最近、「ナフサが不足している」「ナフサ不足でプラスチック製品や包装資材に影響が出るのではないか」といった不安が広がっています。ナフサは普段あまり聞き慣れない言葉ですが、実は私たちの生活に深く関わる重要な原料です。
ナフサは原油から作られる石油製品の一種で、石油化学工業ではプラスチック、合成樹脂、合成ゴム、塗料、接着剤、インク、包装材、断熱材、医療用品など、非常に多くの製品の出発点になります。つまり、ナフサそのものを一般家庭で直接使うことは少なくても、ナフサから作られた素材は、食品包装、レジ袋、ごみ袋、建材、自動車部品、家電、衣類、医療器具など、身の回りのいたるところに存在しています。
そのため、ナフサ不足という言葉が広がると、「プラスチック製品が手に入らなくなるのか」「食品の包装が不足するのか」「医療や物流にも影響するのか」といった不安が出てきます。では、ナフサは本当に不足しているのでしょうか。
結論から言うと、現時点で日本全体としてナフサが完全に枯渇している、あるいはすぐに生活必需品が一斉に手に入らなくなるという状況ではありません。
ただし、「不足していないから問題ない」と言い切れる状況でもありません。実際には、ナフサの調達先が中東に大きく偏っていること、中東情勢の悪化によって輸入ルートが不安定になっていること、価格が大きく上がっていること、さらに一部の製品や業界では供給の偏りや流通上の詰まりが出ていることが問題になっています。
つまり、現在のナフサ問題は「全国的に在庫がゼロになるような単純な不足」ではなく、「供給網が不安定になり、価格と調達に大きな不安が出ている状態」と見るのが正確です。
ナフサとは、原油を精製する過程で得られる軽質の石油製品です。ガソリンに近い性質を持つ液体で、石油化学工業では非常に重要な基礎原料です。
石油化学コンビナートでは、ナフサを高温で分解して、エチレン、プロピレン、ブタジエン、ベンゼン、トルエン、キシレンなどの基礎化学品を作ります。これらはさらに加工され、ポリエチレン、ポリプロピレン、塩化ビニル樹脂、合成ゴム、発泡スチロール、接着剤、塗料、インク、フィルム、包装材などになります。
たとえば、食品の袋、ペットボトルのキャップ、レジ袋、ごみ袋、電線の被覆、住宅の断熱材、自動車の内装部品、医療用の注射器やチューブなども、広い意味ではナフサ由来の石油化学製品と関係しています。
そのため、ナフサの供給が不安定になると、単に化学業界だけでなく、食品、医療、建設、自動車、物流、日用品、印刷、農業資材など、幅広い産業に影響が広がる可能性があります。

ナフサ不足が注目されている大きな理由は、中東情勢の悪化によって原油や石油製品の輸入が不安定になっているためです。
日本は原油やナフサの多くを海外から輸入しています。特にナフサについては、中東への依存度が高いことが問題です。ジェトロによると、2024年時点で日本のナフサ輸入量のうち中東が73.6%を占め、国別ではUAEが30.4%、クウェートが21.6%、カタールが15.4%を占めていました。
このように輸入先が中東に集中していると、ホルムズ海峡周辺の緊張や海上輸送の混乱が起きた場合、日本のナフサ調達に大きな影響が出やすくなります。
さらに、ナフサは原油から作られるため、原油価格や為替の影響も受けます。中東情勢が悪化して原油価格が上昇し、円安も重なると、ナフサの調達コストは大きく上がります。その結果、プラスチック製品、包装材、建材、塗料、接着剤などの価格にも波及しやすくなります。
「ナフサは本当に不足しているのか」という問いに対しては、いくつかの段階に分けて考える必要があります。
まず、政府や業界の説明では、日本全体として直ちに供給困難になる状況ではないとされています。経済産業省は、ナフサを含む石油由来製品や原油について、備蓄放出や代替調達によって国内需要全体に必要な量を確保していると説明しています。また、ナフサ由来化学品全体については、国内需要の約4カ月分に相当する供給を確保しているとの説明もあります。
一方で、同じ経済産業省は、供給と需要のバランスに偏りがあることや、流通上のボトルネックがあることも認めています。つまり、全国的には一定量が確保されていても、必要な場所に必要なタイミングで十分に届かないケースが起こり得るということです。
ジェトロも、2026年3月の石油化学製品の生産実績について、中東情勢悪化やナフサ分解炉の定期修理が重なり、エチレン、ポリエチレン、ポリプロピレンなどの生産が減少したと伝えています。一方で、在庫などにより全体として供給は維持できているとの見方も示されています。
したがって、「ナフサが日本からなくなっている」というよりも、「調達が不安定になり、生産や価格に影響が出始めている」と表現するのが現実に近いでしょう。

ナフサ問題を考えるときに重要なのは、「物がない」という不足と、「価格が高くなる」という問題を分けて考えることです。
ある原料が市場に存在していても、価格が急上昇すれば、企業にとっては大きな負担になります。ナフサ価格が上がると、石油化学メーカーの原料コストが上がり、その先にあるプラスチック製品、包装材、フィルム、インク、建材、日用品などの価格にも影響します。
たとえば、食品メーカーにとっては、商品そのものの原材料だけでなく、袋、フィルム、容器、ラベル、インク、配送資材などもコスト要因になります。ナフサ由来の素材が値上がりすれば、食品価格や日用品価格にも間接的に影響する可能性があります。
そのため、消費者から見ると「商品は店にあるが、価格が高くなった」「一部の商品で包装が簡素化された」「特定の資材が納期遅れになった」という形で影響を感じることがあります。これは完全な不足とは違いますが、生活や企業活動にとっては十分に大きな問題です。
日本には石油備蓄があります。原油や石油製品の備蓄は、エネルギー安全保障のために重要な役割を果たしています。しかし、ナフサ問題は「石油備蓄があるから何も心配ない」と単純には言えません。
理由は、ナフサが単独の商品としてだけでなく、石油化学製品のサプライチェーン全体に関わっているためです。ナフサを確保しても、それを分解する設備、そこから基礎化学品を作る設備、さらに樹脂やフィルムや部品へ加工する工場、物流網が正常に動かなければ、最終製品は十分に供給されません。
また、ナフサ分解炉などの化学設備は、急に稼働率を上げたり、停止・再開を簡単に繰り返したりできるものではありません。定期修理、原料の種類、製品の需要、在庫、輸送ルートなどが複雑に関係します。
そのため、政府が原油や石油製品を確保していても、末端の製品供給には時間差や偏りが生じることがあります。ここが、ナフサ不足を理解するうえで非常に重要な点です。
ナフサ由来の素材は非常に多いため、影響を受ける可能性がある分野も広範囲に及びます。
まず、代表的なのはプラスチック製品です。ポリエチレンやポリプロピレンは、食品包装、レジ袋、ごみ袋、容器、フィルム、日用品、自動車部品、家電部品などに使われています。
次に、インクや塗料、接着剤も影響を受けやすい分野です。印刷インクや溶剤、塗料、接着剤には石油化学由来の原料が多く使われています。そのため、食品パッケージ、段ボール、ラベル、広告物、建築塗料などにも影響が及ぶ可能性があります。
さらに、建設分野では断熱材、配管材、防水材、床材、樹脂系建材などが関係します。自動車分野ではバンパー、内装材、樹脂部品、タイヤ関連素材などが影響を受ける可能性があります。
医療分野でも、注射器、チューブ、包装材、消毒・滅菌関連資材など、石油化学製品は欠かせません。医療用品は生活必需性が高いため、政府も供給確保を重視する分野です。
現時点では、一般消費者がナフサ不足を理由に、プラスチック製品や日用品を過剰に買いだめする必要はありません。政府や業界は、在庫や代替調達によって供給を維持する姿勢を示しています。
むしろ問題になるのは、不安による過剰発注や買い占めです。必要以上の注文が集中すると、本来であれば十分に回るはずの製品まで流通が詰まり、実際の不足を招いてしまうことがあります。
経済産業省も、需要側の過剰な発注が各種製品の流通の目詰まりにつながる事例があると指摘しています。つまり、ナフサ不足を心配するあまり、企業や消費者が必要以上に在庫を抱えようとすると、かえって混乱を大きくする可能性があります。
企業にとって重要なのは、「ナフサが足りるか足りないか」だけではありません。むしろ、価格変動、納期遅れ、代替素材の確保、取引先からの値上げ要請、包装資材の仕様変更などが現実的なリスクになります。
食品メーカーであれば、包装フィルム、トレー、ラベル、インク、段ボール、物流資材などの価格が上がる可能性があります。建設業であれば、断熱材、塗料、接着剤、配管材などの調達に影響が出る可能性があります。小売業であれば、レジ袋、ごみ袋、包装材、陳列資材などのコスト上昇が問題になります。
また、海外から部材を調達している企業の場合、日本国内のナフサ供給だけでなく、韓国、中国、台湾、東南アジアなどの石油化学製品の供給状況も関係します。石油化学製品は国際的なサプライチェーンで動いているため、日本国内だけを見ても全体像はつかみにくいのです。
日本政府や石油化学業界は、中東以外からのナフサ調達を増やす動きを進めています。経済産業省の説明では、米国などからの代替調達が進められているとされています。
ジェトロによると、米国、アルジェリア、ペルーなど中東以外からのナフサ輸入は、中東情勢悪化前の水準に比べて、2026年5月には約3倍、135万キロリットル超になる見込みとされています。
これは、日本が中東依存を減らそうとしていることを示しています。ただし、代替調達にはコストや輸送距離、品質、契約条件、船舶の確保などの問題があります。中東からの輸入が不安定になったからといって、すぐに同じ量を別の地域から安く調達できるわけではありません。
そのため、代替調達は重要な対策ですが、短期間ですべてを解決する万能策ではありません。
ナフサ不足の不安には、一時的な面と構造的な面があります。
一時的な面としては、中東情勢、ホルムズ海峡周辺の輸送リスク、原油価格の急変、為替変動、化学プラントの定期修理などがあります。これらは状況が落ち着けば緩和する可能性があります。
一方で、構造的な面もあります。日本の石油化学産業は、長年ナフサを基礎原料として発展してきました。しかし、国内需要の減少、設備の老朽化、海外勢との競争、脱炭素への対応、中東依存、原料価格の変動など、複数の課題を抱えています。
つまり、今回のナフサ不足不安は、単なる一時的な騒ぎではなく、日本の石油化学産業が抱える構造的な弱点を浮き彫りにしているとも言えます。
ナフサ価格の上昇は、物価全体にも影響します。ナフサは多くの製品の上流にある原料であるため、価格上昇が広い範囲に波及しやすいからです。
たとえば、食品そのものの原材料価格が変わらなくても、包装材、ラベル、インク、配送用フィルム、保冷材、段ボールなどが値上がりすれば、最終的な商品価格に影響します。
また、建設資材が値上がりすれば住宅価格やリフォーム費用に影響し、自動車部品が値上がりすれば車両価格や修理費用にも波及します。医療用品や衛生用品のコストが上がれば、医療機関や介護施設の経費にも影響します。
このように、ナフサ不足やナフサ価格の高騰は、目に見えにくい形で広く物価を押し上げる可能性があります。
ナフサ不足という言葉は分かりやすい反面、少し誤解を招きやすい表現でもあります。
不足というと、すぐに「在庫がゼロになる」「商品が店頭から消える」と想像しがちです。しかし、実際には、原料の調達コストが上がる、輸入先の変更に時間がかかる、一部の工場で生産調整が起きる、特定の製品で納期が延びる、流通の一部で詰まりが起きる、といった形で影響が出ることが多いです。
つまり、「ナフサ不足」と言うよりも、「ナフサ供給不安」「ナフサ価格高騰」「ナフサ由来製品の供給リスク」と表現した方が、実態に近い場合があります。
もちろん、状況がさらに悪化すれば、本当の意味での不足が深刻化する可能性もあります。しかし、現時点では、冷静に在庫、輸入量、代替調達、生産状況、価格動向を見て判断する必要があります。
今後、ナフサ問題を見るうえで注目すべきポイントは、まず中東情勢と海上輸送の安定です。ホルムズ海峡周辺の緊張が続けば、日本の原油・ナフサ調達に不安が残ります。
次に、代替調達が予定通り進むかどうかです。米国、中南米、中央アジア、アジア大洋州などからの調達が増えれば、中東依存はある程度緩和されます。ただし、コスト面の影響は残る可能性があります。
さらに、国内の石油化学プラントの稼働状況も重要です。ナフサが入ってきても、分解炉や下流工程が十分に動かなければ、最終製品の供給にはつながりません。
また、企業の過剰発注や買いだめが起きるかどうかも注意点です。不安心理による注文集中は、実際の需給以上に混乱を大きくすることがあります。
ナフサは本当に不足しているのかという問いに対する答えは、「日本全体で直ちに枯渇するような不足ではないが、供給不安と価格高騰は現実に起きている」というものです。
政府や業界は、備蓄放出、代替調達、在庫活用によって供給を維持しようとしています。ナフサ由来化学品についても、一定期間分の供給が確保されていると説明されています。
一方で、日本のナフサ輸入は中東依存度が高く、国際情勢の影響を受けやすい構造があります。実際に、石油化学製品の生産減少や価格上昇、流通の偏り、企業の調達不安は起きています。
したがって、ナフサ不足を過度に恐れて買いだめする必要はありません。しかし、ナフサをめぐる問題を軽視するのも適切ではありません。ナフサはプラスチック、包装材、建材、医療用品、日用品など、社会の基盤を支える重要な原料です。
今回の問題は、日本の暮らしや産業が、見えないところで石油化学製品に大きく依存していることを改めて示しています。今後は、中東依存の見直し、代替原料の活用、リサイクル素材の拡大、バイオマス由来素材の開発、過剰包装の見直しなども含めて、より強い供給体制を作ることが重要になります。
ナフサ不足は、単なる一時的な原料不足の話ではありません。日本の産業構造、エネルギー安全保障、物価、生活用品の安定供給を考えるうえで、非常に重要なテーマなのです。