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ロシア・領空侵犯・なぜ

なぜロシアは領空侵犯をするのか

ロシア・領空侵犯・なぜ

最新事案から読む狙い・手口・国際法・エスカレーション管理

9月19日(現地時間)、エストニアのバルト海上空でロシアのMiG-31戦闘機3機が約12分にわたり領空を侵犯し、NATOはエストニアに展開中のイタリア空軍F-35をスクランブルさせました。スウェーデンとフィンランドの戦闘機も連携。エストニアはNATO条約第4条(協議)の発動を要請し、EUや各国高官は「前例のない大胆さ」「無謀」と強く非難しています(ロシアは否定)。この一件は、直近のポーランド領空へのロシア無人機侵入(9月9〜10日)や、ルーマニア領空での侵入と並び、欧州東部での緊張を一段と高めました。

本稿では、「なぜロシアは領空侵犯を繰り返すのか」を、最新事案と過去の蓄積から多角的に読み解き、用語・作戦・国際法・リスク・今後のシナリオまで立体的に解説します。


1) 用語整理:領空・ADIZ・FIRの違い

  • 領空(Territorial Airspace)…各国の主権が及ぶ空域。領海上空および内陸上空(通常、海岸線から12カイリの領海上空まで)。未承認の軍用機侵入は主権侵害
  • ADIZ(防空識別圏)…早期警戒のため各国が独自設定する識別帯。国際法上の主権空域ではないが、進入機は事前通告や無線交信が慣行。未通告の進入には識別飛行・退去要求・エスコートなどが行われる。
  • FIR(航空管制情報区)…航空交通管制を提供する区画。安全運航のための技術的区分で、主権とは別。

ポイント:ニュースでは「領空侵犯」と「ADIZ侵入」がしばしば混同されます。今回エストニアの件は、報道ベースで**主権空域への侵入(領空侵犯)**です。


2) 直近の事件:パターンと特徴

  • エストニア(9/19):MiG-31×3がフライトプラン未提出トランスポンダ(識別信号)オフATC非交信のまま**ヴァインドロー島(Vaindloo)付近から12分間侵入。NATOは「reckless(無謀)」**と評価し、エストニアは第4条協議を要請。ロシアは「中立空域飛行」と主張。
  • ポーランド(9/9–10):ウクライナ攻撃と連動して多数のロシア無人機が領空へ流入。ポーランドは一部を撃墜し、第4条を要請。ドローン飛行禁止・小型機の飛行制限など国内措置を拡大。
  • ルーマニア(9/13):ロシア無人機が領空に進入、迎撃対応。NATOは**「Eastern Sentry(東部歩哨)」として前方の防空・警戒監視**を即応化。

傾向:①有人戦闘機の短時間侵犯と②**無人機の越境(群発・拡散)が組み合わされ、“試し行為(probing)”**としての色合いが濃い。複数国・複数ドメイン(空・サイバー・情報)を束ねるのが特徴です。


3) なぜロシアは領空侵犯するのか——8つの動機仮説

軍事的プロービング(防空網の“採寸”)

スクランブルの反応時間要撃の上限(交戦規則)レーダー/対空ミサイルの起動パターンなどを計測。F-35やAEW(早期警戒管制機)のセンサー運用を観察し、将来の危機に向けて敵情データベースを蓄積します。

政治的メッセージ(威圧・分断の試み)

同盟国の国内世論に**「巻き込まれコスト」**を意識させ、スクランブル常態化→疲弊を誘う。第4条要請や撃墜判断など、各国ごとの閾値を見極め、同盟分断の種をまく狙い。

エスカレーション・ラダーの“段打ち”

演習期(例:Zapad-2025)に合わせ、緊張を段階的に積み上げる。**疑似不測(plausible accident)**を重ね、偶発→既成事実化の余地を作る。

法的グレーの演出(否認可能性)

中立空域の通過」「航法誤り」「電子戦でドローンが逸脱」などのもっともらしい説明を常に用意し、責任追及の回避相手の証明負担を狙う。

国内向け宣伝(レジーム強化)

西側の抗議やスクランブル映像は、国内では**“強いロシア”**の演出素材。短時間侵入→無傷帰還は勝利物語に転化しやすい。

実務上の航路・地理要因

カリーニングラード飛地への移動や訓練ルートは国際空域と領空がパズル状に入り組む。気象回避や電子戦訓練で境界線ギリギリを通す運用はもともと多い。そこに**意図的な“越え”**を織り交ぜると政治効果が増幅。

資源拘束とコストの非対称性

侵入側は短時間・低コストで挑発できる一方、防衛側は常時待機の人員・機体・燃料・整備という高コストを強いられる。戦略的消耗を狙う非対称戦の手口。

外交局面のテコ入れ

制裁や和平交渉、第三国との取引など、外交上の狙いどころで威圧行動を点描し、交渉カードとして**“リスクの上乗せ”**を示唆。


4) 手口:共通して見られるオペレーション要素(詳細)

  • トランスポンダを切る:民間機と区別しづらく、管制・衝突回避の安全余裕を削る。
  • フライトプラン未提出/ATC非交信:識別・追尾側の作業負荷を増やし、誤認・事故の危険を上げる。
  • 電子戦(GPS妨害・欺瞞):ドローン群の位置情報の撹乱喪失を装い、否認可能性を高める。
  • 編隊分割・高低差運用:レーダーや光学識別の死角を突く。高高度のMiG-31と低高度のドローン/爆撃型の組合せなど。
  • 多正面・同時多発別国・別ドメインでイベントを重ね、対応資源を分散させる。
  • 時間帯の工夫:夜間・悪天・繁忙時間に合わせ、監視の谷間を狙う。

結果:迎撃側は**QRA(Quick Reaction Alert)**の発進、エスコート・退去要求・写真撮影など定型手順を踏みつつ、**交戦規則(ROE)**の閾値管理が求められます。


5) 国際法とNATO条約:第4条と第5条の間

  • シカゴ条約 第1条:各国はその領土上空に完全かつ排他的主権を有する。
  • 同第3条bis民間機に対する武力行使を禁止(ただし強制着陸・誘導等の適正措置は可)。
  • 国連憲章51条(自衛権)武力攻撃に対しては個別・集団的自衛権が認められる。
  • NATO条約 第4条脅威時の協議。政治シグナルとして有効。
  • 同第5条集団防衛義務。ただし自動的な開戦ではなく、各国が「必要と認める措置」を取る枠組み。攻撃認定の閾値は高い

現状:エストニアは第4条要請段階。ポーランドはドローン撃墜と国内措置の強化に踏み切り、NATOは前方防空の即応化を進めています。


6) 何が危ないのか:偶発・誤算・連鎖

  1. 空中衝突・誤交戦:トランスポンダオフは民間機の安全も脅かす。レーダーブラインドや無線不通が重なると最悪の事態へ。
  2. 誤認のエスカレーション:国境線付近での急旋回・急降下・ロックオン模擬は、ROEの誤判定を誘発し得る。
  3. 国内政治の硬直化:一度撃墜が起これば、**「次も撃墜すべきか」**という強硬圧力が生じ、対話の余地が狭まる。
  4. 多正面化:ドローン・サイバー・電子戦・偽情報が束ねて投入されると、危機管理能力の限界が試される。
  5. 民間航空への波及航空路の迂回、保険料の上昇、運航遅延など社会的コストが増大。
  6. 海空連接の複合事故黒海・バルト海などで海軍艦艇の**CUES(不測の遭遇行動規範)**逸脱が重なると、海空の同時事故リスクが高い。

7) NATOの運用:誰が、どこで、何をしているか

  • NATINAMDS(統合防空ミサイル防衛):NATOの統合指揮・センサー融合の骨格。CAOC(航空作戦指揮所:独ウーデム/西トレホン)でQRAを統制。
  • Baltic Air Policing(バルト空域警戒):2004年のバルト3国加盟以来のローテーション常設任務F-35/ユーロファイター/F-16などが持ち回りで展開。
  • Eastern Sentry(東部歩哨):近時の対無人機・複合事案に合わせた前方防空の即応化パッケージ。地対空・AEW・電子戦の三位一体運用を強化。

8) 各国別の受け止めと現実的な選択肢

  • バルト三国第4条の素早い活用、追加制裁の訴え、前方配備の質的強化要請。国内ではシェルター・サイバー備えなどの国民保護策を促進。
  • 北欧(フィンランド・スウェーデン)NATO入り/統合を背景に、北極圏〜バルト海での接続防衛を重視。沿岸監視・対無人機の層を厚く。
  • 黒海沿岸(ルーマニア等)無人機越境への対応力を優先。レーダー低空域の穴埋め、電子戦対策を加速。
  • 米英仏独伊制裁・防空資産の追加派遣・演習頻度の維持で抑止メッセージを継続。

9) シナリオ分析:次に起こり得ること

  • ベースライン:短時間侵犯+無人機越境が散発的に継続。第4条協議は定期的な確認儀式に。
  • 悪化ケース:要撃時のニアミス/物理接触、ロックオン照射、ドローン残骸の領内落下などが引き金となり、撃墜→制裁強化→軍配備拡大の連鎖。
  • 最悪ケース人的損害の発生で第5条の協議が具体化。限定的報復の連鎖で誤算の泥沼へ。
  • 抑止回復ケース透明性の高い公表(映像・航跡)多国共同の即応演習電子戦対策の可視化挑発の費用対効果を下げ、頻度が逓減。

10) ミニ用語集

  • QRA:Quick Reaction Alert。常時待機の要撃体制。
  • ROE:Rules of Engagement。交戦規則。
  • AEW:Airborne Early Warning。早期警戒管制機。
  • C2:Command & Control。指揮統制。
  • CUES:海軍の不測の遭遇時行動規範(空にも波及する運用連接が課題)。
  • ADS-B/モードS:航空機の位置送信方式/監視応答装置。

11) よくある誤解と正しい理解

  • 誤解①:ADIZ侵入=領空侵犯別物。ADIZは主権空域ではない。だが未通告侵入はリスク増大行為
  • 誤解②:第5条は自動開戦誤り。武力攻撃認定と各国の判断を経る。
  • 誤解③:短時間なら違法でない誤り領空は主権空域。短時間でも未承認軍用機の侵入は主権侵害
  • 誤解④:民間機には撃てないから安全危険第3条bisは武力行使を禁じるが、強制誘導・着陸などの措置は可能。誤認の連鎖が最も怖い。

12) 監視すべき指標

  • スクランブル回数と応答時間(四半期トレンド)
  • 「電子戦起因の逸脱」主張の頻度(無人機中心)
  • 前方配備の質(AEW・地対空・電子戦のローテーション)
  • NOTAMの発出傾向(一時空域閉鎖・訓練警告)
  • ADS-Bのブラックアウト・クラスタリング(意図的オフの地理的偏り)
  • 軍演習スケジュール(Zapad等と越境頻度の相関)

13) まとめ:エスカレーション管理の要諦

  • 複合的な“試し行為”に対し、NATOは第4条協議+前方防空の即応化で抑止を維持しているが、偶発・誤算のリスクは残る。
  • 打ち手は、①透明性の高い即時公表(航跡・映像)、②多国共同の常態化演習、③電子戦対策の強化、④民間航空の安全余裕の確保(ルート最適化・情報共有)、⑤制裁の微調整外交チャンネルの確保。
  • 核心は、“反応は機敏に、閾値管理は慎重に”。挑発の費用対効果を下げつつ、誤算を避けるガードレールを整えることです。

 

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