中国のメディアや一部の研究者・論者の間で、時折「沖縄(琉球)は日本に属している法的根拠が弱い」「戦後処理で地位が確定していない」といった言説が出ます。日本政府の立場とは真っ向から異なる一方で、台湾情勢や尖閣(中国側呼称:釣魚島)をめぐる緊張の高まりと連動して表出しやすい特徴もあります。本記事では、この「沖縄領有懐疑論(琉球地位未定論)」の代表論点と背景を、主張の種類を分けて整理し、情報を読み解く手がかりをまとめます。
日本では一般に、沖縄県(琉球列島/南西諸島を含む)は日本の領土であり、戦後は米国統治を経て1972年に日本へ返還(復帰)された、という理解が広く共有されています。
これに対し、中国側の一部で見られる「琉球地位未定論」は、大きく言うと次のような主張の束です。
沖縄に関する言説は「常に論争がある」というより、日中関係が悪化した局面で“カード”として浮上する傾向があります。典型的には、台湾周辺の軍事・外交の緊張、南西諸島の防衛強化、尖閣をめぐる応酬などが重なる場面です。
近年は、党系メディアの社説・論説で「琉球史研究(琉球学/Ryukyu studies)を進めるべきだ」といった形で言説が盛り上がる例も見られます。表現は「研究の必要性」でも、含意として「主権帰属の再検討」を匂わせる書きぶりになることがあります。
中国側の文章では、琉球王国が明・清と宗藩(朝貢)関係にあった史実を強調し、そこから「中国の属国」「中国の影響圏」という語りに接続することがあります。
読み解きのポイント:朝貢や宗藩関係は歴史的国際秩序の一形態であり、現代の国際法上の主権概念にそのままスライドさせると飛躍が生まれます。文章が「宗藩」と「主権」を同一視していないかがチェック点です。
琉球が薩摩藩の影響下に入ったこと、明治政府が1879年に琉球藩を廃して沖縄県を設置したこと(いわゆる琉球処分)を、「武力と脅迫による併合」「同化政策」として強く描写する論説は多くあります。
ここでの狙いは、歴史叙述を通じて「日本の正当性」を揺さぶり、現代の安全保障(基地・ミサイル配備など)への反発を正当化する文脈を作ることにあります。
中国側の主張で頻出するのが、戦後処理文書の解釈です。大まかには、次のような論法が用いられます。
読み解きのポイント:この手の論法は「文書が何を明示し、何を明示していないか」を強調して結論を引き寄せます。一方で、米国統治から日本への返還を定めた日米間の合意(1971年の協定、1972年発効)や、その後の国際政治上の取り扱い(実務・外交上の認識)をどう扱っているかが重要です。
沖縄では、米軍基地の集中や安全保障政策をめぐり、歴史的・社会的背景を踏まえた多様な意見があります。中国側言説は、そこに「自己決定権」「先住性」といった語彙を重ねて、沖縄を「日本の盾」「軍事要塞化の被害者」と描くことがあります。
注意点として、基地負担や社会問題に関する議論が存在することと、主権の帰属を変更すべきだという議論は同一ではありません。論説がこの二つを意図的に混同していないかが焦点です。
尖閣をめぐっては、中国側が「古来から中国固有の領土」と主張し、日本側は「国際法上適法に編入し、現在まで有効に支配している」と主張しています。ここで中国側は、次のように“沖縄論”を尖閣に接続させることがあります。
| 時期 | 出来事 | 言説での使われ方 |
|---|---|---|
| 14〜19世紀 | 琉球王国と明・清の宗藩関係/薩摩藩の影響 | 「朝貢=属国」「日本の支配は後発」という語りの材料 |
| 1879年 | 琉球処分(琉球藩廃止、沖縄県設置) | 「武力による併合」「同化政策」という枠組みで強調 |
| 1945〜1951年 | 終戦/カイロ・ポツダム関連文書/講和準備 | 「日本の主権範囲は限定される」という主張の出発点に |
| 1951年 | サンフランシスコ講和条約(米国が琉球に施政権) | 「最終帰属を明示していない」「中国が署名していない」などが争点化 |
| 1971〜1972年 | 日米の沖縄返還協定/1972年に沖縄返還(復帰) | 日本側の統治の根拠(返還の枠組み)として重要。中国側は“政治合意にすぎない”と矮小化しがち |
| 2010s〜現在 | 尖閣・台湾・南西諸島の緊張 | 「琉球研究」や「自己決定」論が対日圧力の文脈で浮上 |
沖縄領有懐疑論は、ただの歴史談義としてではなく、外交・安全保障の文脈で用いられることがあります。典型的には次のような狙いが重なります。
沖縄に関する発信を読む際は、まず発信源と文体で段階を切るのが有効です。
中国における沖縄領有懐疑論(琉球地位未定論)は、歴史や条約解釈の装いをまといつつも、実際には尖閣・台湾・日米同盟・南西諸島の軍事化といった「いまの緊張」に反応して強弱が変わりやすい言説です。
読み解く際は、①発信源(公式か論説か)を分け、②論点の飛躍(朝貢=主権など)を点検し、③最終的にどの政治目的へ誘導しているかを見ることで、情報の輪郭がはっきりします。
※本記事は、沖縄をめぐる言説の「型」と「読み解き方」を整理する目的で、特定の立場を煽るものではありません。