により、営巣を放棄するペアも出ています。これらの要因で繁殖成功率も低下傾向にあり、1980年代から2010年代の間に全国で100以上の繁殖テリトリーが消滅したとの報告もあります。現在、各地で人工巣台の設置や巣へのカメラ設置による見守り、狩場環境の回復などが試みられています。日本の空を悠々と舞う黄金の鷲を将来に繋ぐため、広域的な保護戦略が求められています。
- アカガシラカラスバト(学名: Columba janthina nitens) – 小笠原諸島(聟島、父島列島など)および火山列島のみに生息するカラスバトの亜種で、頭部が赤茶色を帯びることからこの名があります。人を恐れないおっとりした性格で、かつては乱獲や外来ネコによる捕食の犠牲となり個体数を減らしました。現在はわずか数十羽規模と推定され、**絶滅危惧IA類(CR)**に指定されています。生息地の父島などでは野生化ネコの捕獲や、繁殖地の保護活動が進められており、個体数はゆるやかながら増加傾向にあります。また聟島への個体移送などによる分散も試みられています。
(※鳥類ではこの他にも、石垣島の固有種であるカンムリワシ(冠鷲、学名: Spilornis cheela)や、渡り鳥として飛来するシマアオジ(Emberiza aureola、夏鳥として北海道に飛来)などが**絶滅危惧IA類(CR)**に指定されています。カンムリワシは八重山諸島の森林に生息する猛禽で、1970年代に農薬中毒や交通事故で激減し、今も100羽余りの小さな個体群しかいません。シマアオジ(シベリアアオジ)は一見スズメに似た小鳥ですが、東南アジアでの乱獲により数を激減させ、世界的にも危機的状況です。日本には数十羽が渡来する程度で、繁殖地の減少もあって繁殖記録は途絶えつつあります。)
爬虫類の絶滅危惧種
日本の爬虫類では、南西諸島の島々にのみ生息する固有種が多く、限られた環境で細々と生き残っている種類が少なくありません。またウミガメ類のように日本近海を回遊し、産卵のために上陸する海洋性の種も含まれます。主な絶滅危惧爬虫類を紹介します。
- アカウミガメ(学名: Caretta caretta) – 温暖な海に生息するウミガメで、日本の砂浜にも産卵に訪れます。日本で産卵するウミガメ類の中では最も数が多い種ですが、それでも近年は産卵数が大きく減少し、環境省レッドリストでは**絶滅危惧IB類(EN)**に指定されています。原因として、沿岸の開発による産卵地の減少・人工照明の影響、漁業による混獲(漁網にかかって溺死)、海洋プラスチックごみの誤食、さらには地球温暖化による海水温・砂温の変化(卵の雌雄比の偏り)などが挙げられます。事実、鹿児島県では「日本に上陸する全ウミガメの半数以上」が産卵に訪れるほど主要な繁殖地でしたが、2017年から2021年にかけてアカウミガメの産卵回数は1,401回から573回へと大幅に減少しました。2022年にはやや増加に転じたものの、長期的な減少傾向は否めません。一方、各地でウミガメを守る取り組みも行われています。産卵期のビーチでのライトダウン運動や、網にかかりにくい漁具の開発、産卵巣の保護、孵化仔ガメの人工保育などです。その甲斐あって、千葉県九十九里浜では2018年に50年ぶりの産卵が確認されるなど明るいニュースもあります。ウミガメが再び安心して上陸できる浜辺を取り戻すことが課題です。
- ミヤコカナヘビ(学名: Takydromus dorsalis) – 宮古諸島(宮古島・伊良部島など)固有のカナヘビ科トカゲで、体長20cm弱の細長いトカゲです。全身は緑褐色で動きが素早く、草むらに生息します。絶滅危惧IA類(CR)に指定されており、世界でも宮古諸島にしか生息しない国際的希少種です。生息範囲が限られるうえ、農地開発やリゾート造成による生息地の分断、外来捕食者(ネコやマングース)の存在などから個体数が減少しています。一部の島(大神島など)ではすでに絶滅した可能性も指摘されており、生き残りをかけた取り組みが急務です。宮古島では農地の周辺に緑地帯を残したり、地域ぐるみで野猫の適正管理に乗り出すなどの動きが始まっています。
- クロイワトカゲモドキ(学名: Goniurosaurus kuroiwae) – 沖縄島北部や周辺の離島(古宇利島など)にだけ生息するヤモリ科の一種で、全身黒地に橙色のバンド模様がある地表性のヤモリです。環境省レッドリストでは**絶滅危惧IA類(CR)**に分類され、国の天然記念物にも指定されています。夜行性で森林の地上を歩き昆虫などを捕食しますが、指先に粘着盤がないため木登りは苦手で、樹上の外来ヤモリと生態的ニッチが異なる「トカゲモドキ」です。クロイワトカゲモドキはその希少さゆえに高価なペットとして取引されることがあり、違法な密猟・密輸事件が後を絶ちません。世界でもここにしかいない希少種であることからファンも多く、闇市場で高値がつくためです。実際、日本人が関与した密輸事件で本種が押収された例もあります。加えて、生息地の森が宅地開発や道路整備で減少したこと、外来種の侵入なども脅威です。現在、沖縄県や環境省によるパトロールや違法取引の摘発強化、地元住民への啓発活動が進められています。美しいヤモリを守るため、国際社会と連携した取り組みが求められています。
- アオウミガメ(学名: Chelonia mydas) – 温帯・熱帯の海に広く分布するウミガメで、産卵のため日本の南西諸島にも上陸します。名前は甲羅が緑っぽいことに由来します(成体は草食性で主に海藻を食べます)。アオウミガメは国際的にも絶滅が危惧されており、日本のレッドリストでは**絶滅危惧II類(VU)**に分類されています。日本では小笠原諸島や南西諸島が主要な産卵地ですが、観光開発による砂浜の減少や、漁網への混獲、気候変動による海面温度上昇などで繁殖成功率が低下しています。また、一部地域では伝統的に食用とされてきた歴史もあり(現在は法律で捕獲禁止)、人との関わりも深い種です。現在、小笠原では放流会や標識調査を通じた個体数モニタリング、沖縄では地域住民主体のビーチ清掃や産卵期の見守りなど保護活動が行われています。アオウミガメは海洋生態系の健康指標とも言われ、保全のシンボル種として世界的な注目を集めています。
(※爬虫類ではこの他、石垣島にのみ生息するヤエヤマセマルハコガメ(リクガメの一種)や、徳之島固有のトクノシマヤモリ、さらには南西諸島に分布するサキシマスジオ(ヘビの一種)などが絶滅危惧種に指定されています。中でもヤエヤマセマルハコガメはペット取引目的の密猟が横行し、種の保存法で国内希少種に指定され取引規制がかけられています。また、日本各地の離島に生息するカメ類(例えば小笠原のアカヒゲガメ)やヘビ類も、島への外来種侵入や環境悪化で存続が危ぶまれています。)
両生類の絶滅危惧種
両生類は水環境と陸上環境の両方に関わる生物であり、環境変化に敏感なグループです。日本には固有のサンショウウオ類やカエル類が多く、生息域が狭いものも多いため、開発の影響や外来種の侵入で一気に絶滅の危機に瀕する例が見られます。代表的な絶滅危惧両生類を紹介します。
- オオサンショウウオ(学名: Andrias japonicus) – 世界最大の両生類として知られ、体長は1.5メートルに達することもある日本固有のサンショウウオです。岐阜県以西の本州・四国・九州の清流に生息し、国の特別天然記念物に指定されています。約3000万年もの間ほとんど姿を変えず生き続けている「生きた化石」ですが、人間活動の影響を強く受けています。ダム建設や河川改修による生息地の破壊、農業用水路による川からの締め出しなどで個体数は減少傾向にあります。さらに近年問題となっているのが、中国原産のチュウゴクオオサンショウウオ(絶滅危惧種)が食用目的で日本に持ち込まれ野外に逃げ出した例で、これとの競合・交雑による遺伝的汚染です。京都の鴨川などで中国種との雑種個体が増えていることが確認され、純粋な在来オオサンショウウオの存続に影を落としています。環境省レッドリストでは各都道府県によって評価が異なりますが、全国的には準絶滅危惧~絶滅危惧II類相当とされています(京都府では絶滅危惧種に指定)。現在、生息河川では産卵床となる岩の保護や河川工事の際の避難誘導、外来個体の排除などが行われています。長寿でゆっくりとした繁殖サイクルを持つオオサンショウウオを未来に残すため、河川環境の健全化と外来種対策が重要です。
- イシカワガエル(学名: Odorrana ishikawae) – 「日本で最も美しいカエル」と称されるエメラルドグリーンと黒のまだら模様を持つカエルです。沖縄島北部固有亜種(オキナワイシカワガエル)と、奄美大島固有亜種(アマミイシカワガエル)に分かれ、それぞれ**絶滅危惧IB類(EN)**に指定されています。渓流沿いの森に生息し、夜間に水辺で繁殖します。以前は奄美大島ではゴルフ場予定地にも生息が確認されるなど比較的見られましたが、近年は生息地の森林伐採や河川改修で個体数が減少し、一部地域では姿が確認されなくなっています。さらにその美しさゆえ、観賞用ペットとしての密猟対象にもなっており、アマミイシカワガエルが違法採集され密輸される事件も発生しています。国内では種の保存法で捕獲・所持が禁止されていますが、闇市場で高値がつくため後を絶たない状況です。また森林開発に伴う渓流環境の悪化、外来肉食魚によるオタマジャクシの捕食なども脅威です。現在、奄美大島や沖縄島では繁殖地の沢を含む森の保全やパトロール強化が行われ、2021年の世界自然遺産登録地域でも保護策がとられています。豊かな渓流に響くイシカワガエルの鳴き声を守るため、密猟防止と環境保全に取り組む必要があります。
- イボイモリ(学名: Echinotriton andersoni) – 和名は「疣井守」と書きます。奄美大島、徳之島、沖縄島に分布するクロサンショウウオ科の有尾類で、全身が黒くお腹側に赤い斑点模様があるサンショウウオの仲間です。皮膚に粒状の突起(疣)があり、触ると有毒の乳液を分泌する特徴があります。体長は15cm前後で、森林の湿地や沢沿いに生息します。国の天然記念物に指定され、環境省レッドリストでは**絶滅危惧II類(VU)**に分類されています。南西諸島固有の両生類として国際的にも重要ですが、生息地の森林や湿地が宅地・農地開発や道路建設で減少したこと、園芸用に持ち込まれた外来種シマヘビ(無毒種)やアライグマなどによる捕食圧が増えたことなどから個体数が減少しています。また繁殖形態が特殊で、陸上の落ち葉下に産卵し幼生が親の栄養を食べて育つという習性上、生息環境の変化に弱い面もあります。加えて、イシカワガエル等と同様にペット目的の違法採集の対象となることもあります。現在、奄美大島では希少な両生類・爬虫類を守るべく、森林伐採の規制や保護区の設置が議論されています。夜の森をそっと歩き、湿地を守ることがこの不思議な生き物の未来に繋がるでしょう。
- アベサンショウウオ(学名: Hynobius abei) – 兵庫県北部(但馬地方)~京都府北部、および石川県白山周辺にのみ局所的に分布する小型のサンショウウオです。環境省レッドリストで**絶滅危惧IA類(CR)**に指定され、日本の両生類の中でも最も分布域が狭く絶滅の危険性が高い種の一つです。水田や里山の小川周辺に生息し、冬(12月~1月)に水辺で産卵します。名前は発見者の阿部余四男博士にちなみます。開発による生息環境の悪化や水路のコンクリート化などで局所的な絶滅が報告されており、また愛好家による採集の影響も懸念されています。生息地が人里と重なるため、宅地造成や農地改良で環境が乾燥化してしまうと生き残れません。現在、生息地の一つである兵庫県豊岡市では地元有志により産卵池の保全活動が行われ、人工的に産卵床を造成したり幼生の放流などの試みもなされています。また各地の高校生が調査研究に参加し、地域ぐるみで守る取り組みも見られます。田んぼの小さな生き物にも目を向けることが、生物多様性の保全に繋がります。
(※両生類ではこの他、トウキョウサンショウウオ(東京都・千葉県などに分布、絶滅危惧II類)や、ナゴヤダルマガエル(愛知・岐阜・三重、絶滅危惧IA類:名古屋周辺で開発により激減)など、本州~九州にも地域限定の種が多数います。さらに南西諸島には世界唯一の無足目(ヘビのような両生類)であるオキシアミミズトカゲや、石垣島のヤエヤマハラブチガエルなどユニークな固有種もいますが、環境変化に伴い軒並み個体数が減っています。両生類全体では日本に確認される種の約3分の1が絶滅の危機にあるとの報告もあります。)
魚類の絶滅危惧種
日本は海に囲まれ、かつ川や湖など淡水環境も豊富なため、多様な魚類が生息しています。しかし、川や湿地の開発、水質汚染、乱獲、外来種との競合などにより、多くの魚が絶滅の危機に瀕しています。特に淡水・汽水魚類は評価対象約400種のうち169種(42%)が絶滅危惧種とされ、非常に高い割合です。ここでは代表的な絶滅危惧魚類を紹介します。
- ニホンウナギ(学名: Anguilla japonica) – 日本や東アジアに分布するウナギ科の魚で、私たちが蒲焼などで食べているウナギです。かつては河川や池で普通に見られましたが、21世紀に入り漁獲量が激減し、**絶滅危惧IB類(EN)**に指定されました。2014年にはIUCN(国際自然保護連合)のレッドリストにも絶滅危惧種として掲載され、世界的にも保全対象となっています。ニホンウナギの激減理由としては、シラスウナギ(稚魚)の乱獲、河川改修やダム建設による産卵回遊経路の遮断、湿地や河川環境の悪化、水質汚染、そして海洋環境の変化など複合的な要因が指摘されています。特に日本ではウナギ料理の需要が高く、養殖のための稚魚採捕が過剰になったことが深刻です。また、完全養殖の技術が確立しておらず天然の稚魚に依存していることも影響しています。現在、国内では漁獲規制や国際取引の管理(ワシントン条約附属書II掲載)など資源管理策が取られ始めましたが、依然として資源量は低水準です。私たち一人ひとりもウナギを食べ過ぎない・適正な漁法で獲られたものを選ぶなど、未来のウナギを守る行動が求められています。
- イトウ(学名: Parahucho perryi) – 日本最大の淡水魚で、サケ科に属する魚です。和名はアイヌ語で「イト(大魚)」に由来し、全長1メートルを超えるものもあることから「幻の魚」と称されます。かつて日本国内では北海道および東北地方の40以上の河川に生息していた記録がありますが、1970年代以降の大規模な農地造成・河川改修によって生息環境が激変し、現在では北海道内の10河川ほどでしか確認されない希少種となりました。環境省レッドデータブックでは絶滅危惧IB類(EN)、IUCNではそれより厳しい**CR(深刻な危機)**と評価されています。減少の要因は主に、生息河川での堰堤建設や護岸工事による産卵場・隠れ場の喪失、森林伐採による水質悪化、さらに乱獲(かつては魚油採取のため大量に捕獲された)などです。また回遊性の魚なのでダムによる遡上阻害も繁殖に影響しました。近年、北海道猿払村などでは地元有志や研究者により産卵環境の復元や放流活動が行われ、局所的には個体群が安定してきたとの報告もあります。しかし全体としてみれば極めて脆弱な状態で、専門家からは「現在の個体数(推定数千)は中型哺乳類の長期存続に必要な個体群サイズを下回る」との指摘もあります。イトウは北海道の自然の象徴でもあり、地域で保護条例を制定する自治体も出ています。川と湿原を自由に行き来するイトウの姿を未来にも残すため、河川環境の保全と持続可能な資源利用が鍵となるでしょう。
- イタセンパラ(学名: Tanakia tanago、別名: ヤリタナゴ) – コイ科タナゴ属の淡水魚で、元は関東平野の用水路や池に広く生息していた小型の魚です。オスは婚姻色で美しいピンク色に輝きます。明治時代以降の開発と水質汚濁で激減し、一時は野生絶滅寸前となりました。環境省レッドリストでは絶滅危惧IA類(CR)に指定されています。1989年に栃木県のため池で発見された数十匹が「奇跡の生き残り」となり、以降、行政と市民による必死の保護増殖が続けられました。カワバタモロコなど競合魚の除去、池の環境管理、飼育下繁殖と放流などの努力の結果、現在では栃木・茨城のいくつかの水域に数千匹規模まで回復しつつあります。国の種の保存法による国内希少野生動植物種にも指定され、保護されています。イタセンパラは「絶滅危惧種を救う」試みの成功例としてよく知られ、地元の小中学校でも学習教材として取り上げられています。
- クニマス(学名: Oncorhynchus kawamurae) – 田沢湖固有のサケ科魚(通称: 「黒鮪(くろます)」)でしたが、湖の水質悪化で1940年代に絶滅したと長らく考えられていた魚です。しかし2010年、山梨県の西湖で「クニマスらしき魚」が発見され、京都大学・さかなクンらの調査により再発見が確認されました。実は昭和初期に田沢湖から西湖へ卵が移植されており、そこで密かに生き延びていたのです。環境省レッドリストでは当初「絶滅(EX)」とされていましたが、再発見を受け**絶滅危惧種(CR相当)**として扱われるようになりました。現在、西湖ではクニマスの保護増殖計画が進み、禁漁区域の設定や人工繁殖の研究が行われています。クニマスの奇跡の復活は、絶滅したと思われた種が生き残っている可能性を示すとともに、移入先での保全の重要性を教えてくれます。ただし、生息環境が本来の田沢湖とは異なる西湖では、生態系への影響も含め慎重な見守りが必要です。いずれにせよ、「絶滅したはずの魚がよみがえった」というニュースは、多くの人に自然保護への関心を呼び起こしました。
- アリアケヨシノボリ(学名: Rhinogobius spp.)やムサシトミヨ(学名: Pungitius sp.)など、日本各地のごく限られた水域にのみ生息する小型魚も多くが絶滅の瀬戸際です。例えば、埼玉県見沼田んぼにはかつてトミヨ(通称「ホトケドジョウ」)が生息していましたが、開発で絶滅したとされます。一方、2020年代に入り見沼田んぼで絶滅危惧種タガメ(日本最大の水生昆虫)が発見されるなどの明るい話題もあります。魚類や水生昆虫は水辺の環境が健全かどうかを示すバロメーターです。失われつつある水辺の自然を取り戻すことが、これら小さな生き物たちの命をつなぐ鍵となるでしょう。
昆虫類の絶滅危惧種
昆虫類は種類数が非常に多く、日本でも多様な昆虫が生息しています。しかし、森林伐採や里山環境の変化、農薬使用、気候変動などの影響で、生息数を減らしている昆虫も少なくありません。環境省レッドリスト2020では、評価対象約32,000種のうち367種の昆虫類が絶滅危惧種と判定されています。絶滅が危惧される昆虫の例を挙げます。
- オガサワラシジミ(学名: Celastrina ogasawaraensis) – 小笠原諸島固有のシジミチョウ科のチョウで、日本のチョウ類の中で最も絶滅リスクが高い種とされています。羽を広げても2cm程度の小さなチョウですが、美しい水色の翅を持ちます。父島列島・母島列島の一部でのみ分布が記録されましたが、外来種のグリーンアノールトカゲの捕食や寄生蜂の影響などにより野生下では繁殖が途絶えた可能性があります。1990年代までに父島列島では姿を消し、飼育下で保存されていた個体群も近親交配による繁殖不調で2020年に全て死亡してしまいました。環境省レッドリストでは**絶滅危惧IA類(CR)**でしたが、現状は事実上「国内野生絶滅」に近い状況です。固有種の宝庫である小笠原で、このようなチョウを失ったことは大きな警鐘であり、今後同様の事態を繰り返さないために、外来種対策や遺伝的多様性を考慮した保全策の重要性が認識されています。
- ミヤマシロチョウ(学名: Aporia hippia japonica) – 本州中部の高原地帯に生息する高山蝶で、白と黒のコントラストが美しい中型のチョウです。標高1000~2000m付近の渓流沿いや高原の牧場跡地などに生息します。環境省レッドリストでは**絶滅危惧IB類(EN)**に選定されており、長野・山梨・群馬各県で天然記念物にも指定されています。生息地の開発や、人間が薪炭利用をやめたことによる植生遷移(やぶ化)で、幼虫の食草であるバラ科の低木(マルバシモツケなど)が減少し、近年個体数が急激に減りました。八ヶ岳などでは既にチョウの姿がほとんど確認できなくなり、事実上絶滅状態との報告もあります。研究者や愛好家による保全策として、捕獲禁止はもちろん、生息環境の草刈り・間伐による食草維持や、繁殖個体群の遺伝子解析による再導入計画などが進められています。高山蝶は気候変動の影響も受けやすく、温暖化で生息標高がどんどん上がり行き場を失う懸念もあります。美しいミヤマシロチョウを再び高原に飛び交わせるため、継続的な環境管理が必要です。
- オオクワガタ(学名: Dorcus hopei binodulosus) – 日本産クワガタムシの代表格で、全身が黒色光沢を帯びる大型の甲虫です。成虫オスは大きな顎を持ち、その堂々とした姿から古くから人気の昆虫です。飼育下繁殖の技術が確立されペットとしては比較的入手容易ですが、野生個体は乱獲と里山林の開発で生息数が激減しました。里山の雑木林(薪炭林)に生息する昆虫のため、森の伐採や整備放棄によるコナラ・クヌギの消失が深刻です。また洞(樹洞)に隠れる習性があり、それを燻し出すために花火や殺虫剤を使うなど悪質な採集も問題視されています。2007年には環境省レッドリストで**絶滅危惧II類(VU)**に引き上げられました。現在、採集自体は法律で禁止されていませんが、国立公園内などでは捕獲規制があります。野生のオオクワガタを守るためには、里山林の適切な管理(古木の保全や間伐)、そしてモラルある採集規制が必要でしょう。「幻の昆虫」とならないよう、身近な自然を大切にしたいものです。
- タガメ(学名: Lethocerus deyrolli) – かつて日本各地の水田や湿地に普通に見られた水生昆虫で、日本最大の水生カメムシです。灰褐色で扁平な体を持ち、オタマジャクシや小魚を捕らえて食べる肉食性の昆虫です。現在ではほとんどの地域で激減し、環境省レッドリストで**絶滅危惧II類(VU)**に指定、2020年には種の保存法で国内希少野生動植物種(商業利用の規制対象)にも指定されました。生息数減少の原因は、都市化による湿地環境の悪化、農薬使用による餌生物の減少、水路のコンクリート化による産卵場所喪失などが挙げられます。意外なところでは、夏夜の灯火に飛来した個体がアリに襲われる、などのケースも報告されています。近年、長崎大学の調査で九州で新たなタガメの生息地が発見されるなど、わずかながら希望もあります。タガメは日本の水辺の生態系を象徴する昆虫であり、その復活に向けて各地でビオトープ池の造成や里山湿地の保全活動が展開されています。「田んぼの王者」と呼ばれたタガメが再び身近な田園で見られるよう、水辺の自然再生が望まれます。
その他の無脊椎動物の絶滅危惧種
昆虫以外の無脊椎動物にも、カニ・エビ、貝類、クモ・ムカデなど多様なグループがあります。これらにも絶滅危惧種が存在します。環境省レッドリスト2020では、陸・淡水産貝類では629種もの貝が絶滅危惧に分類されており、例えば淡水のカタツムリであるマメタニシ(沖縄、CR)やキュウシュウササノハガイ(九州、EN)など多数の固有種が危機にあります。またその他の無脊椎動物(昆虫以外の節足動物や環形動物等)でも65種が絶滅危惧種で、日本固有のニホンザリガニ(北海道・東北のみに生息するザリガニ、VU)が絶滅の危機に瀕しています。ニホンザリガニは日本唯一の在来ザリガニですが、侵入した外来種(アメリカザリガニやウチダザリガニ)との競合や寄生虫伝播、環境汚染で激減しました。現在、北海道や岩手県などで保護増殖の試みがなされています。
さらに、カブトガニ(学名: Tachypleus tridentatus)は瀬戸内海沿岸などに生息する大型節足動物で「生きた化石」として有名ですが、日本では埋立て等で産卵場所の干潟が減り、絶滅危惧I類(CR+EN)に指定されています。山口県などではカブトガニの産卵地を保護し、孵化した幼生を海に返す活動が行われています。南西諸島のヤシガニ(世界最大の陸生甲殻類、VU)も食用とされた歴史や開発で減少し、天然記念物に指定されて保護されています。
このように、無脊椎動物まで含めると、私たちの知らないところで多くの小さな生き物が消えゆく危機にさらされています。それらは生態系の中で重要な役割を果たしており、一度失われれば戻ってきません。
なぜ絶滅危惧種が増えるのか
近年、世界的に絶滅危惧種は年々増加傾向にあり、日本でもその数が増え続けています。過去の地球の歴史を見ても多くの生物が絶滅してきましたが、現代は過去に例のない速さで生物が絶滅に向かっていると問題視されています。では、なぜこれほど絶滅の危機に瀕する生物が増えているのでしょうか。その背景には主に次のような原因が挙げられます。
生息地の破壊・環境の悪化
絶滅危惧種の多くは、生息地そのものが失われたり劣化したりすることで命を脅かされています。森林や湿地、サンゴ礁など、生物にとっての「家」が人間の開発行為によって消えてしまえば、そこに棲む生き物は居場所を失います。日本でも戦後の開発や都市化で、多くの自然環境が姿を消しました。例えば里山の雑木林は住宅地やゴルフ場となり、清流はコンクリート護岸で覆われ、水田や湿地も埋め立てられてきました。森林伐採は野生生物の宝庫である森を縮小させ、生態系全体を揺るがします。海でも、沿岸の干潟や藻場の消失、サンゴ礁の白化などが海洋生物に打撃を与えています。日本は国土の約67%が森林という森林率の高い国ですが、その森が減少・劣化すれば生き物の多様性も失われていきます。多様な生物が絡み合ってバランスを取っている生態系は、一部の環境が悪化するだけでも崩壊する可能性があります。生息地の破壊は、絶滅危惧種増加の最大の原因と言えるでしょう。
過剰な捕獲(密猟・乱獲)
人間による直接的な捕獲や殺傷も、多くの生物の生存を脅かしています。密猟や乱獲は絶滅危惧種を一気に減らす行為です。世界的に見れば、象牙を目的としたアフリカゾウの密猟、サイの角目当ての密猟、熱帯雨林での珍しい鳥や爬虫類の違法取引など、組織的な密猟が後を絶ちません。日本でも例外ではなく、過去にはニホンカワウソが毛皮目的に乱獲され絶滅し、ニホンオオカミも明治期に有害獣として駆除され姿を消しました。また近年では、ペットブームに伴い南西諸島の希少なカメやヘビ、ヤモリ、カエルが密かに捕獲され、海外へ持ち出される事件も発生しています。需要がある限り闇市場で高値がつき、野生生物が犠牲になるのです。さらに合法的な漁業であっても、ニホンウナギのように需要過多で資源量以上に捕り続ければ、結果的に「乱獲」となり種を追い詰めます。狩猟や採集の対象だった動物(ツキノワグマ、ヤマネコ類、クジラ類など)や、食用・薬用として珍重された生物(マグロ類、ウミガメ、ハナセンナ等)は、過去の乱獲の影響が尾を引いています。密猟・乱獲は短期的な利益のために長期的な損失をもたらす行為であり、生物多様性保全の観点から厳しく規制・監視する必要があります。
外来種の侵入・競合
本来その土地にいなかった外来種が持ち込まれることで、在来の生態系が破壊されてしまうケースも多発しています。日本では、ブラックバスやブルーギルといった外来魚が淡水域の生態系を変えて、タナゴ類や水生昆虫を激減させました。また、南西諸島ではフイリマングースや野猫が固有種を捕食し、固有の鳥や爬虫類が絶滅寸前に追い込まれています。小笠原ではグリーンアノールトカゲが固有の昆虫類やカタツムリ類を食べ尽くし、オガサワラシジミなど多くの在来無脊椎動物が壊滅的被害を受けました。さらに、外来種との交雑も問題です。例えば固有のニホンイタチに対してシベリア原産のチョウセンイタチが持ち込まれて交雑が起き、遺伝的攪乱が起きています。サンショウウオ類もチュウゴクオオサンショウウオとの交雑が懸念されます。これら外来種は、人間がペットや産業目的で持ち込んだり、船のバラスト水に紛れてきたり、意図的・偶発的に侵入して定着したものです。在来種は本来競合しなかった強力な捕食者や競争相手に直面し、生存を脅かされているのです。外来種問題は世界的にも深刻で、絶滅危惧種リストの中には外来種による被害が主因のものが多数あります。国境を越えた対策(防除・検疫の徹底など)が必要でしょう。
気候変動・環境汚染
近年大きな要因となってきたのが**気候変動(地球温暖化)**です。IUCN(国際自然保護連合)のレッドリストでは、気候変動による影響を受けている絶滅危惧種が急増していることが報告されています。具体的には、2000年時点で15種だったものが、2015年には2,000種、2020年には4,000種超と劇的に増えているのです。気温や降水パターンの変化、海面上昇や異常気象の頻発は、生物の生息環境を大きく変えてしまいます。高山帯や極地に生きる生物は涼しい環境を求めてさらに高所・高緯度へ移動せざるを得ず、行き場がなくなる種も出ています。サンゴ礁は海水温の上昇で白化し、北極のホッキョクグマは海氷融解で狩場を失いつつあります。日本の高山蝶や高山植物も温暖化で生息域が縮小しつつあります。地球温暖化は今世紀中に生物多様性に最大のインパクトを与えると懸念され、緊急の対策が求められます。
また環境汚染も見逃せません。高度経済成長期には工場排水で水質が汚染され、多くの川魚が姿を消しました。農薬や化学物質による汚染も食物連鎖を通じ野生生物に蓄積され、猛禽類の繁殖障害(DDTによる卵殻異常など)を引き起こしました。今もプラスチックごみの海洋汚染はウミガメや海鳥に深刻な被害を与えています。大気中の有害物質も生態系へ巡り巡って影響します。これら汚染問題は、一見関係ない場所であっても巡り巡って生態系にダメージを与えるため、地球規模での取り組みが必要です。
以上のように、絶滅危惧種が増える背景には、人間の活動が大きく関わっていることがわかります。裏を返せば、人間の行動を見直すことでその流れを緩和し、止めることも可能かもしれません。
私たちにできること – 絶滅危惧種を守るために
絶滅危惧種の増加に歯止めをかけ、生物多様性を守るために、世界規模から私たち個人レベルまで様々な取り組みが必要です。ここでは、国際的な約束事と私たちにできる行動を紹介します。
国際的な取り組みと枠組み
- ワシントン条約(CITES) – 正式名称は「絶滅のおそれのある野生動植物の種の国際取引に関する条約」です。1973年に採択され、野生生物の国際取引を規制することで絶滅を防ぐことを目的としています。例えば、象牙やトラの毛皮、希少なサボテンやランなど、絶滅危惧種の商取引を制限・禁止しています。現在約38,000種が規制対象となっており、日本も加盟国として国内法(種の保存法)で履行しています。
- 生物多様性条約 – 1992年地球サミットで採択、1993年発効の条約で、生物多様性の保全と持続可能な利用を目的としています。締約国会議(COP)では2020年までの愛知目標、さらに2030年に向けた新たな世界目標「ポスト2020生物多様性枠組み」が策定されました。その中で絶滅危惧種の保護と絶滅防止も重要なターゲットに掲げられています。日本国内でも、生物多様性国家戦略や各自治体の地域戦略に基づき、絶滅危惧種保全の施策が進められています。
- IUCN(国際自然保護連合) – 1948年設立の世界最大の自然保護ネットワークで、世界160カ国以上の政府機関・NGOが加盟しています。IUCNはレッドリストの作成・更新を行うほか、絶滅危惧種の保全計画策定、保護区の管理、各種条約の科学的助言など幅広い活動を行っています。またIUCN種保存委員会はSpecies Survival Commission (SSC)として各種グループの専門家を組織し、例えばトキ科やヤマネコ科など種グループごとの行動計画を立案しています。
- SDGs(持続可能な開発目標) – 2015年に国連で採択された2030年までの国際目標です。その中の**目標15「陸の豊かさも守ろう」**では、生息地の劣化抑制、生物多様性損失の阻止、絶滅危惧種を保護し絶滅を防ぐことなどがターゲットに掲げられています。目標14「海の豊かさを守ろう」でも海洋生物の保全が謳われています。SDGsは政府だけでなく企業や市民にも行動を促す枠組みで、絶滅危惧種保護も私たちの課題として位置づけられています。
私たち一人ひとりにできること
国際的な取り組みの下支えとして、私たち個人の行動も大きな力になります。「自分には遠い話」と思わず、日常生活で次のようなことを実践してみましょう。
- 身近な自然について学ぶ・伝える: まず、自分の住んでいる地域にどんな生き物がいるのか、絶滅危惧種はいるのかを調べてみましょう。地域の博物館やビジターセンター、環境団体のイベントに参加して学ぶのも良いでしょう。知識を得たら、家族や友人に話してみてください。高校の文化祭で展示をしたり、SNSで発信するのも効果的です。知ること・伝えることが保全の第一歩です。
- 自然観察やボランティアに参加: 週末に里山や水辺に出かけて、生き物観察をしてみましょう。希少種がいれば静かに遠くから見守り、決して捕獲したり傷つけたりしないようにします。地域で行われているビオトープづくりや清掃活動、外来種除去のボランティアにも参加できます。例えば外来植物の駆除作業や、アライグマの捕獲調査、モニタリング調査の補助など、高校生でも参加できる活動があります。自ら行動することで、生き物への理解と愛着が深まるでしょう。
- エシカルな消費を心がける: 自分のお金の使い方も、生物多様性に影響します。絶滅危惧種由来の製品を買わないことはもちろん、環境に配慮した認証マーク(MSC認証の魚介類、FSC認証の木材など)付きの商品を選ぶようにしましょう。例えばウナギは絶滅危惧種なので、代替の養殖魚や他の魚で我慢する、どうしても食べるなら一度に大量に消費しないなどの配慮ができます。また、熱帯林破壊につながるような製品(違法伐採木材やパーム油を大量使用したもの)も避けたいところです。消費者として環境に優しい選択をすることは、間接的に絶滅危惧種の棲む森や海を守ることにつながります。
- ペットの適正管理・外来種を捨てない: 身近なところでは、飼っているペットを野外に捨てない、繁殖制限する、といったことも大切です。アメリカザリガニやミドリガメ(ミシシッピアカミミガメ)など、元はペットだった外来種が今や生態系に大きな影響を与えています。金魚や熱帯魚、水草なども絶対に川や池に捨てないようにしましょう。もし外来生物を飼育していたら、最後まで責任を持って飼い切るか、手放す場合も里親を探すなど適切に処分することが必要です。また野外でペット(犬猫)を放し飼いにしないことで、野生生物への被害を減らせます。猫の屋内飼育や、犬のリード着用は、鳥や小動物を守る行動でもあります。
- 行政や企業への働きかけ: 私たちの声も社会を動かす力になります。地元で開発計画があり、生態系への影響が心配ならパブリックコメントで意見を出すこともできます。絶滅危惧種の保護区指定や、道路の野生生物横断帯設置などについて自治体に提案することもできます。また、環境保全に熱心な企業の商品を選んだり、CSR活動を評価することで、企業にプレッシャーをかけられます。SNSで環境に配慮しない企業に改善を求めるキャンペーンに参加することもできます。選挙権を持てば、環境政策に積極的な政治家を支持することもできます。一人ひとりの意見表明が、政策や企業行動を変える原動力となります。
このように、私たちにできることは決して少なくありません。「絶滅危惧種を守る」というと大げさに聞こえるかもしれませんが、身近な自然に目を向け、小さな行動を積み重ねることで、その輪が広がり大きな力になるのです。生物多様性の保全は決して専門家だけの仕事ではなく、未来を生きる私たち若者一人ひとりの課題でもあります。
まとめ
哺乳類のイリオモテヤマネコから鳥類のシマフクロウ、爬虫類のクロイワトカゲモドキやアカウミガメ、両生類のオオサンショウウオ、魚類のイトウ、昆虫のオガサワラシジミまで――本記事で紹介したように、日本には多くの絶滅危惧種が存在し、それぞれが固有の進化の歴史と物語を持つかけがえのない自然遺産です。一方で、ニホンオオカミやニホンカワウソなど、既に失われてしまった種もあります。そうした絶滅の歴史から私たちが学ぶべき教訓は、人間の活動が生み出す環境への影響と、失われた生物を二度と取り戻せないという現実です。
この記事を通じて、身近な動植物や環境問題への関心が少しでも高まったでしょうか。高校生である私たちの世代がこれからの未来を築いていきます。それぞれの行動が、地球上の生命の未来に大きな影響を与えることを忘れずにいたいものです。森で出会う一匹のチョウ、水田で鳴く一匹のカエルに目を向けること、それが環境保護の第一歩です。豊かな生態系を次の世代に引き継ぐために、できることから始めてみましょう。今日から私たちにできることを実践し、**「命のバトン」**を未来へ繋いでいきましょう。