近年、スマートフォンや電気自動車(EV)、風力発電など、さまざまなハイテク製品に欠かせない素材として「レアアース(希土類)」という言葉を耳にする機会が増えました。同時に、
「レアアースって放射性物質なんでしょ?」 「EVモーターや風力発電機は放射線を出しているのでは?」
といった不安の声も聞かれます。
本記事では、「レアアース」と「放射性物質」の関係を、できるだけ専門用語をかみ砕きながら解説していきます。結論から言うと、
というのが基本的な整理です。
「レアアース(希土類)」とは、厳密には以下のような17種類の金属元素の総称です。
名前に「レア(稀)」とついていますが、実は地殻中の存在量はそれほど少ないわけではありません。ただし、
という意味で「扱いにくいレアな資源」というニュアンスがあります。
レアアースは、現代のテクノロジーを支える“縁の下の力持ち”的な存在です。代表的な用途としては、
など、枚挙にいとまがありません。レアアースなしでは、いまの便利な生活の多くが成り立たないと言っても過言ではありません。
それでは、なぜ「レアアース=放射性物質」「危険」というイメージが一部で広がっているのでしょうか。その背景には、レアアース鉱石の産状と、そこから生じる環境問題があります。
レアアースは、主に以下のような鉱石として産出します。
これらの鉱石には、しばしばトリウム(Th)やウラン(U)といった放射性元素が不純物として共存しています。そのため、
といった問題が起こり得ます。
ここで注意すべきポイントは、
放射能を持つのは「トリウム・ウランなどの元素」であって、「レアアース元素そのものではない」
という点です。レアアース鉱床に放射性元素が“おまけのように”くっついてきてしまうイメージを持つと理解しやすくなります。

一部のレアアース産地では、過去に以下のような問題が指摘されてきました。
こうした事例がメディアなどで取り上げられたため、
「レアアース=放射性物質で危険」
という短絡的なイメージが広がってしまった面があります。
実際には、きちんとした規制と管理のもとで採掘・精錬が行われればリスクは大きく下げられます。一方で、環境規制や労働安全の仕組みが不十分な地域では、問題が顕在化しやすいのも事実です。
では、レアアースに分類される17元素そのものは放射性物質なのでしょうか?
多くのレアアース元素は、**安定な同位体(放射能を持たない原子種)**を持っており、日常的な利用において放射能を心配する必要はほとんどありません。
例えば、ネオジム磁石に使われる**ネオジム(Nd)や、蛍光体に使われるユウロピウム(Eu)**などは、安定な同位体が中心に利用されています。
17元素の中で例外的な存在が**プロメチウム(Pm)**です。プロメチウムは安定同位体を持たず、ほぼすべての同位体が放射性です。
ただし、
という事情から、日常生活の中でプロメチウム由来の放射線を気にする必要はまずありません。
ここまでの話を整理すると、
という構図になります。
したがって、
スマホの中のレアアースが強い放射線を出している
といったイメージは、科学的には適切ではありません。問題になりうるのはむしろ、採掘・精錬段階での環境管理・労働安全のあり方です。
ここからは、生活者の視点で「実際どの程度のリスクなのか」を見ていきます。
スマートフォンやパソコン、家電製品、ハイブリッド車・EVなどにはレアアースが多用されていますが、
といった理由から、
製品からの放射線は、自然界に存在するバックグラウンド放射線と比べても無視できるレベル
と考えられています。
レントゲン検査や飛行機搭乗による被ばくと比べても、桁違いに小さいレベルです。
そもそも、
によって、人間は常に一定量の自然放射線を浴びて暮らしています。
レアアースを含む製品からの放射線は、この自然放射線レベルと比べても極めて小さく、多くの場合、測定しても特別な増加は確認されません。
生活者レベルでの放射線リスクは小さいとはいえ、レアアースをめぐる課題がまったくないわけではありません。むしろ、
といった点は、国際的にも大きなテーマになっています。

レアアースの採掘・精錬の現場では、
などが必要となります。これらを適切に管理しないと、
といった形で、長期にわたる環境問題につながってしまいます。
風力や太陽光、EVなどは「クリーンエネルギー」「脱炭素の切り札」として期待されていますが、その裏側で、
という指摘もあります。
この意味で、レアアースと放射性物質の問題は、単なる「放射線の有無」という話を超え、
という倫理的・政治的な論点も含むテーマと言えます。

レアアースに限らず、放射性物質を伴う鉱物資源の開発には、各国でさまざまな規制や国際ガイドラインが設けられています。
放射線管理では、
といった原則に基づいて、
が求められます。
レアアース開発の現場でも、本来はこれらの原則に沿った管理が行われるべきです。
近年は、
といった観点から、
「自社製品に使われる鉱物資源が、環境破壊や人権侵害と結びついていないか」
を確認しようとする動きが広がっています。
レアアースは“戦略物資”として政治的な色彩も強い分野ですが、同時に、
などによって、放射性物質を含む廃棄物の発生と影響を減らしていく取り組みも進められています。
日本はレアアース資源をほとんど輸入に頼ってきましたが、その中で、
を重視する流れが強まっています。
日本では、
からレアアースを回収しようとするリサイクル技術の開発が進められています。これにより、
ことが期待されています。
東日本大震災以降、日本社会では「放射能」という言葉に対して非常に敏感になりました。そのこと自体は理解できますが、
は、性質も規模感も異なります。
重要なのは、
「放射能」という言葉だけで一括りに恐れるのではなく、 どの程度の線量が、どの範囲に、どれくらいの期間影響するのか
を冷静に見ていく姿勢です。
最後に、本記事のポイントを整理します。
「レアアースは放射性物質だから危険」という単純なイメージではなく、
といった多面的な視点から、レアアースと放射性物質の関係を捉え直すことが大切です。
スマホやEVを手にするとき、「その中で活躍しているレアアースが、どこから来て、どんなコストの上に成り立っているのか」をふと考えてみることが、より持続可能な社会への第一歩になるかもしれません。