中国と海底ケーブル切断
何が起きていて、何が分かっていないのか
海底ケーブルは、ふだん意識しないのに、切れた瞬間に社会の呼吸が止まりかねないインフラです。近年はバルト海や台湾周辺で「中国に関係する船が関与したのでは?」と疑われる事案が報じられ、日本の国会でも防護・防衛体制が議論されました。
この記事では、①海底ケーブルの基礎、②「切断」報道の読み解き方、③中国関連の事案で何が確認され、何が未確定なのか、④日本として現実的に何を備えるべきか――を整理します。
1. そもそも海底ケーブルとは?(ざっくりでも強い基礎)
海底ケーブルは、海の底に敷設された光ファイバー通信ケーブル(あるいは電力ケーブル)です。国際電話・インターネット通信・クラウド接続・企業間通信など、国境を越えるデータの多くは衛星ではなく海底ケーブルで運ばれています。
海底ケーブルのイメージ
- 🌊 海底にケーブルが敷かれ、海岸近くでは埋設(浅い場所ほど保護のため埋めることが多い)
- 🏖️ 陸揚げ局(ランディングステーション)で陸上ネットワークと接続
- 🔧 故障すると、専用の修理船が海上でケーブルを引き上げて修理
つまり、目に見えない「海底の幹線道路」です。
2. 「切断されたらどうなる?」— 社会インフラとしての影響
海底ケーブルが断線すると、影響は「ネットが遅い」だけにとどまりません。国際通信が細くなると、次のような連鎖が起き得ます。
- 💳 国際決済(カード決済や送金、決済ネットワークの一部)が不安定に
- 🏦 金融・証券(取引接続、情報配信、バックオフィス通信)が遅延・停止
- ☁️ クラウド(海外リージョンとの通信、CDN、業務SaaS)が途切れやすくなる
- 📡 政府・防災・安全保障(情報共有、通信、インテリジェンス)のレジリエンス低下
重要なのは、たとえ一部の通信が冗長化されていても、特定の地域・特定の経路に負荷が集中すれば、現場の体感として「止まっている」に近い状態になることがある点です。
3. 「切断」の多くは事故:まずここを押さえる(誤解しやすいポイント)
海底ケーブルのトラブルは、実は悪意ある破壊より、事故のほうが圧倒的に多いと言われています。典型例は次の2つです。
(1)錨(いかり)の引きずり
船が錨を下ろしたまま進んだり、荒天で錨が効かずに海底を引きずったりすると、海底を「耕す」ような状態になり、ケーブルを傷つけます。報道で「切断」と表現されても、実態は錨による損傷という場合が多くあります。
(2)漁具の接触(トロールなど)
漁具がケーブルに引っ掛かる事故は昔から多く、浅い海域ほどリスクが高いとされています。
この前提を持っておくと、ニュースで「切断」という強い言葉が出ても、まずは①事故なのか、②故意なのか、③判断できないのかを分けて読めるようになります。
4. なぜ「中国関連船」が注目されるのか:疑いが生まれる構図
近年の特徴は、①重要インフラ周辺での事故が続く、②当事者が民間船・便宜置籍船(フラッグ・オブ・コンビニエンス)で追跡と立証が難しい、③国家の関与があったとしても証明が困難――という“グレーゾーン”の形になりやすい点です。
4-1. バルト海(欧州)— 中国籍/中国関連船が疑われた事案
バルト海では2024年~2025年にかけ、通信・電力などの海底インフラ損傷が相次ぎ、欧州各国・NATOが警戒を強めました。特に2024年11月の通信ケーブル損傷では、中国籍とされる貨物船が現場付近にいたことなどから注目されました。
ただしここが重要で、2025年時点の公的調査では「故意だった」と断定できないとする報告も出ています。つまり「疑いはあるが、確定ではない」ケースが混在しています。
4-2. 台湾周辺(アジア)— 拘束・捜査・有罪判決まで進んだ例
台湾周辺では、海底ケーブル損傷をめぐって中国人乗組員の船が拘束されるなど、より直接的な対応が報じられています。報道では、便宜置籍船で中国人乗組員という形の船が疑いを持たれ、当局が「グレーゾーンの嫌がらせの可能性」を排除しない姿勢を示しました。
さらに2025年には、台湾の裁判所が海底ケーブルを損壊したとして中国籍の船長に実刑判決を言い渡したと報じられています(※このケースは「判断がついた」側に寄る例です)。
このように、同じ「海底ケーブル損傷」でも、地域・証拠・当局権限によって「未確定」から「司法判断」まで幅があります。
5. 「中国がケーブル切断器具を開発」は本当?— ファクトチェックの要点
近年、「中国が深海でケーブルを切断できる装置を開発した」とする報道があり、懸念を強める材料として語られています。実際、報道には次のようなポイントが出ています。
- 🔩 深海で装甲ケーブルを切断できるとされる小型装置が報じられた
- 🌐 通信ケーブルだけでなく海底電力ケーブルへの懸念も語られる
- 🧪 研究機関・産業技術としての「二重用途(デュアルユース)」の側面がある
一方で、気をつけたいのは次の点です。
- ⚖️ 装置の存在=実際の事件に使用とは限らない
- 🧭 深海作業用機材は、保守・救難・資源開発にも使えるため、用途の断定が難しい
- 🕵️ そもそもケーブル損傷は錨や漁具でも起こるため、事件ごとに「道具」を推定するのは危険
結論としては、「能力の存在が議論されている」こと自体は事実として扱える一方で、個別の損傷事件にそれが使われたかどうかは、証拠がない限り断定しない――この姿勢が安全です。
6. 日本でも国会で議論:責任はどこにあるのか?
2025年12月4日の参議院外交防衛委員会では、海底ケーブル防護について「誰が責任を持つのか」が議論になりました。政府側は、監督や警備、国際連携などで複数省庁が役割分担している旨を説明しました。
さらに「防衛大臣中心に海底ケーブルを防衛する仕組みづくりを」と問われた小泉進次郎防衛大臣は、提案を“評価”として受け止めつつ、関係省庁・民間との連携が不可欠と述べた上で、哨戒機・護衛艦・無人機・衛星などによる警戒監視や、海外のアイデアとして水中ドローン/水中カメラの常設構想にも触れました。
ここから読み取れるのは、海底ケーブル問題が「通信」だけでなく、防衛・治安・経済安全保障を横断するテーマになっている、という現実です。
7. どう守る?— 現実的な対策を「できる順」に整理
海底ケーブルを100%守るのは難しい一方、対策は積み重ねで効きます。ポイントは①切られにくくする(予防)、②早く気づく(検知)、③早く直す(復旧)、④政治的に抑止する(抑止)です。
7-1. 予防:ルートの冗長化と陸揚げ局の分散
- 🧵 多ルート化:一本切れても別経路で迂回できる設計
- 🏠 陸揚げ局の分散:特定地点に集中しない(自然災害にも強くなる)
- 🧱 浅海域の埋設・装甲強化:事故の多いゾーンを重点的に守る
7-2. 検知:海上監視+海中センサーという「二層」
- 🛰️ AIS・衛星・哨戒機で、不審航行・錨の異常を早期に把握
- 🚢 重要海域の警戒監視(海保・自衛隊・同盟国との連携)
- 🤖 海中の固定カメラ/水中ドローン/音響センサー(将来構想を含む)
7-3. 復旧:修理船・部材・手順の「実務」こそレジリエンス
- 🔧 修理船の確保と、出動手順の明確化
- 📦 予備部材・予備電源・迂回経路の事前設計
- 🧑💼 官民合同の机上訓練・復旧訓練(通信・金融・行政まで巻き込む)
7-4. 抑止:国際連携と法執行の強化
- 🤝 近隣国・同盟国と、情報共有(船舶動静、手口、修理状況)
- ⚓ 便宜置籍船も含め、違反行為の取り締まり(錨泊禁止の徹底等)
- 📜 故意の破壊に対する法的枠組みと、捜査協力の取り決め
この中で特に効果が出やすいのは、じつは派手な「新兵器」よりも、冗長化・分散・訓練・チャート整備(海図への適切な反映)といった地味な施策だと言われます。
8. よくある疑問(FAQ)
Q1. 中国が本当に「切った」と断言できるの?
事件によります。捜査中で断定できない例もあれば、司法判断が出た例も報じられています。報道を読むときは、「疑い」なのか、「当局が拘束・捜査」まで進んでいるのか、「裁判で認定」されたのか、段階を分けるのが安全です。
Q2. 1本切れたら日本のネットは止まる?
多くの場合、すぐ全面停止にはなりません。大手は冗長化しています。ただし、迂回が効かないサービス、特定経路への集中、修理までの時間などで、遅延・不通が広がる可能性はあります。
Q3. 衛星通信で全部代替できる?
完全な代替は難しいのが現実です。衛星は有効なバックアップになりますが、容量・遅延・地上局・コストなどの制約があり、海底ケーブルの巨大な輸送量をそのまま置き換えるのは簡単ではありません。
9. まとめ:大事なのは「断定しない」ことと「備える」こと
海底ケーブル損傷は、事故が多い一方で、地政学リスクが高まるほど“疑われる事案”も増え、社会不安を生みます。だからこそ、
- ✅ 事件ごとに断定せず、証拠と段階を見て判断する
- ✅ 同時に、事故でも攻撃でも耐えられるよう冗長化・分散・監視・訓練を進める
- ✅ 官民・省庁横断で指揮系統と情報共有を磨く
この3つが、過度に恐れず、しかし甘く見ないための現実的な解です。









