「かさ歯車(ベベルギア)」は、**回転の向きを変える(多くは90°)**ために使われる歯車です。円すい(傘)のような形の歯車どうしがかみ合い、直交する軸の間で回転を伝えられるのが特徴です。身の回りの道具から自動車、産業機械まで幅広く使われています。
この記事では、かさ歯車が「なぜ必要なのか」「どこで使われているのか」を、身近な例を中心にまとめます。機械の外観からは見えにくい部品ですが、いったん仕組みを知ると、電動工具や乗り物、工場設備など、さまざまな場面で「ここに入っていそうだ」と想像できるようになります。
※「傘歯車」「伞歯车」などと書かれることもありますが、日本語の一般的な表記は **かさ歯車(傘歯車)**です。
※「歯車」と「ギア」は日常的には同じ意味で使われます。この記事でも「かさ歯車=ベベルギア」として説明します。

かさ歯車が活躍する典型は、次のような場面です。
かさ歯車は、単に回転方向を折り曲げるだけでなく、歯数比(ギア比)を設計することで、次のような調整もできます。
一方で、軸の角度や位置関係がシビアになりやすいので、組み付け精度や潤滑の設計も重要になります。
ここからは、具体的な使用例をできるだけ多く紹介します。見つけた瞬間に「ここにも!」となるタイプの部品です。
自動車の駆動系で有名なのが、**デファレンシャル(デフ)**です。
特に、**リングギアとピニオン(かさ歯車)**の組み合わせで回転方向が変わり、さらに内部の歯車で左右に分配されます。
「なぜ左右の回転を同じにしないのか」という点は重要です。カーブでは外側のタイヤのほうが長い距離を進むため、左右の回転数が同じだとタイヤが引きずられ、操縦性やタイヤの摩耗に悪影響が出ます。デフはそれを避けるための仕組みで、内部の歯車としてかさ歯車が使われている、というイメージです。
後輪駆動の車では、プロペラシャフトの回転(車体に沿った方向)を、後輪の回転軸方向へ変える必要があります。
車は停止状態から動き出すときに大きな力が必要なので、最終減速(ファイナルギア)でしっかり減速してトルクを増やします。ここでの歯車は高負荷・高耐久が求められるため、材質や熱処理、歯面の精密加工なども重要になります。
建築現場などで見かける、先端が横向きのドリル。
狭い場所、梁の裏、家具の隙間などで重宝されます。
「モーターを横向きに配置すればいいのでは?」と思うかもしれませんが、機械の形状・握りやすさ・重心・作業性の都合で、モーターは縦方向に置きたい場面が多いです。そのとき、先端だけ直角に折って回せるかさ歯車は非常に便利です。
金属の切断や研磨に使うアングルグラインダーも典型例です。
小型でも大きな力を扱うため、ギアは強度が重要になります。
また、作業中に衝撃が加わりやすい工具なので、ギアの支持(ベアリング)やグリスの保持、防塵などの設計も性能に直結します。ここが弱いと、異音やガタつき、発熱などが起きやすくなります。
刈払機(草刈機)の先端の丸いギアケース。
高回転・屋外使用なので、潤滑と防塵も大切なポイントです。
刈払機は草や小石が当たる、熱がこもる、雨や湿気にさらされるなど、条件が厳しい機械です。そのため、ギアケース内部にはグリスを補充できる構造になっているものも多く、日常点検の対象になります。
船外機も、エンジンの回転をプロペラへ伝える途中で方向転換が必要です。
水中で高い負荷がかかるので、耐久性の高い設計になっています。
海水・淡水どちらでも使用条件は厳しく、腐食対策やシール構造も重要です。ギア自体だけでなく、オイルやグリスの漏れを防ぐ設計が長寿命化に直結します。
工場の機械では、回転を別方向に取り出したい場面が多数あります。
こうした目的で、かさ歯車を組み込んだギアボックスが使われます。
工作機械では、少しのガタや振動が加工精度に影響します。そのため、歯車の精度だけでなく、軸受けの剛性やケースの剛性、歯当たり調整などが重視されます。いわゆる「静かで滑らかに回る」だけでなく、「狙った精度で回転を伝える」ことが求められる分野です。
工場のラインでは、モーターの向きと搬送軸の向きが合わないことがよくあります。
ラインの設計自由度を上げる重要部品です。
例えば、床に対して縦に設置したモーターの回転を、横方向のコンベヤローラーへ伝えるなど、現場のレイアウトに合わせて自由度を確保できます。さらに減速まで一体化できるため、機構がすっきりし、保守も行いやすくなる場合があります。
紙を送るローラーは、機構上どうしても「横軸に回したい」ケースが出ます。
ここでも、かさ歯車が静かに働いています。
印刷や紙送りは、ズレや振動が品質に直結しやすい分野です。そのため、歯車のバックラッシ(遊び)や歯面の状態が、紙の送りムラ・印刷位置の誤差に影響することがあります。目立たない部品ですが、品質を支える要素の一つです。
業務用の攪拌機や特定のミキサーは、内部で方向転換が必要になることがあります。
家庭用ではベルトや他方式も多いですが、業務用はギアで強く伝える例があります。
粘度の高い材料(生地、ペースト、混練物など)を扱う場合、回転数はそれほど高くなくてもトルクが必要になります。ギアで確実に力を伝えられる構成は、こうした用途と相性が良いです。
天体望遠鏡の駆動部では、精密かつ滑らかな回転が求められます。
ここで、加工精度の高いかさ歯車が採用されることがあります。
星を追尾する装置では、周期的なムラ(ギア由来の微小な速度変動)が観測や撮影に影響することがあります。そのため、歯車の精度や当たりの良さ、減速比の設計が大切です。一般的な工具とは違い、「静か」よりも「ムラが少ない」が重視されます。
ロボットの関節は、限られた空間に動力を通す必要があります。
こうした場面で、小型のかさ歯車が使われることがあります(用途によりハーモニックドライブ等も使用)。
ロボット分野では、サイズの制約が大きい一方で、精度や反応性も欠かせません。そのため、かさ歯車単体というより、減速機構・軸受・エンコーダなどと一体で設計され、狭い空間に収められるように工夫されます。
自転車のライト用発電機(ダイナモ)の中には、回転を取り出す構造上、方向転換が必要になるタイプがあります。
製品によって方式はさまざまですが、「小さなスペースで回転方向を変える」という点で、かさ歯車的な考え方が活きる例です。
かさ歯車と一口に言っても、用途でいくつか種類があります。
「なぜ車のデフは普通のかさ歯車じゃないの?」という疑問は、静かさ・強度・配置自由度のためにハイポイドが選ばれることが多い、という方向で理解すると納得しやすいです。
荷重が大きい用途ほど、まがりば(スパイラル)やハイポイドが採用される傾向があります。
便利な一方で、設計上の注意点もあります。
つまり「ただ入れればOK」ではなく、正確に合わせて初めて性能が出る歯車とも言えます。
もちろん原因は一つとは限りませんが、「音・熱・ガタ」は歯車機構の不調サインとして覚えておくと役立ちます。
かさ歯車の使用例は、自動車のデフ、電動工具、草刈機、船外機、工場の減速機、ロボット関節など、とても幅広いです。
身の回りの「L字に曲がって回る機械」を見たら、内部にかさ歯車がいる可能性はかなり高いです。次に工具や機械を見るときは、ぜひ思い出してみてください。
もし「回転が折れて伝わっているっぽい機械」を見つけたら、まずは「ベルトか?」「チェーンか?」「ギア(かさ歯車)か?」という観点で考えると、仕組みが見えてくることがあります。