2026年6月22日、北海道旭川市で起きた女子高校生殺害事件の裁判員裁判で、旭川地裁は内田梨瑚被告に懲役27年の判決を言い渡しました。
この事件は、当時17歳の女子高校生が車に監禁され、暴行を受けたうえ、旭川市内の橋から転落して死亡したとされる非常に痛ましい事件です。内田被告は殺人、不同意わいせつ致死、監禁の罪に問われていました。
判決を受けて、ネット上では「なぜ死刑ではないのか」「なぜ無期懲役でもないのか」という声も多く見られます。事件内容の残虐さを考えれば、そうした疑問や怒りを抱く人がいるのは自然なことです。
ただし、刑事裁判の量刑は、感情だけで決まるものではありません。日本の裁判では、過去の判例、罪名、被害者の数、犯行の計画性、動機、共犯者との関係、証拠によって認定できる事実などを総合的に判断して刑が決められます。

今回、検察側は内田被告に対して死刑や無期懲役ではなく、懲役27年を求刑していました。そして裁判所は、その求刑どおりの判決を言い渡しました。
日本の刑事裁判では、裁判所が検察の求刑より重い刑を言い渡すことも法律上は可能です。しかし、実際には検察が死刑を求刑していない事件で、裁判所がいきなり死刑を選ぶことは極めてまれです。
そのため、「なぜ死刑ではなかったのか」という疑問に対する第一の答えは、検察側がそもそも死刑を求刑していなかったからです。
殺人事件では、犯行が残虐であれば必ず死刑になる、というわけではありません。
日本の裁判では、死刑を選ぶかどうかについて、いわゆる「永山基準」と呼ばれる考え方が重視されています。これは、死刑を選択する際に、犯行の動機、態様、残虐性、被害者の数、遺族の処罰感情、社会的影響、被告人の年齢や前科、犯行後の態度などを総合的に考えるというものです。
つまり、裁判所は「ひどい事件かどうか」だけではなく、「過去の死刑判決と比較して、極刑を選ぶべき事件かどうか」を判断します。
今回の事件も、極めて悪質で残虐な事件であることは間違いありません。しかし、死刑が選ばれるかどうかは、社会的な怒りの大きさだけではなく、判例とのバランスによって判断されます。
死刑判決では、被害者の数が重要な判断要素になります。
もちろん、被害者が1人であっても死刑判決が出る事件はあります。したがって、「被害者が1人なら絶対に死刑にならない」ということではありません。
しかし、実務上は、被害者が1人の殺人事件で死刑が選ばれるのは、特に重い事情がある場合に限られやすい傾向があります。たとえば、強盗目的、保険金目的、身代金目的、性犯罪目的、強い計画性、前科との関係など、他の重い事情が重なっているかどうかが見られます。
今回の事件では、被害者を追い詰めた行為の残虐性は非常に重いものです。一方で、検察側は死刑ではなく懲役27年を求刑しました。これは、過去の死刑判決との比較や、被害者数、事件の性質などを考えた結果だと見られます。
今回、内田被告は殺人だけでなく、不同意わいせつ致死の罪にも問われました。
被害者に服を脱がせたとされる行為は、被害者の尊厳を著しく踏みにじるものであり、非常に重大です。そのため、「性犯罪が絡んでいるのになぜ無期懲役ではないのか」と感じる人もいるでしょう。
一方で、報道されている裁判の見方では、検察側はこの事件の本質を、性的目的というよりも、SNS上のトラブルをきっかけにした制裁・報復的な殺人事件として捉えたと見られます。
つまり、不同意わいせつ致死が軽いという意味ではありません。そうではなく、事件全体の中心をどこに置いて量刑を組み立てるかという問題です。
この事件では、共犯とされる別の女について、すでに懲役23年が確定しています。
内田被告は主導的立場だったとされていますが、共犯者にも重い責任があると見られています。そのため、内田被告だけを極端に重くするのか、共犯者とのバランスをどう取るのかも量刑上の大きなポイントになります。
今回の懲役27年という刑は、共犯者の懲役23年より重いものです。つまり、裁判所は内田被告の責任をより重く見た一方で、死刑や無期懲役まで引き上げるのではなく、有期刑の上限に近い重い刑を選んだと考えられます。
懲役27年と聞くと、「27年で出てくるのか」と感じる人もいるかもしれません。
しかし、懲役27年は有期刑としては非常に重い刑です。若い被告人にとっては、人生の大きな部分を刑務所で過ごすことになります。
もちろん、被害者は戻ってきません。遺族にとっては、どれほど重い刑でも十分とは感じられないかもしれません。その意味で、「懲役27年で納得できない」という感情は理解できます。
ただ、裁判所の判断としては、死刑や無期懲役ではなく、法律上選択できる有期刑の中で極めて重い刑を選んだということになります。
内田梨瑚被告が死刑にならなかった理由は、一つだけではありません。
まず、検察が死刑ではなく懲役27年を求刑していたことが大きな理由です。また、日本の裁判では、死刑を選ぶ際に過去の判例とのバランスが重視されます。被害者が1人であること、事件の本質をどう評価するか、共犯者との量刑バランスなども判断材料になったと考えられます。
今回の事件が重大で残虐であることは変わりません。しかし、刑事裁判では、怒りや処罰感情だけで死刑を選ぶのではなく、法と証拠、過去の判例との整合性に基づいて刑が決められます。
そのため、今回の判決は「事件が軽く見られた」というよりも、「死刑や無期懲役ではなく、有期刑の中で非常に重い懲役27年が選ばれた」と見るのが近いでしょう。
なお、今回の判決は一審判決です。今後、控訴があれば、上級審で量刑や事実認定が改めて争われる可能性もあります。