「中国から撤退した日本企業」と聞いたとき、多くの人がまず知りたいのは、難しい経済理論ではなく、具体的にどの会社が撤退したのかという点です。
近年、中国では日本企業による工場閉鎖、店舗閉鎖、合弁解消、生産移管、販売拠点の縮小が相次いでいます。代表的な企業としては、三菱自動車、スズキ、日産自動車、ホンダ、キヤノン、東芝、ソニー、パナソニック、セイコーエプソン、リコー、日本製鉄、三菱商事、ハニーズ、モスバーガー、はなまるうどん、丸亀製麺、伊勢丹、イトーヨーカドーなどが挙げられます。
ただし、ここで注意したいのは、「中国撤退」といっても意味が一つではないことです。中国事業そのものから完全撤退した企業もあれば、中国での生産だけをやめた企業、一部工場を閉鎖した企業、中国国内の一部店舗を閉めた企業、中国向け事業は残しながら輸出向け生産だけを他国へ移した企業もあります。
そのため、本稿では「完全撤退」「生産撤退」「工場閉鎖」「店舗閉鎖」「事業縮小」「生産移管」を分けながら、中国から撤退・縮小した日本企業の具体例を整理します。
| 企業名 | 業種 | 中国での動き | 撤退・縮小の種類 |
|---|---|---|---|
| 三菱自動車 | 自動車 | 中国での三菱ブランド車の現地生産を終了 | 生産撤退 |
| スズキ | 自動車 | 中国の四輪車合弁事業から撤退 | 実質的な中国四輪事業撤退 |
| 日産自動車 | 自動車 | 常州工場閉鎖、武漢工場の生産終了方針が報じられる | 生産能力削減 |
| ホンダ | 自動車 | 広州工場閉鎖、武漢工場休止など生産能力を削減 | 生産再編 |
| マツダ | 自動車 | 中国での一部生産委託を終了 | 生産体制見直し |
| キヤノン | 精密機器 | 珠海のデジタルカメラ関連工場を閉鎖 | 工場閉鎖 |
| 東芝 | 電機・産業機器 | 東芝大連の生産終了、解散・清算 | 工場閉鎖・法人清算 |
| ソニー | 電機 | 北京のスマートフォン工場を閉鎖し、タイへ移管 | 工場閉鎖・生産移管 |
| パナソニック | 電機 | 山東省の液晶テレビ工場を閉鎖し、中国でのテレビ生産から撤退 | 生産撤退 |
| セイコーエプソン | 精密機器 | 深センの一部工場閉鎖・生産移管が報じられる | 工場閉鎖・生産移管 |
| オムロン | 電子部品・制御機器 | 蘇州の液晶バックライト関連工場を閉鎖 | 一部工場閉鎖 |
| リコー | 複合機・事務機器 | 福州のMFP関連工場を閉鎖し、生産を他拠点へ分散 | 工場閉鎖・生産再編 |
| 日本製鉄 | 鉄鋼 | 中国の宝山鋼鉄との合弁事業を解消する方針 | 合弁解消・生産縮小 |
| 三菱商事 | 商社 | 中国国内の金属取引を停止する方針 | 取引事業の撤退・縮小 |
| ハニーズ | アパレル | 中国の小売全店舗を閉鎖 | 小売事業撤退 |
| モスバーガー | 外食 | 中国本土の全店舗を閉鎖 | 中国本土撤退 |
| はなまるうどん | 外食 | 中国から撤退、海外店舗ゼロへ | 中国撤退 |
| 丸亀製麺 | 外食 | 中国本土の店舗を閉鎖したと報じられる | 中国本土撤退 |
| 伊勢丹 | 百貨店 | 上海伊勢丹閉店など、中国本土店舗を大幅縮小 | 店舗閉鎖・縮小 |
| イトーヨーカドー | 小売 | 中国1号店を含む一部店舗を閉店 | 店舗縮小 |
この一覧から分かるように、中国撤退は自動車や電機などの製造業だけでなく、外食、アパレル、百貨店、スーパーなどの小売・サービス業にも広がっています。
三菱自動車は、中国撤退の代表的な例です。2023年、中国での三菱ブランド車の現地生産を終了することを決めました。広州汽車集団との合弁会社である広汽三菱汽車について、三菱自動車と三菱商事が持つ株式を広州汽車側へ譲渡し、中国での生産から撤退する形になりました。
背景には、中国市場での販売不振があります。中国ではEVやプラグインハイブリッド車などの新エネルギー車が急速に普及し、BYDをはじめとする中国メーカーが大きくシェアを伸ばしました。その一方で、三菱自動車は従来型のSUVやガソリン車中心の展開で苦戦しました。
三菱自動車の場合、中国での現地生産は終了しましたが、アフターサービスは継続する方針です。したがって、「中国市場との関係を完全に断つ」というより、「中国で車を作る事業から撤退した」と表現する方が正確です。
スズキも、中国撤退の分かりやすい例です。スズキは中国で長安汽車などと合弁事業を展開していましたが、2018年に長安鈴木の持ち分を譲渡し、中国の四輪車合弁事業から撤退しました。それ以前にも、昌河鈴木との合弁解消を進めており、結果として中国での四輪車事業から実質的に撤退する形になりました。
スズキは小型車を得意とするメーカーですが、中国市場では消費者の嗜好が大型車やSUVへ移り、さらに中国メーカーの競争力も高まりました。スズキの強みである小型車が中国市場で十分に評価されにくくなったことが、撤退の大きな理由とされています。
ただし、スズキブランド車が現地企業によってライセンス生産・販売される形は残ったため、「ブランドが完全に消えた」という意味ではありません。それでも、日本企業としてのスズキが中国で四輪車事業を直接展開する形は大きく後退しました。
日産自動車も、中国事業の見直しを進めています。中国・江蘇省の常州工場については、2024年に閉鎖が報じられました。また、湖北省の武漢工場についても、2025年度中にも生産を終了する方針が報じられています。
武漢工場は比較的新しい工場で、EVの「アリア」やSUVの「エクストレイル」などを生産していました。しかし、中国では新エネルギー車市場の競争が激化し、日産車の販売も伸び悩みました。工場の稼働率が低いままでは採算が合わず、生産体制の整理が必要になったと見られます。
日産は中国市場から完全撤退するわけではありません。中国で新車投入や研究開発投資を進める方針も示しています。つまり、日産の動きは「中国撤退」というより、「過剰になった生産能力の削減」と見るのが適切です。
ホンダも中国で生産体制を見直しています。中国の広州工場を閉鎖し、武漢工場を休止するなど、従来型のガソリン車を中心とした生産能力を削減する動きが報じられています。
ホンダの場合も、中国市場から完全撤退したわけではありません。むしろEV専用工場を立ち上げるなど、中国の電動化市場に対応しようとしています。問題は、中国市場で求められる車が急速に変わっていることです。
中国では、価格競争力のあるEVや、スマートフォンと連動するデジタル機能を備えた車が人気を集めています。日本メーカーが得意としてきた燃費性能、品質、耐久性だけでは、以前ほど強い差別化にならなくなっています。ホンダの中国生産再編は、中国市場の変化に合わせて古い体制を整理する動きといえます。
マツダも、中国での生産体制を見直しています。中国では長安汽車などとの関係を通じて事業を展開してきましたが、一部の生産委託契約を終了したことが報じられています。
マツダはもともと中国市場でトヨタやホンダ、日産ほど大きな販売規模を持っていたわけではありません。中国市場で販売台数が伸び悩む中で、生産体制を縮小・整理する必要が出てきたと考えられます。
このように、自動車メーカーの中国撤退・縮小は、単なる政治的リスクだけでなく、中国市場におけるEV化、価格競争、中国メーカーの台頭が大きく関係しています。
キヤノンは、中国広東省珠海市にあったデジタルカメラ関連工場を閉鎖しました。珠海工場は、デジタルカメラ、レンズ、ビデオカメラ関連の生産を担ってきた重要な拠点でした。
この工場閉鎖の背景には、デジタルカメラ市場そのものの縮小があります。スマートフォンのカメラ性能が向上したことで、一般消費者向けのコンパクトデジタルカメラの需要は大きく減りました。かつては旅行や日常の記録にデジカメを使う人が多くいましたが、現在ではスマートフォンで十分と考える人が増えています。
そのため、キヤノンの珠海工場閉鎖は「中国リスクだけが原因」というより、カメラ市場の縮小とグループ全体の生産再編によるものです。ただし、中国にあった大規模工場が閉じられたという意味では、中国撤退・縮小の代表例としてよく取り上げられます。
東芝は、中国・大連にあった東芝大連有限公司の生産を終了し、解散・清算手続きを進めました。東芝大連は1991年に設立された古い中国拠点で、産業用モーター、映像関連部品、医療用機器関連などを生産してきました。
しかし、東芝グループは事業構造を大きく変えてきました。医療機器事業の売却、映像関連事業の縮小、工場の老朽化などが重なり、大連工場を維持する理由が薄れました。
東芝のケースも、「中国から逃げた」という単純なものではありません。企業グループ全体の事業再編の中で、中国にあった古い工場を整理した例です。
ソニーは、北京にあったスマートフォン工場を閉鎖し、生産をタイへ移管しました。これはスマートフォン事業のコスト削減と立て直しの一環です。
ソニーのスマートフォン事業は、世界市場でサムスン、アップル、中国メーカーなどとの競争に苦しんできました。販売台数が伸び悩む中で、生産拠点を整理し、効率化を進める必要がありました。
ソニーの場合、中国市場そのものから完全撤退したわけではありません。中国での販売やマーケティングは継続していました。しかし、中国でスマートフォンを生産する体制は終了し、タイへ移す形になりました。
パナソニックは、中国・山東省にあった液晶テレビ工場を閉鎖し、中国でのテレビ生産から撤退しました。これ以前にも上海のプラズマテレビ工場を閉鎖しており、中国でのテレビ生産は大きく縮小しました。
テレビ事業では、中国メーカーや韓国メーカーとの価格競争が非常に激しくなりました。かつて日本メーカーはテレビの高品質ブランドとして強い存在感を持っていましたが、液晶テレビの普及後は価格競争が進み、収益を上げにくくなりました。
パナソニックの中国テレビ生産撤退は、日本の家電メーカーがかつて得意としていた分野で、中国・韓国メーカーに押されていった流れを象徴する事例です。
セイコーエプソンについては、深センの一部工場閉鎖や生産移管が報じられています。人件費の上昇、環境規制の厳格化、生産体制の見直しなどが背景にあるとされています。
ただし、エプソンは中国事業全体から撤退したわけではありません。中国には販売会社や製造拠点が残っており、中国市場向けの事業も継続しています。そのため、エプソンの例は「中国撤退」ではなく、「一部生産拠点の整理」として扱うのが適切です。
オムロンは、中国・蘇州の液晶バックライト関連工場を閉鎖したと報じられています。液晶バックライトは、スマートフォンやディスプレー関連の部品として使われてきましたが、スマートフォン市場やディスプレー部品市場の変化により、採算が厳しくなったと考えられます。
ただし、オムロンは中国での制御機器事業などを継続しています。上海にはFA関連の生産拠点もあり、中国市場向けの事業は残っています。したがって、オムロンも「中国全面撤退」ではなく、「特定分野の工場閉鎖」と見るべきです。
リコーは、中国・福州のMFP、つまり複合機関連工場を閉鎖し、生産をマレーシア、タイ、中国内の別拠点などへ分散させる方針を示しました。
複合機市場は、ペーパーレス化やオフィス環境の変化によって世界的に縮小傾向にあります。さらに、米中貿易摩擦の影響で、中国から米国向けに輸出する製品には関税リスクが生じました。
リコーは中国から完全撤退したわけではありませんが、中国に集中していた生産を分散する動きを進めています。このようなケースは、近年の「チャイナ・プラスワン」の典型例です。
日本製鉄は、中国の宝山鋼鉄との合弁事業を解消する方針を示しました。この合弁事業は、自動車向け鋼板などを生産してきた重要な拠点でした。
中国の鉄鋼業は、巨大な生産能力を持っています。しかし、中国国内の不動産不況や景気減速によって需要が鈍る一方、鉄鋼の過剰生産が世界市場に影響を与えています。中国メーカーの価格競争力が高まる中で、日本製鉄は中国での生産を縮小し、アメリカやインドなど成長が見込める地域へ経営資源を振り向ける方向へ動いています。
このケースは、単に一つの工場を閉める話ではなく、日本の素材産業がどの市場を重視するかという戦略転換の一部です。
三菱商事は、中国国内での金属取引を停止する方針を示しました。背景には、中国での銅取引をめぐる不正疑惑や損失の問題があります。
商社の場合、工場を閉鎖するわけではありませんが、取引そのものをやめることも「事業撤退」の一種です。中国は巨大な市場である一方、取引先管理、信用リスク、不正リスク、法務リスクなどが大きくなりやすい市場でもあります。
三菱商事のケースは、製造業の撤退とは少し違いますが、中国ビジネスにおけるリスク管理の難しさを示す例といえます。
婦人服専門店のハニーズは、中国の小売事業から撤退しました。中国法人を通じて百貨店やショッピングセンターに出店し、ピーク時には多数の店舗を展開していましたが、不採算店舗の閉鎖を進めた後、最終的に中国の小売全店舗を閉じることになりました。
中国のアパレル市場は巨大ですが、競争も非常に激しい市場です。中国の若者は、流行の変化に敏感で、ECやライブコマース、SNS発のブランドも強い存在感を持っています。日本型の店舗展開だけでは、急速に変化する中国のファッション市場に対応しにくくなりました。
ハニーズの撤退は、製造業ではなく小売業における中国撤退の代表例です。
モスバーガーを展開するモスフードサービスは、中国本土の全店舗を閉鎖し、中国本土事業から撤退しました。上海市や福建省などに店舗を展開していましたが、個人消費の低迷や収益改善の難しさから、閉店に踏み切ったとされています。
モスバーガーは日本では品質の高いハンバーガーチェーンとして知られていますが、中国では低価格チェーン、現地系ファストフード、外資系大手との競争が激しくなっています。日本と同じ価値観で「少し高くても品質が良い」という訴求をしても、中国市場では必ずしも成功するとは限りません。
モスバーガーの撤退は、日本の外食チェーンが中国で苦戦する典型例です。
はなまるうどんも、中国から撤退した日本企業の一つです。上海万博での出店をきっかけに中国へ進出し、上海などで店舗を展開しましたが、最終的に中国から撤退しました。
中国には、刀削麺、蘭州ラーメン、ビャンビャン麺など、安くて種類豊富な麺料理が数多くあります。日本のセルフ式讃岐うどんは、日本国内では手軽で安い外食として定着していますが、中国では現地の麺料理との価格競争に巻き込まれやすい面がありました。
はなまるうどんの撤退は、食文化の違いと価格競争の厳しさを示す例です。
丸亀製麺についても、中国本土の店舗を閉鎖したと報じられています。丸亀製麺は海外展開に積極的な企業ですが、中国市場では苦戦しました。
中国では外食の選択肢が非常に多く、麺料理の競争も激しいため、日本のうどんチェーンが長期的に利益を出すには、現地化、価格設定、立地戦略、メニュー開発のすべてが重要になります。
丸亀製麺は他国・地域では成功しているケースもあるため、中国撤退は「海外展開の失敗」ではなく、「中国本土市場との相性が難しかった例」と見る方がよいでしょう。
伊勢丹も、中国で店舗閉鎖を進めてきました。上海で長く営業していた伊勢丹は閉店し、中国本土での店舗数は大きく減りました。
百貨店は、中国でもかつて高級消費の象徴でした。しかし、現在の中国ではEC、ショッピングモール、ライブコマース、ブランド直営店などが強くなり、従来型百貨店の存在感は低下しています。さらに、若い消費者の購買行動も変化し、百貨店で買う理由が以前より弱くなっています。
伊勢丹の店舗縮小は、日本の百貨店モデルが中国市場で苦戦していることを示しています。
イトーヨーカドーは、中国で長く事業を展開してきた日本の小売企業です。特に成都では知名度が高く、中国の消費者にも親しまれてきました。しかし、中国1号店である成都の春熙店が閉店するなど、一部店舗の閉鎖が進んでいます。
イトーヨーカドーの場合、中国から完全撤退したわけではありません。成都などで事業を継続している部分もあります。そのため、「中国撤退企業」と言い切るのは正確ではなく、「中国で店舗を縮小している日本企業」と表現する方が適切です。
スーパーや総合小売業は、家賃、人件費、物流費、ECとの競争、消費者行動の変化に影響されやすい業態です。イトーヨーカドーの店舗閉鎖も、中国小売市場の変化を反映しています。
中国から撤退・縮小した日本企業がある一方で、中国に残り続ける日本企業も多くあります。たとえば、トヨタ、ユニクロ、無印良品、資生堂、ダイキン、村田製作所、京セラ、ファナック、安川電機などは、中国市場を依然として重要視しています。
この違いは、業種や事業内容によって生まれます。
中国で売る商品を中国で作る必要がある企業は、中国に残る理由があります。たとえば、自動車やエアコン、化粧品、産業機械などは、現地市場の需要に合わせて製品を開発・供給する必要があります。
一方で、中国で作って日本やアメリカへ輸出しているだけの企業は、米中対立や関税、地政学リスクの影響を受けやすくなります。その場合、ベトナム、タイ、インド、メキシコ、日本国内などへ生産を移す意味が大きくなります。
つまり、中国撤退の判断は「中国が好きか嫌いか」ではなく、「中国にいる必要があるか」「中国に集中するリスクが大きすぎないか」という経営判断によって決まります。
中国はかつて、低コストの生産拠点として非常に魅力的でした。しかし、沿海部を中心に賃金は上昇し、社会保険料、環境対応費、工場運営費も増えています。単純な組み立てや労働集約型の製造では、ベトナム、カンボジア、バングラデシュ、インドネシアなどの方がコスト面で有利になることがあります。
中国企業は、家電、自動車、スマートフォン、EV、電池、通信機器、EC、外食、小売など多くの分野で急速に力をつけました。かつて日本企業が「高品質」で優位に立てた分野でも、中国企業が品質を高め、価格競争力を武器にシェアを伸ばしています。
特に自動車では、EV化によって競争のルールが変わりました。エンジン技術や燃費性能で強かった日本メーカーも、ソフトウェア、車載デジタル機能、低価格EVでは中国メーカーに苦戦する場面が増えています。
米中対立も大きな要因です。中国で作った製品をアメリカへ輸出する場合、追加関税や規制の影響を受ける可能性があります。リコーのように、米国向け製品の生産を中国からタイへ移す動きは、このリスクを避けるためのものです。
台湾有事への懸念、米中関係の悪化、輸出規制、金融制裁の可能性なども、日本企業の判断に影響しています。もし中国周辺で大きな緊張が発生すれば、物流、送金、部品調達、駐在員の安全確保に大きな影響が出ます。
中国経済の成長鈍化も無視できません。不動産不況、若年層の雇用不安、個人消費の低迷によって、小売や外食は特に厳しい状況に置かれています。モスバーガー、はなまるうどん、伊勢丹、イトーヨーカドーなどの動きは、中国の消費市場が以前ほど簡単ではなくなったことを示しています。
中国では反スパイ法、データ管理、個人情報保護、サイバーセキュリティなどの規制が強化されています。外国企業にとっては、現地での情報収集、本社とのデータ共有、調査活動、技術情報管理に慎重さが求められます。
ベトナムは、中国からの生産移管先として非常に人気があります。中国に近く、労働力も若く、電子機器、衣料品、家具、部品加工などの分野で日系企業の進出が進んでいます。
タイは、自動車や電機産業の集積がある国です。日本企業の進出歴が長く、部品メーカーや物流網も整っています。ソニーのスマートフォン生産移管や、リコーの生産分散などでも、タイは重要な候補地になります。
インドは、中国に代わる巨大市場として期待されています。人口規模が大きく、今後の消費拡大も見込まれます。ただし、制度、物流、州ごとの商習慣などが複雑であり、中国の代わりにすぐ使える万能の生産拠点というわけではありません。
アメリカ向け輸出を考える企業にとっては、メキシコが重要です。米国市場に近く、北米サプライチェーンに組み込みやすいため、中国からアメリカへ輸出していた製品をメキシコで作る動きが注目されています。
一部の重要部品、半導体、医薬品、精密機器については、日本国内回帰も進んでいます。人件費は高いものの、自動化やロボット化を進めれば、国内生産でも採算を取りやすい分野があります。
中国から撤退した日本企業の例を見ると、たしかに工場閉鎖や店舗閉鎖は増えています。しかし、それをもって「日本企業が一斉に中国から逃げている」と見るのは正確ではありません。
実際には、中国市場向けの事業は残しながら、輸出向け生産だけを他国へ移す企業もあります。古い工場を閉じる一方で、EVや自動化設備など新しい分野には投資する企業もあります。中国での販売は続けながら、生産だけをタイやベトナムへ移す企業もあります。
つまり、現在起きているのは単純な「脱中国」ではなく、「中国依存の調整」です。
以前は、中国に工場を持てば低コストで作れ、巨大市場にもアクセスできるという分かりやすいメリットがありました。しかし現在は、中国に集中しすぎると、関税、政治リスク、物流リスク、法制度リスク、競争激化に直面します。
そのため、日本企業は中国を完全に捨てるのではなく、中国に残す事業と、中国以外へ移す事業を分けるようになっています。
中国から撤退した日本企業としては、三菱自動車、スズキ、日産自動車、ホンダ、キヤノン、東芝、ソニー、パナソニック、セイコーエプソン、オムロン、リコー、日本製鉄、三菱商事、ハニーズ、モスバーガー、はなまるうどん、丸亀製麺、伊勢丹、イトーヨーカドーなどが挙げられます。
ただし、これらの企業すべてが中国から完全撤退したわけではありません。完全撤退した企業もあれば、一部工場を閉鎖した企業、生産だけを移した企業、店舗を縮小した企業、中国市場には残りながら体制を再編した企業もあります。
読者にとって重要なのは、「中国から撤退した企業名」を知ることに加えて、その撤退が何を意味するのかを正しく見ることです。三菱自動車のように現地生産から撤退したケース、ハニーズやモスバーガーのように小売・外食事業から撤退したケース、リコーやソニーのように生産を他国へ移したケースでは、意味がそれぞれ異なります。
日本企業の中国撤退は、単なる反中感情や一時的なブームではありません。人件費上昇、中国企業との競争、EV化、消費低迷、米中対立、地政学リスク、法制度リスクなどが重なった結果です。
今後も、中国に残る日本企業と、中国から一部撤退する日本企業は分かれていくでしょう。中国市場で売る必要がある企業は中国に残り、輸出向け生産を中国に集中させていた企業は、ベトナム、タイ、インド、メキシコ、日本国内などへ分散していく可能性があります。
中国から撤退した日本企業の動きは、日本企業が世界のサプライチェーンをどう組み替えているのかを知るうえで、非常に重要なテーマです。