B.LEAGUEの三遠ネオフェニックスでアシスタントコーチ兼通訳を務める綾部舞(あやべ・まい)さん。
長年、外国籍コーチや選手を支える通訳として活躍してきましたが、現在は単なる「英語の通訳」にとどまらず、チームの戦術や選手指導にも深く関わるコーチとして重要な役割を担っています。
2026年10月には、大野篤史ヘッドコーチらが体調不良で欠場した佐賀バルーナーズとの2試合でヘッドコーチ代行として指揮を執り、チームを2連勝に導いたことでも注目を集めました。
実は綾部さん自身も本格的なバスケットボール経験者で、高校卒業後にアメリカへ渡り、ハワイ大学ではNCAAディビジョン1の女子バスケットボール選手としてプレーしています。
この記事では、綾部舞さんの出身地や学歴、選手時代、通訳になったきっかけ、千葉ジェッツや三遠ネオフェニックスでの経歴などを詳しく紹介します。
| 名前 | 綾部 舞(あやべ まい) |
|---|---|
| 英語表記 | Mai Ayabe |
| 生年月日 | 1986年11月10日 |
| 年齢 | 39歳(2026年10月現在) |
| 出身地 | 長崎県 |
| 出身高校 | 筑紫女学園高等学校 |
| 出身大学 | ハワイ大学 |
| 大学時代のポジション | ガード |
| 現在の所属 | 三遠ネオフェニックス |
| 役職 | アシスタントコーチ兼通訳 |
綾部舞さんは1986年11月10日生まれです。
三遠ネオフェニックスの公式プロフィールでは出身地は長崎県とされています。ハワイ大学の選手プロフィールでは、長崎県佐世保市生まれと紹介されています。
その後、福岡県の筑紫女学園中学校・高等学校で学びました。
バスケットボールを始めたのは小学2年生の頃です。
もともとは姉がバスケットボールをしたいと言ったことがきっかけで、一緒に始めるよう勧められたそうです。当初はそれほど乗り気ではなかったものの、中学生になる頃にはバスケットボールに夢中になっていきました。
綾部さんに大きな影響を与えたのが、中学生時代にテレビで見たアメリカのプロバスケットボールNBAでした。
録画したNBAの試合を繰り返し見るうちにアメリカのバスケットボールに強く引かれ、「いつかアメリカでプレーしたい」という思いを持つようになったといいます。
日本の高校を卒業後、実際にアメリカ留学を決断します。
筑紫女学園での学生生活について綾部さんは、バスケットボール部で部活と勉強を両立した経験が、忍耐力や仲間との信頼関係につながったと振り返っています。
綾部舞さんは筑紫女学園高等学校を2005年に卒業すると、アメリカ・ハワイへ渡りました。
まず語学を学び、その後、ホノルルにあるカピオラニ・コミュニティ・カレッジを経て、ハワイ大学マノア校へ進んでいます。
単に海外の大学へ留学しただけではありません。
「アメリカでバスケットボールをプレーしたい」という夢を実現するため、ハワイ大学女子バスケットボールチームのトライアウトを受け、見事チーム入りしました。
ハワイ大学では、全米大学体育協会(NCAA)のディビジョン1でプレーしました。
ディビジョン1はNCAAの中でも最高レベルに位置するカテゴリーで、アメリカの大学スポーツでトップクラスの選手たちが集まります。
綾部さんのポジションはガードで、身長は5フィート4インチ(約163cm)。
2009-10シーズンには15試合、2010-11シーズンには30試合に出場し、大学2年間で計45試合に出場しました。
2010-11シーズンには2試合で先発出場も経験しています。
ハワイ大学での通算成績は99得点、43アシスト。外国人選手としてアメリカのNCAAディビジョン1で実際にプレーした経験は、現在コーチとして選手と接する際にも大きな財産になっていると考えられます。
綾部さん自身も、アメリカ人選手とのフィジカルの差を感じる一方、自分のスピードは通用すると感じたと振り返っています。
アメリカの大学最高峰カテゴリーでプレーした綾部さんですが、帰国後すぐに日本でプロや実業団のバスケットボール選手になったわけではありません。
当時はアメリカの大学でプレーした実績が、日本国内で現在ほど評価される環境ではなかったといい、実業団への道を見つけることができませんでした。
そこでいったんバスケットボールとは異なる仕事に就き、システムエンジニアとして働いています。
しかし、パソコンの画面に向かい続ける仕事は自分には合わないと感じ、再びバスケットボールの世界を目指しました。
綾部さんは選手としてプレーすることをあきらめきれず、プロリーグのトライアウトに参加しました。
そこで思いがけない転機が訪れます。
トライアウトの場でライジング福岡のヘッドコーチから、英語力を生かして通訳をやってみないかと声をかけられたのです。
結果的に選手としてではなく、「通訳」という形でプロバスケットボールの世界に入ることになりました。
綾部さん自身、この時トライアウトへ行っていなければ現在の自分はなかったと振り返っており、まさに人生を変えた出来事だったといえます。
2014-15シーズン、綾部舞さんはライジング福岡(現在のライジングゼファー福岡)で通訳を務めました。
ここからプロバスケットボール界でのスタッフとしてのキャリアが本格的に始まります。
自らアメリカの大学で選手としてプレーしていたため、単に英語を日本語に訳すだけでなく、コーチの指示やバスケットボール特有の表現を理解して選手へ伝えることができました。
2015年から2018年までは、女子バスケットボールの強豪トヨタ自動車アンテロープスで通訳を務めました。
男子プロバスケットボールだけでなく、Wリーグのトップチームでも経験を積んだことになります。
当時のトヨタ自動車アンテロープスの自己紹介では、筑紫女学園卒業後にハワイへ渡り、ハワイ大学のトライアウトを受け、ディビジョン1で2年間プレーした経歴を自ら紹介していました。
2018-19シーズンからは千葉ジェッツふなばしに加入しました。
ここで、現在まで大きな影響を受けることになる大野篤史ヘッドコーチと出会います。
2018年から2020年までは通訳兼アシスタントマネージャー、2020年から2022年までは通訳としてチームを支えました。
千葉ジェッツは2020-21シーズンにB.LEAGUEで初優勝を達成。綾部さんも通訳として優勝チームを支えました。
外国籍選手や外国人スタッフが多いプロバスケットボールでは、通訳は試合や練習の質にも関わる重要な存在です。
特に綾部さんは、リアルタイムで正確に伝える能力や、大きな声で物怖じせずコミュニケーションを取る姿勢を評価され、大野HCから厚い信頼を得ていきました。
2022年、大野篤史氏が千葉ジェッツを離れ、三遠ネオフェニックスのヘッドコーチに就任しました。
この時、大野HCから綾部さんにも「一緒に来てくれないか」と声がかかったといいます。
綾部さんはその誘いを受け、2022-23シーズンから三遠ネオフェニックスに加入しました。
最初のシーズンは通訳でしたが、その役割は徐々に大きく変化していきます。
綾部さんは千葉ジェッツ時代から、将来的にはコーチになりたいという思いを持っていました。
その希望を大野HCにも伝えていたといいます。
そして三遠ネオフェニックスでは、2023-24シーズンからコーチ兼通訳に就任。
2024-25シーズンからは肩書きがアシスタントコーチ兼通訳となりました。
2026-27シーズンも契約を継続しており、現在は大野HCを支えるコーチングスタッフの一人として、より本格的に指導に携わっています。
| 年度 | 所属・役職 |
|---|---|
| 2014-15 | ライジング福岡 通訳 |
| 2015-18 | トヨタ自動車アンテロープス 通訳 |
| 2018-20 | 千葉ジェッツ 通訳兼アシスタントマネージャー |
| 2020-22 | 千葉ジェッツ 通訳 |
| 2022-23 | 三遠ネオフェニックス 通訳 |
| 2023-24 | 三遠ネオフェニックス コーチ兼通訳 |
| 2024- | 三遠ネオフェニックス アシスタントコーチ兼通訳 |
現在の綾部さんは、「通訳」という肩書きからイメージされる仕事だけを担当しているわけではありません。
三遠ネオフェニックスではアシスタントコーチとして練習を担当し、戦術面でもチームづくりに参加しています。
大野HCはアシスタントコーチに大きな責任と権限を与える指導スタイルで知られ、綾部さんはディフェンス面を中心にチームの指導にも携わっています。
また、試合中のタイムアウトで選手への指示を任されることもあります。
通訳として外国籍選手へ言葉を訳す際にも、単語をそのまま置き換えるのではなく、ヘッドコーチが何を意図しているのか、その背景にある考えまで理解したうえで、選手に伝わりやすい形に整理することを意識しているといいます。
これは、自身がアメリカで選手としてプレーした経験を持ち、日本とアメリカ両方のバスケットボール文化を理解している綾部さんならではの強みといえるでしょう。
大野篤史HCは綾部さんのコーチとしての能力を高く評価しています。
特に、選手へ話す際の雰囲気や言葉の使い方、伝えるべきポイントを明確にする能力などを評価しており、将来的にはBリーグの女性ヘッドコーチを目指してほしいという期待を公に語っています。
綾部さん本人も、今後は自分自身のバスケットボール哲学を確立し、将来的にヘッドコーチを目指したいという考えを明らかにしています。
そして2026年10月、綾部舞さんに大きな経験となる出来事が訪れました。
10月3日と4日にSAGAアリーナで行われた佐賀バルーナーズ戦を前に、三遠ネオフェニックスの大野篤史HCが体調不良で欠場することになりました。
さらに清水太志郎トップアシスタントコーチ、前田浩行アシスタントコーチも体調不良で欠場するという異例の事態となります。
そこでヘッドコーチ代行としてチームの指揮を任されたのが、綾部舞アシスタントコーチ兼通訳でした。
10月3日の佐賀戦では、綾部HC代行が率いる三遠が序盤から主導権を握りました。
第1クォーターを27-22、第2クォーターを23-14とし、前半終了時点で50-36とリード。
後半にはさらに点差を広げ、最終的に97-61という36点差で勝利しました。
急きょHC代行を務めることになった状況にもかかわらず、チームは攻守で安定した試合を見せました。
10月4日に行われた2戦目は、初戦とは対照的な接戦になりました。
三遠は前半を51-39とリードしたものの、後半に佐賀の反撃を受け、第4クォーターには逆転を許します。
一時は7点差をつけられる苦しい状況となりましたが、終盤に再び逆転。
最終的には93-89で勝利しました。
これによって綾部HC代行は、佐賀とのアウェー2連戦を2戦2勝で終えることになりました。
三遠ネオフェニックスとしても2026-27シーズン開幕から4連勝となりました。
今回の2試合は、綾部さんのキャリアにとって大きな意味を持つものとなりました。
Bリーグでは女性のコーチ自体がまだ多くありません。
その中で男子プロバスケットボールのトップカテゴリーで試合の指揮を任され、しかも2試合とも勝利したことで、綾部さんの存在はこれまで以上に注目されています。
試合後には、女性が活躍できる舞台があることを示すことで、若い世代に勇気や希望を与えられればという趣旨の思いも語っています。
かつて通訳としてプロバスケットボール界に入り、コーチ兼通訳、アシスタントコーチ兼通訳へと役割を広げ、ついにはヘッドコーチ代行としてチームを率いるまでになったというキャリアは非常に興味深いものです。
綾部さんのこれまでの経歴を見ると、一貫しているのがまず行動してみるという姿勢です。
中学生の頃にアメリカのバスケットボールに憧れ、高校卒業後に実際に渡米しました。
ハワイ大学ではトライアウトを受けてNCAAディビジョン1のチームに入り、帰国後に選手への道が閉ざされても、再びプロリーグのトライアウトへ参加しました。
その行動が通訳という新しいキャリアにつながり、さらに「コーチをやりたい」という希望を口にしたことで、今度は指導者への道が開かれていきました。
2026年には、日本バスケットボール協会が女子中高生を対象に開催したキャリアイベントにも登壇し、バスケットボールに関わる仕事を目指す若い世代に、自らの経験を伝えています。
綾部舞さん自身は、将来的にヘッドコーチを目指す意向を示しています。
これまでのキャリアを考えると、それは決して単なる夢という段階ではなくなりつつあります。
NCAAディビジョン1での選手経験、WリーグとBリーグでの長年の通訳経験、千葉ジェッツでの優勝経験、そして三遠ネオフェニックスでのコーチ経験があります。
さらに2026年10月には、実際にBリーグの試合でHC代行を務め、2試合を2勝という結果で終えました。
今後、正式にヘッドコーチとしてチームを率いる機会が訪れるのか、注目されそうです。
綾部舞さんは1986年11月10日生まれ、長崎県出身のバスケットボール指導者・通訳です。
筑紫女学園高校を卒業後にアメリカへ渡り、ハワイ大学ではNCAAディビジョン1の女子バスケットボール選手として2年間プレーしました。
帰国後はいったんシステムエンジニアとして働きましたが、プロリーグのトライアウトを受けたことをきっかけに、2014年からライジング福岡の通訳としてバスケットボール界で働き始めました。
その後、トヨタ自動車アンテロープス、千葉ジェッツを経て、2022年に大野篤史HCとともに三遠ネオフェニックスへ移籍。
2023-24シーズンからコーチ兼通訳、2024-25シーズンからアシスタントコーチ兼通訳を務めています。
そして2026年10月3日、4日の佐賀バルーナーズ戦では大野HCらの欠場を受けてヘッドコーチ代行を務め、97-61、93-89と2試合連続で勝利しました。
アメリカで選手として挑戦し、帰国後は通訳からスタートしながら徐々に指導者へとキャリアを広げてきた綾部舞さん。
将来的にはヘッドコーチを目指しており、日本の男子プロバスケットボール界で女性指導者の道を切り開く存在となるのか、今後の活躍が注目されます。